34.なんか大変そうですねーってのが感想
立ったまま居眠りをしていたようだ。
「待たせた」
心地が良い、師匠よりも低いバリトンボイス。
頭上で聞こえた声に目を開ける。
「ん。ガブちゃん、おはよ」
やっぱりだ。呆れるを通り越し、冷めた顔つきのガブちゃんが私を見降ろしていた。
眼をこすりながらあくびをする。
「こんな場所で眠るとは図太い神経をしている。修行は予定より厳しくしても問題ないな。殺す気でやってもこいつなら死なな…」
「ちょぉっ!問題ある!大有り!お手柔らかにお願いします!」
「貴様は抱き付くのがくせなのか」
「厳しい修行はノットプリーズ」とガブちゃんの腰回りに抱き付けば、疎ましいと言わんばかりに襟首を捕まれ強制的にはがされた。
ガブちゃんはご丁寧なことに、私をひっつかむと自分の目線にまで持ち上げて私をにらむのだ。悪いことした猫みたいな扱いを受けている。
その存在に気づいたのは、この手から逃げる方法はないかとキョロキョロ辺りを見回していたときのことだった。
「ガブちゃんの後ろにいる子、誰?」
うまいぐあいにガブちゃんの背が隠しているため顔は見えないが、私と同じ年ごろの子供が立っているのが見えた。
「お前の世話役だ」
言いながらガブちゃんが私を降ろす。
「まさか貴様の光の魔力に耐えられる子供が1人しかいないとはな。扱いきれていないくせに、なぜ貴様は無駄に魔力量が多い」
「光の魔力に耐えられるってなに?」
「我々神官は神に仕える人間だ。神とはすなわち光。我々は光の魔力を目視することができる。お前は光の巫女だ。魔力量も大きい。だがコントロールできていない。そのせいでまぶしい。目が痛い」
説明するにつれてガブちゃんの顔がけわしくなっていく。
マジか。私まぶしかったのか。もしかして私が出会った17人の屍が気絶したのは私がまぶしかったから!?
「はっ!ガブちゃんが私の目を見て話をしないのも、私がまぶしかったからだったりして!?」
「まぶしくない。初見はまぶしいが、魔力のフィルターをかければ問題はない。なのにお前が魔力を扱いきれていないばかりに、光がフィルターを突き破ってくる。鍛錬の足りない者はそのせいで気絶する。この忙しい時に人手が足らん。チッ」
「ガブちゃんって1を10で返してくるところあるよね、カリカリしてたら禿げるよ」
「シグレ。このムカツク小娘が光の巫女だ」
「無視するなー!」
ガブちゃんに背を押されて私の前に出てきたのは、私と同じ年くらいの子供。
真っ白な長髪に、ゆず色の瞳。ガブちゃんと似たような白い服をきた美少女だ。うつむいている。
「俺の弟子だ。10歳。お前と同じ年頃だろう。世話役として不満があるとすれば性別だろうが我慢しろ。あいにくここに女はいな…」
「か、かわいいー!!!」
「……俺の話を聞いていないな」
ガブちゃんが頭上でごにょごにょと言っているが、そんなことはどうでもいい。
私はシグレに興奮しっぱなしであった。
だって普段、私の周りは男ばかり。ひさしぶりに女の子と触れ合えるのだ。うれしくないはずがない。
え?アリスに昨日会ったではないかと?ノンノン、アリスは性別アリスだから、女の子と触れ合うに該当しません。
シグレは無表情。一向にこちらを見ようとしないが、それでいい。むしろいい!
