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25.まともな人間ってほぼいない



 さて現在。アリスと一緒にエルを探すが、これがなかなか見つからない。だから今はもっぱら観光がメインになっていた。

 なんでもこの街は有名な観光地ではないのだが、王都が近くにあるため王都にある有名な塔や遺産が遠めから見えるのだとかで。遠くにある豆粒のような塔やら橋やらの説明をされた。


 そんな中で私は疑問に思う。


 「アリス。どうしてここらへんは時計のオブジェばっかりなの?」


 実は今、柱時計のオブジェがあったのだが、さっきも違う時計のオブジェがあったのだ。思えば豆粒並みの大きさのせいではっきりとは見えなかったが、塔や橋も時計マークのようなものが付いていた気がする。何故に時計?


 するとアリス「秋の国にはじめて来た人はみんな疑問に思うのよ」と笑う。


 「この街だけじゃないわ。秋の国内のほとんどに時計の模様やオブジェがあるの」

 「どうして?」

 「秋の国の王族の先祖は時の魔法使いだったの。時の魔法ってめずらしいのよ」


 たしかに魔法使い見習いをして3年になるが、時の魔法というのははじめて聞いた。


 「どの世界でも人って、めずらしいとか特別が好きじゃない?そういうわけで、秋の国は特別だということを他国に知らしめるために国内全体に時計のオブジェがあるの」

 「てことは、リカやアリスは時の魔法が使えるの?」


 リカは王族だから当然のことながら。アリスだってご先祖様が初代秋の国の王の兄弟なのだ。そうすると理論上アリスも時の魔法を使えるということになる。

 するとアリスは苦笑。


 「リカ様も私も使えないわ。時の魔法は受け継がれにくいの。かれこれ数百年は時の魔法の顕現が見られない。時を重ね血が重なるごとに時の魔法は薄れ消えたのかもしれないわ」

 「へー」

 「それに。もし時の魔法が使えたとしたら私やリカ様は今この場にはいない。きっと戦争に駆り出されていたでしょうね」

 「そっか…」


 アリスやリカが戦争に行くのは嫌だ。そう考えると時の魔法が受け継がれなくてよかったと思える。

 そのときだった。


 「おお!かわいいお嬢さんにお坊ちゃん。デートかな?」

 

 突然かけられた声に驚きアリスと一緒に振り向けば、饅頭屋のおじさんがにこにこと私たちを見ていた。

 ぐるぐる鉢巻を頭に巻いて、なんだか日本のお祭りじきによくいるおじさんを思い出す。


 「うちの饅頭どうだい?この饅頭、中にあんこと餅が入っていてね。2人の絆はこの餅のように伸び、ちぎれることはない!なんつって」


 なかなか愉快なおじさんのようだ。私とアリスをカップルだと思っているところが愉快だ。アリスと顔を見合わせて笑ってしまう。


 「そうでーす。私たち超ラブラブのカップルなんですぅ」

 「冗談はよしてください。彼女は私の主の恋人ですから」

 「……あー、えーっと三角関係かな?この饅頭は買わない方がいいな、うん」

 「……。」

 「……。」


 私たち。以心伝心ができるほど絆は強くなかったようだ。


 つーかアリス、私の主の恋人ってなんだ。あんたの主リカじゃん。私リカの恋人じゃないんですけど!?

 目で訴えれば「お前こそ私の恋人じゃないだろ」とにらまれる。ごもっともでございます。


 ちなみにアリスは気づいてないようだが、さきほどからドM騎士さんが物陰からじっと私たちのことを見ている。アリスのことは恍惚とした目で、私に対しては敵意むき出しの目で。

 私ってばどうして気づいてしまったのかなぁ。なんか視線が刺さるなと思って振り向いてしまった過去の自分を恨む。


 はっきり言って超怖い。私がアリスとカップルに間違われたからそんな目で見てくるのか!?

 そんなことを思っていたらドM騎士さんがこっちに来た。ぎゃーっ。


 私がアリスの背中に隠れたところで、ようやくアリスがドM騎士さんに気づいた(この鈍感娘が!)。


 「アリス様。ご友人とのご歓談中に失礼いたします」

 「何の用ですか。というかさきほど二度と私の前には現れるなと」

 「伝言です。招集がかかりました」

 「…わかりました。私は彼女を案内してから向かいます」

 「了解いたしました」


 テキパキとアリスとドM騎士さんの間でやりとりがされ、気づけばドM騎士さんは駆け足でどこかへ消えていた。刺されるかと思ったが杞憂に終わった。

 あの人、仕事中はまじめで有能そうなのに。脳裏に浮かぶのは先ほどアリスに鞭で打たれて頬を上気させていた姿。


 「リディア。悪いけど一緒にエル君を探せなくなったわ」


 思い出してうわーと青ざめていたら、紳士的に私をエスコートしながらアリスが話していた。やば。


 「ああ!聞こえてたよ。招集?でしょ。大丈夫。エルは私一人で探すから」

 

