エピローグ(2)
リディア視点です。
「……眠れない」
窓の外で輝く満月を見ながらつぶやく。
ベッドに入って早3時間経過した。やはり眠れない。
眠れないから今日1日の振り返りをすることにした。
ほんとうに多忙な1日だった。
朝はただ日向ぼっこをしようと思っていただけなのに、最終的にリカにちゅーされて締めくくられたし(なに?なんなの?本気で王子さまという生き物は、キスが日常茶飯事なのかと疑うよ!?)。
帰ったら帰ったで、エルが怒ってるし師匠とバトルしだすし、バトルに巻き込まれた私を見てアイも暴れるし、アースは私たちをスルーしてご飯作るし。
そうしてやっと寝れると思ったら、まだアドレナリンが出ているらしく眠れない。
こんなにくたくたなのに眠れないとか、なんの拷問だぁ!
「なんなのよ、もうーっ!」
仕方がないので起きることにした。
クローゼットをあさる。
「あった!」
見つけたのは以前師匠から拝借した魔導書。
赤い皮の分厚い魔導書は、相変わらず見た目だけはかっこいい。
「ちょっと借りるだけのつもりだったのに、師匠が血眼になってこれのこと探すから返すに返せなくて1年も経っちゃったのよねー。今のうちに読んじゃって、こっそり戻しておこう!」
ペラペラ~とページをめくっていれば、1年前の時と同じく目にとまったのは、「使用者の身を亡ぼす7つの装身具」のコーナーだ。
以前は怖すぎてすぐに閉じてしまったこのページだが、い、いまならいける。そんな気がする!
「あ。これこれ、このチョーカーよ。なに?怠惰?」
1年前に見た、黒光りする石のついたチョーカーの挿絵の下には『怠惰』と書かれていた。
チョーカーの横に載っている懐中時計の挿絵の下には『憤怒』。さらにその隣の、真っ黒な鎖(ベルトにつける系のパンクっぽいやつ)の挿絵の下には『嫉妬』と書かれていた。
鎖の横にもあと4つほど挿絵はあったが、あえて見ないようにした。こ、こわくなったわけじゃないからね!
「で、けけけ結局これはなんなのよ!」
この「使用者の身を亡ぼす7つの装身具」の説明分は、挿絵の上に書いてある。
だが悲しいことに、文字が小さくて読めないっ。日中なら読めるのだろうが、やはり満月の光だけで魔導書を読むには限界があるらしい。
「電気つけて師匠に起きてるのがばれるのもめんどうだし。うん、やめよ。読むのやめよう!トイレに行こう!」
魔導書はクローゼットに戻して、鼻歌を歌いながら部屋を出る。
私は優しい子だからね!夜が怖い守り石ちゃんを、寝間着越しにぎゅっと握りしめてあげるんだよ。ハハハー。
//////☆
ガラガラジャー
「ハハハー。スッキリダワー」
用を足し終えた私は部屋へ戻って寝る…と見せかけて素通り、部屋の扉ではなく玄関の扉を開けた。
いや別に、部屋に戻るのが怖くなったわけじゃないから。
せっかくの満月だからちょっと夜の散歩をしようと思っただけですから。
『ひ、光の蝶!』
光魔法で出した蝶は、ぷるぷると震えながら私の周りを旋回する。
おかしいな。効果音はふつう、ひらひらだと思うんだけど。これじゃあ私の心情がもろに反映されているみたいじゃん。
「ま、まあいいわ!思った通りだね!」
金色の光を纏った白い蝶は、闇夜を照らす。
さすがに夜の散歩の明かりが月の光だけじゃ心もとないですから。光の蝶に働いてもらうことにしたのだ。
「あーいい気持ちぃ」
満月もそうだけど、さわやかな風と虫の鳴く音もすごく気持ちがいい。
だけどなんだか風と虫以外にも音が聞こえて、風流だなぁと耳を澄ませば
『……すん……ぐすん…ぐすん』
それは女性のすすり泣くような音だった。
「……す、すごーい。こんなリアル女って感じの虫の声も初めてきいた。あー気持ちいいなぁー」
ね?と守り石に笑いかけるが、当然石は無反応。だろうと思ったよ!
しかし心なしか私をバカにしている雰囲気も感じる。え。石って無機物だよね?
守り石ちゃーん?と、ツンツン石をつついていれば
『ぐすん…うぅ……すん…うぅぅ』
さきほどよりも音が近くなっていた。
え、なに。やめて。私の足、今生まれたての小鹿だから、ほぼ歩けてないんだよ。つまり進めていないんだよ。だから音が近くなったってことは、音の方から私に近づいてきているってことナンダヨ?
あ、やっぱ今のなし。私はなにも考えなかった。なんにも気づいてません。ずっと守り石と会話してました!