私はずっとシグレを眺めていてもいいのだが、ガブちゃんは早く話を進めたい様子。めんどくさげにシグレを見ている。
「シグレ、顔をあげろ。先ほども言ったようにフィルターをかけろ。お前であれば十分防げる」
「はい」
ガブちゃんの言葉に従いシグレが顔をあげた。
ゆず色の瞳が私の顔を捕えた、瞬間、
「……っ!」
「よ、よろしく?」
シグレの顔が輝いた。いや、ほんとに。効果音をつけるなら、パァッて感じ。
さきほどの無表情はどこへ消えたと言えるほどに笑顔になった。頬が桃色に染まって、自分の服をはずかしげにいじりながら、チラチラと私を見る。
ちなみにガブちゃんは口をぽかーんしてシグレを見ていた。
「ほ、本日より、リディア様のお世話をさせていただくことになりました、シグレです。よろしくお願いしますっ」
「わぁ!かっわいい!鼻血でそう~!よろしくシグレ!」
手を取れば、シグレはぼんっと音を出して真っ赤になる。
私は理解した。
シグレはきっとあれだな。無表情が怖くて誤解されるタイプの子だ。
ガブちゃんもいままで誤解していた側の人間だったのだろう。かなり驚いた顔をしてシグレを見ているからね。
「…シグレ、お前笑えたのか」
「え。ガブちゃん、この子の師匠なんだよね?なに言ってるの?」
「黙れ」
「先生、リディア様に暴言を吐かないでください」
シグレは冷ややかな目でガブちゃんを見ていた。
ガブちゃんがこんなんだからシグレは自分の師匠に対して笑顔を見せないんじゃないのだろうか。
「…懸念はしていたがまさか、こうなるとは。予想を裏切る。シグレを世話役にするべきではなかったか。いや、仕方がない。チッ。時間がない。すぐに着替えろ。神官長に挨拶をしに行く。シグレ彼女に服を用意しろ」
「はい、先生。リディア様、どうぞこちらに」
シグレに手を引かれ、ガブちゃんの右側にあった部屋へと入った。
部屋の中は広かった。私の部屋の5倍くらいある。
やわらかい黄緑色を基調としたあたたかい感じの色合いで、家具付きのセレブ学生寮みたいな感じの部屋だ。
「リディア様には今日からこの部屋で生活していただきます。これに着替えてください」
「落ち着く部屋でよかった。服、ありがと」
シグレがクローゼットから白い服を出して私に手渡す。
で、私はシグレから服を受け取ったわけなんだけど、シグレが服から手を離さないから着替えられない。
怪訝に見れば、もじもじしているご様子。
「シグレ?」
「その…ですね、大変恐れ多いのですが、私もリディア様と同じようにこの部屋で生活しなければいけなくて」
「ああ、同室ってこと?よかった。1人じゃ不安だったの」
シグレがもじもじしていたのは、私と同室で照れていたからのようだ。
私はとってもうれしいよ。師匠の家では1人部屋だったが、孤児院では3人部屋だった。私1人も好きだけど、誰かと一緒の部屋も好き。
「シグレが一緒の部屋でうれしい」
「…っ!リディ様、着替えたら出てきてください!部屋の外で待っています!」
笑いかければシグレは真っ赤になって、部屋を飛び出してしまった。
シグレ、君は同性であっても着替えシーンは見たくないし見られたくもない派だと見た。気を付けとこう。
とりあえずガブちゃんもシグレも待たせていることだから、急いで着替えることにした。
私が渡された服は、ガブちゃんたちの着ていたものとは異なるものだった。
ガブちゃんたちの神官服?は白字に金色の模様の司教様みたいな服。
私がシグレに渡されたのは、同じ白地に金色の模様のかわいらしいフレアのワンピース。走ったら絶対にパンツ見えるタイプだ。
これはあれか?ガブちゃんからの、神殿内を走るなよっていう無言の圧力なのか?
「着替えたよー」
部屋を出ればそこにいたのはシグレだけ。ガブちゃんどこ行ったんだ。
シグレにガブちゃんの行方を聞こうと思ったけど、なぜか現在のシグレ、ソワソワしていた。
よく見れば私の服装を見て頬を桃色に染めていることに気が付いた。
やはり女の子だからこういう服にあこがれるのだろう。でも今シグレが私と同じ服を着ていないということは、私が来ているような服は着てはいけないきまりがきっとあるのだ。ここはふれないほうがいいな。
「…リディア様の髪は、ほんとうに美しいですね」
ちがいました。シグレが見ていたのは私の髪でした。
シグレはおずおずといった風に口を開く。
「とてもきれいです」
「ただの金髪だよ?」
どこにでもある普通の金色だと思う。私はむしろシグレのような真っ白な髪の方がきれいで好きだ。
だけどシグレは首を横に振る。
「リ、リディア様!金色は神だけに許された色なのですよ!」
「どういうこと?」
初耳だよ。
「神は皆金色の瞳に金色の髪をしていると言われています。リディア様が金髪であるのは、神に仕える光の巫女だからなのです。つまり特別なんです」
「ほぇー」
「思い返してみてください。今までリディア様は自分以外に金色の髪の人間に会いましたか?」
秋の国や春の国にいた人達、孤児院の子供たちの髪色を思い出す。
「たしかに金髪って一般的な髪の色じゃないかも」
「それはリディア様が選ばれた方だからなのです!」
まあでもソラも金髪だけどね。ソラも神様とかそういう系のなにかなのかな?
