40.3日目の夢で
「でね、私新しい魔法を覚えたの!瞬間移動だよ」
「…うん、それはすごいと思うんだけど。シグレがリディアを息抜きに誘ったの?ほんとうに?あのシグレが?」
「そうだってさっきから言ってるでしょー」
「うーんちょっとこの目で見ない限りは信じられないなぁ。…恋は盲目ってほんとうだったんだ」
「なんか言った?」
「うぅんなにも」
今日も夢の中でサラとおしゃべりをする。
だけどいつも笑顔のサラは珍しいことに少し瞳が暗かった。顔色も悪く、具合が悪そうだ。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。闇の精霊の影響が少し、この空間…夢の中の俺に出てきただけだから」
返された言葉に瞠目する。
サラが自分から「闇の精霊」の言葉を口にしたのは今日が初めてだった。
「サラは…どうして闇の精霊にとりつかれたのか聞いてもいい?」
踏み込んでほしくなさそうだった闇の精霊に関する話題。今なら聞ける。そう思った。
案の定サラはにこりと笑い口を開いた。でもその瞳はやはり先ほどから暗い。
「うーん。実は自分でも詳しい部分はよく覚えていないんだ。ただ夏の国の神殿の視察へ行ったときに闇の精霊を見たのは覚えている」
「夏の国?」
「そ。実は俺、そのときはじめて天空神殿の外に出られたんだよね。だからうれしくてあちこち見ていたら迷っちゃって、そうしたら孤児院を見つけたんだ。それでそこにいた子供に道を聞こうと思ったら闇の精霊が現れて。でも気づいたら闇の精霊も子供もいなくなっていて、その後すぐ具合が悪くなって、一緒に視察に行っていた神官が迎えに来てくれて天空神殿に帰って、部屋にこもっていたら、今こんな状況」
「え。サラ、今まで天空神殿の外に出たことなかったの?」
闇の精霊の話よりもそのことのほうが気になった。
サラは3歳で天空神殿に入ったと言っていた。今は17歳だから、14年間ずっと天空神殿で過ごしていたということになる。
「あはは。気にかかるのはそこか。うん、そうだよ。まあ出たことがないっていうより、出ることを禁じられているんだけどね。…自分のためにも、他人のためにも。俺は自分の身すら守れない人間だから」
サラは笑顔だ。夢の中で出会ったときから変わらない。
だけど今日のサラはやはりいつもと違う。
自嘲するような笑みに驚く私を横目にサラは言葉を続ける。
「俺の第一魔法は増幅。自分や他者の魔法の威力を倍にする力なんだ。でも使い方によっては、今回のように闇の精霊のような悪しき力を増幅させることがある。俺は特殊な体質も持っていてね、共感体質っていうんだ。感情や魔法とか、とにかくいろんなものに共感してしまう。…闇の精霊は負の感情から生まれる。意味わかるよね?この体質も相まって俺は今、闇の部分にひきずられている」
脳裏に浮かぶのは白髪だったはずの髪がほとんど黒髪に変わっていたサラの姿。
そして今日のサラの暗い瞳。自嘲するような笑み。「闇の精霊の影響が…」という言葉。
「俺の魔法は強大で、その分悪用されたら厄介な力なんだ。だから俺は安全なこの神殿から出てはいけなかった。ガブナー先生が俺のために、神官長様たちに無理を言って夏の国に連れて行ってくれたんだけど…こんなことになってしまった。わがままなんて言うもんじゃないね」
サラは眉を下げて笑った。
暗い瞳ではない、自分を軽蔑している風でもない。ただただその笑顔は悲しそうだった。
「サラはもう…天空神殿の外には出られないの?」
「無理だろうね。というか考えるだけ無駄だよ。俺は闇の精霊にこのまま体を蝕まれて死ぬ」
暗い瞳でサラは言葉をこぼす。
それは暗に私ではサラを蝕む闇の精霊を浄化できないということを告げていた。
「っ死なないよ!私が神様召喚してサラを助けるもん!サラは生きる。だから外の世界を見よう」
勢い余りサラの肩をつかむ。が、その手は静かに払いのけられた。
困ったような笑顔が私を拒絶する。
「…リディアが闇の精霊を浄化してくれて俺は助かったとする。でも俺は天空神殿から出るつもりはないよ」
「どうして…」
「外に出たら、また闇の精霊に囚われるかもしれない。そしたらきっとリディアは天空神殿に連れてこられるよ。俺は自分の願いのために、他の人を苦しめるようなことはしたくない」
……なんだ、そんな理由か。
私はパチパチとまばたきをする。拍子抜けしてしまったのだ。
サラがどんよりと暗い雰囲気を出すものだから、てっきり私にはどうしようもできないような重たい理由で外には出ないと言っているのだと思った。
そうしたらなんだ。箱を開けてみれば、むしろ私がいればなんの問題もなしのことで悩んでいるだけだった。
「じゃあ私と一緒に行こうよ」
「え?」
唖然とするサラの手を握り締める。
また手を払われないように力を込めて握る。
「私はサラを助けたら天空神殿を出て師匠のところに帰る。そのときにサラも一緒に行こう!サラの魔法も体質も関係ない。私がサラのそばにいればいいだけの話だよ。サラが闇の精霊に何度囚われようとも光の巫女である私が絶対に助けるから。あ、神様召喚には回数制限があった。まあ師匠がいれば大丈夫でしょ!だから神官なんてやめちゃって……って、なに笑ってんのよ」
サラは腹を抱えて笑っていた。
こちとら真面目に話しているというのになんだこいつは。
私の怪訝な顔に気づいたのかサラが笑いながらも口を開く。
「あはは。だってリディア。それプロポーズみたいだよ」
一瞬、脳が機能を停止した。が、すぐに稼働した。
「プロポ!?ちがう!ちがうよ!」
言われてみればたしかにプロポーズっぽい。けど違う!断じて違う!!
