51.失いたくないもの
前半リディア視点。後半3人称です。
加護の森の中。暗い夜道を光の蝶で照らす。
「あのぉ、リディアさん?そんなに見られると穴が開きそうなんですがー?」
「……。」
家への帰り道の中で私は隣を歩く師匠を観察していた。
黄緑色の短髪の少し生意気そうな顔をした14歳の美少年。形の整った眉が下がり、翡翠色の瞳が笑顔の私を映す。
「おもしろいなぁ。若返りの魔法薬があるなんて知らなかった。帰ったらつくりかた教えてね!」
私の言葉を聞いて師匠はめんどくさげにため息をついた。
師匠が今14歳なのは若返りの薬を飲んだからなのだそうだ。
天空神殿は清い身でなければ足を踏み入れることはできない。だから師匠は天空神殿に潜入できる年齢に体を戻して、彼はガブちゃんの結界を破って私を迎えに来たのだ。
もぅ、うちの師匠最強すぎる~っ。
「はいはい。だけどさっきも言ったように若返りの薬の効果はせいぜい2時間だし、材料の入手は難しい、作っても失敗することの方が多いし、作るのに1週間かかる、ようするに上級者向けの薬だ。それでも…」
「つくるーっ!」
「はいはいー」
師匠がめんどうくさげにため息をついたときだった。目の前の草むらがガサゴソと揺れた。
日が沈み辺りはすっかり暗くなったということもあり、気が動転した私は思わず師匠を殴ってしまうが、そこでふいに思い出す。
そういえば前も似たようなことがあったなと。
今と同じように辺りは夜の闇につつまれ、私は光の蝶を出していて、草むらが揺れて出てきたのは……
「リディア、ちゃんっ」
やはりそうだった。
草むらから出てきたのはザハラさんだった。
ザハラさんは私の姿を見るとモスグリーンの瞳からぽろぽろと涙をこぼしその場に崩れ落ちた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。リディアちゃん」
「ザハラさん…」
「リディア。行くぞ」
師匠はザハラさんを一瞥した後で私に笑いかけ、帰ろうと手を差し伸べる。だけど、ごめんね師匠。
私はその手を取らず、懺悔するザハラさんの元へ一歩足を踏み出す。
「ごめんなさい。ごめんなさい…」
ザハラさんはきっとこの1週間、ずっと罪悪感に苛まれていたのだろう。
息子を助けたい一心で私を巻き込んでしまった。彼女はわかっていた。天空神殿に私を連れて行けば、私の意思には関係なく死ぬかもしれない儀式を受けることになると。
だけど息子が心配で私を攫って、でもそんな私に罪悪感を抱き、板挟みになりながら彼女は苦しんだ。
別に私は怒っていないけれど…あ、やっぱりザハラさんのせいで結果的に降神術っていう本編突入しても問題ない魔法を覚えてしまったわけだから思うところはあるけど、まあとにかく、それほど怒ってはいない。
しかし彼女はきっと罰を求める。許しは求めないけれど、私に自分を罰してほしいから私の前に現れた。
でも私は思う。ザハラさんはもう罰を受けていると。やさしい彼女はもう罪悪感で苦しんだ。なら私はなにをするべきか。ザハラさんの心を軽くしてあげればいいんだ。
「ザハラさん。私、サラにあったよ」
「っ!」
「顔をあげて」
手を伸ばしなかば無理やり彼女の顔をあげれば、サラと同じモスグリーンの瞳が涙で潤み揺れていた。
「ザハラさんもサラも優しい目をしてる。私2人の笑顔が大好き。だから泣かないで笑って。大丈夫。サラはもう元気になったよ」
「リディアちゃんっ。私っ。ごめっ、ごめんなさいっ」
ザハラさんがサラの回復を知っていたか知らなかったかはわからない。
だけど私の言葉を聞いて彼女の瞳からはよりいっそう涙がこぼれた。
「私、怒ってないよ。むしろ感謝してる…とまでは、言えないけど。うふふ。私けっこう天空神殿での生活を楽しんだんだよ。新しい友達もできたし、あ、サラと私は友達なんだよ」
サラと友達。そう言ったところで、ザハラさんは震える口を開いた。
「加害者である私があなたにこんなことを問うのは許されないってわかってる。だから答えなくてもいいの。……あの子は、サラは幸せに暮らしていた?」
うーん。これはなかなか難しい。
苦笑するけれど答えないわけにはいかなかった。
「自由とか誤解とかいろいろあったから幸せに暮らしていたとは胸を張っては言えない。けどサラはこれからきっと幸せになる。これは断言できるよ」
微笑めばザハラさんは「ごめんなさい。ありがとう」とまた涙を流しながらうつむいてしまった。
そんな彼女の手を取り私は笑いかける。
