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10.花子ちゃんではなく、神父様の作戦でした(2)



 「いやぁ~。すまんのぉ。わしがルルたちに頼んでしまったばかりに」

 「ほんとだよ、神父様ァ!」


 現在私は記憶を思い出したあの日以来、一度も訪れていなかった病人用のベッドで神父様から謝罪を受けていた。


 はい。なぜ、謝罪を受けているのか。

 それは今回の原因が神父様にあったからだ。神父様コノヤロー。


 私が気絶した一番の要因は、本来男子トイレにいるはずのないルルちゃんたち女子が男子トイレにいたことにある。

 薄暗くても水浸しになっていたとしても、男子トイレの中にいたのがソラだけであればおそらく私は気絶しなかった。


 ではなぜ男子トイレにルルちゃんたちはいたのか。

 それは神父様のうっかり、ど忘れのせいだった。


 神父様は昨日、マリアさんに頼まれごとをされていた。なんでも男子トイレの個室の一つが掃除中に壊れてしまったそうで、間違って入ってしまわないように注意書きした紙を貼っておいてほしいってね。


 片思い中のマリアさんのお願いだ。

 わしにまかせてください!神父様は胸を張って言ったそうだ。が、最近ボケがはじまってきた神父様は、夕方になるまでそのことを忘れていた。

 やばい。マリアさんにこのことを知られたら、失望されてしまう。今のうちに注意書きの紙を貼らなければ。でも腰が痛くて動けない、ていうか動きたくない。


 そこに偶然通りかかったのがルルちゃんたち女の子。


 なんていいところに!

 神父様はルルちゃんたちに紙を貼るように頼んだ(女子に頼むな!)。ルルちゃんたちは神父様が大好きなので、男子トイレ…と思いながらも了承した。かわいそうに。

 そうして男子トイレに向かって歩いていれば、ソラがトイレに駆け込んでいくではないか。ルルちゃんたち大慌て。


 アルトと私にこのことを伝えようとしたのだが、楽しそうにしゃべっているし(不思議だよね。ルルちゃんたちにはそう見えたようなのだ)、なにより私たちに説明しているあいだに、もしソラが壊れた個室に入ってしまったら大変じゃないか。そう思い彼女たちは男子トイレを直撃することを決めた。


 そんな背景があるとは思いもよらないソラは、突然男子トイレに現れた女子たちに驚いた。それはもう声を発せないくらい、驚いた。

 驚いて、転んで、手をかけた場所が、最悪なことに壊れた個室のトイレのレバーだった。

 ソラがレバーに触れた途端、レバーはポロッと地面に落ちた。


 落ちたということはレバーのあった場所にはなにもついてないということだ。そこから水が噴き出し、あっというまにソラと女子たちは頭から水をかぶり、男子トイレは水浸し。みんなひどく気が動転していて、ソラはその場にスっ転び、女子たちはソラを心配して近寄り、とりあえず外に出ようとした女の子が水で足を滑らせ電気を消してしまい。

 そんな最悪な状況で、私とアルトがやってきた。


 で、私が叫んで気絶して、私の叫び声に気が付いたドッチボール少年たちがやってきて、また叫ぶ。それに気づいた子がまたやってきて…と、負の連鎖だったらしい。


 これは、完全なる事故だ。

 神父様が原因のね。


 「もう、神父様!」

 「だからごめんって言っているじゃろ~」

 「第一どうして男子トイレのことを、女の子に頼んだのよ!?」


 この神父様はバカそうに見えて、意外にも頭が回る。

 私が自己紹介で失敗したにも関わらず、現在孤児院で、るんるんらんらんしているのは神父様のフォローがあってのことだ。

 このおじいちゃんは何か意図があって、女子たちを男子トイレに向かわせた、と私は思うのだ。だというのに神父様はすっとぼけた顔をして…


 「だって近くにいたんだもーん」

 「……。」


 私はやれやれとため息をついた。この手は使いたくなかったのにね。

 私はベッドから降りて、扉のドアノブに手をかけた。

 そして「夕食の時間だから、食堂いこ~」と、にこにこ笑う神父様に、一言、


 「マリアさんにチクるよ」

 「ごめんなさい、リディア。すべて話します」


 マリアさん最強説がここに証明された。

 


