エピローグ(1)
最初がリカ視点、真ん中がアース視点、最後がまたリカ視点です。
満月の夜。
書斎。明かりはつけない。
それがおれたち3人が集まるときのきまりだ。
「奇妙だと思わないか」
おれの言葉に反応して2つの影が動く。
「奇妙?それはあれかしら?今後のためにもリディアには近づかないとか言っていたくせに、会うどころかほっぺと腕にちゅーをしたどこぞの変態王子のことを言っているのかしら?ほっんと、不思議よね~。言葉に行動が伴ってないわよね~」
1つは楽し気に笑いながら(目は笑っていない)、おれの命を奪おうと暗器を投げてくる黄緑色の髪の男。
「…気づいていないふりをした。そもそもあれはお前のミスだ。当初の予定では、リディアがアジトを破壊・アイを懐柔。リディアが去ったあとに俺がやつらを捕えるという手筈になっていたはずだ。文句を言う前に的確な作戦を立てろ」
「あんたバカなの!?あの子の思考・行動パターンは規格外なのよ!?的確な作戦なんて立てれるわけないでしょ!つーか、ちっげーよ!俺が言ってんのは、お前がリディアにちゅーをしたことについて…」
生まれつき高い動体視力に加え、常に魔法で身体を強化をしているため、暗器を躱すことは容易だ。まあこの男が本気で俺を殺そうとしていないから躱せるとも言えるが。
とりあえず、うざいことに変わりはない。
「クラウスさん、口調しつこいですよ。あ、まちがえました。口調が戻ってますと言うはずだったのですが、しつこいなと思っていたので言葉がまざりました」
「へー。言うようになったじゃない。表出ろや」
もう1つが、そんな男に対し無気力に言葉を放つ少年。
余談だがストレートのはずの彼の髪は、なぜかぐしゃぐしゃになっている。
その髪型が視界に入ったらしいクラウスは、アースにも暗器を投げ始めた。
「あんたはいいわよね!?リディアに、アースよく頑張ったわねって頭なでられたんだから!あたしなんて、殴られたわよ!?エルはともかくリディアに殴られたのよ!なによこの差!かわいそうなクラウス君!」
「…うるさ」
「もとはといえばあんたのせいでしょ!!!」
アースと一緒にため息をつく。
この男、今日一日中ずっとこの調子ではないだろうな。
「で、リカさんはなにが奇妙だと思ったんですか」
「1年前の春の国の疫病。そして今回の秋の国での不老不死の薬。関連性を感じる」
「無視してんじゃないわよ!」
クラウスが得た情報屋の話によると、春の国の疫病は不老不死の薬の実験のせいで引き起こされたもののだったらしい。
そして今回の秋の国のマフィアが不老不死の薬の取引をしているという情報。
アースやアイといった、7年後に学園で闇の使者となる人間がいる場所で、不老不死の薬が関わっている。これははたして偶然なのか。
問題は不老不死の薬ではない。
「不老不死の薬」の背後にいる人間が、問題なのだ。
「それはつまり誰かが故意に、俺のような…闇に落ちるはずであった人間の近辺で不老不死の薬を?でも。だとしたら何の為に?1回目の世界でも、不老不死の薬は関わっていたのでしょうか?」
暗器を投げていたクラウスの手が止まる。
「さあねぇ。あたしたちもそこまで詳しくは知らないから。ま、これで次に接触する予定の夏の国でも、不老不死の薬が関わっていたとしたら、裏で手を引いている人間がいるっていう仮説は濃厚になってくるでしょうね」
「裏で手を引いている人間がいるとして。それはやはり、闇の組織なのでしょうか?」
「そう考えるのが妥当だろう」
自身の欲望のために他を害する行動をとる人間は多い。
そうしてそんな人間の属する組織は皆、必ず一つの組織――闇の組織につながっているのだ。
枝は幹から分かれて伸びる。それと同じだ。
「なんにせよあたしたちと同じように、1回目の記憶を持っているやつが動いている可能性は高いわね」
「1回目の記憶…」
「記憶を所持している者は3人いる。おれ、クラウス、そして時の魔力を魔法に変換した精霊だ」
ここは2回目の世界。
1回目の世界で、おれは「時の魔法」を使い、時を遡った。禁忌にも近い魔法の代償として失ったものはあるが、なんにせよ今の2回目の世界が始まった。
