46.居候2名
3人称です。
快晴の空の下。太陽の仮面をつけた男が自身の存在する空間を見回し笑みを浮かべていた。自分の常識とはあまりにも異なる魅惑的な景色。
1回目のときも思ったがリディアの精神世界はとても面白いのだ。
精神世界は人にもよって違いはあるが、サラのように草原などの自然を感じるものが一般的だ。しかしリディアの精神世界は異質だった。前世の記憶による影響だろうか彼女の精神世界は学校の屋上の姿をしていた。
自殺防止の柵の隙間から見える景色は、前世に彼女が大学の屋上から見た景色そのもの。
北を見れば住宅街。東を見れば森。西を見れば部室棟や新校舎、南には駐車場があった。太陽神はこの景色が好きだった。
『また見ることができようとは。人生なにがあるかわからないものじゃなぁ』
しみじみとうなずく彼は屋上の隅にあるベンチに座っていた女性に『な?』と同意を求めるように笑いかけた。
ベンチに座り空を見ていた女性は当然それを無視するが、そんなことで太陽神が話しかけることをやめるわけがない。なにせ1回目にはいなかった話し相手が今回はいるのだ。しかもその話し相手は意外な人物ときた。
太陽神は仮面の下で笑みを深めた。
『まさかこんなところで会うとは思いもせんかったわい。いつぞやの共犯者さん。それともわしの創った運命を狂わせた前科持ちの妖精さんとでも言うべきかのぅ』
さすがに無視できない言葉。女性の体がピクリと動いた。
「…あなたの創った運命を狂わせたのは1回目の私であって、今(2回目)の私ではないわ」
『屁理屈でーす。1回目だろうが2回目だろうが結局は同一人物なのでーす』
屋上の隅のベンチに座る女性は「うざ…」とため息をついた。風に吹かれ女性の銀色の髪が揺れる。淡い紫色の瞳は変わらずに空を見上げ続けていた。
しかし全く相手にされなくとも話かけ続けるのが太陽神だ。
『ねー、ひまじゃしおしゃべりしよー』
「断る。私はもしものときに備えて力を可能な限り使いたくない。神であるあなたと違って私はこの空間に居座り続け、こうして話すだけで魔力を削るの」
女性が空から太陽神へと視線を向ける相手を変えた。
殺気しか感じない視線に刺されても太陽神は楽しそうに笑い続ける。気味が悪い。
『とか言ってぇ~、お主わりと力つかっとるじゃろ~。主に息子に会えたときとか、息子が危険な目に合ったときとか。まあ警告程度の力しか出しておらんかったけどぉ』
「……。」
『体はもう現世に存在しないというのに。魂だけとなっても、この世にしがみつくその執念…いや息子たちを想う母の愛に神様完敗~。で?実際大丈夫なのかのう?あと6年弱もこの世にとどまるための魔力はある?』
太陽神は女性を気にかけるような言葉をかけているが、その言葉は上辺だけで実質は神として現状確認のための質問だ。もしくはただ楽しんでいるかのどちらか。
そのことを知っている女性は当然なにも教えない。
「お前に明かす筋合いはない」
女性の言葉に太陽神はややオーバーに肩を下げる。
『これからシェアハウスする仲になるというのに冷たいのぉ。神様泣いちゃう~』
「うざい!」
女性はとうとうキレた。
彼女はこれでももった方だ。リディアであれば太陽神に話しかけられた時点でキレていたであろう。
「いいわ。そんなに話したいのであれば、話しましょう。お前に質問がある。今回のリディアの試練の回答は1回目の時と異なっていた。なのになぜ彼女を合格にしたの?」
リディアが降神術の資格を得るために乗り越えた神の試練。ついきのうの出来事を思い出しながら太陽神は柵によしかかる。
彼は珍しく首をかしげていた。
『うーんと?お主が所持している記憶は、リカルド・アトラステヌと「いつ君」の記憶だけだったはずじゃが。はて?なぜ1回目の試練の回答を知っている?それを教えてくれれば応えよう』
「交渉成立ね。私は第一魔法が時、第二魔法が氷、第三魔法が記憶。あなたも知っているでしょう。1回目の世界のものも含めたリディアの6歳以前の記憶は眠っているだけで、まだ彼女の中に存在している。私は魔法で相手の記憶を見ることができる。だから見た。だから気づいた。それだけよ」
淡々と言葉を連ねながら女性は警戒するように太陽神を見ていた。太陽神であればなぜ彼女が1回目の試練の答えを知っていたか問わずともわかったはずだ。
いったいなにが狙い?