////////☆


 「実はソラが男子トイレに向かっていたのは、知っておったのだよ」

 神父様は語り始めた。


 「わしの部屋の窓からソラがトイレのある方向に走っていく姿が見えてのぉ。それでわしはルルたちに男子トイレの用事をお願いしたのじゃ」

 「…ソラがトイレに行くってわかっていたから、ルルちゃんたちに頼んだってこと?」

 「そうじゃ」


 神父様は自分の近くにいたのがルルちゃんたちだったから頼んだとは言っていない。おそらくトイレに行こうとしていたのが()()だったから、ルルちゃんに頼んだのだ。

 問えば神父様がにやりと笑う。

 うわ。ちょっとアルトを思い出すからやめてもらいたい。


 「リディア、お主は頭がいいのぉ。ほんとうに6歳か?」

 「ろ、6歳ですよぉ?」

 「ほっほっほ。まあよいじゃろう。聡いお主になら話してやるか」

 

 一瞬、神父様に精神年齢20歳って気づかれたかと思って焦ったが、次の言葉のほうに私はドキッとした。


 「リディア。アルトとソラはな、いずれこの孤児院を去るのじゃ。半年も経たぬうちにの」


 私はごくりと生唾を飲み込む。

 だって神父様、「いつ君」ではこんなネタバレみたいな話、ヒロインにしないんだもん!!

 もうリディアちゃん、汗だらだら。

 ねえ神父様ー、それ(ヒロイン)に話しちゃっていいわけ!?つーか私それ聞かされてどんな反応すればいいの!?


 そんな私を見て神父様は、眉を八の字にする。


 「お主は2人と仲が良いからの、酷な話じゃったかもしれん」


 あ。私が動揺しているのを自分の都合のいいように捉えてくれたようだ。あざす!

 私としては全然酷な話じゃなくて、むしろ早く出て行ってくれ。今後一生会いませんように。って思っているのだが、せっかくなので神父様の勘違いにのっからせていただこう。


 「アルトたちがいなくなっちゃうなんて。とってもカナシイー」

 「うむうむ、わかるぞ」


 神父様は目頭に涙をためて共感してくれる。ありがとう。でも私は話を進めたいから、話の流れを元に戻すよ。


 「でもアルトたちがもうすぐいなくなっちゃうことと、神父様がルルちゃんたちに男子トイレの用事を頼んだことにはなんの関係があるのか、リディアわかんなぁい」

 「わしはな、ソラとアルトに友達を作ってほしいのじゃ」

 「と、友達?」


 神父様から出た言葉は意外なものだった。


 「たしかにあやつらには、お主…リディアと言う友達がいる。だが一人だけでは足りないのじゃ」

 「足りない…?」


 怪訝に首を傾げる私を見て神父様はほほえんだ。

 そして懐から大きさの違う正方形の箱を2個取り出す。

 これはきのう神父様がおやつとしてみんなにくれたキャラメルが入っていた箱だ。

 その箱を神父様は私の手のひらにのせる。


 「リディア。この2つの箱はわしらが生きる世界じゃ」

 「生きる…世界?」


 神父様はうなずくと小さな箱を指さした。


 「これは、わしらが住む世界」


 次に大きな箱を指さす。


 「これは、アルトとソラの住む世界じゃ」


 小さい箱が私の住む世界。大きな箱がアルトとソラが住む世界。

 なんかずるくない?


