27.私の中で眠るヒロインが苛立ってます
「リ、リリリリリリrr…!?」
「…?」
さて現在。私は泡を吹きそうになっているというのに、リカは私の顔を前にしても特に驚いた顔をせず、かといって喜んだりもしない、いつもの無表情であった。
もしかしてリカのやつ、私がリディアだって気づいてないんじゃないのってくらいに反応がない。
そのことに少しイラッとした。
いや、イラッとしている場合ではないのだが、イラッとした。
まあ心の中でイラッとしながらも、本体の私はずっとバカみたく「リリリリrrr」と壊れた目覚まし時計のごとくバイブレーションしているだけなのだが、とにかくイラッとした。
私は幼少期の面影ありまくりの美少女顔だから、モブならまだしも攻略対象が私を見てリディアだって気づかないはずがないと思うのだ。
気づかれないほうがありがたいからいいんだけど。気づかれないことに苛立つ自分がいる。
思った通りというか、いつものことながらというか。リカは何年たってもなにを考えているかわからないやつだった。
だが私が今するべきことはわかる。腑に落ちないものはいろいろとあるが、ひとまずおいておき、わかる。
この無表情リカを目の前にして、わかりました。
私が今、するべきこと。
それは、リカと初対面の体で行くことだ!
もちろん本物のリディアだってばれないようにするためでもあるが(そもそもこの男、私がリディアだと気づいてはいなさそうだが)、みなさんお気づきだろうか。今のリカは女装していないのだ。
髪をばっさりと切っちゃって、孤児院時代の女装姿ではなく本来の男の子の姿なのである!
その身目麗しい王子様フェイスは言うまでもないとして、孤児院時代のヒロイン(=リディア)はリカが女の子だと思っており、男だと知るのは本編に入ってからだ。
そんなリディアちゃんが「リ、リカ!?私は幻覚です!リディアの幻覚です!」とかアルトのときみたく現在のリカに話しかけたらどうなると思う!?
「なんでおれがリカだってわかったんだ?」ってなるでしょ。めんどくさいでしょ!そもそも幻覚なんて言って騙されるのはアルトぐらいでしょ!?
つまり、ここは先手必勝。
「お前……」
「助けてくれてありがとうございます!私ヒメって言います!」
私はヒメだ。リディアじゃないよ、ヒメだよ~、この世には自分にそっくりな人が3人いるって言われてるでしょ、私それです。と目で訴える。
すると私の想いが伝わったのか。リカはいつものプフッというバカにしたような笑みを浮かべた。久しぶりだが腹立つ。
だがしかし「笑ってんじゃないわよ!」なんて言えない。言ったら最後、ばれるから(これでばれなかったら泣く)。
ともかく私は苛立ちを抑え、助けてくれたイケメン感謝感激を装って私はリカに笑顔(引きつった)をむけた。
「助けていただいて、ほんとに感謝してもしきれません~。あなたは誰ですか?」
「お前に名乗る名はない」
あ。さらにイラっとした。
王子様だから自分の名前を名乗っちゃいけないのはわかるよ。その返しは正しいと思う。無表情はムカツクけど。
でもさ。私の質問に答える以前に、こうっあるでしょ!?
私ヒメって名乗ったけどリディアだよ?孤児院であんたの友達だったリディアだよ!?「ヒメじゃないだろ。お前リディアだろ」くらい言ったらどうなのだ。
何回同じこと言うんだよしつこい、とか思ってるかもしれないけど、意外とショックなんだからね!?
ちょっとリディアちゃん拗ねてます。ばれないほうが絶対いいけど、リカが私に無関心すぎて腹立ってます。
「ここは危険だ」
「そんなことわかってますー」
「なにを拗ねている?」
「べっつにぃー。拗ねてなんかませんけど?」
なんで私がリディアだって気づかないくせに、拗ねていることには気づくのか。
余計にムカついて頬をふくらませれば、リカがプフッと笑う。出たよ!リカのプフッ!