『言ったじゃろ。わしはひまじゃからおしゃべりがしたい』
ずいぶんとタイミングのいい返答に女性はため息をつく。これで他者の心が読めないなどとのたまうから、仮面と相まって一層うさんくさいのだ。
『ちょいちょい、そんな顔しないどくれよ~ん。答えてあげるから』
「ならさっさと答えて」
『はいはーい。……たしかに、1回目のリディアは今回とは違う回答をした』
1回目の世界での6歳以前の記憶を失っていないリディアは「誰か一人だなんて選べない。自分を犠牲にするからみんなを助けてほしい」と回答した。その回答をもって太陽神はリディアに降神術の資格を与えた。
言いかえれば彼女は回答で、「みんなを助けなければ光の巫女を失うことになるぞ。あ?」と暗に神を脅していたのだった。太陽神はわざとらしくリディアこわ~いとおびえる。
『あれはのぉ、ほんとーっに、簡単な試練だったんじゃ。あの場で誰か一人を選ばなければ、それだけで正解じゃった』
光の巫女は自身の運命通りに生きなければならないという使命がある。つまり誰か一人を特別扱いして救うことは許されないのだ。
感情に流されず使命を全うしなければならない。その自覚・責任は揺らいでいないか。それを確かめるための試練だった。
回答としてはもちろん1回目のリディアのように自分を犠牲にするというものが望ましいし、それが光の巫女らしい回答だ。
が、今回の2回目の世界の6歳以前の記憶がないリディアの回答でも間違いではなかった。
彼女はあの場では誰も特別扱いしなかったのだから。……その回答が光の巫女としての使命を意識したうえでのものであったたかどうかは、ともかくとして。
「降神術の資格を得るのは案外簡単なのね」
『ほっほっほ。リディアにとってはな。あれが降神術を使えなければ運命通りにはいかなくなる。こちらも試練のハードルを下げたまでじゃ』
「運命通り」その言葉に女性は唇をかむ。
「……私は、お前たち神が嫌いだ。運命なんてくそくらえ。私は絶対に運命を変える」
『ほっほっほ。頑張れ~』
女性は太陽神を無視して空を見上げた。空は現実世界と精神世界を唯一繋ぐ窓だ。空を通して現実の世界の情報を得ることができる。
空には頬に青筋を立ててながらも怒るリディアの姿があった。
なんでもリディアの婿候補としてガブナー、シグレ、サラの3名が挙がっているそうで彼女はキレていた。なぜそんな話になっているのか。太陽神と話していたためにその詳細についてはわからないが、リディアと同じように精神世界にいる女性もキレていた。
「っざけんじゃないわよ!なによ婿候補って!?あのクソビッチはまた男をたぶらかして。長髪は確実。色黒は違うだろうけど…共感体質のガキはなに考えてるのかわからないから微妙ね」
女性の見立てでは無気力顔は親愛、眼鏡は敬愛の目でリディアを見ているため、今のところ新たにリディアに恋愛感情を抱いた人間は長髪しか増えていない。が、いかんせん不愉快である。
『わーい!逆ハーレムばんざーい!もぅこれじゃからリディアは最高なんじゃよん。やっぱり運命通りの展開なんて見ててもつまらないしぃ~』
隣でうざい太陽仮面が小躍りしているからいっそう不快である。
女性は冷えた眼差しで太陽神を一瞥した。
「……あんた仮にも運命創った神様なんだからそういう発言控えなさいよ。にしても、なんであの子たちはこんなビッチに惚れるのかしら。信じらんない」
『そういうお主こそ、仮にも居候させてもらっている身でひどくない?宿主をビッチよばわりとか。力温存したいとか言っておいて、普通に空に向かって吠えてるし』
「うるさいわね、それとこれとは別よ。私はそれなりにあの子のこと認めてはいるのよ。無自覚鈍感逆ハーレム量産系クソビッチだけど、私の息子の嫁になることは許してあげているもの」
『ムッ。それは聞き捨てならんぞー。わしはリカ押しじゃからなー』
2名の間で火花が散ったのは言うまでもないだろう。
女性を中心とした一帯の気温は氷点下にまで下がり、逆に太陽神の周りの気温は灼熱の砂漠と言っても過言ではないほどに上昇する。
「なにが押しよ。あんたの創った運命上でリカがリディアの運命の相手だから2人をくっつけたいだけでしょ」
『わかっとらんのぉ。たしかにリディアはリカと結ばれる運命じゃが。そんなことよりもなによりも、愛した女性の死を受け入れられず時を遡り現在に至らしめたその一途な気持ちを、わしは応援したいわけ~』
「馬鹿みたいだわ。一途と言えば聞こえはいいけど、やってることはストーカーと同じじゃない。それならうちの…『はいはーい、もうわかりましたぁ~』絶対にわかってないでしょ!」
リディアの精神世界だというのに本人のあずかり知らぬところで討論は永遠と続けられた。
案外相性がよさそうな居候2名なのであった。




