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28.逃げて再会しての繰り返しやん


 アリスと別れたのは鬼の形相で私を探すエルを遠目で発見したときだった。

 いや語弊があるな。アリスと別れたというより、このまま私と一緒にいると面倒なことになりそうだと判断したアリスが、私を置いて逃げました。ええ、はい。あとで覚えてろ案件です。


 まあそれはともかくとして、そのアリス逃走のテンポのよさに私は唖然茫然。


 アリスが豆粒くらいに見えなくなったとき。

 背後で「リディアァアアア!」と鬼の咆哮が聞こえてようやく、リディアちゃんは我に返りました。

 そして今、私は道端に正座させられエルに説教されている。


 「リディア。おれがどうして怒ってるのかわかるな?」

 「は、はい」

 「そうか。ならおとなしく豚になる魔法にかかれ」

 「何その魔法!?いつのまにおぼえたの!?ちょ、たんまっ!」


 そう。このとき私は、リカと再会したり、アリスに小説のヒメと同じ魔法を使わさせられたり、それをアイに見られたり、エルに説教されたりして失念していたのだ。



 私が「不老不死の薬」と不用意に口走ったせいで、裏社会の人たちに追われているということを。

 ましてやこんな道のど真ん中で正座させられて、気づかれないはずがないということを。



 「おい!いたぞ!あそこだ!」

 「ぬぅあああ!?」

 「は!?リディア!?」



 遠くで私を指さして男たちが走ってくる。

 こういうのを条件反射と言うのだろう。私は長時間の正座でしびれる脚に鞭を打ち、エルの手を取り逃げていた。


 「いきなりどうした!?」

 「さっき私を追いかけてきたやつらに見つかったの!エルの声が大きいからばれたじゃん!」

 「明らかにお前のせいだろ!つーかなんだよこいつら!」

 「裏社会の人たち!」

 「はあ!?」


 そこからはもうがむしゃらに走りまくって逃げた。いくつにも枝分かれして入り組んだ路地裏に入って男たちを撒きに撒きまくった。

 が、当然この路地裏、行き止まりもありまして。

 私たちが撒ききれなかった男たちもいまして。


 つまり、


 「ちょこまかと逃げやがって」

 「けど残念だったな。もう逃げられねーぞ」

 「お前俺達が今日ヤクの取引をするって誰から聞いた?あん?」

 

 男たちに追い詰められているーっ。


 そして今私たちを囲んでいるこいつら、偶然にも不老不死の薬の取引をするマフィアの人たちらしい。


 私たちが探しているのはマフィアたちのアジトで、ぶっ潰すのもアジトだけのはずなのに、どうして構成員の人に会っちゃうかなー、もう~。

 

 「結局こいつらなんなんだよ」

 「不老不死の薬を取引してるマフィアの人だよー」

 「ってことは、クラウスの言ってたやつらか」

 「そうそう」


 するとエルの顔がにやーりと悪役面に変わった。なにをするつもりだこいつ!


 「おいてめぇら、なにぶつぶつ言ってんだよ」

 「痛い目にあいたくなければ、お前らに情報渡したやつの名前を吐け」


 もちろん吐けと言われて吐くほど私は薄情な人間ではない。

 アイの口が軽すぎるのもどうかと思うが、あれは私が聞き出したわけだし、絶対にアイの名前は出さないぞ!


