8.猫に頬をつねられて、うさぎになりました
それが私を襲撃したのは、夜。
きのうが愚痴聞かないデーだったので、本日の私は布団の中で安眠中……
のはずだったのだが。私は突如、肩を揺さぶられる衝撃で目覚めた。
「いや衝撃なんてやさしいもんじゃない!シェイクだよ!臓物口から飛び出すぞ!おぇぇえ」
「ちょっと大きな声出さないで。ソラが起きる」
「理不尽!」
当然犯人はアルトだ。
同室のメンバーで私に手荒な真似をするのはアルトしかいませんから。ソラはいい子なんですよ~。
ったくそれに比べてアルトはよぉ。このブラコンヤンデレめ~。
私はイライラしながら目を開けた。
ひぇ。
目の前には殺人鬼の顔がありました。あわわわと私の体は勝手に震えだす。それほどまでに彼は怖い顔をしているのだ。
声のトーンはいつも通りなのに、なんで殺人鬼になってるの!?
「なにその顔。寝ぼけてるの?」
「……私が転生したのは殺人ゲームの世界じゃないよね?」
「…まあ君がおかしいのは今に始まったことじゃないか。ほら、さっさと布団から出て。行くよ。緊急事態なんだから」
「えぇぇぇ」
////////☆
「で?なんなの?」
さて森の中。いつも愚痴を聞く川辺まで連れて来られた私はかれこれ15分くらい放置されている。誰に?もちろんアルトに。
ちなみにそのブラコンヤンデレ野郎は、暗い顔で「どうしてこんなことにっ」と嘆いている。私は何回もなんなの?と問うのだが、やつは無視して嘆き続けるのだ。帰っていい?うん。帰ろう。
「ちょっとなに帰ろうとしてるの!」
帰ろうとしましたらアルトに通せんぼされました。チィッ。
アルトは舌打ちをする私を見て、腹立たし気に奥歯をぎりっと噛んだ。帰ろうとしただけでふつうそんな怒らないよね!?もうやだ、ブラコンヤンデレ怖い。
「ソラの身に危険が迫っているのに帰ろうとするなんて…!見損なったよ!」
「いやその情報知らんし!?」
そんでもって突然のびっくり情報だよ!もうリディアちゃん、放置されて怒って驚いてで大忙しだ。
「じゃなくて!ソラに危険が迫っているってどういうこと!?」
孤児院時代のソラのイベントで、危機的状況に陥るようなものはなかったはずだ。
アルトに掴みかかれば、彼の眉はしょんぼり八の字に。
私は素直に驚いた。だってこんなに不安そうなアルトの顔、はじめて見たんだもの。
…そうだよね。たしかに大切なソラの身に危険が迫っていたら、不安だよね。わかったよ。自称友人として、私がするべきこと。それはずばり、不安な彼を支えることだ!
私はアルトを安心させるべく彼の手を握り締めた。
「アルト…一人で背負おうとするなんてダサいよ。私を頼って。話を聞かせて。そのために私をここまで連れてきたんでしょ!」
「リディア…」
少しの間の後で、アルトがぐっとうなずいた。
私もうなずくと、アルトがまっすぐな瞳で私を見る。
淡い紫色の瞳はとても、悲しそうに、不安そうに揺れていて、私の心臓はぎゅっと痛く……
「実はソラが女に狙われているんだっ」
「あ、はい。おやすみー」
痛くなるわけがなかった。
私は「じゃ」とアルトに背を向け、改めて孤児院へ帰るべく歩き出した。
あー。眠たい。明日はソラとチャンバラする約束しちゃったから、早く寝ないといけないんだよねー。
「って…ちょっと、なんで通せんぼするのよ?」
今度はずっこけたりしません。私の前に立ちはだかったアルトをにらむと、彼は怪訝な顔で首をかしげる。
「いや。逆にどうして帰ろうとするの?大事件でしょ。君に人の心はないの!?」
「人の心があるから帰ろうとしてるんだけど」
ソラが女に狙われているっていうのはあれでしょ?恋愛的な意味で狙われているってことでしょ?こういうのはね、第三者がやいのやいの言うのはよくないんだよ。
これを大事件だと騒ぐアルトのことだ。ソラを女の魔の手から守る!とか言い出すに決まってる。巻き込まれてたまるか。
……でも、ほーんの少しだけ不安もあるので。これだけは聞いておこう。
「一応聞くけど。ソラが女に狙われてるってのは、女暗殺者に命を狙われている~っていう意味じゃないよね?」
「命は狙われてないけど、ソラの清らかなハートが狙われているのは、真実だよ」
「うん。はい、おやすみ~」
「ちょ、待って待って待って!」
アルトの制止は無視しまして、さあ孤児院に戻ってぐっすり寝よう。今度こそ私は帰路にたった…のだが、体が動かない。つまり帰れない。
なんでかなー?と思ったら、右肩がものすごい力でつかまれていることに気がついた。
「……。」
おいおい、やめてくれ。いつぞやのあれみたいじゃないですか。ハハハと笑いながら後ろを振り向けば、
「僕、いつまでも君の茶番に付き合っていられるほど暇じゃないんだ」
「…。」
「僕の話、聞いてくれるよね?」
「…はーい」
殺人鬼アルトが再来していた。
ヒロインもさすがに、殺人鬼には勝てない。だって殺されちゃうからね。
だがこれだけは言わせていただきたい。茶番に付き合ってあげていたのは、どっちかというとアルトじゃなくて私ぃ!