さらに頬を膨らませた私を見てリカが「仕方がないな」と無表情につぶやく。
「ほんとうはおれが安全な場所までおくってやりたいが、それではきっとお前は嫌がるだろう。おれの護衛が安全な場所までおくろう」
「へ?」
リカは言うとパチンと指をならす。…ならしたとき、一瞬桃色の光が見えたような気がしたのだが。今のってもしかして魔法?
つーか魔法かな?とか思う以前に、リディアちゃんなんだか嫌な予感がしてきたんですけど。
そんな私の予想は当たる。
「アリス」
リカが呼べばリカの背後の物陰から音もなくアリスが姿を現したのだ。ぎぃえー。
「はい。お呼びですかリカさ……リッ!?…ごほげほ…ごほん」
そしてリカを見て、リカの視線の先にある私を見て、むせるアリスさん10歳。
一方のリディアちゃんはね、汗がね、とってもダラダラです。
だってアリスが「お前言ったそばからリカ様に遭遇してんじゃねーよ。ていうか帰れて言っただろ」って目で見てくるんだもの!
ごめんなさい、アリス。なんやかんやで帰れって言われていたの忘れてしました。
というかリカのやつ。拗ねる私への嫌がらせでアリスを呼んだのでは。いやまさか、まさかね。
「こいつを安全な場所までおくってやれ」
「はいリカ様。レディ、お手を」
「は、はいぃ。どうも?」
リカに命じられアリスが私に手を差し出す。
その手を私は汗だらっだらで握るが、うん。さっきまで男たちに追いかけられていたけど今が一番逃げたいかもしれない。
//////☆
いえ、嘘です。
「今が一番逃げたいいいい!というか、現在進行形で逃げてる!」
「ちょっとリディア!?これはどういうこと!?あの黒い蝶はなに!?」
現在私はアリスの手をひっぱりながら逃げていた。
なににって?アリスの言葉でわかったかもしれないが、黒い蝶から逃げています。
1匹2匹の話じゃないよ。100匹くらいからおいかけられているんだよ!闇の精霊以前に、こんな大量の蝶に追いかけられたら怖いよ!?
どうして追いかけられているのかはわからない。
ただアリスに安全な場所まで説教エスコートされながら歩いていたら、黒い蝶(大量)と遭遇し、今に至るのであった。ハハハー。笑えねー!
「リディア!あれはなに!?」
「闇の精霊!」
「うわ。それ絶対にやばいやつじゃない。あなたヒロインだからどうせ浄化系の光魔法使えるでしょ?なんとかできないの?」
私が全力疾走で、ぜーひー言っているのにアリスは息も乱さずクールに質問してくる。この野郎!日頃鍛えているか鍛えていないかの違いだがむかつく!
『光の蝶!』
大量の闇の精霊相手に絶対浄化しきれないと思いつつも私は魔法を使ってみた。
だが大量以前の問題だったようだ。
ぜーひー言いながら魔法を使ったからなのだろう。私から出てきた光の蝶も疲れ切ったようにへろへろ。
そのへろへろのまま黒蝶の元へ行けば、闇を浄化する光の蝶といえども、当然闇の精霊に飲み込まれて消滅するわけでして。ぬぅおおお。
「無理!量が多すぎる!」
「あなた、もしかして落ちこぼれなの?」
私の魔法がアリスの想像していたものとあまりにも違ったらしい。
同情するような目で見られた。言葉はドストレートでひっどいけどね!
