39.新技(1)
3日目。今日も今日とて朝から修行である。
3日目だから修行にも慣れてきたと言いたいところだが、言えない。だってきのうよりも修行の難易度があがったんだもの。
今日の修行はきのうと同じように光の蝶を大量に出すのに加え、その大量に出した光の蝶に込める魔力量を調節するといったものだった。
たとえば100匹光の蝶を出したとして、ガブちゃんが「3:5:2」と言ったら、込める魔力量を、大を30匹、中50匹、小20匹といった具合に調節しなければいけない。
ちなみに光の蝶一匹で、魔力量「大」で闇の精霊15匹浄化できる。「中」だと7匹。「小」で2匹だ。
「4:3:3」
「はい!」
「8:1:1」
「ふぁい!」
「1:6:3」
「あい!」
「4:4:2。遅い!」
「鬼ぃ!」
このような具合で私はしごかれていた。
疲れ果てて意識は朦朧。根性だけで修行に食らいついている。だけれども限界は必ず訪れるもので、とうとう床に突っ伏してしまったときだった。
「リディア様大丈夫ですか?」
仕事の最中でこの場にはいないはずのシグレの声が頭上から降ってきた。
幻聴?いやそんなことを気にしている時間はない。ハッとして辺りを見回す。や、休んでいるのがばれたら…
「ガブちゃんに殺されるぅ!」
「先生は仕事に行きました」
「よっしゃぁあああ!神様ありがとう!」
色黒バイオレンスはいない。となれば今のうちに全力で休憩をするべし!
ひんやりと冷たい床に頬をつけ寝転がった。ガブちゃんが戻ってくるまで軽く寝よう。そう思ったのだが、視線が気になって目を開ける。
私を見ていたのは当然のことながらシグレだった。幻聴ではなかったようだ。
「シグレお仕事は?」
「仕事は部下に任せました。先生から指示があって、先生の仕事が終わるまでの間、私がリディア様の修行を見ることになったのですが…」
ですよねー。私は乾いた笑みを浮かべる。
ガブちゃんがいないから休憩!ってわけにはいかないのはわかっていた。ガブちゃんがそこら辺をぬかるとは思えません。
それにしてもガブちゃんめ。シグレに監督されたら修行をさぼるわけにはいかないじゃないか。ほんとガブちゃんって嫌になるくらい私のことわかってるよね。
しょんぼり肩を下げる私を見てか、シグレが眉を下げた。
「…リディア様。息抜きに図書館にでも行きませんか?」
意外な言葉に驚き顔をあげれば、そこにはシグレの笑顔があった。
「い、いいの?修行を休んだらガブちゃんに怒られるんじゃ…」
「時には休息も必要です」
「でもガブちゃんはシグレに私の修行を見ろって言ったんだよね?私は怒られてもいいけど、もし休憩しているのがガブちゃんにばれたらシグレも怒られ…」
「私も休憩したいと思っていたんです」
休憩することはもう確定してしまったようだ。有無を言わせずシグレは私の手を取り歩き出した。
「ちょシグレ…」
「リディア様は怒られませんよ」
「へ?」
私の前を歩く私よりも少し大きな背中が振り返る。
「だって私が勝手に連れ出してしまったのですから」
「…っ!」
絵本に出てくる王子様のような微笑みに不覚にもハートを撃ち抜かれてしまった。ずきゅーんとね。な、なんて恐ろしい子。
普段が笑顔だったり真っ赤になったりとかわいらしいから、こういう頼もしい感じのは反則だと思う。同性なのにこの威力。恐ろしい子!私の知っている王子様よりもよっぽど王子様みたいだよ。いやシグレは女の子だけどさ。
「リディア様?」
「シグレは女たらしの才能があると思うよ」
「え」
「わわわ!今の嘘だから!そんな泣きそうな顔しないで!」
急速に萎れていくシグレをなだめる。私の何気ない一言がこんなにもシグレを傷つけるなんて。いや女の子に対して女たらしの才能あるってなかなかひどい暴言だったのかもしれない。シグレ、ものすごく繊細だな。…いやもしかしてこれがふつうなのか?私の周りにいる人たちが図太すぎるから基準が分からない。
「そ、そういえばガブちゃんって普段どんな仕事してるの?」
しょんぼりが止まらないシグレを前に、リディアは話を逸らすの術を繰り出した!
ありがたいことにシグレはその術にかかってくれた。さよならしょんぼり!