//////☆
「リディアが相談にのりたいと言ってくれて助かったよ~」
「命の危険を感じたからねー」
現在私とアルトはいつものように仲良く肩を組んで河原に座っていた。嘘です。全然仲良くないです。だって仲良かったら私の肩はみしみしと嫌な音を立てていないもん。肩にアルトの手形がつくはずないもん。
「つーかいつまで肩を握りつぶしているつもりだ!離せや!」
「あ。無意識だった」
「無意識のうちに人に危害を加えるな!?」
「安心しなよ。君以外にはしないから」
「どこに安心できる要素が!?」
ちなみに先ほどからこのように口論ばかりしているので話は一向に進まない。
なんだこの無駄な時間は。
「こちとら睡眠に未来の私のモデル体型がかかってるのよ!話さないなら帰るからね!」
ただでさえ最近おなかに脂肪がついて…
「へー。リディアのために日頃の行いがいい僕だけが神父様から特別に貰ったお菓子を持ってきてあげたのになぁ。残念だけど、僕だけ食べ…」
「私、アルトといっしょにお話したぁい。お菓子食べながら、おしゃべりした~い」
「ほんと君ってプライドないよね。太るよ?」
「そうだね。太るよね。帰る」
「はいはい、嘘だから!帰るな!」
私だってお菓子を食べるから太るというのはわかっている。
だがしかしあんなにも美味なものを食べないなんて、人生を損していると思うのだ。
私の幸せに必要なものは、胸の高鳴るような大恋愛でも、どきどきわくわくの冒険でもない。平和な日常と美味なる食事だ!
そんなわけで私はアルトが神父様からもらったという、クッキーをほおばった。うん。おいしい。クッキー大好き。太る?なにそれ?おいしいの!?
そんな私を横目にアルトは頬を膨らませる。
なんだその顔は。
「クッキーはあげないぞ」
「ねぇ、君の中で僕はどれだけ卑しい人間なの。いらないよ」
アルトは心底めんどうくさそうな顔をする。ふむ。私は思い違いをしていたようだ。でもそれならどうして頬なんて膨らませているんだよ。紛らわしいな。
顔が語っていたらしい。アルトは私の疑問を感じ取ったようで、ため息交じりに口を開いた。
「この顔は…今回の件、リディアにも原因があるのに。僕の話をくだらないと言って、君が帰ろうとするから…」
「はあ?」
おい。それはどういうことだ。
今回の件。それはつまり、ソラが女の子に狙われているということ。
彼はその原因が私にもあるというのだ。
待て待て。私、なにもしてないんだけど?