「ちっがーう!今は疲れてるからうまくいかないだけ!魔法は想像力がものを言うの!疲れているときにいい創造ができるわけがないでしょ!」
「想像力、ね。ねぇ、これ以外に強い魔法を発動させる手はないの?」
「えーっと、呪文!想像力を補うのは呪文って師匠が言ってた!」
するとアリスの目がパッと輝く。
「……わかったわ。私、呪文考え付いた。これから私の言う通りに動いて」
「え!?う、うん!」
すごい。すぐに呪文を考え付くなんてさすがアリス!前世で乙女ゲームやら同人誌やらをたしなみ、現世で本を出版させるだけある。
「まずはその場に立ち止まって、敵と向かい合って!」
「え!はい!」
「そして手は拳銃のポーズ。あの両手の親指と人差し指をLの形にするやつ!」
「はい!」
「で、その手のまま腕を上まで上げて!そう、それ!二の腕が耳にくっつくくらい上げて!」
「はい!」
「決め言葉は「みーんなヒメの虜になぁれ!浄化せよ光の蝶!」で、言いながら手を下ろして敵に向かって銃を撃つポーズ!」
『みーんなヒメの虜になぁれ!
浄化せよ光の蝶!』
バーンッと効果音が付きそうなくらいの勢いで黒蝶たちにむかって決め台詞とポーズを決めれば、私の指から大きな光の蝶が出現し黒蝶にむかっていった。
そしてあっという間に闇の精霊を浄化してしまう。
アリスはドヤ顔。
一方の私は口元を手で覆い「すごい…」と震え、
「とでもいうと思ったかー!」
「ちょっといきなり何するのよ!」
アリスにチョップしました。ちなみにチョップした手は躱されました。
私がさきほど震えていたのは怒りとはずかしさからでです!
「なにキレてるのよ?」
「むしろなぜにキレないと思った!?なにあのめっちゃはずかしいセリフ!?いろんな国の言葉入れすぎだろ!いや、もちろんポーズもはずかしいよ!?」
「ちなみにあれ、「ヒメと不思議な世界」の小説バージョンに登場するヒメの魔法の台詞だから」
「なんか聞き覚えあると思ったらそれか!わかった。もう一生さっきの魔法は使わない!」
しかし時は少し遅かったらしい。
ボトンと袋が落ちる音に怪訝に思い後ろを振り返れば、さきほどの眼鏡――アイが目を潤ませ震えていた。
めっちゃ嫌な予感がする!つーかお前なんでこんなところにいるんだよ!タイミング悪すぎるだろ!
「今の台詞。「ヒメと不思議な世界」の83ページ目と152ページ目に出てくるやつだ。あなたはやっぱりヒメだったんですね!てことは、俺を救ってくれるために本の世界から来てくれ……」
「アリスーーーー!今私をこの場から逃がしてくれたら、さっきの恥ずかしいセリフはチャラにしてあげる!」
「わかった。逃げましょう」
アリスは私をお姫様抱っこすると駆け出した。
ごめん、アイ。さっき次会ったらウインクしてあげるとか思ったけど、あなたの鼻息の荒さに恐怖して逃げてしまいました。ほんとにごめんね。ショックで泣かないでね。
あ。でも案外大丈夫かも。
アリスにお姫様抱っこされながらアイが気になって後ろを向いたら、「騎士がヒメを抱えて悪党(俺)から逃げている。と、尊いっ」て目を潤ませてたから。
うん。泣いてるけど、あれは喜びの涙だから有りってことにしよう。
「それにしても本の中から人がでてくるとかいうファンタジックなこと信じられるのは、幼稚園児までだと思ってた」
アイのやつ、どんだけピュアなんだ。
すると私の言葉に同意するようにアリスもうなずく。
「そうね。私もそう思うわ。で?さっきの女子が発狂しそうな眼鏡イケメンは誰?」
違った。アリス先生が新しいネタに食いついただけだった。
「私をヒメだと思っているあんたの描いた本の信者よ」
「…信者。作者としては喜びたいところだけど、これ以上ストーカーはいらないわ。私が作者だとはくれぐれも言わないように」
「ストーカーってさっきのドM騎士さんのこと?……秋の国の男は皆ストーカーなの?」
「否定はできないわね」
背筋がゾッとしたリディアちゃんなのでした。