 「てなわけでエル!どうにかして!」

 「ああ。ちょうこいつらマフィアのアジトを知りたかったところだ。適当に痛めつけてゲロってもらうぞ」

 「あー。さっきの悪役面はそういうことね。さすがエル」

 「お前も今、けっこう悪い顔してるからな」


 私もエルも相当どす黒い笑みを浮かべていたようだ。

 男たちが震え始めた。…現職のマフィアに怯えられる私たちとは。


 「お、おい。なんだこいつら。カタギの顔をしてないぞ!?」

 「ちょっとぉ!エルはともかく、美少女ヒロインに向かってそれはないでしょ!?やっておしまいエル!」

 「ああ、わかった。あとでお前に豚になる魔法をかけてやる!」

 「げぇえ!?なんで!?」


 私の絶叫を背にし、エルが両手に魔力を纏い男たちに向かって駆け出した。

 そのときだった。



 「せんぱーい?これなんの騒ぎっすか?」



 能天気な声がシンと静まり返ったこの場に響く。


 男たちもそうだが、私とエルもその声に「ん?」と動きを止めた。

 突然の乱入者に驚いたからではない。その乱入者の声に聞き覚えがあったからだ。


 「ちょぉっと通して下さ~い」そう言いながら男たちをかきわけて現れたのは、ベージュ色の髪をオールバックにした……


 「アース!お前には外を見張ってろって言っただろ!」

 「すいませーん。おもしろそうな声が聞こえてついつい来ちゃいました」


 えへっ。とかわいらしい効果音を出して、どこかにくめない後輩感を出すのは、普段の無気力顔を隠した演技中のアース!?

 パクパクと口を開閉する私とエルをアースは一瞥すると、すぐに視線を男たちに戻す。


 「せんぱーい。なんすかこのガキども?」

 「ガッ!?」


 ガキどもと言われてエルが怒りで震えている。が、お、抑えてくれ。

 今のアースは演技中だから。たぶんわけあって演技しているだけだから。本心じゃないから許してあげて。


 アースの質問に対し、マフィアの一人がため息交じりに答える。


 「こいつらは今回の取引をなぜか知っていたカタギだ。今誰から情報を得たのか聞き出しているところだ」

 「というか、新入りが俺達に気安く話しかけ…」

 「こんなザコを先輩が相手することないっすよ。ぜーんぶ俺に任せてください!」


 男の声をさえぎるようにしてアースが笑った。マフィアの男たちのうち数名の頬に青筋が立つ。

 今回のアースは、空気が読めない天然。だけどどこかにくめないマフィアの新入りの役をしているらしい。


 「あ?下っ端が俺達に命令するんじゃ…」


 しかしキレる男を止めたのは仲間。

 

 「いや、いい。こいつはボスのお気に入りだ。好きにやらせろ」

 「なっ!」

 「あざ~す」


 能天気そうに笑うアース(演技中)を間に挟んで、非難するような目で仲間を見る男とそんな視線を受け流す男。

 マフィア内部、なかなかに複雑そうである。…もしかしてこれってアースのせいで複雑になってる?こわっ。


 「チッ。こいつら逃がしたらただじゃおかねーからな」

 「行くぞお前ら」

 「はいっ!」


 こうしてマフィアの男たちは私たちの前から姿を消した。

 ……で、はい。

 完全に姿が見えなくなれば当然私とエルがアースにつめよるよね!?


 「アース。お前どうしてここにいるんだよ!」

 「そうだよ!オールバックにスーツなんてアースには似合わないよ!」

 「お前はどこに反応してんだよ、この豚!」

 「豚じゃないわ、この垂れ目バカ!」

 「あぁん?」

 「2人とも。喧嘩はやめてください」


 なぜだろう。気づいたらアースに喧嘩を仲裁されていた。

 私たちアースに詰め寄っていたはずだよね?あれれ?これじゃあいつもと変わらないぞ。


 「というか俺も質問いいですか?リディアとエルこそどうしてこんなところに?クラウスさんが2人に頼んだのは、マフィアのアジトをつぶすことですよね?アジトはここにはありませんよ?」


 アースの質問を鼻で笑ったのはエル。


 「リディアが毎度のごとく厄介に巻き込まれて追いかけられてたんだよ」

 「ぐっ。す、すみません」


 さすがにこれは素直に謝るしかない。


 「お前こそ。どうして俺たちがぶっつぶすマフィアに潜入してんだよ」


 アースは「リディア…」と憐れむような目で私を見た後(だ、だってしょうがないじゃないか!)、現段階でどこまで2人に話していいのか迷うのですが…と口を開いた。


 「察しているでしょうが、俺はクラウスさんに頼まれて不老不死の薬の取引をしているマフィアに潜入捜査をしています。なぜ潜入をしているのか理由は話せません」

 「もー師匠。アースがこっちにいるって先に教えてよねー」

 「あのオカマ~っ」

 「えーと。それで、ですね。時間がないので手短に要望を言わせていただきます。先ほどのように追いかけられても、マフィアの人たちをエルの魔法で倒すのはやめてください。もちろんリディアも彼らに危害を加えないでください。こちらの計画が狂います」


 するとエル君、ムスッと不機嫌そうな顔になる。

 戦うの大好き、逃げるの嫌いなエルはそりゃこうなるわな。私はもう手持ちの対人用薬がないから危害を加えるもなにもないが。


 「じゃあ逃げろっていうのかよ」

 「はい。お願いします。マフィアのアジトであれば、原形が残らないほどにつぶしてもらってかまわないので。あ。あと2人のうちのどちらか、俺を殴ってくれませんか?」

 「「はあ?」」


 突然のアースのマゾヒズム覚醒に私もエルも目ん玉をひんむく。


 まさか秋の国は特殊性癖人間育成国なのか!?