魔法を発動させるには精霊の力が必要だ。だけれどもフェアリー型の時の精霊はあまり見かけない。
いたとしても、時を操れるほどの力は持っていない。
つまり時の魔法を使える人型の精霊が、1回目の世界でおれの時の魔法を発動させたと考えられる。
「だがその精霊の行方はいまだわかっていない」
「じゃあその精霊が敵側にいるかもしれないんですね」
「あくまで仮説の話だ」
そうであってほしくないというのが希望だが、世の中はそう簡単にはいかないだろう。
あの日以来、常に最悪を想定するようにした。
おれたちがリディアを生かすために運命を変えようとしているのと同じように。
闇の組織も1回目の世界でリディアに阻まれた野望を成就させるために、運命を変えようとする。
すべてはやつらが、1回目の記憶を持っていた場合にのみ、想定される話だ。
だが十分にあり得る話。
むしろどうして今までこのことに気が付かなかったのか。これも神の創った運命による強制力なのだろうか。
乾いた笑いがこぼれる。
「クラウス。例のモノについて書かれた魔導書を貸せ。もう一度調べたい」
「……。」
目をそらしたクラウスに嫌な予感を覚える。
アースを見る。こういうときにこいつは便利だ。
「そういえばクラウスさん、魔導書が一冊見当たらないとか言ってましたよね。1年前でしたっけ?」
「…。」
クロだ。
俺から目をそらし続けるクラウスを見てため息を吐く。
「とりあえず、おれは捕まえたマフィアのやつらから話を聞きだしてくる。クラウス、空間魔法で城まで送れ」
「えー。いつもみたく扉で帰りなさいよー」
「それだと城に着くまでに時間がかかる。……魔導書。期限は1週間」
「あーったく。わかったわよ!転送してやるから!そのかわり期限1年に変更!ったく人使いの荒いガキね」
//////★
リカさんを秋の国まで転送したクラウスさんはけだるげに椅子に腰かけた。
いつもよりも魔力を消費しているらしく、少し顔色が悪い。本人は強がって言わないが、リカさんを扉で帰そうとしたのも魔力の消費を抑えるためだったのだろう。
まあ今日一日中、リディアたちを水晶ごしに見守っていたり、テレパシーで俺に指示を出したり、マーキング地点を介さない空間移動を2回もしたのだ(帰宅したエルと魔法バトルをしたのも要因の一つだろうが)。
加えて彼は常にこの家を最高レベルの結界で守っている。いくら魔力量が破格であるクラウスさんだとしても、疲れるのは当然だろう。
「そういえばアイは仲間にしないんですか?」
会話であれば魔法を使うよりは疲れない。疑問に思ったことを口にした。
アイもまた同じように6年後学園でリディアの敵となる人物だった。自分と同じようにこちらの陣営に来る可能性もあるだろう。
するとクラウスさんはゆるりと口角をあげる。
「答える前に質問でーす。アース君は、大好きなリディアちゃんに自分を殺せって言われました。さて、アース君はどうしますか?」
この質問に意味はあるのだろうか。考えるまでもない。
「絶対に殺しません。リディアが自死を選べば全力で止めます」
クラウスさんは満足げに笑った。
「ふふ~ん。これがあんたとアイの違いなのよ」
「は?」
「じゃあ2問目。アイ君は、大好きなリディアちゃんに自分を殺せって言われました。さて、アイ君はどうするでしょうか」
「……。」
はっきり言って俺はまだアイとまともに会話をしたことがない。
マフィアに潜入している際に、アイという人物の観察はしていた。だが俺が観察してきたアイと、リディアと共にいるアイとでは性格がまるきり違う。
つまり彼の考えていることは現段階ではわからない。
答えもわからない。
そんなおれを見かねてか、クラウスさんが「じゃあヒントで~す」と言う。
「アイはリディアを崇拝していまーす。絶対服従って言っても過言ではないわね~」
考える。
今まで出会ってきた人物の行動パターンを記憶の中から掘り起こす。
崇拝している人に自分を殺せと言われた。その場合、彼らはどうする?どうした?