エミリアも左目金色だし。
シグレが2人を見たらどんな反応をするのか楽しみだ。
「次いで、白が2番目にに神に近い色とされています。恐れ多いことです。なので神官は白髪の人間でなければなれないのです」
「へ~」
神官は神に選ばれた人しかなれない。どれだけ望んでも、生まれたときに髪の毛が純白でなければ、神官になる資格は得られないのだという。
「ふーん。ああでも納得。私の光魔法で「光の蝶」っていうのがあるんだけど、見た目が白い蝶が金色の光を纏った感じなんだよね。なんで全部金色の蝶、もしくは真っ白な蝶じゃないんだろうって思ってたんだけど。所詮私は光の魔法使い。神様の力を使えるわけじゃないから、金色の蝶じゃなくて、金色の光を纏った白い蝶だったんだ」
「光の蝶?」
「見たほうが早いかな?『光の蝶』」
私の体から出た光の蝶を誘導してシグレの手にのせてあげる。
どう?と笑いかけて、ぎょっとした。
シグレが立ったまま気絶していたのだ。
「シグレぇ!?ちょ、起きて!」
必死にシグレを揺さぶれば、うっすらと目を開け、しかし私と光の蝶を見てまた目を閉じる。なぜに!?
「うっ。光の巫女様の魔法を間近で見れるなんて。しかもリディア様に肩を揺さぶられている。今なら死ねる」
「なに言ってるの!?誰か!ガブちゃーん!」
叫んでいたらガブちゃんが走ってきた。
シグレが気絶しているからだいぶ慌てている様子。だがその顔はこちらに近づくにつれ次第に冷めたものへと変わっていく。
「貴様らなにを遊んでいる」
「遊んでないよ!?どこをどう見て遊んでいると判断した!?ていうかどこに行ってたの!シグレが大変だよ!」
私は幸せそうな顔をして気絶しているシグレを抱きしめる。シグレはさらにぐたっとして、ガブちゃんはなぜか頭を抱えた。
「…神官長のところに行く。ついてこい」
ガブちゃんはシグレの襟首をつかむと、ずるずる引きずりながら歩き始めた。
「ちょっとシグレかわいそうだよ」
「神官長のところに行く。ついて…」
「シグレ気絶してるんだよ?」
「神官長のとこ…」
ああ。これはあれだ。私が動かなかったら最終的に腕をひねられるバイオレンスパターンだ。
私はおとなしくガブちゃんのあとをついて行くことにした。
////////☆
「ようこそお越しくださいました、光の巫女様」
「どーも」
たくさんの神様が描かれた天井絵の下で、やわらかい笑みを浮かべるのは白髪のお兄さん。おそらくこの人がガブちゃんの言っていた神官長だろう。
意識を取り戻したシグレがこのお兄さんに向かって膝をついているからね。
ちなみにガブちゃんは神官長を前にしてもその場に立っているだけ。もしかしてガブちゃん、そこそこ偉い立場の人?
「今回光の巫女様が天空神殿を訪ねてくださいましたのは、我らが同胞を救うためだと伺っております」
「そのために神を召喚してくださるのだとか。いやはや、ありがたい」
神官長の両脇に控えるように立っていた白髪のおじいちゃんたちがへこへこ笑う。
いい印象は受けない。だってこの人たち、偉い人にはご機嫌取りをして、自分より弱い人をいじめる、そんな感じの顔をしているんだもの。
私の勘はけっこう当たるのだ。
ガブちゃんもあの2人を見て眉間にしわを寄せてますからね。やっぱり私の野生の勘は優秀だ。
ちなみにガブちゃん「古狸が…」って舌打ちしていたが、いいのだろうか。
この部屋広いくせに、中にいる人間は私たち6人しかいない。絶対に古狸発言は聞こえているよ。ガブちゃんが言っていた古狸さんたち頬に青筋立ててるもの。聞こえてるの確定だね。
「ていうかなんでここには私たちしかいないの?」
別に私は、光の巫女なんだからもっと大勢で歓迎しろよと言っているわけではない。こうイメージがあったのだ。ズラーっと両脇に人がいて、私を歓迎するという。
するとガブちゃん、あきれ顔。
「貴様のそのばかでかい魔力が原因だ」
「え。フィルターかけることができる人、ここにいる5人だけなの?」
「勘違いするな。貴様が規格外なだけだ」
ガブちゃんが言うには私の魔力量がもう少し小さければ他の神官の人たちもこの場にいられたのだとか。私の魔力量がでかすぎて、おまけにコントロールもできていないらしく常に魔力放出状態のため、まぶしさがフィルターをぶちやぶってくるそうだ。
そのため私の光の魔力を防ぐほどのフィルターをかけることのできる実力者がここにいる5人しかおらず、この部屋はおろか天空神殿内にも動ける人はほとんどいないらしい。わーお。
なるほど。なぜシグレが私のお世話役なのかわかった。
それはシグレが私と同じ年頃の子供だからというわけではなく、普通に私のお世話をできる人がもうお偉いさんしかいなかったから。乙女ゲームのヒロインの力すごいな。というか、シグレがすごいな!?