私の怪訝な顔を見て、アルトはやれやれと口を開く。
「僕の計画に気づいていたわけじゃなさそうだね。まあそうだろうとは思ってたよ。君が故意に僕の妨害をしていたなら僕は気づいただろうからね」
「え。それどういうこと!?」
「君はね、僕の計画の邪魔をしていたんだよ」
「け、計画?」
嫌な予感がするぞ。本人は気づいていないだろうが、彼は今すばらしく美しい悪役面をしているのだ。うん。絶対ろくでもない計画だよ。
よーし。聞かないことにしよーっと。
私は耳をパッとふさぐが、ふさぐ前にアルトがしゃべりはじめていた。
オウノー。マニアイマセンデシター。
「僕の計画…その名もソラを絶対に守る計画!」
「……。」
この人なんで頭いいのにネーミングセンスは悪いんだろう。
そんな私の心中の同情に気づくことなくアルトは話を続けた。
「この計画はその名の通り、孤児院の女子全員を僕に惚れさせてソラに悪い虫がつくのを阻止するためのものなんだ。ちょっと、なんで頭抱えてんの?言っとくけど計画は成功したよ。僕はすべての女子の心を掌握した」
頭が痛い。
私が心因性頭痛を訴える一方でアルトの話はまだまだ続く。
「そして僕は彼女たちの僕に対する恋心がぶれないように、一日に一回、必ず彼女たちを僕に惚れさせていたんだ」
「でもっ」と。アルトはそこで私を忌々しげににらんだ。
「君がやってきたせいで、この計画は崩壊した!」
いや知らんし。
「そして!僕はこともあろうに、君に気をとられすぎてしまった。そのせいで僕はノルマを忘れて、彼女たちを惚れさせることを忘れていた。中には僕への恋心が薄れてしまった子もいて、そいつがソラをロックオンしたってわけ!ほらね、君にも責任あるでしょ?」
「……。」
長々としたアルトの話を聞き、いろいろ思うことはあるが、すべてを総括して、私は静かにうなずいた。
「アルトがなにを言いたいのかは、わかった。でもさ、その前に一ついい?」
「なに?」
私はフーっと息を吐いて、アルトににこりと笑いかける。
「女子の心を掌握って何?」
怒りと恐怖を押し込めて、笑えるように努力しましたよ、はい。
どうか私の笑顔を崩す返答だけはやめてくれ、そう願いながら私はアルトに答えを促す。
彼は平然と答えた。
「君バカなの?言葉の通りでしょ。僕に惚れた女子全員の行動を僕の意のままに操るってこと。人って恋をすると意中の相手に好意的に思われたいがために、ある程度相手の意を組んだ行動をとるよね。コントロールしやすいよね」
プチッ
「はい。アウトー!」
「痛い!」
私は思い切りアルトの頭を殴る。
アルトは痛いとか言っているが、痛いのは私のほうだから。私の方が、頭とか心労とか殴った手とか痛いから!つーか一番痛いの、あんたみたいなブラコンに惚れてしまった、私のかわいいかぁわいい女の子たちの心だからね!?
「だからあんたは悪役になるのよ!この、アホが!私が孤児院に来る前に、もうすでに、悪役の片鱗を見せていたなんて…お母さん悲しいっ」
私はおいおいと泣きながらアルトの頭をもう一発殴る。
アルトの顔に青筋が立つがそんなの知ったことか。お母さんは今とてつもなく悲しいのだ。
「……いろいろ言いたいことはあるんだけど、とりあえず頭痛い。謝って」
「謝るなら、女の子たちに謝りなさい!このアホ!乙女の純情もてあそびやがって。お母さんそんなふうに育てた覚え有りません!しくしく」
「さっきからなんなの!?君、僕のお母さんじゃないよね!?」
嘘泣きも疲れてきたので、私は演技を止めてはぁーとため息をつく。
アルトは頭をさすりながら私をにらんでいる。
この様子を見るに、アルトには自分が女の子たちの心を弄んだという罪の意識はないのだろう。むしろこの男のことだ、イケメンな僕に恋することができるなんて幸せでしょ?と自分は善行をしたとすら思っていそうだ。
「はぁー。咎める人間が周りにいないがゆえに、こんな純粋バカに育ったのね。怖いわー」
「よくわかんないけど、すべてはソラのためだから」
私は頭を抱えた。
「愛が重い。私、本気であんたの将来が心配だわ」
「安心してよ。僕はソラさえいれば幸せだから」
「その思考が私を不安にさせるのよ!」
それにしても女子全員の心を掌握とは…。
思い起こされるのは、前世の記憶が戻った私が初めてアルトたち孤児院の子どもたちと対面したときのこと。アルトが神父様に呼ばれて私の方へ来た、あのときだ。あのとき、私を取り囲んでいた女の子たちの頬はアルトを見て桃色に染まった。
私はそれを見て、ああ、やっぱりイケメンに恋しちゃう年頃なのね~なんてのんきなことを思っていたが、あれはアルトの計画によって故意に恋に落とされていたのだ!