 アリスが天性のSなのも、リカがストーカーなのも、ドM騎士さんがドMなのも、アイがヒメオタクなのも、すべてこの秋の国の土地のせい!?

 まさかこのままじゃエルも…


 「おい。待てリディア。なんで憐れむような目でおれを見る!?」

 「リディア。なにか勘違いをしていそうですが、違いますから。俺が殴ってほしいと頼んだのは、2人を逃がすためです」

 「逃がすため?」

 

 つまりこういうことらしい。

 アースはマフィアの男たちに私とエルをまかされた。それはつまり、痛い目見させて誰から取引の話を聞いたかゲロさせろということ。


 でもアースは私たちが誰から話を聞いたか教えるわけがないってわかっている。情報を聞き出せないとなると、私たちを逃がす手は1つしかない。


 それはアースの問い詰めが甘く、抵抗されて逃げられてしまった風にするということ。そのために彼は自分を殴れというのだ。

 無傷で逃げられましたと報告しても信憑性がないから。


 なんてことのない簡単な話だ。だがしかし、はいそうですか、とアースを殴れるかと問われれば、無理だと即答する話である。


 「家族を殴るなんてできるわけがないでしょ!」

 「おれはできるけどな」

 「エルぅ!」

 「てめっ。家族殴れないとか言いながら、なんだよその手は!なんでおれの頬をつねろうとしてんだよ!」

 「あんたは兄弟子でしょ。妹は兄に歯向かうものなのよ!」

 「あんだと、この豚!」

 「むひぃーっ!」


 そんな私とエルの争いを見てか、アースが困ったように笑う。

 

 「なによー。見世物じゃないぞー」

 「すみません。いつもの光景を見てつい気が緩んでしまったようです。ええ、はい。リディアならそう言うと思っていました。そうなると仕方がないですね、わかりました。では、エル、失礼します」

 「は?…痛ぇ」

 「ちょー!?」


 驚くべきことが起こった。

 アースが「失礼します」と言った直後にエルを殴ったのだ。


 ちなみに通常のエルであれば師匠以外の攻撃は容易に躱せる。だがしかし、まさかアースが殴ってくるとは思わなかったらしく、反応が遅れて殴られてしまったのだ。

 エルが顔を腫らしながらくやしそうな顔をしているからね、絶対にそうだよ。


 「いきなりなにすんだよ」

 「すみません。今治します」


 アースはそう言ってエルの頬に手をあてチェンジの魔法を発動する。

 エルの頬がベージュ色の光に包まれ腫れが消えたと思うと、かわりにアースの頬が腫れていた。


 「これなら2人の手を汚さずにすみます。リディアの望み通りです」

 「いやいや、せめて説明をしてから行動して!?」

 「待てや、こら。たしかに手は汚れなかったけど俺は痛い思いをしたぞ」


 エルが頬に青筋を立てると、アースが無気力顔の眉毛を少しだけ下げる。


 「俺にリディアは殴れません」

 「当たり前だろ!?そう言う意味じゃねーよ!?殴ったら俺がお前を殴ってた!いや、違う。そうじゃねー。あーっくそ!」

 「まあとにかく、俺はもう行くので。あ、やつらのアジトは向こうの路地裏にありますから。結界で隠されていますが、フェアリー型の精霊が常に結界の魔法へ返還されているので、エルなら行けば一目でわかるでしょう」


 アースは言いながらアジトのある方向を指で指す。


 「う、うーん。アースのその自傷癖は思うところがあるけど、とりあえずありがと!アジトぶっつぶしてくるから、アースも早く師匠からの仕事終わらせて一緒に観光しようね」

 「あ…俺はそれでもかまわないのですが」


 するとアース。考えるように黙り込み、少しの間のあとで判断を仰ぐようにエルを見た。

 ん?どうした?エルがどうかした?