 「どうして私の住む世界が小さくて、2人の住む世界が大きいのよ」


 むくれると神父様はふぉふぉと笑った。

 ちょっと笑わないでよ。今度からサンタもどきって呼ぶぞ。


 「それが世の理だからのぉ。まぁなに。スタートが違うだけじゃ。リディアだってこの大きな箱に行くこともできるのじゃぞ?」

 「スタートが違う……」


 そう言われて、なんとなく神父様の伝えようとしていることがわかった。

 この小さな箱は、孤児院で。この大きな箱は、王族とか貴族が住む世界のことを表しているのではないだろうか。

 だとしたら私、全然大きな箱に行きたくないよ。身分の高い人たちの世界とか、絶対にめんどうなことしかない。


 神父様はどういう意図で私にこんな説明をし始めたのだろう。

 にこにこと笑うかわいらしいおじいさんの考えは、全く読めない。


 「もちろんこの箱だけがすべてではないぞ。リディアもアルトもソラも、箱の外に行ける」


 神父様は言いながら大きい箱を解体して一枚のただの紙にしてしまった。

 王族や貴族よりも、もっと広い世界ってこと。そんなところ、ある?


 「別に箱の外になんて行かなくてもいいよ。私はこの小さな世界だけで十分。むしろここで一生を終えたいわ」


 どうせまたサンタ笑いでもされるんでしょうね。

 そう思っていた私だったが、神父様は笑わなかった。


 「そうじゃのぉ。お主はそれでいいかもしれない。じゃがな、アルトとソラはお前の住むこの小さな箱には行けないのじゃ」


 怪訝に思い顔をあげれば、神父様は眉を下げ私を見ていた。


 「行きたくても、周りが許してくれない。彼らはこの大きな箱の世界もしくは、それ以上の世界でしか生きていけないのじゃ」


 それは、私のスタートが孤児院と言う名の小さな箱なのに対して、アルトとソラのスタートが王族と言う大きな箱だからなのだろうか。

 私は、よくわからない。

 別に王族でも、その立場や身分を捨てて、小さな箱の世界に行ってもいいじゃないか。

 そう思ってしまう。


 でもそれは私の感情だけの思考だ。

 私の理性は、わかっている。

 矛盾だらけだけど、20歳の私は、わかるのだ。


 「いつ君」の世界はは身分がすべての身分制度が取り入れられた世界ではない。むしろ割と自由で、貴族でも平民と結婚できたりするし、貴族の位を辞することもできる。逆に平民がなにかしらの功績を収めれば、貴族としての位を貰える世界でもある。


 だがしかし、王族は別だ。

 アルトとソラは王族として生まれた以上、その立場からは逃れられない。


 どうしてか?それがこの世界での当たり前だからだ。

 誰もこのことに関して異を唱えないし、疑問にすら思わない。だって王族だから。

 わかっているけど、もやもやする。


 「リディアにはこの話はまだ早かったかの。まあわしが言いたかったのは、この大きな箱で生きていくためには、アルトとソラの2人だけでは、生きていけないということじゃ。大きな世界で生きるにはたくさんの人と関わらなければならない」


 私はうなずいた。

 

 「わしはな彼らにこの孤児院で練習をしてもらいたいのじゃよ」

 「…将来、困らないように?」

 「そうじゃ。彼らが大人になったとき、周囲の人間とうまく付き合えるように、自分の良さを集団の中で発揮できるように。幼い今この時、小さな箱にいるからこそ、わしはリディア以外の多種多様な者たちとも、関わってもらいたいのじゃ」


 アルトとソラは今後、孤児院よりも大きな世界で、いろんな人たちと出会っていく。その人たちの中には親切な人もいれば、意地悪なやつ、アルトやソラに色目を使ってくるやつ…たくさんいるんだろう。2人は否応なしにそんな人たちと関わっていき、大人になっていくのだ。


 そうやって考えたあとで、今の2人について考えてみる。


 うん。私の提案、最悪じゃねーかよ。


 くっ。床を叩きたい!私のバカぁ!ってやりたいっ。

 なぁにが、ソラとアルトは一生2人、ラブラブで生きていけばいいんだ☆だ!2人が王族である以上、そんな甘い未来はない!それなのに、私はぁぁぁあ!

 きのうの自分を殴りに行きたい。


 ソラが兄様一番なのはいい。でもそのためにソラを他の人と関わらせないのはダメだった。なによりソラを他の人と関わらせないとなると、アルトももれなく他人と関わらなくなる。


 私の当初の目的はなんだ?