たどりつく答えは一つだった。
「アイはリディアの意をくんで、彼女を殺す?」
「ピーンポーン。正解」
「…。」
リディアにクイズを出されたことがある。正解すると、ほめられた。心があたたかくなった。それは嬉しいという感情だと教えられた。
だけど今は、嬉しくない。
「アイがとるであろう行動も、あたしたちがしている行動も、どちらが正しいなんて言えない。正しさなんて人によって違うから。ただ一つ言えることは、あたしたちとアイは相容れない存在だってこと。リディアの意をくむような人間はこっちにはいらない。だってあたしたちは、どんなことをしてでもリディアを生かす、そう決めた人間の集まりだから」
クラウスさんのまっすぐな翡翠色の瞳はリディアと同じだ。
こうと決めたら、誰にも止められない。意志を貫き通す瞳。
「あたしたちの行動はリディアの気持ちを無視した一方的な善意の押し付け。ただの自己満足。この行動はリディアを苦しめるかもしれない。でも、あたしたちはやるの。こんな運命を認めないから。…そういう人間しか仲間にはいらないのよ」
「そう、ですね」
たとえリディアに恨まれてもいい。泣かれても、罵られても構わない。
俺はそれでもリディアを生かす。運命を変えると決めたから、今、この場にいるのだ。
「ちなみにアイはどうして1回目の世界で闇に落ちたんですか?」
以前、彼らの話を聞かされた時は時間がなく、細やかな話は聞けなかった。
問えばクラウスさんは視線を落とす。
「あいつは冬の国の前王と精霊にひどい目にあわされたのよ」
俺の時と同じように、学園でリディアに闇を浄化されたアイは言っていたのだそうだ。
彼は冬の国の前王によって幼少期に両親を殺され、精霊によって唯一の家族である兄妹と引き離された。
アイは2人に会うことを希望に生きていた。
だが所属していたマフィアが秋の国に捕まったとき、牢獄で出会った人物に妹が精霊に殺されたことを伝えられ、闇に落ちた。
「あのとき闇の組織に出会う前に、妹が死んだことを伝えられる前に、リディアに出会っていれば。復讐に、憤怒に、囚われることもなかったかもしれない。兄を救えたかもしれない。涙を流しながら浄化されたアイは言ったわね」
そのときの記憶を思い出したのか、クラウスさんは唇をかんでいた。
「ということはアイの行方不明の妹は、もう…」
「ええ。せめてお兄さんがどこにいるか、生きているかくらいは教えてあげたいわ」
「そうですね」
嫌な話だ。燻る炎に油をまかれれば、燃え上がる。
誰も望んで闇に落ちたわけではない。消せない火種があって、それを燃やすなにかを与えられただけのこと。
考えたところできりはない。もうこの話はやめる。
「…あれ。でもアイは浄化されたとき、兄を救えたかもしれないって言ったわけだから兄の居場所はわかっていた?でも救えたかもしれないって言ったってことは、兄は手遅れ…もう死んだってこと?」
クラウスさんがぶつぶつとなにか言っている中で、ふいに思った。
「そういえばアイはマフィアが囚われたときに牢屋で闇の組織と邂逅するのですよね?」
「そうね」
クラウスさんはうなずく。
「今さっきリカさんが牢屋にむかいましたよね?」
「そうね」
またうなずく。
「アイをスカウトしにきた闇の組織と遭遇するのでは?」
「…そうっ急いで牢屋に向かうわよ!空間移動する、私の手を握って!」
うなずきかけて、俺に手を伸ばしてきた。
かわいそうに。今日のクラウスさんは魔法を使い続けなければならない日のようだ。
伸ばされた手を握れば、ぐるりと世界が回転した。
//////★
クラウスに転送された。
おれが転送を希望したのは、自分の城の牢獄。
侵入者も脱獄者も許さない白塔の牢獄のはずだった。
白塔の牢獄はその名の通り、白壁でできた塔の牢獄だ。
中も外もすべて白一色。
だがおれがいるこの空間は、すべてが赤黒い色で塗りつぶされていた。
模様替えだ。などという冗句を言える雰囲気でもないし、言わない。
鼻を衝く血の匂いが、
檻の中に捕らわれていたはずのマフィアの人間が全員ただの屍になっていることが、
屍のいる檻の中に懐中時計を持った鳥の仮面の人間がいることが、
今、このときを、現実だとおれに訴えてくる。
腰に差していた剣を抜き構える。
鳥の仮面ならびに纏う黒いローブは、目立たないが血に染まっていた。敵であることは明白。
なにより。仮面こそは違うが、その風貌には覚えがあった。
「やはり2回目の世界でもお前は…」
「……。」
おれの存在を認知したのか、鳥も剣を構え、振りかざした。
おれとの間を詰めることもなく剣を振りかざしたという予想外の行動に驚き判断が遅れた。
とっさに結界を張る。
が、結局やつの剣先はおれには当たらなかった。
剣先がとらえたのは血に染まった白壁。
壁を壊し、やつは外の闇夜に紛れて消えた。
ようするに逃げられたのだ。
追いかけたところでやつを捕えることは不可能。だから追わない。
「……ッチ」
感情的になり最善の行動をとれなかった。
仮面こそ違えどやつは必ず、リディアの運命の相手であるおれに切りかかってくるものだと、そう思い込んでいた。
闇の組織に接触できるせっかくの機会を無駄にした。いや、反省はあとだ。
「なぜやつは鳥の仮面をしていた?闇の組織の幹部の仮面は、蛇、猫、兎だったはずだ」
敵側に精霊がいるかもしれない。
だから向こうの陣営も1回目と運命が変わり始めているのだろうか。
それともこれもまた、リディアの影響だというのだろうか。
記憶が思い起こされる。
孤児院での、1回目の世界とは異なるやつがリディアを見る目に、1回目の世界とは異なるリディアがやつを見る目に、苦いものが広がる。不快だ。
「…1人で考えたところで答えは出ない」
これからどうしようか。ため息をついたときだった。
目の前に2つの人影が現れる。
「ちょっとリカ無事!?」
「見る限りは無事そうですが。うわ…ひどい光景ですね」
「……。」
誰もおれに休む暇は与えてくれないようだ。
クラウスはおれがケガをしていないか確認をし、アースは牢の残酷な光景を見て口元をおさえている。
「なぜお前らがここにいる?」
「なんでってあんたを心配して……は?ちょっ、待って!?」
クラウスが青ざめた。
こいつが青ざめることなど早々ない。瞬間、脳裏に浮かんだのはリディアの顔。
「なにがあった!?」
「……リディアが、何者かに攫われた」
「は!?」
普段のオカマ口調の失せた低いトーン。それがすべてを物語る。
舌打ちをする。今日は厄日か?