「ザハラさん、私はさっきも言ったように怒ってない。それでも罪悪感を抱くなら、笑って。私は悲しい顔より笑顔が好き。ごめんなさいより、ありがとうをいっぱい聞きたい。そして私がいつか困ったとき、助けてほしい」
ザハラさんは私の言葉にハッとしたように顔をあげ、そして涙を流しながら微笑んだ。その笑顔から感じるのは感謝と罪悪感と、そして懐古だった。
なぜだろう。怪訝に思ったけれどザハラさんが笑顔ならばそれでいい。
「っありがとう。リディアちゃん、ありがとう。サラを助けてくれてありがとう」
抱きしめればザハラさんは抱きしめ返してくれる。
いつもと逆だ、なーんて笑っていたら、ごほんごほんと頭上で主張する咳の音が聞こえた。
顔をあげれば複雑な表情の師匠が立っていた。
感動シーンに茶々を入れるとは、我が師匠ながらなんて空気の読めない男なのだろうか。
「リディア、俺はザハラと話がある。先に家に戻ってろ」
「……ザハラさんのこと虐めないでよぉ」
「善処する」
師匠は私から目をそらした。
絶対に善処する気ないぞこいつ。
私は師匠をにらむがさっさと行けという風に手で追いやられてしまった。
「そうだ。エルたちにはリディアは1週間修行に行ったって伝えてあるから口裏合わせろよ」
「修行?どうしてそんな話になったわけ」
「お前が攫われたなんていったら3人とも心配して暴走するだろ」
「……たしかに」
うぬぼれているわけではないが、心配して暴走する3人の姿が目に浮かぶ。師匠、ナイスジャッジ。
だけどそう考えると、3人に何も言わず1週間修行に行ってきたという話をした場合もひと悶着ありそうで……憂鬱だ。師匠にザハラさんをいじめるなよと念押しし、私は2人を背にして家に向かって歩き始めたのであった。
///////★
「ねぇクラウス。リディアちゃんは、あなたとリリアさんの子供なんでしょう」
リディアの姿が見えなくなってからこぼれたザハラの言葉。
クラウスはなにも答えない。
「瞳以外、あの子はリリアさんとそっくりだわ。それにさっきの言葉…」
ザハラはリディアの言葉を思い出し、サラを身ごもったときに自身を支えてくれたリリアを思い出し、涙を浮かべる。
『罪悪感を抱くなら、笑って。私は悲しい顔より笑顔が好きよ。ごめんなさいより、ありがとうをいっぱい聞きたい。そうねぇ、あとは…そうだわ!私たちがいつか困ったときに、助けてちょうだい。これでどうかしら』
リディアの言葉は、いつの日かリリアが彼女にかけてくれた言葉と同じだった。サラを守るためとはいえ夫婦に迷惑をかけ罪悪感を抱いていたザハラの心を軽くするためにリリアが提案したのだ。
「私はリディアちゃんの力になりたい」
リリアの死は風の便りで知った。
死因は教えてもらえなかった。だけど穏やかな表情で眠る彼女を目にして、クラウスが抱く金色の髪の赤子を見てザハラは後悔したのだった。
恩を返せなかったと。死んでしまってはもう意味がないのだと。
もう同じような後悔はしたくない。
「リディアちゃんはなぜあなたが父親だと知らないの?いいえ、今この話は不要ね。……あなたが私に情報を求めるのは全てリディアちゃんのためなんでしょう。力を貸すわ。今まではあなたとリリアさんへの恩返しだった。でも今は違う。リディアちゃんの力になりたい。だからあなたがなにをしようとしているのかもっと詳しく教えっ…」
ザハラの真横を熱いなにかが通り過ぎた。赤い血が頬を伝う。焦げた皮膚の匂いが鼻を突く。
彼女の背後の木は炎に包まれ燃えていた。
紅蓮の炎は目の前に立つ男の感情そのものだった。
ザハラは息を呑んだ。
「黙れ。お前はなにも知らなくていい。ただ俺の指示に従って情報を集めろ。リディアは許したとしても、俺は今回のことを許さない。お前に明かすことは、なにもない」
彼の体からはチリチリと炎がくすぶっていた。
許してもらえるなんて思う訳がなかった。彼の言動は正しい。愛娘を奪われたのだ。許せるはずがない。
クラウスとリディアの立場を自分とサラに置き換え考え、彼女は唇を噛みしめる。改めて自分の罪深さを自覚した。
だからザハラは静かにうなずく。
「そうよね。ごめんなさい。わかった。知りえた情報すべてあなたに渡す。これが私の贖罪です」
「……。」
「まだ調べるつもりだけど、とりあえずこの情報をあなたに渡しておくわ」
ザハラはクラウスに封筒を渡すと、月明りに照らされた森の中へと戻っていった。
1人になったクラウスは封筒の中に入っていた手紙を読み、ため息をつきその場にうずくまる。
「リリア、俺はあの子を失いたくないんだ。失わないためにあがいているのに、そのせいでリディアは危険な目に遭う。運命以前に死んでしまったらどうしよう。俺がやっていることは正しいのか?」