 アルトに友人を作ることではないか。人と関わらなければ、友達なんて、できない。


 つまり今日の私の作戦はすべて無駄だったのだ。だめだめだった。


 「今の時点でソラやアルトと親しくなろうと行動を起こしているのは、ルルたちだけなのじゃよ。みんな仲良くなりたいと思うだけで、行動には起こせていない。だからわしは手始めにソラとルルに友達になってもらいたくっての。そのきっかけとなるようにと、ルルたちに男子トイレのことを頼んだのじゃ。思わぬハプニングが起きてしまったがの~」


 神父様はほぉほぉと笑いながらひげをなでる。


 「リディア。お主は気づいているであろうが、ソラは人の好意が嫌いではない。ルルの気持ちは届かずとも、友人にはなれるだろう」

 「うん」

 「むずかしいことを話したの。さ、夕食に向かおう☆」

 「うん!」


 歩きながら神父様は私を励ますように頭をなでた。


 そうだ。いつまでもうじうじ反省だなんて私らしくない。切り替えて行こう!!

 私はうぉおお!と天高く腕を突き上げた。突然の私の行動に神父様がびっくりして、結果ぎっくり腰になったが、うん仕方ないよね。

 

 とりあえず今回の計画は白紙に戻す。


 ソラの交友関係もそうだが、この作戦はアルトの友達作りにも支障がでる。

 長い道のりだろうけどルルちゃんには恋は諦めてもらって、ソラの友達になっていただこう。そうすればアルトもソラが女に狙われていないとわかり安心&安定するはずだ。

 もしかしたら木に名前を彫り始めるかもしれないが、そうなったら誰か適当に人を捕まえてアルトを止めるのを手伝ってもらおう。そしてその人間をアルトの友人にするのだ!

 うん。私完璧!

 あとはこのことをアルトに説明するだけだ。




 「ってなわけで、作戦やめます!」

 「いや、どういうわけ?僕なにも説明されてないよね!?」


 現在私たちはいつものように、夜の森の定位置で作戦会議をしていた。

 今日は愚痴を聞くデーではないが、こういう日もある。


 私の雰囲気から説明しなくても察してくれるかと思ったのだが、いくら天才でもそれは無理なようだった。ふむ。残念だ。


 「まぁ、あれよ。神父様が言ったの。広い世界へ、あやつらは行く!そのためには孤児院で友達をつくって練習じゃ!ってね。私もその意見に賛成。ルルちゃんをソラの友達にしてしまおう!と思ったの!」

 「いや。ぜんっぜん、わかんないから」


 どうしてわかんないかなぁ。少し神父様の話を改変したからかな?うーんと私は首を傾げる。君が説明下手なんだよというアルトの声は聞こえない。


 「今はいいかもしれないけど大人になったときのことを考えてみて。世の中って厳しいものよ。人と関わらずして生きて行くことはほぼ不可能だもん。だから今のうちに人と関わる練習をしよう!てなわけで、ソラを守るのをやめよう!」