はぁぁ。おそるべし、ブラコン。
ん。でも待てよ?
ここで一つ、私は疑問に思った。
「待って。私、アルトに恋してないんだけど」
そう。アルトは女子全員の心を掌握したとか言っているが、私は掌握されていない。女子全員ではないじゃないか。
首をかしげる私に対し、アルトは「あ~」とうなずく。
「そういえば君も女子だったね」
「おい」
待って。私、女であることを忘れられていたのか?
ヒロインなのに!?
いや苦笑いされても困るんだけど!?
「安心しなよ。生物学上では女だと思っているから」
「ほお?生物学上ではねぇ!?」
「いっとくけど僕だって一回は、君を惚れさせようとしたよ。ま、結局やめたけど……」
アルトはフッと笑うと遠くを見つめた。
おい。なんだ、その顔は。
よくわかんないけど、腹立つ。どうせアルトのことだ。ろくでもない理由で私を惚れさせるのを断念したに違いない。そうだろ?あん?
「ていうか私を惚れさせようとしたその一回っていつよ?」
全然身に覚えがないんですけど。
するとアルトはやれやれとため息をついた。
答えてあげない限り、私がこの質問を繰り返すと悟ったようだ。おうよ、その通りだよ。だからさっさと答えやがれ。
「君が孤児院にやってきた日。握手のときだよ」
え。マジで?
思いのほか早い段階で私はアルトに目を付けられていたらしい。まあ彼にしてみれば孤児院に新しく女子がやってきた時点で、目を付けているのかもしれないが。
つまり、なんだ?私が孤児院にやってきてアルトに握手を求められたあのとき。アルトの脳内は、さっさとこいつも僕に惚れさせよう。ああ、ソラを守る僕ってなんて完璧なお兄様なんだろう。むふふ、ソラ♡となっていたということか?うん、こっわ。超怖い。
「つーか握手だけで私を惚れさせようとしたわけ?」
「うん」
アルトは平然とうなずいた。
うわー。これには私、開いた口が塞がらない。
「あんた…うぬぼれすぎでしょ。握手だけで女の子が恋に落ちるわけないじゃない。その自信はどこから来た?考えを改めなさい。その考えは自分の首を絞めるだけよ」
「君、僕のこと心配してるんだよね?僕のこと貶してないよね?」
はて?私あなたのことディスっていないのですが?
キョトンと首を傾げると、アルトははぁとため息をついた。いやため息つきたいのはこっちですけどね。
「もういいよ。あ、いっとくけど僕はうぬぼれてるわけじゃないから。僕らが孤児院に始めて来た時に、女子たちと握手をしたら彼女らが勝手に昇天したからそう思っていただけ」
うちの女子たち、ちょっろ。そりゃアルトも勘違いするわ。
「でもどうしてあんた、私の時は一回でやめたのよ?私はソラに懐かれてたから、かなり邪魔だったでしょ?」
私の言葉にアルトが「あぁ」とつぶやく。
少しだけ疑問に思ったのだ。どうしてアルトは私を惚れさせることをあきらめたのか。
それはもしかして。私が友達だから、自分に惚れさせたくなくなった。とかではないか?…と!
