30.出会い
「俺とアイが出会ったのは10年前だ」
当時のアイは7歳。生き別れになったお兄さんと妹を探して、探偵をやっていたおじさんのもとを訪ねたのだそうだ。
その当時からアイはマフィアの一員として働いていたとのこと。
おじさんは探偵としてアイのお兄さんと妹の行方を探したけれど、結局見つけられなくて、探偵を雇い続けるお金もなくなってしまったため、そこでおじさんとアイの関係は終わったのだとか。
2人が再開したのは5年後。おじさんがマフィアにお金を借り、返済しろと追いかけられていた時のことだった。返せる分だけの金だけを借りていたのだが、利子が予想以上に法外で、借金を返済できずに逃げていたのだ。
いいのか悪いのか、この借金のおかげでおじさんはアイと再会する。
奇しくもおじさんがお金を借りたマフィアというのがアイの属していたマフィアだった。
おじさんが借金を返せず隠れていることを知ったアイは、マフィアの目を盗みおじさんを逃がしてくれた。匿う場所も饅頭屋と言う仕事もアイは与えてくれたのだそうだ。
そこでおじさんははじめて知る。
おじさんのようにマフィアに騙された人たちをアイはこっそり助けていた。そのことにマフィアの仲間が気づかれることもあり、アイは罰を与えらた。
それでもアイはマフィアに騙された罪のない人たちを助け続けた。
おじさんはアイにどうして自分を助けてくれたのか聞いた。
するとアイは「自分もおじさんと同じようにマフィアに騙され、今マフィアとして生きている。自分と同じように騙されて苦しむ人たちを見てみぬふりはできない」そう笑ったのだ。
そこからおじさんはアイと仲良くなったのだとか。
アイがおじさんを助けてくれた。だからおじさんもアイと同じように困っている人を助ける。
だからおじさんはマフィアに追われていた私たちを助けてくれたのだ。
思えばアイは私にもここは危険だから逃げるようにと言っていた。
きっとあれは私が「ヒメ」でなくても、逃げるように言ってくれたのだろう。
「誰も信じられなかった。だけどあいつのおかげで俺はまた人を信じることができたんだ。困っているやつがいたら助けてやる、そういうのを学んだ。あいつのおかげで今の俺があるんだよ」
「おじさんが私たちを助けてくれたのは、巡り巡ってアイのおかげってわけなんだね」
おじさんは弱々しく笑った。
「だけどよ、俺達はアイに救われたが、あいつを救ってくれるやつは一人もいねーんだ」
おじさんは悔しそうに唇をかみしめ、顔を手で覆う。
そんなおじさんの肩に飼いリスだろうか。栗毛のリスがなぐさめるようにおじさんの頭をなでていた。
「嬢ちゃん。こんなことあんたに頼むのも変かもしれねぇ。でもよぉ、アイを助けてやってほしいんだ。あいつはマフィアなんかやっていい人間じゃない。いいやつなんだよ」
「おじさん…」
おじさんに手を伸ばしかけたときだった。
誰かに横から肩を掴まれ、ハッとする。
「リディア。まさかお前、そのアイってやつを助けたいとか思っているんじゃないだろうな」
「エル…」
エルは私の顔を見て舌打ちをした。
私の肩を掴む手に力が入る。
「バカな考えはよせ」
「でも」
「お前はいつもいつも考えが甘いんだよ」
エルが吐き捨てるように言った。
「ちょっと話を聞いただけで人を助けるのか?お前は助けてくれって言われたら、誰でも助けるのか?100人でも、1000人でも、目の前で困ってるやつがいたら助けるって言うのかよ」
「っそれは…」
ごもる私にエルの冷たい視線が刺さる。
「やめろ。自分の力量を見誤るな。お前はただでさえ厄介ごとに巻き込まれやすい。自分のことで精一杯の人間が他人を救おうとするな。手を伸ばすな。手を伸ばせ伸ばすほど、後に引けなくなる。自分で自分の首を絞めることになる。苦しむのはお前だ」
「…っ」
「兄ちゃんの言う通りだよ」
「おじさん!?」
エルの言葉に同意したのは意外にもおじさんだった。
「俺が変な話をしたばっかりにごめんな。みんな自分のことで、生きるだけで精一杯なんだ。俺だってそうだ。助けてほしいと身勝手に臨むだけで、自分ではアイを助けようとしない」
「でもおじさんはアイのこと心配してるじゃん。それだけでも…」
「ちがうんだよ。そもそも誰もアイのことは救えないんだよ。あいつを自由にしてやれることはできねーんだ」
「え?」
こう見えてエルは激強だから、マフィアをつぶすついでにアイを助けるなんて余裕だよ?