 「やだ。する必要ない。僕は人と仲良くできてるから」

 「できていません。いや仮にアルトが大丈夫でも、ソラは現段階で私やアルト以外の人と全然話せていないじゃない。これじゃダメでしょ」

 「僕がソラを守るから別に問題ない」

 「ダメです。周りが許してくれません。よく考えてみて。将来のためにはある程度のコミュニケーション能力は必要なんだよ?そのためには人と関わらないと…」

 「絶対やだ」


 ああ言えばこう言うで、全然話が進まないんですけど。


 「僕はソラさえいればいいし。ソラも僕がいればいい。いろんな人と関わっていったら、その分、ソラを守りづらくなる。だから絶対に嫌だ」

 「アルト…」


 アルトは唇を噛みしめ、ぎゅっと自分の服を握り締める。

 たしかにソラを守るつもりのアルトは、ソラと関わる人間が多くなればなるほど、動きづらくなるだろう。それは真実だ。

 ソラが仲のいい友達、もしくは好きな人を見つけてアルトのそばから離れていってしまえばなおのこと、ソラを守りづらくなるだろう。


 「…アルト。あんたの言う通り、たしかに守りづらくなるよ」


 だから私はアルトの考えを肯定する。

 でも、それは決して、賛成するという意味ではない。


 「だけどね。あんたたちはこの先もっといろんな人と出会っていくのよ。そしたらもっとソラによってくる女子たちが増えてくる。あんただけじゃ、さばききれないくらいにね。だから私は今のうちに、アルトにもソラにも、いろんな人と関わって自分の力で……」


 そんな私の言葉をさえぎったのは、アルトの意外な言葉だった。


 「君もいるでしょ?」

 「へ?」


 思わず拍子抜けた声が出てしまう。

 彼はまっすぐ、私を見ていた。


 「君も、僕と一緒にソラを守ってくれるんじゃないの?」

 「……うへ?」


 意外だった。まさか、アルトから一緒に守ってくれるでしょ?なんて言葉がかけられるなんて、思いもしなかったから。

 これはもしや、仲間意識を持たれて……


 「いっとくけど、仲間だとは思っていないからね」


 はい、くぎを刺されましたー。

 へいへい、わかってましたよ。こういう展開だってね。別にふてくされてなんかいないんだからね!つーかなんで私の考えてることわかったんだよ。エスパーか!


 「なにその顔?まあいいや。結論は出たでしょ?未来永劫、僕とリディアでソラを守って行けばいい。はい、これで今日の作戦会議はおしまい。帰ろう」


 言うやいなやアルトは孤児院に帰ろうとするが、


 「ちょっと待て!」

 「なに?」


 止めますよ。ええ、止めるに決まってるじゃないか。なに帰ろうとしてるんだよ。


 「まだ話は終わってないでしょ!」

 「終わったよ」

 「終わってない!ほんとうに、よく考えてみてっ」


 ぎゅっとアルトの手を取り、握りしめる。


 「ちょっ…」


 不機嫌そうだったアルトの雰囲気が少し崩れた。

 その隙を私は決して見逃さなかった。たたみかけるなら今しかない!


 「たしかに私、今はソラを守ってあげられるよ?でも今後守ってあげられるとは限らないじゃない?未来はどうなるかわからないもの。私たちずっといっしょにいられるわけじゃないんだよ?」

 「…っ!」


 痛いところを突かれたのかアルトは私から顔をそらす。


 「それは…たしかに、そうだけど」


 アルトは頭がいい。

 だからちゃんとわかっている。

 自分が今孤児院にいるのは、戦争に巻き込まれて死ぬのを防ぐため。戦争が落ち着き次第、自分たちは国に帰る身だということを。


 つまりさよならしたら最後、私と会うことはもうない。

 まあ本編が始まれば再会するけど私は本編を開始させるつもりないので、今後一生会うことはないだろう。


 私はアルトにほほえみかけた。

 賢い彼ならきっとわかってくれる。


 「だからさ。私思ったの。将来いろんな人と関わっていく、その練習のためにも、ソラには自力でルルちゃんをなんとかしてもらおう」

 「え?」

 「だいいち、私たちがソラのことを過保護に守るのが間違いなのよー」


 ソラから助けてって頼まれたならまだしも、私たち頼まれてないし。

 これは完全なるおせっかいってやつだ。


 「どうして?」

 「だってソラの人生でしょ。好きなものは好き、嫌なものは嫌。興味あがることには、自分で動く!そういうのは、自分で決めること。ソラはそれができる人間だよ。私たちが変に守ろうとするから、しないだけ。ソラはちゃんとできる。私はそのせいでソラに絡まれて、あんたに木に名前掘られたんだからね?」

 「……。」


 そう。ソラが行動してくれたから、今の私たちがあるのだ。

 そのおかげで私はアルトと仲良くなれた。たぶん仲良くなれた。私は仲良くなれたと思っているっ!


