43.夢を壊すタイプの神様
さてとうとうやってきました儀式の日。儀式の日当日である今日は修行がない。やったぜ!儀式を行うのは昼からだ。ということは、起床してから昼までの間は自由時間である!
なんてわけがなく。
現在のリディアちゃんは儀式を受けるために体を清めるとかで、ハーブ湯?に浸かって神官長のよくわかんない呪文を頭からぶっかけられ、またお湯に浸かってを繰り返していた。
清めの服を着ながらお湯に浸からなければならないため、体に服が張り付いて気持ち悪いったらありゃしない。
まったくもって楽しくないよ。
え?ハーブ湯じゃなくて聖なる泉?古狸さんたちがぶつくさ言っているが、私的にはあれは聖なる泉ではなくただの豪勢な造りのハーブ湯風呂だ。
え?神官長のよくわからない呪文じゃなくて儀式を受けるための…はい、もうめんどうだから古狸さんたちの小言は無視することにした。
儀式を受けるための清めには最高位の神官3名しか立ち会えないとかで、ガブちゃんやシグレはこの場にはいない。つまり心の底から楽しくない。テンションだだ下がりである。
2人とも儀式への見送りにはきてくれるからいいが、このまったくもって楽しくない清めの時間は苦痛だ。
ようやく儀式を受けるための清めが終わったのは昼。
あっという間に儀式を受ける時間ですよ。ため息をついてしまう。
少しくらい休ませてもらいたいところだが哀れな私の希望は通らず、私とガブちゃんとシグレは儀式の間へと続く螺旋階段を目の前に立っていた。
「それでもって儀式を受けるわけだからそれなりに豪華な服になるかと思いきやいつもと変わらない白ワンピースだし。乙女心をわかってないなぁここの人たち」
「フッ。文句を言う元気があれば神の試練も乗り越えられるだろう」
ガブちゃん、君笑っているけどこれでも私は緊張してるんだからな。
青筋ピクピクの私の気持ちを感じ取ったのかシグレがガブちゃんをにらむ。
「文句を言う元気とか関係なしにリディア様であれば必ず儀式を成功させます。先生はこの4日間リディア様のなにを見てきたんですか」
「う、うーんシグレ?そのコメントはちょっとずれてないかなぁ?」
シグレは私をフォロ―すると見せかけて逆にプレッシャーを与えているということに気づいて…いませんね。このキラキラ笑顔は純粋に私であればできると信じている顔だ。シグレを見てガブちゃんはあきらめたような顔をしている。
そんな彼らを見ていたら肩の力が抜けた。
緊張したって仕方がない。私には儀式を成功させる以外に道はないのだから、神様に泣きついてでも降神術の資格をもぎ取るしかないのだ。
ちなみにだけど儀式の間は天空神殿内にはない。儀式の間は人間界と天界をつなぐ神の領域に存在しているのだそうだ。
神の領域にだなんてどうやって行くんだよという話だが。なんでも天空神殿は一部神の領域とつながっているそうで、今私の足元にある金色の線――境界線の向こうにある螺旋階段が神の領域なのだとか。神官長が清めが終わった後に説明してくれた。
つまりこの螺旋階段を昇って行った先に儀式の間があるのだ。
ガブちゃんとシグレはこの境界線の向こうにはいけない。儀式を受ける光の巫女だけが線を越えられる。
私は足元の金色の線を越え、螺旋階に片足をのせた。
線を越えた以上、もう後戻りはできない。
息を呑む2人にむかって笑いかける。サラのようにやさしい笑顔は私の性に合わない。不敵に、楽しむように、私は彼らに笑顔を向ける。
「すぐに戻ってくるから待っててね」
無言でうなずく2人を背に私は螺旋階段を上り始めた。
///////☆
「って、いやいやいや、かっこつけたけどさ!螺旋階段長いから!?どれだけ上がってもゴールが見えない!」
螺旋階段を上り始めて体感1時間。私はゼーハーゼーハー肩で息をしながら終わりの見えない螺旋階段に青筋を立てていた。
ぜんっぜん儀式の間にたどり着かない。正確に言えば太陽神様がいるとされる儀式の間に入るためにぶっ壊さなければならない門の前にたどり着かない。
お忘れかもしれないが儀式を受けるためには神様の元へつながる門を壊さなければならないのだ。門を破壊しなければすべてがはじまらない。
私が何のためにガブちゃんのスパルタ修行を受けてきたと思っているんだ!門をぶっ壊して試練受けさせろや!と神様に殴り込みにいくためだ。
それなのに門がいつまでだっても現れないとか!疲弊させて門を壊されないようにする作戦か。卑怯だぞ神様。
文句を言いながら階段を上り続ける中でふいに思い出したのは、境界線に向かうまでのガブちゃんとの会話だ。
「そうえいばガブちゃんに聞いておきたいことがあったの」
儀式の前にガブちゃんに聞こうと思っていたのだが神官長と古狸3人による清めの時間が思いのほか長くて、結局移動の最中に聞くことになったのだ。
