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52.葛藤と不安と味方

3人称です。


 「めずらしく弱気だな」


 頭上で聞こえた声にクラウスは顔をあげた。

 月明りに照らされそこに立っていたのは白いローブに身を包んだ桃色の髪の王子。


 「リカ…今日は来られないとか言ってなかったか」

 「おまけに見た目が若い。これがお前が以前言っていた神殿に潜入する方法か。オカマ口調はどこへ行った?」

 「お前はいつになく長文を話すな。そんなにリディアが心配だったか?」


 暗い表情はすべて消えたわけではないが、クラウスはニヤリといつものように笑いリカを見た。一方の彼はいつもと同じように無表情だ。


 「安心しろ。リディアはいつも通り元気だ」

 「そうか……」


 だけどその無表情には安堵が浮かんでおり、次の言葉でその安堵が消えることを知っているクラウスはやるせない気持ちになる。


 「リディアが降神術を得た」


 辺りは静寂に包まれた。

 リカはただただ瞠目し言葉を発しないが、眉間には深いしわが刻まれていた。


 「学園でリディアは神の力を宿して闇の使者たちを浄化していた。いつどこで降神術を学んだかなんて知らなかったが、まさかこういうわけだったとはな」


 クラウスは光の巫女の扱う魔法である降神術についてなにも知らない。

 そのためリディアには教えようがなく、リディアが学園へとつれていかれる16歳のその日まで自身のそばに置き、降神術を得るという機会を与えなければよいと思っていたのだが……運命はそう簡単には変えられなかった。


 「ザハラがリディアを攫うとはな。ほんと予想外だった」


 クラウスも子を持つ親であるため、ザハラの気持ちはわかる。自分もリディアが命の危機にさらされ、その命を救うすべが目の前にあれば迷うことなく手を伸ばすだろう。誰よりも、なによりも、彼は娘を愛しているのだから。

 だからこそザハラの気持ちはわかるが、愛する娘を危険にさらした彼女を許せない。


 「…6年後、誰かがリディアを迎えに来たとしたら運命が…」


 一方のリカは無表情に拳を握り締めていた。


 カギはそろってしまった。

 もし学園生活が始まれば、学園内で事件が起こり始めれば、闇の使者と対峙したならば、リディアは確実に降神術で闇を浄化する。


 運命だからではない。

 たとえ記憶を失おうとも彼女はリディアだ。

 リディアは人の不幸を望まない。


 むしろ記憶がないからこそ、光の巫女としての使命がないからこそ、彼女の行動を縛るものがないからこそ、リディアは自身を犠牲にしてでも人を救うだろう。


 「させねーよ」


 自分よりも大きな手が頭を力任せに撫でた。

 見上げればそこに立っていたのは見慣れた黄緑色の髪の男がだった。若返りの効果が切れたらしい。


 「リディアは絶対に守る。誰かがあいつを迎えに来たとして、俺が黙って娘が連れてかれるのを見てるわけねーだろ。それに本来、リディアを迎えに来るのはお前だろ。お前さえリディアを迎えに行かなければ…始まらない。始まらせるわけにはいかねぇ」

 「……口調は、いいのか」


 力任せに撫でる手を払いながら指摘すれば、クラウスはハッと鼻で笑う。


 「あのなぁ、たまには息抜きさせろよ。俺だって好きでオカマ口調じゃねーんだよ。リディアがちっせーころに俺の真似して男みたいなしゃべり方したときがあってよぉ。ダメだろ?あんなかわいいのに、男口調とか。だから仕方なく俺がオカマ口調になったわけ。子は親を見て育つしな」

 「口調はともかく、たしかにリディアはお前を見て育ったと思う。バカな性格とか特に」

 「おいコラ」


 頬をつねろうと伸ばしてきた手を躱す。

 暴力的なところも2人はそっくりで親子なのだと実感する。


 「リカ、ありがとう」

 「は?」

 

 改まって感謝を述べられたリカは怪訝に顔をゆがめた。

 クラウスは泣きそうな笑顔を浮かべる。


 「お前と手を組めてよかった。1人だと不安になる。俺のしていることは正しいのか。リディアの死の運命を変えると言いながら、俺はあいつに死よりも辛い想いをさせているんじゃないかとか考えてしまう。だけど俺はやっぱりあの子には生きてほしいんだ」

 「急にどうした…」


 クラウスが封筒を投げてよこした。

 中に入っていた紙に書かれた内容を見てリカは舌打ちをする。


 「次は夏の国の孤児院だ」

 「……。」

 

 紙を握りつぶす。


 『ロキ・メルカレ。夏の国のセレント町内、セレント町近くの森にある孤児院にて目撃。孤児院に噂有り。孤児院の子供は月に2人必ず死ぬ。顔をえぐられた幼子の死体が森の中で放置されているのを町民が発見。詳細は不明。調査中』

 

 手紙に書かれた情報を読めばクラウスの言動の理由はいともたやすく理解できた。

 学園生活の中で闇の使者としてリディアの前に立ちはだかる人間が闇に落ちるのを防ぐべくリカたちは彼女を動かしていた。少しでも彼女の運命を変えるために。

 

 だがその行動のせいでリディアが危険な目に遭うかもしれない。

 手紙にはもう一文あった。過去形だ。その文章は消されていた。が、目を細めれば読めないこともない。


 『顔をえぐられた幼子の死体は、いずれも生前美しいと称されていた子供のものであった』


 舌打ちをする。


 「親の贔屓目抜きにしてもリディアは美人だしかわいいし愛嬌がある。妙に鋭いときもある。けど、基本はバカだ」

 「……。」


 バカという言葉を否定できなかったリカは悪くない。


 「俺はあいつが危険な目に合わないか心配なんだ。なにかあったとき、俺は遠くからでもリディアを守れると胸を張って言うことができない。今回の攫われたように気が付いたときには遅いなんてことが起こるかもしれない」


 唇を噛みしめるクラウスの不安はわかる。彼女を失う可能性があるかもしれない。そう考えるだけで足がすくむ。一歩が踏み出せなくなる。


 だがリカは、一歩を踏み出さなかったことを後悔する日が来てしまうことのほうが怖い。

 それに…


 「リディアは大丈夫だ」

 「リカ…」

 「リディアだからきっと大丈夫だ」


 笑顔とその性格で人の心を変えていく彼女だからどんな困難をも乗り越える。良くも悪くも乗り越えてしまうから、1回目の彼女は運命通りに死んでしまった。


 「番犬も2匹に増えた。アースを含めたら3つだ。お前もリディアを見守っている。守備は万全だ。なんの問題もない」


 エルに思うところはあるが、1回目も今回も彼がリディアを傷つけることはないと知っている。彼が原因でリディアが死ぬとしても、あいつと違ってエルは彼女を傷つけない。だから安心して守りを任せられる。


 「そうか…」


 無表情に言いきったリカにクラウスは苦笑した。

 時を遡って今に至る目の前の少年は、だとしても精神年齢は自分より幼い。なのにこうも心強いのだ。


 「ありがとな、リカ」

 「…新発見だ。オカマ口調よりも感謝される方が気分を害されるようだ」

 「よし。一発殴らせろ」







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