「天空神殿を守っている結界を張るのが主な仕事ですかね。天空神殿の守りを担っているのは先生ですから。今この場にいないのはその結界の点検に行っているからです」
余談だが結界だけではなくガブちゃんは雑務やらなにやらいろいろ仕事をやっているのだとか。優秀だからいろんな仕事を任せられるそうだ。それに伴って弟子であるシグレとサラも自分に関係のない仕事をやらされるとのこと。社畜の匂いがぷんぷんですね。
「そういえばガブちゃんの第一魔法は結界だったね」
「はい。先生の結界師としての実力は、現在確認されている結界の使い手たちの中でも上位に入ると言われています。現に先生の結界は1度しか破られたことがないそうです。この点に関しては尊敬しています」
「……。」
この点に関しては尊敬ってことは、それ以外は尊敬していないということになる。涙が出てきそうだよ。ガブちゃんどんまい。
仕事を頑張っているであろうガブちゃんに思いをはせていたら、前方から20代後半くらいの神官2人が歩いてきた。気絶しない神官を見るなんて久しぶり。そんなことを考えていたら、神官2人が私たちというかシグレを見て青ざめ動きを止めた。対してシグレは無表情。おぉう。クールビューティ。
「シ、シグレ様。どうしてここに」
「サラ様の部屋に行ったのでは…」
「貴様らには関係のないことだ。それよりもお前たち、持ち場はどうした?」
「「ひぃっ。すみません!」」
10歳の少女にビビる大人。
彼らはそのまま回れ右して猛ダッシュで去ってしまった。
「あの人たちは…」
「私の部下です。見苦しいところをお見せして、すみません。仕事を任せていたのですが、私がいないからさぼってしまったみたいですね」
困ったように笑うシグレはいつものシグレだった。
にしてもさっきのは怖かった。別人かと思った。小さなガブちゃんみたいだった。そういえば最初にシグレに会ったときもあんな感じの無表情だったな。
「シグレってもしかしなくても人見知りだよね」
「へ?」
「私にはいつもにこにこしてくれるのに、あの人たちに対してはちょっと怖かったから」
「え…」
怖かったからという言葉がショックだったのか、シグレの顔はとたん真っ青になる。
「怖かったですか?」
「うん。ガブちゃんみたいだった」
「先生みたい…」
シグレがだいぶ落ち込んでいる。師匠に似ていると言われて普通そんな顔をするか?
だいぶガブちゃんがかわいそうになってきたよ。
「いやでも人見知りならしょうがないよね。本当はあの人たちと仲良くなりたいんでしょ?」」
「いいえ全く」
「え」
まさかの即答だった。
シグレは「仲良くなりたいんでしょ」に対して不思議そうな顔をしている。
「彼らは神に仕える同僚、ただそれだけです。仲良くなりたいも何もありません。むしろ職務を全うしない彼らとは距離を置きたいくらいですね」
冷たく言い放つシグレ。
それはきっと神官仲間を見下しているとかそういうわけじゃなくて、たぶん真面目過ぎるからの発言だろう。だから仕事をさぼるような人たちとは仲良くしたくないと。
なるほど、真面目が行き過ぎて生意気ね、きのうサラが言っていた意味が少しわかった気がする。
「シグレは神官としての仕事に誇りを持ってるんだね」
「はい。神に仕えることが私のすべてです。他はどうでもいいです」
「じゃあシグレが私によくしてくれるのは仕事だから?」
「え!ちがいます!それはちがいます!」
少し不安になって聞いてしまった。だって私ガブちゃんの修行を現在進行形でさぼっている人間だし。シグレが不真面目な人間が嫌いだとしたら私ものすごく該当してしまっている。
だが私の言葉を聞いてシグレは焦っていた。嘘をついているようには見えない。
「でもシグレは仕事サボるような人が嫌いなんでしょ?私いつもガブちゃんの修行をさぼろうとしているけど…」
「リ、リディア様は別です!そもそも先生の修行は厳しすぎるのでその感情は当然のものです。むしろさぼろうとはするけれど修行からは決して逃げようとしないリディア様を私は尊敬していて。だから私は初めて会ったあの日よりも何倍もあなたを好ましく思うというか…」
あうあうと慌てながら必死に私に訴えるシグレ。
なんだかかわいらしくて笑えてきた。
「ありがとう。私もシグレのこと大好きだよ」
「へ?」
「さっきシグレ、私のこと好ましく思うって言ってくれたよね?」
シグレの顔を覗き込むようにして笑えば、とたん顔が真っ赤になる。シグレはこうでなくっちゃね。
「う、あ…えっと、そういえば!リディア様は気づかれましたか?さきほど私の部下の神官がいましたが2人とも気絶しませんでした」
「たしかに!」
「魔力をコントロールできている証拠ですね。たった3日ですばらしい成果です。天空神殿内にいる神官の内6割は活動できるようになったんですよ」
ガブちゃんのスパルタ修行はちゃんと実になっていたのだ。何度もひねられた私の腕と鷲づかみにされた頭は無駄ではなかった。ついつい口角がゆるんでしまう。
「えへへ」
「あ。図書館に着きました」
「……え。あれ図書館なの?」
シグレの視線の先には芸術作品と言っていいほどに立派な図書館があった。
まあこの天空神殿自体が芸術作品的外見だから、驚くのも今更か。リディアは順応するを覚えた。