「……すごい。女の人がすすり泣くみたいな虫の声なんて、ハ、ハジメテ、キイター。ネー、守り石チャン」
少し寒くなってきた気もする。
これは、あれだ。部屋に戻れっていうことなのだろう。あんなに戻りたくなかった部屋なのに、今はすごく帰りたい。
『うぅぅ…どうしてっ…うぅ……』
その声は約1メートルほど先にある茂みのなかから聞こえた。
ちなみに茂みはガサゴソとゆれている。
「……。」
私の心は決まった。
よし、すみやかに帰ろう。そして師匠の部屋に行こう。ベッドにもぐりこもう!
光の蝶に走るぞ!と目配せすれば、なにを思ったのか光の蝶は合点承知のごとく、例の女幽霊がいるであろう茂みの中に向かって飛んで行ってしまった。アホー!
「ちょ!カムバーック!」
「え?リディアちゃん?」
「ギャー!女幽霊ぃぃ…い!?」
開いた口がふさがりません。
だって茂みの中から驚いたように出てきたのは、目を真っ赤にした、
「ザ、ザハラさん!?どうしたの!?大丈夫?」
「リディア…ちゃん……うぅ」
泣き崩れそうになった体を急いで抱き留める。
私がしっかりと抱きしめているのに対し、ザハラさんは抱きしめるというよりは弱弱しく私にしがみついている感じだった。いつもと全くの逆である。
「ザハラさん?何があったの?」
「……じゃうの」
「ごめん。聞き取れない」
「あの子が…うぅ、このままだとっ、死んじゃうのっ」
「え!?」
私の驚いた声に、ザハラさんの体がピクリと跳ねたのがわかった。
ハッとした様子でザハラさんが急いで私をはがす。
「う、嘘!嘘よ!大丈夫!なんでもないから!」
どうやらさっきの言葉は無意識のうちに言っていたらしい。
「さあ。子供はもう寝る時間!帰りなさい」
笑顔を張り付けてザハラさんは私の背中を押してくる。
もちろん私は帰れるわけがない。
「待ってよ。ザハラさんのこと、ほっとけないよ。うちに来て?師匠起こすから、ザハラさんの話を聞かせて?なにか力になれるかもだし」
無意識のうちに助けを求めるくらいだ。今のザハラさんを一人にはできない。
私に同意するように光の蝶もザハラさんの周りを旋回する。
ザハラさんは困ったように笑った。
「リディアちゃん。気持ちはうれしいけど……え、リディアちゃん。その光の蝶って、もしかして光魔法!?」
「え。はい」
旋回する光の蝶を見てザハラさんの目が変わった。
ぐっと唇を噛みしめて、彼女は私の両腕を掴む。急にどうした!?
「……リディアちゃん。ごめんなさい。私を…あの子を助けてっ」
ザハラさんのモスグリーンの瞳から涙があふれた。
だから、
私はとっさに、
「は、はい」
うなずいてしまった。
だけど今はそれを後悔します。
「ありがとう。それじゃあ私に攫われてちょうだい」
「はいぃぃ!?」
私の返答を聞く間もなくザハラさんが月に向かって祈り始める。
『神よ。大いなる我らが神よ。我はかつて神に仕えたもの。祈りをささげたもの。心をささげたもの。閉ざされた扉を今一度開き、清らかなる少女に神殿に足を踏み入れる許可を求めん』
ザハラさんの体を白い光が包み込んだと思った瞬間、その光は私へと向かい今度は私が白い光に包まれていた。
いや、包まれるだけではない。
私の体は白い光に包み込まれたまま上昇し始めていた。ようするに浮遊しているのだ。
「え?えええ?」
地面との距離がどんどんと引き離されていく、下へ戻ろうにも無理。
足のつかない海の中で足をがむしゃらに動かしている。あんな感じなの!
「ザ、ザハラさんんん!?」
「ごめんなさい、リディアちゃん。天空神殿についたら、ガブナー様を訪ねて。自分は光の巫女だと彼に言えば、それで伝わるから!」
「え、ええええ!?」
「お願い。どうかあの子を助けてっ。あなたの善意を利用する私を、あなたを攫う私を許して、いいえ許さなくっていい。だからどうかあの子をっ…」
ザハラさんが言い終える前に、ザハラさんは豆粒の大きさになってしまった。つまり何を言っているかもう聞こえない。
私は思いました。
ザハラさん。あなたを攫う私を許してと言いましたが、これは攫うっていうよりドナドナするって言うんだよーーーーっ。
白い光に包まれて上昇し続ける私の脳裏には童話のドナドナの歌が流れ続けていた。
夜更かしなんてするもんじゃないよーっ!