 もともとエル探しに巻き込んじゃったのは私だしね。気にしないでくれ。

 しかしアリスは浮かない顔。


 「…一人で頑張ってと言いたいところだけど、そうもいかないのよね」

 「ほう?」


 さっきは一人で頑張ってねと私を置いていこうとしたくせになにを言うのか。そんな気持ちが顔に出ていたようだ。アリスが「さっきは失念していたのよ」と言う。


 「とりあえず、そうね。リディア、あなたはここで待っていてちょうだい」


 そう言ってアリスが指示した場所は懐中時計のオブジェ。


 「私たち騎士団がエル君を探して、リディアがここにいることを伝えるわ。だからあなたはここから一歩も動かないで」

 「わ、わかりました」

 「あと師匠さんからの頼み事?は、あきらめなさい。エル君と合流したら速やかに帰って。詳しいことは言えないけどそのマフィアなら私が潰しておくから」

 「え。でも…」


 マフィアのアジトを潰さないとエルが観光をできないわけでして…。

 口ごもっているとアリスの目がスッと細くなる。


 「リディア。リカ様に再会したくなければ即刻帰りなさい」

 「あ。了解しました」


 美少女ヒロインリディアちゃん。秒で兄弟子の願いを切り捨てました。

 だって仕方がないでしょ!?リカに会うわけにはいかないんだから!

 ……あとで必ず違う国でエルには観光をさせてあげます。

 秋の国と春の国以外であれば、いくらでもつきあってやるから!


 「それと、リディア。絶対にこの場から動かないで。エル君が来るのを待つのよ」

 「あ、あい…」


 こうして私にめっちゃ念を押したところで、アリスはこの場を去っていった。

 なんで私が困った迷子ちゃんみたいな扱いを受けなければいけないんだろ。迷子はエルなのに。



 仕方がないので私はアリスの指示に従い、懐中時計のオブジェの前でじっとエルのことを待っていた

 …のは数分前の話。



 懐中時計のオブジェのすぐ近くの路地裏の方から甘い匂いがしてきまして、ええ。

 匂いにつられてリディアちゃんは路地裏にいます。てへぺろ。

 そして現在、目の前に壁がありまして、つまり行き止まりです。引き返すしかないです。

 

 結局さっきの甘い匂いはなんだったのだろう。

 今この場にあるのは行き止まりの壁と、その壁というか塀の上に座りお饅頭をほおばっている栗毛のリスちゃんだけ。


 「って、リス!?この甘い匂いはそのお饅頭!?」

 『…きゅっ!?』


 私の声にびっくりしたのか、饅頭を持っていたリスはびくりと肩を震わせた。

 そうして気が動転したまま、塀の上から降り私の脇を駆け抜けていき姿を消した。別に驚かせるつもりはなかったのだが、リスちゃんごめんね。


 「あれ?でもお饅頭消えたのにまだ甘い匂いがするような…」


 ていうか待てよ。さっきのリスちゃんどうしてわざわざ塀の上から降りてきたんだろう。

 私は目の前に行き止まりの壁があるから向こうにはいけないけど、リスちゃんなら塀の上から壁の向こう側に逃げることができただろうに。普通人間のいる方向へは逃げないよね。まして自分を驚かした人間がいる方向には。

 そんなことを思っていれば、


 「おい。小娘」


 背後から怖い声が聞こえるではありませんか。超後ろ向きたくねー。

 だがしかし、目の前は行き止まりで、出口は来た道を戻るという手段しかない私に選択肢はないわけで。仕方がない。私はしぶしぶ後ろを向いた。


 「ここはお前のようなガキが足を踏み入れていい場所じゃ……え!?」


 後ろにいたのは紺髪オールバックの眼鏡イケメン。なのだが、彼私を見て急に目を見らいた。なんだよ、突然。


 「そんな…嘘だろ」


 眼鏡イケメンさんはそのままわなわなと私を見て震え始める。そして手で顔を覆いながら「え?夢?これは夢なのか?」とよく聞こえないけどぶつぶつつぶやいている。

 もしかして私の超絶美少女な顔に感動しちゃった?なーんて冗談を言えないほどに彼は震えている。


 「ちょっと大丈…」


 思わず近づき手を伸ばしたところで、眼鏡イケメンさんが顔を覆っていた手の隙間から目をのぞかせ私を見た。

 困った顔をした私の顔が映るその紺色の瞳は、キラキラと夢見る子供のように輝いていて、


 「お前、いや、あ…あなた様はヒメ!?」

 

 あ、はい。クスリをやっている人のようでした。


 「いいえ。人違いです。ごめんなさい。さようなら」


 昔習ったよね。変な人にあったら速やかに逃げましょうって。


 今日はアリスとドM騎士さんのSMプレイを目撃するわ、クスリやっている人にからまれるわ、ついてないなー。

 怖い感じの声だったから怖い人かと思ったら別の意味で怖い人だった。


 私は愛想笑いを浮かべながら眼鏡イケメンさんの脇をすりぬけようとする。が、


 「いえ、待ってください。あなたはヒメです!ああっ!もう、ヒメじゃないですか~」

 「いやめっちゃ知り合いみたいに私のことヒメって言うけどあんた誰!?」


 この眼鏡!私の前に立って行く手を阻む!