「光の巫女様、そう混乱しないでください」
「え、あ、はい」
別に私は混乱していない。シグレすごいなと感心していただけなのだが、訂正するのも面倒なので神官長には勘違いしたままでいてもらおう。
「大丈夫ですよ。これから修行をするのでしょう。自分の力をコントロールできるようになれば、もっと多くの神官があなたの姿を拝見できるようになります」
あとでガブちゃんが部屋を退出してから教えてくれた。
神官長の今の言葉のオブラートをはがすと、こういうことらしい。
今のお前は光の魔力コントロールできてないから、魔力暴走している。超まぶしい。早く修行して魔力コントロールして、暴走している魔力を抑えろ。そしたら動ける神官が増える。ようするに今お前のせいで人手不足なんだよ。
なかなかに辛辣。これはガブちゃん翻訳機が辛辣設定なのか、それとも純粋に神官長の心の声を代弁しただけなのか。深く考えないようにします。
まあ部屋を出る前の現在の私はガブちゃん翻訳を知らないから、ふつうに神官長のやさしい言葉にうれしくなるよね。
「ありがとうございます。頑張ります」
これで話は終わりだろう。
ガブちゃんが「それでは失礼いたします」と神官長にお辞儀をしているし。
だけど部屋を出ようと回れ右をしたところで背中をツンツンつつかれた。
ふりむけば古狸さんたち。私の耳元に顔を近づけひそひそと話し始める。耳に息がかかって気持ち悪い。これセクハラだよ。
「して、光の巫女様。この世界の運命はどうなるのでしょうか?」
「我々は神に仕える仲間同士ではありませんか。どうか教えていただけませんか?」
しかもなにを言っているのか意味不明。
ボケはじめているのか?
「この世界の運命っておじいちゃんたちなに言ってるの?私が知るわけないじゃない」
「「は?」」
は?って言いたいのはこちらの方だ。
古狸たちはさっきのへこへことはうって変わってだいぶ態度が悪い。
神官長はキョトンとした顔で私を見ている。ガブちゃんもシグレも怪訝に私を見ている。
え。なにこの空気、私がおかしいの?
「……ガブナー。彼女は本当に光の巫女なのかな?」
「リディア。魔法を見せろ」
『光の蝶』
ガブちゃんに促されるまま光の蝶を出し、神官長の方へと飛ばす。
神官長はしげしげと光の蝶を観察しうなずく。
「これは光の魔法。本物の光の巫女ですね。ではなぜ自分の運命を知らないのでしょうか?生まれる前に知っているはずなのですが」
「はあ?よくわかんないけど。…あー、私6歳以前の記憶がないんだよね。そのせいかな?」
「な、なんと!?」
これには驚いたらしく、私以外の全員が一斉に私を見た。勢い有りすぎて怖い。
というか記憶がないのってそんなにやばいの?…いや、やばいのか?私がいままで気にしていなかっただけで、記憶喪失ってけっこうやばいのか。
首を傾げるしかできない。
「…光の巫女様。あなたは本当に6歳以前の記憶がないのですね」
神官長が青ざめた顔で再度聞く。
そんなこの世の終わりみたいな顔をされたらこっちも焦るんですけど。嘘でも「いいえ記憶あります!」って言ったほうがいいのだろうか。
助けを求めてガブちゃんを見れば、かなりめんどくさそうな顔をされた。
まあでも安心させるように頭をなでてくれたから許します。リディアちゃんは心が広いからね。
「リディア。真実を言え」
「はーい。私、記憶ないよ。ほんとうに」
真実を言ったわけだけど、それを聞いた途端、神官長と古狸さんたちが頭を抱え始めた。まさか記憶がないことでこんなことになるとは。
でも記憶なくて困るのはあくまで私で、神官長たちは困らないよね。なんで遺書を書き始めているの?
「…ガブナー。この件は我々でなんとかする。君は巫女様を頼む。そして儀式を成功させてくれ」
「はい、では失礼いたします」
頭を抱える神官長たちを背に私たちは部屋を出たのであった。