私は淡い期待を込めてアルトを見る。
が、
「惚れさせるために君に愛想を振りまくなんて嫌だったし、大嫌いな君が僕に惚れる…って、うぅ…考えただけで吐きそうだ。だから一回でやめたんだよ」
わかったのは清々しいほどにこの男が最悪だということだけだった。
おい。私の淡い期待をかえせや。
「なにも聞かずにいますぐあの川に身を投げてくれない?」
「わかった。理由は聞かないよ。でも僕があの川に身投げするとしたら、そのときは君も道連れだから覚悟してね?」
「おーい。本編始まってないのに、ヒロイン死ぬよー」
「本編ってなに?とうとうバカになった?」
あ。やべ。声に出てた。
怒りのあまり本心すべてを言葉に出していた。
ここは話を切り替えよう。
「そ、それよりも。今はソラに言い寄ってきた女の子の話の方が重要なんじゃないのぉ~?」
「あ、そうだった。そっちの方が重要だ」
アルトがソラのことに対してだけは単純でよかった。
それにしても、ソラに言い寄る女子ねぇ。
中身はそれこそガキだがソラは意外とやさしいし、なにより顔がいい。考えてみればソラって女子受け抜群の優良物件であった。
たしかに今日や昨日の記憶を思い返してみれば……
「最近ソラにばっかり話しかける女の子いたよね。ルルちゃんだっけ?」
「ルル?」
ルルちゃんは栗色の髪のかわいらしい女の子だ。いつもにこにこしている優しくておとなしい女の子である。たしか私と同い年。つまりソラとも同い年だ。
私がソラとしゃべっているとすっとんできてソラに抱き付いたり、私がソラと遊んでいるとこれまたすっとんできてソラに抱き付いて、そのまま一緒に遊んだ記憶がある。そのたびにソラは私やアルトに助けを求める眼差しを…うん、訂正します。ルルちゃんはおとなしくはありませんでした。
「ってちょっと。なによその顔」
ふとアルトを見れば、彼は信じられないといった表情で私を見ていた。少しショックを受けているようにも見える。
怒るとかならまだわかるけど、なにその顔。逆に怖い。
「…いつもソラを見ている僕が気づくのは、わかる。でも…なにそれ。君もソラが女に狙われているって気づいてたわけ!?」
「いや、いつも一緒に行動してたら嫌でも目に留まるから」
「しかもその女狐の名前まで知って…っ!僕は知らなかったのに!」
「それはあんたがソラ以外に興味なくて、名前覚えていなかっただけの話でしょ」
アルトのショック顔が安定の弟バカ脳によるもので安心しました。…安心していいのか?
「まさか、君。ソラのことが好きなんじゃっ!」
安心していいわけないですよねー。ハイハイ、わかってましたよ。
あらぬ疑いをかけるアルトに一言だけ言わせていただこう。
「やめろ」
「いや、僕に嘘は通用しない。ソラほどかわいくてすばらしい子はいない。そんなソラにましてあんなにそばにいて惚れない人間がいないわけないんだっ!もし惚れないなんてやつがいたら、それは人間じゃない!君、ソラのことが好きなんでしょ!?」
「わ~、バレちゃったぁ。実は私人間じゃないんだぁ。だからソラは全然私のタイプじゃないんですよ、ええ。絶対に恋には落ちません。神と精霊に誓っても、惚れませんよ」
「ちょっと。どうして僕のかわいいソラに全く恋愛感情を抱かないんだよ。ふざけるな」
「なんだ、こいつ。めんどくさ!」
好きだといえば怒るし、好きでないといえば怒る。
私アルトに人間じゃないって言われても、頑張って怒りを抑えて肯定してあげたのに!
「もうめんどくさいから帰っていい?」
私の顔がよほど気だるげで、帰りたそうに見えたのだろう。とたん、アルトが慌て始めた。
「ちょ、待って。それはダメ」
「なんでダメなのよ」
もう相談なら聞いたはずだ。
アルトは自分の不安を誰かに話したかっただけじゃないのか?
私が首を傾げていると、アルトはめずらしく、すがるような目で私を見てきた。
「君には…頼みがあるんだ」
「頼みぃ?」
はっきり言って、嫌な予感しかしない。
普段人に頼みごとをしないアルトが、大嫌いで絶対に借りを作りたくないであろう私に、頼み事をするのだ。
もう一度言おう、嫌な予感しかしない。
いっそのこと逃げてしまおうか?そう考えていたらアルトが私の腕をつかみながら話し始めた。こ、こいつっ。
「わかってると思うけど、僕は、ソラにとって、やさしい完璧なお兄様なんだよ。完璧な兄はたとえ弟のためであっても、少しでも証拠が残る可能性がある限りは自分の手を汚してはいけないんだ。ばれたときにソラを巻き込んでしまう可能性があるからね」
最初こそはうんうん聞いていたが、おいおい話が物騒になってきたんですけどぉ。
「だからソラのためだとしても、あの邪魔な女を始末することは僕にはできないんだ。チッ。こんなときのための暗殺術なのに…」
暗殺術は聞かなかったことにして、私は「へー」と聞き流す。
絶対にこの嫌な予感は当たる。だってもうすでに不穏なんだもの。即刻帰りたい。
なので、話は終わったでしょ?手を離して?と、私はアルトに微笑むが、彼はまだ終わってないよと私に微笑み返す。やめろー!