 しかも馴れ馴れしい。もしかして私が覚えていないだけで知り合いかなにかなのか?


 こんな人記憶にないが。いや、だがしかし、私には6歳以前の記憶がないから知らないとは言い切れない。

 すると眼鏡さんは悲しそうに顔をゆがめる。


 「そんなお忘れになってしまったのですか!?」

 「え、」

 「毎日顔を合わせているじゃないですか!俺、毎日あなた様に話しかけているんですよ!」

 

 そういって眼鏡が懐から出したのはっ、



 「ヒメと不思議な世界」文庫本バージョン。



 ……。


 「うん。やっぱり知らない人だ。さよなら」

 「そ、そんなぁ」

 

 ていうかアリス!お前が原因じゃないかよ!あの野郎。

 私の脳内でアリスが「てへ?」と宝塚男優顔で笑っている。無自覚サディストめ~っ!

 ここでイライラしても仕方がない。この眼鏡の元から逃げてアリスをとっちめよう(八つ当たり)。


 「じゃ。そういうことで」

 「え!あ、待ってください」

 「すみません。何度も言うけど人違いなので」

 「そうではなく!早くこの街から出てください。ここはあなたのような方が来ていいところではありません。この路地裏もそうですが、この街自体が危険なんです!」

 「へ?」

 

 眼鏡の意外な言葉に私は目を瞬く。

 明るくて人もいっぱいいて出店もあって、全然危険そうに見えないけど?それが顔に出ていたらしい。

 

 「表の姿に騙されないでください」眼鏡が声を潜めて私に耳打ちする。

 ここには私と眼鏡の2人しかいないからわざわざ顔を近づけなくてもいいと思うのだが、彼は近い距離のまま話し続ける。


 「気づいていましたか?この街は死角が多い」

 「え。マジで」


 意外な言葉に瞠目する。


 「この場の明るい姿は仮の姿。ここにいる人間は皆、裏社会の人間もしくはわけがあって身を隠している人間です。食べ物も飲み物も口にしてはいけません。なにが入っているかわかりませんから。道の中央を歩きまっすぐ北に進んでください。王宮が見えるところまで行けば安全です」


 そういえばアリスもエルと合流したら、師匠の頼み事はあきらめてすぐにここから出ろって言っていた。

 私が甘い匂いにつられて路地裏に入っちゃっただけで……ん?これこそが裏社会の罠なのか!?


 「ただでさえ今日はあの薬の取引があって…」


 眼鏡は言いかけて、ハッとしたように言葉を止める。

 が、聞こえていたぞ!


 「あの薬ってなに!」


 もしかして眼鏡が言いかけた「薬」というのは、師匠が言っていた不老不死の薬のことではないか!?

 眼鏡がしまったという顔をしているから、うん。間違いない。不老不死の薬だ!

 私は眼鏡に詰め寄る。


 「ねえその話くわしく!」

 「いや…」


 やはりそう簡単には教えてくれないらしい。

 いくらヒメの頼みでも…と眼鏡は私から目をそらす。ん?ヒメ?

 そのときビビーンと天才美少女ヒロインはひらめいた。


 「ねえ眼鏡!教えてくれたらヒメが握手してあげ…」

 「はい!俺の所属するマフィアは不老不死の薬というのを売買しているのですが、その取引が今日の正午ありまして」


 言い終える前に眼鏡が目をキラキラ輝かせながらしゃべりだした。


 「ち、ちょろっ!?じゃなくて…ごほん。ほうほう、その取引はどこで?」

 「ここです。今ちょうど俺たちが話しているここであります!」

 「わ~い。ありがとう!」

 「わわわ!ヒメが、俺の手を握って、ぶんぶんと振って……死ぬ。今なら死ねる」


 眼鏡がじんわりと目に涙を浮かべている。

 そんなに喜ばれると罪悪感がすごいのだが、仕方がない。知りたい情報はもらった。あとは速やかにこの場を去るのみ!


 「それじゃあ私帰るね!」

 「は、はいっ!あ。俺、アイって言います。ヒメの記憶にこの名前を一瞬でも残していただけたら感無量です!」

 「うん。わかったー。ばいばい、アイ!」

 「わわわわわ!」


 どうしよう。名前を呼んだだけで号泣し始めた。

 こんなに喜ばれるならもう少しなにかしてあげたいところだがしかたがない。エルが私のことを待っているかもしれないし。早くこの情報をエルに教えてあげたいし。


 ごめん。眼鏡!もう会わないだろうけど次会ったときはウインクでもしてあげるよ!

 そうして私は号泣するアイを背にして駆け足でこの場を去ったのであった。




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