しかし私の心の声を知ってか知らずか、おじさんは首をふり続ける。
「あいつは魔法の契約書で囚われている。契約を敗れば死ぬ。そんな契約書だ。あれがある限りあいつは自由になれない。そしてその契約書はマフィアのボスが持ってる」
おじさんの肩の上で栗色のリスが楽し気に笑う。リス、このタイミングで笑うのか。
「こんな話をしたのは俺のただの自己満足だ。誰かにアイの苦しさを知ってほしかった。助けたいと思ってほしかった。だから、すまねぇ。今のは忘れてくれ」
「おじさん…」
「話は終わりだな。匿ってくれたことには感謝する。行くぞリディア」
「ちょっ、エル!」
外に出て行ってしまったエルを追いかける。
アイのこと助けたい。けど、たしかに私にはアイを救う力がない。1年前の奴隷商人のお兄さんだって結局私はお兄さんの未来を願うことしかできなかった。なにもできなかった。
でも…
「アイお兄ちゃんだぁ!」
背後で聞こえた子供の声に振り返れば、貧乏な家々が並ぶスラム街のようなところにいた。
エルを追いかけて気づかなかった。迷い込んでしまったらしい。
……待って。さっきアイお兄ちゃんって言ってなかった!?
辺りを見回してすぐに気づいた。
紺髪の眼鏡が小さな子供たちの集団に囲まれていた。オウ、ノウ!
急いで近くの家の影に隠れる。
一瞬小さな子供たちがおやじ狩りならぬお兄ちゃん狩りをしているのかと思ったが、それは違った。
子供たちはみんな笑顔でアイの周りにいたのだ。
アイもやさしい笑顔…本物のお兄ちゃんのような顔で子供たちと話していた。手に持っている紙袋からおかしやらを取り出して子供たちにあげている。
あの紙袋、私とアリスがアイに遭遇したときにおとした袋だよね。
おかしが入っていたのか。
「アイお兄ちゃん、クッキー割れてるー!!」
「うっ。これは不可抗力でだな」
「飴も粉々!もーーー!」
「いてて。悪かったから殴るな!」
なんとなくこのまま彼らの様子が見たくなった。
子供たちがアイの元から去ったあとでやってきたのは、若いお母さんや病弱そうなお父さんやご老人の方々。
「おっさん、体の調子はどうだ?」
「アイ君のおかげで好調だよ。明日から仕事ができそうなくらいだ!」
「それは完治させてから言え。ユーリの母ちゃんは?」
「ええ。彼女まだ起きれないけど、顔色はよくなったわぁ」
アイたちの周りには穏やかな時間が流れているように見えた。
裕福な感じは全くせず、むしろ苦しい生活をしているのは見て分かる。それでも彼らがやわらかく笑えているのはアイのおかげなのだろう。
「アイ君、私たちは大丈夫だから。こんなによくしてくれなくったっていいのよ?」
「いや俺は…」
「おばあちゃんダメだよ。アイ君前言ってただろ。自分は小さいころに両親を亡くした、あんたたちに手を貸すのは子供たちに自分と同じ思いをしてほしくないからだ、勘違いするなって」
「ああ~。まだアイ君が素直じゃなかったころの話ね」
「私たち知ってるのよ。あなたが子供たちだけじゃなく私たちのことも心配してくれてるって」
「ちがっ。俺は…」
「安心して。私たちずっとアイ君の世話にはならないわ。絶対にこの恩は返すから。だからあなたが自由になったとき、アイ君はアイ君の幸せを見つけて」
話を聞いているだけで心がポカポカとあたたかくなてくる。
このあたたかい環境は、きっとアイの今までの行動の結果なのだろう。
アイとは今日会ったばっかりで、彼のこと全然知らない。けど、饅頭屋のおじさんや目の前の光景のおかげでわかるよ。
うん。やっぱり。私、アイを助け……
「お前こんなところにいたのかよ」
「ぬぅわ!びっくりした」
耳元で聞こえた声に振り返れば、背後に立っていたのはエル!