「なんだ?」
「サラのお母さんってザハラさんだよね?」
私の言葉に特に驚いた様子も見せずガブちゃんはうなずく。
ガブちゃんはサラのお母さんがザハラさんであることを知っていた。まあガブちゃんはサラの師匠だからね、知っていてもなんらおかしなことはない。
「ガブちゃんとザハラさんは友達?」
「知り合い以上友人未満といったところだな。俺の知り合い…というか腐れ縁の男がザハラと交流があって、そのつながりで彼女と知り合った。彼女もかつてこの天空神殿で働いていたそうだ」
腐れ縁といったときにガブちゃんの眉間にしわがよったのが気になったが、今注目するところはそこではない。
私が知りたいのはサラがほんとうにザハラさんに捨てられたのかどうか。
私はザハラさんがサラを捨てたとは思えない。だからガブちゃんに真相を聞こうと思ったのだが、
「その言い方だと、ガブちゃんとザハラさんは一緒に働いていたってわけじゃないんだね」
知り合い以上友人未満と言っていたし、ザハラさんとあまり親しくないのなら期待はできなさそうだ。
肩を下げる私を見て少し機嫌を損ねたらしいガブちゃんは眉間にしわを寄せる。
「彼女がここで働いていたとき、俺は旅をしていて天空神殿にはいなかった。彼女と入れ替わるように天空神殿に戻ったから、ザハラと初めて対面したのはサラの後見人になってほしいと頼まれたときだ」
「ん?後見人ってことはサラとザハラさんの事情を知らないわけがないじゃん!ちょ、その話くわしく聞かせて!」
ガブちゃんの話によると、ザハラさんは天空神殿で神に仕える唯一の女性神官だったそうだ。優秀で将来に期待もされていたが、たちの悪い同僚の神官に目を付けられてしまい彼女はサラを身ごもった。神官は清い身でなければならない。だからザハラさんとザハラさんに手を出した男は天空神殿を追放された。
そんなときにザハラさんが出会ったのがガブちゃんの知り合いの腐れ縁?の夫婦だった。その夫婦の援助を受けてザハラさんはサラを生み育てていた。
神官になる資格を持つのは白い髪を持つ人間だ。逆に言えば白髪の人以外は神官にはなり得ない。そのため白髪の赤子が生まれると教会や神殿の神官たちは保護という名で親から赤子を奪っていく。
当然ザハラさんとサラも例外ではなく。ザハラさんは息子と引き離されることを望まず、追手の神官たちからサラを隠し守り育てていた。が、サラの魔力が膨大であり、さらに第一魔法と体質も相まって、ガブちゃんの腐れ縁?の夫婦の力を借りても、サラの存在を隠し通すことが難しくなっていった。
決定打はサラが3歳になったときに引き起こされた魔法の暴走。
サラの共感体質が当時身を隠していた村に住む人たちの不安を感じ取ってしまい、彼の第二魔法である風魔法が精神的に不安定な状態で増幅され暴走、結果サラは自分の魔法で大怪我を負った。
ザハラさんは苦渋の決断をする。
サラの魔法と体質が自分だけならまだしもサラ自身を傷つけ、さらにそのとき自分はサラを止めることも守ることもできなかった。サラと一緒にいたいけれど、サラのことを思うのであれば安全な場所に――天空神殿に預けるしかない。身を切る思いでザハラさんはサラと離れることを決意した。
腐れ縁?の夫婦さんがガブちゃんをザハラさんに紹介し、こうしてガブちゃんはサラの後見人になったそうだ。
「……ガブちゃんは今もザハラさんと手紙のやり取りかなにかしてるでしょ。ザハラさんにサラが危険な状態って教えたのもガブちゃんだと私は考えているんだけど、どうですかい?」
「ああ。お前の考えた通りだ。神殿の目もあるから1年に1度、サラの写真をザハラに渡すことしかできていないがやり取りはしている。…息子の危篤を教えないわけにはいかないだろう」
眉間にしわを寄せるガブちゃんに笑みがこぼれる。彼のやさしさのおかげで今、私はこの場にいるのだ。
「ありがとねガブちゃん」
ずっとザハラさんが年下の子供にメロメロなのが気になっていた。
ザハラさんは私たちをいつもかわいがってくれた。でも実を言うとアースが来てからは特にアースをかわいがっていた。それは自分の息子と外見年齢が同じだったから、サラのことを思い出して私たちのことを可愛がっていたのではないだろうか。
サラはお母さんに捨てられたって言っていた。けどやぱりそれは違ったのだ。
ザハラさんはサラを愛していたし今も愛している。そうでないと恨まれることを覚悟で私を天空神殿に連れ去ったりしないもの。
このことをちゃんとサラに伝えないと。
「そのためには儀式を絶対に成功させないといけない。……なのに螺旋階段を上がっても上がっても門は現れないとか!さっさと門でてこいよ!」
回想しているうちに到着するかなと思いきや着かないし!