 アルトはソラが自分から離れていくのが寂しくて、守ろうとしていただけ。私はそんなアルトの被害から逃れるために、適当な理由をつけて力を貸しただけ。


 私がするべきことはソラがアルトから離れていっても、アルトが寂しくならないように、暴走しないように、友達として愚痴やら話やらを聞いてあげること。

 そしてそんなアルトが私の他にも本心を見せられるような友達を探してあげることだ。

 ここだけは、最初からぶれない。


 「だからさ、もしルルちゃんが絡んできてほんとうに嫌だなって思ったら、ソラは自分でルルちゃんを拒絶できる。私たちがすることはなにもないんだ。ソラならルルちゃんと友達にだってなれちゃうよ!」

 「でも、ソラはまだ小さくて…」

 「あんたのかわいい弟は、自分の身も守れないような弱い人間なわけ?」

 「そんなわけないでしょ!」


 じゃあ私たちはソラを見守ろう?

 そう笑いかけると、アルトはしばらくうなってから小さくうなずいた。

 でもその顔は全然納得した風には見えなくて、むしろ…


 「ちょっと、なんで僕の頭をなで始めるわけ!?」


 突然頭をなでられたことに驚いたのか、アルトは俯いていた顔を上げた。

 彼は疎ましげに私をにらむ。

 でも私の手を振り払おうとしない辺りが、アルトの本心を物語っているよね~。

 素直じゃないなーと私は笑った。


 「なでるのやめてよ」

 「悲しいときに頭を撫でてもらったら落ち着くじゃん」

 「……意味わかんない」

 

 アルトの眉間にしわがよる。


 「悲しいって…なに?まさか僕のこと言ってるの?僕が今、悲しんでるって?なんで僕の気持ちを、他人の君がわかるのさ」

 「……。」


 たしかに他人の気持ちはわからない。相手の気持ちになって考えることはできるけど、断言はできない。だからそんなこと言われちゃったら、私何も言えないよ。


 でもそれは、アルト以外の人に言われたときだけ。

 私は相手がアルトだから、


 「わかるよ」


 断言できる。


 「は?」


 怪訝に顔をゆがめるアルトの頭をべしべし叩く。


 「ちょ、痛いんだけど!」

 「あんたって本当にめんどくさいやつよね~。でも私はこーんなにめんどうくさいアルトのことがわかっちゃうんだよねぇ」

 「いつまで叩いてるつもり?いい加減に…」

 「アルトはさ、ソラの世界が広がっていって、自分がおいてけぼりにされちゃうのが怖いんでしょ。寂しくて悲しい。ちがう?」


 アルトの動きがピタリと止まった。

 ほーらね。やっぱり思った通りだ。


 言っておくが、私がこうやってアルトも気持ちを断言できるのは、「いつ君」のアルトを知っているからじゃないぞ。

 ずっとアルトと話してきて、ときには…っていうか頻繁に、ほぼ毎日喧嘩をしたから、断言できるのだ。ドヤ顔だぞ。


 ほんとーっにアルトはめんどくさいやつだよ。アルトはソラが大好きで大好きで、嫌われたくないから完璧なお兄様を演じ続けているんだ。だから可能な限り、ソラが自分から離れて行く可能性のあることはしたくない。

 でも私、胸を張って言えるよ。今のアルトなら大丈夫だって。


 「だってソラが独り立ちしても、ソラの中で不動の一番はアルトだもん!」

 「……っ」


 アルトが何か言いたげに口を開いて、閉じて、唇を噛む。アルトは何も言わない。でも私の言葉を否定したりはしない。


 ほら、アルトもちゃんとわかってるじゃん。

 たとえソラが誰と仲良くなっても、ソラがアルトのことを大好きな気持ちは一生変わらない。このことをちゃんとわかっているアルトなら大丈夫だ。

 まあこれで私の思い違いだった時は、首つりますけどね。わかったようなこと言ってるけど、全然ちがってるよ?って笑われたら、私死ぬ。恥ずかしくて自害する。


 「まあないと思うけど、仮に?ソラの一番がアルトじゃなくなっても、私っていう友達がいるじゃん。だからアルトは一人じゃないよ。もし私が友達なのが嫌なら、仕方がないからアルトの友達作りに協力してあげるし」