エルってば気配なしで背後に立つからびびるのだ。
だがちょうどよかった。エルに話したいことがあった。探す手間が省けた。
「エル」
「聞きたくない」
「聞いて。私ね、アイのこと助けたい。助けるよ」
「何度も言わせるな。お前は自分の力量を…」
「エルがいるよ!」
「は?」
私の言葉にエルが眉を顰める。
予想通りの反応に笑ってしまう。
「私一人じゃない。エルがいる。師匠もアースもいる。私が困っていたら絶対に味方になってくれる人がいる」
「……。」
たしかに私一人じゃ、たった2本の腕じゃ、できないことがたくさんある。拾おうとしてもこぼれおちてしまうものがいっぱいある。
でも私は一人じゃない。2本の腕だけど、8本にだって増えることができる。
困っていたらいっしょに考えてくれる人がいる。
「みんながいたら、100人だって1000人だって助けられる。それとも?エルは私が困っていたら助けてくれない?」
「…~っ」
私知ってるよ。
エルは100人の味方ではないし助けることもしないけど、私の味方で、私が困っていたら絶対に助けてくれるって。
するとエルは顔を真っ赤にさせてぐしゃりと前髪をつぶす。
「っああ、そうだよ。くっそ。お前を助ける!おれはなにがあってもお前の味方なんだよ、クソ!」
「えへへ。エル大好き」
「お前はそうやってすぐに人に抱き付くのをやめろ!」
いてて。ガチで拒否してきやがった。
仕方がない。
「アース!いるんでしょ!でてきて!」
声高々に叫べば近くにあった木の上からアースが飛び降りてきた。
エルが耳元で叫ぶなってにらんでくるけど、無視しましょう~。
「……リディア。どうして俺が隠れてるってわかったんですか?」
「私とエルが結局マフィアに追われている。マフィアに潜入しているアースは当然そのことを知る。心配して私たちを探す。見つける。様子見のために隠れる。どう?アースの行動パターンなんてわかるんだから」
「あたりです」
アースはいつもの無気力顔。だけれども苦笑するように肩を下げた。
「それでリディアは隠れていた俺を呼び出して、なんの用が?」
「アースのことだからわかってるんでしょーけど…」
「いえわかりません。リディアの考えていることはほんとにわからないので」
マジで?
首を傾げていれば横からジトっとした視線が刺さる。
「……おれはわかったぞ。わかりたくねーけど。お前、アースにあれを探すように頼むつもりだろ」
「あれ?」
「さっすがエル。わかってるわね!」
知ったからには。助けたいと思ったからには。絶対に助ける。
それがリディアちゃんのスタイルなのよ!
「そういえばアース甘い匂いがする」
「え?」
「この匂いどっかでかいだことがあるんだよなぁ」
アースに近づき鼻をスンスンしていれば、エルが「近い」と私をアースから引き離す。
なんでお前た引き離すんじゃいと思ったところで、思い出した。
この匂いはアイと最初に会ったときのものだ。薬の取引があるって場所でこの甘い匂いがしたのだった。
するとアース自分の服に顔を当て匂いを嗅ぎ、納得したようにうなずいた。
「ああ。これはたしかに甘いですね。長い間潜入していたから匂いが染みついたみたいです」
「染みついた?」
「ええ。この甘い匂いは……」
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ちなみに饅頭屋のおじさんは、実は女です。だから饅頭屋のおばさんが正しいです。
マフィアの目をあざむくために、変装というか変貌しました。
本人は今の容姿を割と気にいっています。