青筋浮かべて叫んだときだった。
それは音もなく私の目の前に現れた。
「っ!?」
白地に金の模様の大きな門が私の鼻すれすれに出現した。ちょっと鼻を擦った気がするぞ!?思わず後ずさって後ずさったはいいものの螺旋階段だから後ずさった先は空中で危うく転びかけた。
「あ、危ないじゃない!これ絶対に私が怒鳴ったからポンって門だしたんでしょ!」
太陽神様、なかなかにいじわるもしくはいたずらっ子だよ。
いつの日かガブちゃんが私と相性がいいのは太陽神だろう的なこと言ってたけど、なぜそう思ったのか理由を聞きたいですね、心底。
だがそんなこと今はどうでもいい。
せっかく門が現れてくれたのだ。ならばさっさと壊さなければ。
三段ほど階段を降りて門から距離を取る。
魔法は創造だ。ガブちゃんのスパルタ修行で何度も私と一緒にしごかれた光(戦)の蝶(友)を思い浮かべ魔力を込める。
ガブちゃんとシグレと今日まで頑張ってきたのだ。今の私ならできる。
『光の蝶!』
私の呼び声に応じるかのように出現したのは、目もくらみそうなほどの金色の光を纏った光の蝶たち。
何百匹もの光の蝶は私を門の向こうにいる神様の元へと導くように門に衝突していき、そして、門を崩壊させた。
パァンと門が光の粒となって崩壊する。崩壊すると言うよりもはじけたというほうが合っているかもしれない。
ともかく崩れ消え去った門の先にあったのは、門と同じく白地に金の文様の描かれた床と天井。壁はなく白の柱数本が天井を支え、柱の隙間から見えるのは青い空。おひさまの匂いのする風が私の頬をなでる。
ここが儀式の間。
そして逆光で顔が見えないが、私を歓迎するかのように腕を広げ立っているのが神様に違いない。
ゴクリと生唾を飲み込んで儀式の間へと足を踏み入れればようやく神様の顔が見えた。
キトンによく似た白地に金の模様の服を着たその神様の顔は、
『よくぞ門を開けた。光の巫女よ』
太陽のお面だった。
「……。」
『うーん。違うか。門を開けたというよりかは、門を壊したが正しいかのぅ』
ちなみに声にはモザイクがかかっている。
もう一度目の前にいる神様を見た。
身長はそれなりに高く、性別はおそらく男で口調から結構なお年を召された方だと思われる。長い金色の髪はゆるく三つ編みにして束ね、橙色の太陽の形のお面をつけている。……うん。
「すみません、訪ねる神様を間違えたみたいです。さよなら」
『またんかい!わしが太陽神じゃ!見たらわかるじゃろ!?このお面でわかるよね!?』
「嘘だ!神様がこんな変人なわけがない!」
『ひっど!』
私の目の前に立つのは神様というよりもやはり珍妙な面をかぶった変人。
にらみつければ、仮面上部に空いた2つの穴から見える金色の瞳が細くなった。
『べっつにぃ不満ならば帰ってもいいんじゃぞ?お主が試練を受けられないだけじゃし』
「うぐっ」
それは困ると言う話だ。
もう私は後戻りできないしするつもりもない。目の前にいるのが変人にしか見えない自称太陽神様だとしても、試練を受けるしかないのだ。
「あんたを神様だって認めてやるわ!だからさっさと試練を受けさせなさい!サラを助けるんだから!」
『偉そうじゃが許してやろうかの』
神様が手を振りかざせば視界が反転し、景色が変わる。空間移動だ。
『我は太陽神。かつて数多の光の願いを受け、希望をつくった者。門を破り我の前に姿を現した今代の光の巫女に試練を与えよう。なぁに簡単な試練じゃ。すぐに終わる』
威厳たっぷりに言葉を連ねた後で、太陽神様はいたずらっ子のように声を弾ませた。
私はひきつった笑みを浮かべる。いたずらっ子だなんて我ながらいい解釈だ。
「なにが簡単な試練よ」
私は太陽神様を甘く見ていたようだ。
現在私が立っているのは今にも崩れそうな崖の上。足の踏み場はないに等しい。そんな崖の下にあるのは海でもましてや天空神殿のような空でもなく、ぐつぐつと煮えたぎるマグマだ。暑いし、熱い。落ちたら確実に死ぬ。
……マグマじゃなくて、ミネストローネだったらいいのに。
憎き清めのせいで朝も昼も何も食べていない私のお腹は悲しい音を立てた。