 アースにつられてエルを見ると、あらら。エルってば、なぜか顔を赤くして震えているではないか。眉間のシワもすっごいことになってるぞ。


 「ア、アース。さっきおれを殴ったことは水に流してやる。だから…」

 「はい、わかりました。リディア、俺は仕事を終わらせても報告書を書かないといけないので、エルと2人で観光してください」

 「それなら仕方がないね。それで結局さっきの間は…」

 「すみません。それじゃあ俺は2人に逃げられたことを報告してくるので、その隙に逃げてください。できるだけ時間を稼ぎます」


 アースは言うや否やその場から駆けて行ってしまった。

 結局さっきのアースとエルのなぞの意思疎通はなんだったのだ?


 「リディア行くぞ。アースの作った時間を無駄にする気か!」

 「う、うん!」


 そうだ。ぼけっとしている暇などないのだ。

 アースが時間を稼いでくれているうちに逃げる!


 「ってぜんっぜん時間かせげてないじゃない!?どうして今追いかけられてるのよー!」


 はい、アースと別れて1分後の現在。

 私とエルはまたマフィアのやつらに追いかけられていた。


 「待てぇガキどもおおおお!」

 「もーやだあああ!」

 「うるっせぇ!耳元で叫ぶな!」

 「エルのほうこそうるさいいいい!」


 アースよ、もうちょっと時間を稼いでくれたらありがたかった。いや、逃がしてくれただけありがたいけどさ!?


 というか、なに?私加護の森から出たら追いかけられる運命なわけ!?朝からずっと走っている記憶しかないんですけど!?


 「お前の日頃の行いが悪いからだろ!あーっくそ!なんであいつら倒したらいけねーんだよ。おい、リディア!」

 「なによぅ!」

 「アースはあいつらを魔法で倒すのはダメだって言ってたよな?」

 「え、うん」


 するとエル。にやりといたずらっ子のような顔をして私の手を掴んだ。

 

 「ちょっとエル、なにするつもり?」

 「おれの手を離すなよ」

 「だからなにするつも…ぎゃーーーっ!」


 エルの周囲に舞っていた花やら動物やらの精霊が緑色に光ったと思った瞬間、私とエルの体は強い風に押されていた。いやこの言い方じゃ伝わらないな。


 言うなれば風という名の張り手に思いっきり背中を押された感じ。

 すさまじい風圧が全身にかかる分、すごい速さで私たちはマフィアたちの目の前から消える。

 魔法の風で吹っ飛ばされていますからね、消えるっていう表現であっていると思う。


 「な!あいつら、どこに消えた!?」


 マフィアの人たちがきょろきょろと私たちを探しているのを物陰からひっそりと見る。


 「と、とりあえずあいつらからは逃げられたな…うっぷ」

 「ありがとうエル。でも、酔うから…うっ。緊急時以外はさっきのやめて」


 えずきながらもひとまず私たちは体制を低くして物陰に隠れることにした。


 がしかし、いやはや追手が中々にこの場から離れない。むしろその数は増える一方。

 隠れたはいいものの出るに出られなくなってしまった。

 そろそろこの体勢つらいんですけどーっ。


 「…アースは危害加えるなって言ってたが、少しくらいなら気絶させてもいいよな」

 「うん。いいよ。私が許す」


 短気なエルと私がずっと隠れ続けるなんてできるわけがないのだ。ごめんね、アース。

 エルが魔法を発動するための魔力を練り始め、私がいつでも走り出せる体制をとった、そのときだった。


 ガサゴソッ


 買い物袋がぶつかりあったときのような音が背後で聞こえた。


 まさか買い出し中の追手!?(そんな追手がいるわけない)

 エルと一緒に後ろを振り返れば、そこにいたのは驚いたように瞬きをするねじねじ鉢巻のおじさん。

 

 あれ?この人、なんか見おぼえが…


 「2人ともすごい勢いで振り返ったなぁ?こんなところに隠れて、かくれんぼか…ん?あれ?あんた、さっきの嬢ちゃん?」


 そこでハッと思い出す。


 「あ!アリスと一緒にいたところを変に誤解された饅頭屋のおじさ…もごご」

 「バカ!声が大きい!ばれるだろーが!」




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