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41.雲は晴れた



 「…リディア。寝る前に少し話せないか」

 「うん。いいよ。私も話したかった」


 シグレに神官長たちへの報告をお願いしサラの部屋を出た私はガブちゃんに連れられ、神殿内にある噴水に来ていた。

 月に照らされて噴水がキラキラと輝いている。

 噴水前のベンチにガブちゃんがハンカチを敷き私に座るように促す。ガブちゃんは色黒バイオレンスだが紳士なのだ。

 

 「こんな場所があるなんて知らなかったよ」

 「当たり前だ。貴様はずっと修行をしていた。神殿内を見る暇などない」


 そうですね、ずっとガブちゃんにスパルタ教育されてましたからね。ガブちゃんなんて禿げてしまえっ!

 ケッと心の中で毒を吐けば、ガブちゃんがじっとこちらを見ていた。え。禿げろって思ったのバレた!?


 「リディア、お前は3日の間に成長した。自慢の弟子だ」


 いつも私の腕をひねりあげていた大きな手が私の頭をぐりぐりとなでる。

 予想外の言葉と行動に私は唖然茫然。


 「……え。急にデレた。私、明日死ぬの?ガブちゃん、死亡フラグっぽいからやめて」

 「貴様はなにを言っている」

 「そう、それ!その冷たい眼差しでお願いします!」

 「……。」


 ガブちゃんはため息をつき私の頭から手を離した。

 なんかごめんなさい。自慢の弟子って言ってもらってすごくうれしかったんだよ。でもガブちゃんらしくないから怖くなったんだよ。

 あと禿げちゃえって言ってすみませんでした。ガブちゃんは死ぬまでふさふさです。だからそんなマゾヒストを見るような目で見ないで。違うから。マゾなのはアリスの同僚の騎士さんだから。


 「できることなら5日かけてお前を指導したかったが、こうなってしまえば仕方がない。及第点だが今のお前であれば儀式を…神の試練を乗り越えられるだろう」

 「え。及第点?自慢の弟子って言ったのに及第点なの!?」


 ガブちゃんの腕にしがみつけば、あらら彼はとっても怖い顔。いつも通り冷たい目でガブちゃんは私の口の中になにかを突っ込んだ。甘い。飴だ。ガブちゃんは私を黙らせるのがほんとうにお上手ですこと。

 仕方がないから話を変えてやろう。


 「予定が繰り上がって明日が儀式になったわけだけどさ。どうして5日間修行するって言ったの?」


 最初ガブちゃんは太陽が1年の中で1番高くにあがるのが5日後だから、その日に儀式をすると言っていた。

 だけど実際は5日後に儀式をせず明日行っても問題はないご様子。どうして最初に5日設けたのか、その理由がなんとなく気になった。


 「…サラの命のタイムリミットだ。お前が来た時点でもって5日だった」

 「そっか」

 

 なんとなくそんな気はしていた。だって日をまたぐごとに現実でのサラの顔色が悪くなっていたんだもの。察しはつくよ。

 ガブちゃんは驚かない私を見て「貴様は変なところだけ勘が鋭い」と舌打ちをする。


 「サラの髪が白髪一束を残しすべてが闇色だということに貴様は気づいているだろう」

 「うん」


 夜空を照らしていた月が分厚い雲に覆われ、辺りは夜の闇に包まれる。

 私の隣で息を吐く音が聞こえた。


 「闇にのまれた人間もしくは闇に落ちた人間は、髪の色と瞳の色が変わる。髪は闇色に、瞳は血の色に。文献にそう書いてあっただけで実際に見たことはなかった」

 「サラの髪はほとんどが真っ黒だね」


 白髪だったはずなのに闇色の髪になっていた。それは闇にのまれたから。眠っているから見えないだけで瞳の色も赤に変わっているのかもしれない。


 「闇の影響で髪や瞳の色が変わるには時間がかかると…数年はかかると俺は考えている。しかしサラは短い時間の間に目に見えて変わっていった」

 

 サラの魔力は私と同じで破格だ。加えてサラは第一魔法が増幅だと言っていた。そして共感体質。だから闇の精霊を多く生み出してしまう。たとえ無理やりだとしても、人より闇の精霊を多く生み出してしまうぶん、見た目はすぐに変わったのだろう。


 私の仮説を裏付けるようにガブちゃんが語る。


 「髪や瞳の色が変わるのは体が闇に順応するからだ。だがサラは自分の意思に関係なく無理やり、しかも急速に闇に体を侵食された。つまり全く順応できていない」

 「うん」

 「記録があった。サラのように急速に闇に体を侵食された者は、髪と瞳の色が変わり、闇に順応できず死んだと」

 「…うん」

 「サラの髪の色と残りの命はリンクしていたということだ」


 息を吐く。

 月を追おう雲はまだ晴れない。


 「いますぐにでも儀式をしたいけど…」

 「明日だ。お前は太陽神の試練を受けるべきだ。本来であれば5日目の正午に儀式を受けたかったが、明日の正午、太陽が昇ったときに儀式を行う」

 「…もっと早く理由を言ってくれたら、私修行を頑張ったよ」


 少しむくれればガブちゃんはそんな私を鼻で笑う。


 「言えばお前が頑張るのはわかった。だが頑張りすぎて倒れることもわかった。だから今、話した」

 「…ん」

 「リディア、貴様は救いようのない阿呆だな」

 「うん!?」


 なぜこの流れで罵倒された?