「そこで、君に頼みがあるんだ」
「はい、嫌です」
「僕の代わりに、あの女をどうにかして」
「うん。嫌です」
「……。」
「……。」
しばらくの間の後、アルトが静かに私を握っていた手を離し…
「いだだだ!」
私の頬をつねりはじめた。
言っておくが、片方の頬だけではない。両方つねるのだ!
なにこの不意打ち!?
「どうして、僕の、頼みを、聞いて、くれないのかなぁ?」
「いだだ!このバカ!暴力反対!」
ま、まさかこの男が暴力で私をねじ伏せようとする日がくるとは思いもよらなかった。
みなさんどうか、私の言い分を聞いていただきたい。
安未果時代。ゲーム越しに見ていたアルトは、たしかに悪役だった。悪役だったのだが、設定は紳士なのだ。
彼は決してヒロインに暴力を振るったりはしなかった。どれだけ心がくさっていても、女性に手をあげない辺りは、尊敬?していたのに!
おい、乙女ゲー!これのどこが紳士だー!設定思いっきり、狂ってるぞ!?
見ろソラ!これがお前の兄の真の姿だぞ!いますぐ目覚めて、偶然森を通りかかって、この現場を目撃しろ!そしてアルトは最愛の弟に嫌われてしまえ!
「…と、念じるだけで私が反撃をしないとでも思っていたかァ!」
「ちょ、痛いんだけどっ!」
負けじと私もアルトの頬をつねる。
「うっせ!私の方がもっと痛いわ!このボケ!神様ー、精霊様ー。か弱い美少女の頬を思い切りつねる、このバカガキに天誅を!」
「はあ?君は生物学上、女なだけで、か弱くも美少女でもないんだけど!?」
「言ったな、お前!それなら私だってアルトのこと、顔だけしか取り柄のない、孤独死必至の哀れなブラコンヤンデレ野郎としか思ってないからな!こんなことしてたら、ソラに嫌われちゃうんだからね!」
「なっ……」
ショックだったのか、アルトは青ざめた顔で私から手を離した。つられて私もアルトの頬から手を離す。…けど。
え。待って、なんでそんな顔しているの?
驚きすぎて顔がひきつります。
だってなぜだかわからんが、アルトが今にも泣きそうな顔で私を見ているのだ。ソラが女に狙われている!と言ったときよりも、ひどい顔をしている。え。もしかして私の言葉に傷ついたの?
だけどこっちも苛立ってるんでねぇ。そんな顔したくらいで、ごめんねなんて謝りませんよ。つーかどうして私が謝らにゃいけないのよ。
「傷つくくらいなら喧嘩吹っ掛けないでよ、弱虫!」
「よ、よわっ!?」
弱虫と言われことでさらに傷ついたのか、アルトの顔はさらに泣きそうに歪む。
うっ。頬をつねられたこととか、暴言とか、全然許してないし向こうが謝らない限り許さないけど、そんな顔されたら罪悪感半端ないじゃん。ずるい。ずるすぎる。
だけど。私は大人ので……、しかたなく折れてやった。
「ねぇ、アルト。私だってね、できればアルトの頼みを聞いてあげたいよ?でもさぁ、私にも人間関係ってやつがあるんだよ?ルルちゃんは私の友達なの。だから無理」
私はアルトの隣に座り、優しく諭す。
が、
「そんなの知らない。とにかく、ソラを女どもの毒牙から守ってよ」
思い切りにらまれた。
はい、カッチーン。こいつ、人が下出に出てやったていうのに、生意気言いやがって。泣きそうだったからやさしくしてやったのに。やっちゃっていいですか?弟にチクってもいいですか!?安未果、出しちゃってもいいですか?
「あ、あのねぇ、私の話聞いてた?私、あんたの頼みは聞き入れられませんって言ってんの。なんで他人の恋路を邪魔しなくちゃいけないのよ」
ため息交じりに言えば、アルトはむすっとした表情のまま、ぽそっと言葉をこぼした。
「認めてないけど。…ソラは、君を友達だと思っている。君はソラの友達でしょ」
「え。アルト…」
この状況でまさかアルトが私をソラの友人として認めていた(本人は認めていないらしいが)と言うとは思いもしなかった。
どうしてこのタイミング?