 ていうか、これから友達作るから。私たちの明るい未来のためにも、問答無用で作ります。アルトに拒否権はない。

 孤児院という小さな箱の中で、周囲の人間と関わっていくのはソラだけではなくアルトもなのだ。


 しばらく黙っていたアルトだが、彼は口をとがらせ小さくつぶやいた。


 「君が、友達なのは…やだ」

 「……。」


 なにを言われるかと思いきや、いつもの暴言でしたね!

 ハイハイ、わかってましたよ。いいですよ、怒りませんよ。暴言を吐くのはいつものアルトに戻った証拠だ、この野郎!


 そう思いながら留飲を下げようとする私は、次のアルトの意外な言葉に驚いて、留飲を下げようとしていたこと自体忘れた。


 「なんでだろう。前まではソラが君を気に入っているから嫌だったんだけど。今はなんとなく、理由はわからないけど君が友達なのは、嫌だ…」

 「な、なんとなく?」

 「どうしてだろう。わかる?」

 「いや、私に聞かれても」


 そんなアバウトな理由に至ったわけを、私が知るわけないだろ。

 なんだ?悪役アルトとしての本能が私との友情を拒絶しているのか?


 私はアルトの奇妙な理由について気になり始めたのだが、アルトはもうどうでもよくなったようだ。


 「ま…いいよ。未来のことは僕も考えていなかった。君が、ソラの一番は僕だというのなら、その計画にのってあげる。すごく、すごくすごく心配だけど、今回のことはソラに任せよう。未来のための、いい練習にもなるしね」


 アルトはフッと微笑んだ。

 私はほっとした。

 が、


 「ただし、ソラが僕に助けを求めてきたら、すぐに助けるから!」


 笑顔だけれども、決して笑っていないその眼を見て、私の安堵はどこかへ消えていった。


 「待って。それ意味ない。あんたこれまでの話の全容理解してる?」

 「弟を助けられない兄なんて完璧じゃない。僕はソラに嫌われたくない。だから助ける」

 「全然わかってないじゃん!?絶対にソラはアルトのことを嫌いにならないから!我慢しなさい!かわいい子こそ谷に捨てろでしょ?」

 「それ可愛い子には旅をさせよでしょ?なんで捨てるわけ!?しかも谷に!?」

 「あぁー、そうとも言う」

 「ていうかなんで君は、ソラが僕を嫌いにならないなんて断言できるんだよ」

 「えー。だってソラがアルト好きなのすごい伝わるし。私もなんだかんだでアルトのこと好きだから、嫌いにはならいなだろうなって……急に顔おさえてどうしたの?」


 アルトは顔面をおさえていた。

 おさえているというよりは、隠しているように見えるが。どちらにしても、なぜ?

 ちらっと手の隙間からのぞかせたアルトの顔は夜でもわかるほど赤かった。


 「君さぁ、ほんとうによく、はずかしげもなく言えるよねぇ」

 「なにが?」


 さっぱり意味がわからない。


 「ていうか、近い。離れてよ」


 アルトはそう言って私を押す。

 でも押し返されるほど私はアルトに近づいていない。顔色を観察しようと顔を覗き込んだだけだぞ。


 怪訝な顔をする私に対し、アルトはうぐぐとうなる。


 「なぜかわからないけど。君が近づくと、動悸が激しくなるんだよ。だから近づかないで」

 「え。なにそれ、大丈夫?なにかの病気じゃないの?」


 わりとガチで心配だよ。だって「いつ君」でアルトに持病があるって話は聞いたことないんだもの。まさか未知の病!?顔が赤いのも病気のせいとか!?

 アルトも病気だという考えは浮かんでいなかったようだ。少し考えこんでいる。


 「病気…。神父様に、明日聞いてみるよ」

 「うん。そうしなさい。なんか心配だし今日はこれでお開きにしよ」

 「…うん」




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