 怪訝にガブちゃんを見て息を呑んだ。

 彼は眉間にしわを寄せて、だけどその瞳は困ったように揺れていた。


 「阿呆の貴様は忘れている。儀式に失敗すれば死ぬんだ。そのことを承知で俺達神官は、自分のために、お前の善意に付け込んで儀式をさせようとしている。今だってサラのことを心配しないで自分の命の心配をして、お前は不安を周りにぶつければいい。それが許される。むしろそうするべきだ。…逃げても、誰もお前を咎めることはできない」


 なるほどとうなずく。ガブちゃんがしたかった話はきっとこれのことなのだろう。

 逃げてもいい。そう私に伝えたかったんだ。

 口角は自然と上へあがる。


 ほんとガブちゃんはバイオレンスの腕ひねり野郎くせに、ほめ上手だったり気遣ってくれたりやさしかったり紳士だったりイケメンだったりしてさ。

 だからなんだかんだで大好きなんだよ。


 分厚い雲が晴れ、月が姿を見せた。

 夜の闇に包まれていたはずなのに私たちはいつのまにやら月の光で照らされる。


 「私は阿保じゃないよ。ガブちゃんが色黒バイオレンスな勘違い野郎なんだよ」

 「あ?」


 ついさきほどまでの様子とは打って変わって頬に青筋を浮かべたガブちゃんはスルーさせていただき言葉を続ける。


 「わ、私が明日儀式をするのは自分のためなんだよ。私、ガブちゃんとシグレとサラが大好き。サラが死んだらガブちゃんとシグレは悲しむでしょ。私もサラが死んだら悲しい。夢の中でサラと会ったの。私サラと友達なんだよ。私は大好きな人が死ぬのは嫌だし、大好きな人たちが悲しむ姿も見たくない。だから儀式をするの」


 私は私のために命をはるのだ。だから阿呆じゃない!

 胸を張って笑いかければ、ガブちゃんの顔からはいつの間にか青筋が消えそのかわりに困ったような笑みがそこにはあった。


 「性格は父親似だと思っていたが、そういうところは母親にそっくりだな」

 「ん?なんか言った?」


 ガブちゃんが何かを言ったのはわかったのだが、大きな風の音で聞こえなかった。

 だから聞き返したのに彼はフッと笑って首を横にふった。


 「いや俺はなにも言ってない。貴様の空耳だろう。ちなみにシグレは儀式に死の危険が伴うことを知らない。だから…」

 「もちろん!私死ぬかもしれないの!なんてことは言わないわよ!死ぬつもりなんてないし!」

 「そうか」


 ガブちゃんはやわらかく微笑むと私に手を伸ばした。それはなんてことのない、さもこれが当たり前とでもいうかのように違和感のない行動だった。

 大きな手が私の頭をなでるように髪をすきながら自分…ガブちゃんの方へと引き寄せる。


 へ?


 気づいたときには私の額にやわらかいものが触れていた。

 え。あの、これって、でこちゅーですよね!?


 「大丈夫だ。リリアがお前を守ってくれる」


 ガブちゃんが意味の分からないことを言いながらクールに笑う。

 はずかしいよりも驚きが勝ったらしい。脳内は冷静である。


 「……へ、へー。王子だけじゃなく、神官もキスするの当たり前なの。もう常識が分からない。ちなみにリリアって誰だ」

 「俺がこの世で唯一愛する女神の名だ」


 ガブちゃんはさらっと嘘を吐いた。だって私は思い出したんだもん。

 ガブちゃんの魔導書に書いてあった光魔法のところに『リリア』って書いてあった。女神じゃないじゃん。光の巫女さんじゃん。


 「ま、まあいいよ。深くは聞かないであげよう。でもねガブちゃん、愛する女神さんの名前を言いながらでこチューかますのは止めた方がいいと思うよ」


 浮気だよこれ。とは言わない。浮気といった時点でガブちゃんはロリコンのレッテルが貼られてしまいますからね、かわいい弟子の気遣いですよ。

 やさしい気持ちで忠告してあげればガブちゃんの眉間にしわがよった。


 「……おい貴様。気色の悪い勘違いをしているわけではないだろうな。念のために言っておくが俺がお前の額に口づけしたのは、恋慕の感情があったからではない」


 こいつ人があえて追求しなかったってのに、気遣いを握りつぶして鉄拳打ち込んできやがったぞ!


 「ていうか!れ、れれれ恋慕って!?そんなこと思うわけないでしょ!つーかじゃあなんででこチューしたのよ!」

 「はあ?貴様をかわいがっているからに決まっているだろ。幼子や愛玩動物を愛でるのと同じだ」


 そこでハッと私は気づいた。

 今まで私は、アルトやらリカやらギルやらにキスをされてきた。私は慌てふためくというのにやつらは素知らぬ顔でかますもんだから、王子はこういうものだと思い込んでいたのだが前提からまちがっていたのかもしれない。


 ガブちゃんの発言が正しければ、この世界では「愛でるもの」に対してキスをするのがあたりまえなのだ!

 つまりアルトやリカ、ギルが私にキスしてきたのは、子犬をかわいがるのと同じことだったのだ!おいおい、文化の違いならぬ世界の違いを思い知った気分だぜ。


 「ありがとうガブちゃん!あなたのおかげで謎がやっと解けた!」

 「は?この流れでか?」

 「うん!ガブちゃんのおかげだよ。明日の儀式は絶対成功する気がする!いや、してみせる!じゃあおやすみ!」

 「いい夢を」


 私はルンルンスキップをしながら自室にもどり明日に備えて眠りについたのであった。




 ガブちゃんは知らない。

 自身の言動が、リディアの鈍感に拍車をかけたことを。

 ガブちゃんは知らない。

 自身の言動のせいで、6年後四方八方から殺意を向けられることになることを。



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