そう疑問には思うが、心がじんわりとあたたかくなってくる。
だってソラ至上主義の同担拒否だったアルトが、私をソラの友人だと認めたのだ。それってつまり、私はアルトの狂った弟愛を少しは改善できたってことだよね!
「ね!アル……」
「友達ならソラをハイエナどもから守りなよ。あいつらのせいでソラに悪影響が出たらどうするのさ!ただでさえ君のせいで悪い影響がではじめているのに」
「……。」
違いました。勘違いでした。心は冷たくなっていました。
アルトが急に私をソラの友だちとして認めたのは、ソラを守らせるためだったようだ。
それに気がつくと、喜んだ分、何倍もの怒りがわいてくるものだ。
ソラの友達だと認めてもらえたからって、はい喜んではい守ります!と私が言うとでも思ったのか、こいつは!つーか悪影響ってなんだよ!
「ていうか、そもそもこれソラの事情でしょ!あんたにも私にも関係ないじゃん!友達だからって助ける義理は有りませんー!」
「なんて薄情な人間なんだっ。ソラが心配じゃないの!?」
「あんたのは心配じゃなくて、過保護って言うのよ。私は過保護じゃありませんから!ソラが死にさえしなければ、どうでもいいし!関係ないもん!」
「ちょっと、そんなこと言う君には、ソラの友人ポジションは認めないよ!?」
「いつから許可制になったんですかー?友達なんてソラが決めることでしょ」
「なんだとっ!?」
「やるってんなら、受けて立つわよ!」
こうして私たちはまた、頬をつねり合い、アルトが落ち込んで、結局喧嘩をして、またつねり合い、夜が更けていったのであった。
////////☆
朝。目覚めたとき。一番に目に入ったのは、心配そうに私の顔を覗き込むソラだった。
うん。なぜ?
怪訝な顔をする私に気づかないのか、ソラは変わらず眉を下げ続ける。
「リディア…頬がすごい腫れてるぞ?大丈夫か?」
「……。」
普段がぎゃんぎゃんうるさいだけに、私を心配しておろおろする姿は、まるで子犬のようで……
「……ソラ。あんた、めっちゃいい子だね。抱きしめてもいい?」
「……は?」
とっても、かわいく見えた。
兄がひどいだけに、ソラがとてもめんこく見える。ほんとうに同じ血が流れているのだろうか?この子天使だぞ。
私は抱きしめないにしても、ソラの頭をなでようと手を伸ばした。のだが…
「は、はぁぁぁ!?」
ソラは顔を青くさせ、ものすごい勢いで後ずさってしまった。そこはふつう顔を赤くしようよ。私の手はむなしく空を切る。あらら~。
抱きしめていいー?なーんて冗談なのに。そんなにも勢いよく逃げなくてもいいではないか、かわいいなぁ。
今なら少しだけ、脳内9割のアルトと「いつ君」でソラに恋したヒロインの気持ちがわかる気がした。荒んだ心にこれほどの癒しはない。
「最初こそは生意気な奴だなと思っていたけどね。私、今とっても、ソラと友達でよかったって思ってるよ」
「リディア、お前大丈夫か?熱でもあるのか?兄様も今日は少し様子が違ったし、まさか流行り病?兄様の頬が腫れていたのも、もしかして…」
「ん?あれ?そういえばアルトは?」
ソラに言われて気が付いたが、今この部屋にアルトはいなかった。
いつもならソラと話しているだけで冷たい視線を感じますからね。いるか、いないか、すぐにわかるんですよ。
「ああ。兄様なら……」
「ここにいるよ」
私の背後、つまり部屋の扉の方からアルトの声がした。
いつも通り。かわいい弟の前なので猫かぶりした声だ。
仕方がない。ここは私もいつも通り「おはよう」と返してやるか。
そう思い振り返った私は……
「アッ、アハハハ!なに、その顔!イケメンが台無しじゃないっ!アハハ!」
「おい、リディア!に、兄様っ。兄様はどんな顔でもカッコいいから!だから、安心して!」
「カ、カッコイイ!?たしかに、かっこいいよ。さすがアルト!似合ってるよーアハハハ!」
「……。」
爆笑した。
簡単に説明すると、そこにはすごく不細工なアルトがいたのだ。
どう不細工なのかっていうと、まず頬が腫れている。そしてその頬を冷やすために、おたふく風邪のときに使う?タオル?を巻いているのだ。顔をぐるっとタオルで巻かれ、頭の上でしばられているので、今のアルトは不細工なウサギのようになっている。
要するに、超ださい(笑)
ソラがいる手前笑顔ではいるが、やつの目は完全に笑っていなかった。
「ブッァハハ…どうしたのそれ?なんでタオル巻いてんの?ちょ、おかしすぎて息できないんだけどっ」
「リディア!笑うな!」
「…大丈夫だよ、ソラ。リディアはおれの顔がとてもおもしろいんだね。笑わせておくといいよ。そうだ、ソラ。鏡を持ってきてあげて。リディアもこれから僕と同じ格好になるんだ。きっとすぐにおれじゃなくて自分の顔を見て笑いはじめるよ」
「なるほど!さすが兄様!」
「……へ?」
不穏な言葉が聞こえた気がして、私はアルトの方を向いた。
するとなんと!彼の後ろには、微笑みながら私に向けて三角巾を見せる神父様が立っているではないかー。えー。何この状況?