「状況は?」
「結界が破られて。リディアの気配だけが消えた」
「まさかクラウスさんが家を離れたとき…結界が弱まったときを狙って?」
「…ちがう。これは全くの偶然だろうな。今、リディアを攫った人間を特定できた。覚えのある魔力だったから、すぐにわかったわ」
最悪の事態ではないようだ。クラウスの口調が戻ってきた。
しかし、だからといって安堵できる状況ではない。
「そいつは誰だ」
「ザハラよ」
「は!?」
声を上げたのは意外にもアースだ。
信じられないのか口を開閉し続けている。
「ザハラ…たしかお前が贔屓にしている情報屋の名だな」
「ちなみに彼女を追いかけることも不可能」
「なぜですか!?」
「あいつ、リディアを教会につれて行きやがった。しかもよりにもよって天空神殿」
「なっ!?」
頭を抱える。
なぜこうもリディアは厄介なことに巻き込まれるのか。
「天空神殿とはなんですか?なぜ追いかけられないのですか?」
一人理解できていないアースが、困惑したようにおれとクラウスを交互に見る。
今まで暮らしを転々とし、1年前まで闇の世界で生きていた人間は知らなくて当然だと言える。
「一般市民であっても、教会や天空神殿を知らない人間は多いからな」
「アースは初めて聞くでしょうけど、神に一生をささげた人間しか教会っていう敷居を跨げないのよ。天空神殿はその教会の中で最も厳重なの。敬謙な、選ばれた神官しか足を踏み入れない場所」
「神に一生を捧げるとは?」
「清い体でなければ教会には入れないという意味だ」
「…すみません、よくわかりません」
クラウスと互いに目を合わせる。お前が説明しろ。
数秒にらみあった結果。
後ろめたい(魔導書を無くした)ことがあるクラウスが、あきらめたように口を開いた。
「…こう言えば簡単ね。教会で働いている人間は皆、チェリーってことよ」
「……なるほど」
「つまりおれたち3人ともリディアを追いかけられないってことだ」
「まあ。時間はかかるけど神殿に潜入する方法はあるわ」
その言葉に目を瞠る。
「ほんとうか?だが、間に合うのか?お前の言う時間でリディアを確実に救えるのか」
教会もそうだが、天空神殿には強固な結界が張られている。外部から神殿を守るその結界は、あらゆる魔法をも通さないと言われている。当然、魔法を使い、リディアの現状を探るのは不可能だ。
あいつが置かれている状況がわからない以上、救出は速やかに行いたい。
そんなおれの気持ちを悟ってか、クラウスが乱暴に頭をなでてくる。
こういうところで生きた年数の差を感じる。…不快だ。
「1週間もあれば間に合う。間に合わせて見せる。絶対にリディアを取り戻すわ。安心しなさい。天空神殿は危険な場所じゃない。少なくとも光の巫女であるリディアは優遇される。嫌いだけど信頼できるやつもいるし。その点においては大丈夫」
「わかった。いい加減手を離せ」
「はいはい。…それにしてもザハラのやつは、どうしてリディアを攫った?」
同意するようにおれとアースもうなずいた。
エピローグ前半と後半の2つにわける予定だったのですが、わけあって3つに増えました。
たぶん、今日か明日にはエピローグ2と3を投稿できます。