くそ。前も誰かに「それプロポーズだよ」的なことを言われたぞ!私どんだけプロポーズまがいのことをしてんだよ!
「大丈夫。わかってるから。でもねリディア、自分の発言には気を付けたほうがいいよ。神官たちは箱入りだからね。君の言葉にときめいて、駆け落ちするなんて言い出すかもしれない。シグレなんてとくに」
「いやいや、シグレは女の子でしょ」
「あはは。そうだったね。…俺はリディアが本気でプロポーズしてきたら駆け落ちしてもいいと思ってるよ~」
「冗談やめてよー。ていうかなんで私がプロポーズする側なのよ」
男がプロポーズしなさいよとにらめば、神官側からプロポーズなんてハイリスクすぎるから無理と一蹴された。むくれた私を見てサラが笑い、私もつられて笑う。
サラからはさきほどのような暗い雰囲気は消えていた。
生唾を飲み込む。
触れられたくはなかったであろう闇の精霊の話を聞けた。でもきっとそれは今日だけ。
…だから、私が本当に知りたいことは、今しか聞けない。
「ねぇ、サラはザハラさんって人知ってる?」
怖くて聞けなかったサラの家族であろうザハラさんの名。
心臓がバクバクと体から飛び出しそうなほどに震える。またさっきみたいなサラになるかもしれない。もしかしたら怒り出すかもしれない。だけどサラの口からザハラさんのことをきちんと聞かなければならないと思ったから、聞いた。
しかし予想に反してサラはきょとんと瞬きをして首を傾げただけだった。
「えーと…その人誰?」
「へ?」
サラの顔を見るに、本気でザハラさんの名に心当たりがないようだ。
私の心配は杞憂だった?少し緊張していた体が楽になった。
「……じゃあ、さ。サラと同じ白髪でモスグリーンの瞳の女の人は知ってる?」
瞬間、空気が変わった。
辺りは静寂に包まれているのに、ザワザワと空気が震える音を肌が感じ取る。
しくじったと思ったときには遅かった。
「知ってる。その人は、俺を捨てた…母親だ」
サラの顔からはじめて笑顔が消えた。
そのときだった。
「…っ」
サラが急に胸を抑え苦しみ始めた。
「どうしたの!?大丈夫!?」
「来ないで!」
手を伸ばしたらふり払われ突き飛ばされた。
その直後、サラの体から大量の闇の精霊が飛び出した。
サラは今日ずっと苦しそうだった。闇の精霊の影響と彼は言っていたけれど、それはもしかして闇の精霊が暴れ出さないように抑え込んでいたから苦しんでいたの?
私が、サラが無意識に避けていた「家族」の話をしたから、闇の精霊を抑えることができなくなってしまった?
私のせいだ。
血の気が引く。手を伸ばしてもサラには届かない。サラの姿すら見えなくなる。
視界は闇に覆いつくされ気が付いたときには…
「……っ目が、覚めた」
夢から目覚めていた。
体は勝手に動いていた。
「サラがやばい…」
「リディア様!?」
ベッドから飛び起きサラの部屋へと走る私をシグレが追いかける。きっとシグレは混乱している。こんな夜中に突然私が起きたと思ったらサラの部屋へと走り出したのだ。だけどシグレに説明をしている暇はない。
サラの部屋についた。扉を開ければいつも以上に室内は真っ暗な闇に埋め尽くされていた。
『光の蝶!』
魔力「大」で光の蝶たちを闇の精霊に向かって放つ。
光の蝶はすぐに闇の精霊を浄化してくれた。サラのベッドまでへの道はつくられた。
急いでサラの元へ走り、苦しそうに眠る彼を見て愕然とした。
「髪が…」
サラの髪は一束を除いてすべてが闇色に染まっていた。
絶対にこれはよくない。夢の中で苦しんでいたサラの顔が脳裏に浮かぶ。
「サ…サラ、起きて!しっかりして!」
ゆさぶるけど当然サラは目覚めなくて。
触れるサラの体は冷たくて。
生気をまるで感じない。
かろうじて生きているだけだというのは誰に言われなくともわかった。
「……5日ももたなかったか」
背後から聞こえた声に振り返れば、ガブちゃんとシグレがいた。
サラの部屋を目の前にしたときには一緒にいたのに、シグレがいないと思ったらガブちゃんを呼んできていたらしい。
ガブちゃんが私をじっと見る。
私もガブちゃんを見る。
彼が何を考えていて、何を言わんとしているかは、伝わった。
「…リディア。明日儀式を行う」
「うん。任せて」
覚悟はもう決まっている。
一刻の猶予もない。