ていうかさっき見たときは神父様いなかったのに!?いつのまに!?
「あの。神父様、なぜここに?」
そんな私の問いの答えたのは神父様ではなく、満面の笑みを浮かべるソラだ。
「実は今日の朝、兄様とリディアの顔が腫れてるのに気づいてさ。おれ、これはやばいと思って、神父様を呼んだんだ!」
さすがおれ。感謝してもいいよ?と言う目で見てくるが、私からしてみれば、なによけいなことしてくれとんじゃソラ!だ。
だがソラの行動はやさしさゆえのものなので…うぅ、キレるにキレれないっ。
「リディア、アルトから聞いたぞ?昨夜、孤児院に迷い込んできた猫を森に帰してやろうとして、思い切り殴られたのじゃろ?猫のためを思っての行動なのに、災難じゃったな」
ソラにつづいて、神父様も笑顔で話しかけてくる。神父様もなんか知らんけど私を褒めてくれてるっぽいから…うぅ、八つ当たりできないっ。
ていうか猫を外に帰してやろうとした?うん、ナンダッテ?
ギギギという音を鳴らしながら私はアルトを見た。この謎を知る者はおそらくこの場において、アルトのほかにいない。
彼はさきほどとかわらず、私に向かってほほ笑んだ。
だがその眼は「気を利かせてやった僕に合わせろよ。失敗は許されないぞ?」と言っていた。
なるほど、おおよそ理解した。身に覚えのない猫の話は、神父様に頬が腫れている理由を聞かれたときに、アルトが適当についた嘘なのだろう。夜な夜な孤児院を抜け出していることはばれなかったようだ。ナイス、アルト!
私はまたギギギと音を鳴らしながら、神父様のほうに顔を向けた。
「ア、アハハー。そうなんですよー」
「うむうむ。よくがんばったのぉ」
神父様はそう言いながら、にこにこと、タオルをもって私に近づいてくる。
うん。なぜ?
私の怪訝な様子に気が付いたのか、アルトがにこやかに言った。
「よかったね、リディア。神父様が頬の腫れが引くまでの間、冷やしてくれるんだってー。おれとおそろいだよ?」
「……。」
その目は、完全に笑っていた。
お、おぃぃぃぃっ!
「神父様、いい!私、巻かなくていい!!」
「遠慮するでない。頬、痛いじゃろ?今、楽にしてやるからな。じっとしておるのじゃぞ?」
「ぎゃー、ダメ!痛くない!痛くないからぁ!」
「リディア、嘘はいけないよ?僕より腫れている君が痛くないはずないだろ?あ。ソラ、リディアのために手鏡持ってきてあげて」
「うん。わかったー」
「うぁぁ、ソラーっ!」
ソラが手鏡を取りに行ったところで、アルトの肩がぷるぷる震えだす。こ、こいつ。絶対に笑いをこらえていやがるっ。
「ほらリディア。顔をこちらに」
「リディア、神父様を困らせてはいけな…クッ…よ」
「う…うぅぅううう……」
うぅぅううあああああんんん!!!