24.アブノーマルな再会
しかし困った。こんな土地感覚のないところでエルとはぐれるなんてどうやって合流したらいいのだろう。
スマホとかがあればいいんだけど、この世界にそういった類のものはないし。魔法使い見習いらしくテレパシーとか使えればいいのだが、悲しいことに私が使える魔法は光魔法だけ。
とりあえず迷子センターでも探すかと歩き出した時だった。
「……む!」
一瞬だったが視界に見覚えのある顔が映る。
その顔が私の視界をよぎったのは、後方にある曲がり角。
そこに黒髪の宝塚男優風美人がいたのだ!
みなさんもうおわかりでしょう!ここは秋の国。秋の国にいる宝塚風美人とは、つまりっ!
私は満面の笑みで曲がり角のほうへと向い…
「アリス久しぶ…」
「アリス様!どうかその鞭で愚かな下僕にお仕置きをっ!」
「すがりつくな。けがらわしい」
「もっとぉぉぉぉ!」
「……。」
すみやかに回れ右をした。
そこにあったのは10歳の宝塚男優風男装美人が、自分の倍くらいの年齢の男性を鞭で打つという光景だったのだ。
うん、見なかったことにしよう。
何度も自分に言い聞かせるようにうなずき、歩き出す。が、あれれー。足が動かないぞぉ?
まあそれもそのはず、後方から私の腕が何者かに掴まれて一歩も踏み出すことができないのだ。非力なヒロインの悲しい定めである。
仕方がないので後ろを振り向けば、
「ちょ、リディア!?え、どうしてここに!?」
私の手を掴んでいたのは、ええ、さきほど男を鞭で打ちまくっていた宝塚風美人です。混乱している顔もまた美しいですが、今は話しかけないで欲しかった。
「やっぱりアリスはこっち方面に目覚めたか。友人のアブノーマルな趣味なんて見たくなかった」
「待って!あなた大きな誤解をして、い…ます!っああもう!そこのお前!」
アリスはあたふたと慌てながら、鞭に打たれ恍惚に浸っている男性をにらみつける。
そんな男性を見て私は思う。
…現在アリスは騎士服を着ているのだが、その隊服と同じものをこの男性も着ているのだ。え、もしかしてこの男の人アリスの同僚とか?
ちなみにこの男性、とろけた間抜け顔をしているから一見わからないのだが、けっこう男前な顔をしていて。優秀で上官に歯向かうタイプのイケメン顔というか、MよりはSよりの性格をしていそうな顔でして。
え。アリスの天性のSが、彼の属性をSからMに変え…
なんだか怖くなってきたので考えることを放棄します。
さて話を戻し、きっとアリスは彼に対して怒っているのだろう。だがね、アリス君。それは逆効果だよ。
見てごらんなさい。アリスににらまれて(汚物でも見るような目で見られて)、男性の顔がさらにとろけているではありませんか。天性のSは怖い。
「いつまでそこにいるつもりですか。去りなさい!そしてもう二度と私の前に現れるな!」
「あぁっん。アリス様。そんなことを言わないでください。俺はこんなにもあなたをお慕いしているというのに。でもそんな俺の好意をハイヒールで踏みにじるアリス様も素敵です」
…ドM騎士さん。茶髪イケメンなのに残念感がものすごい。目をとろけさせて「はぁはぁ」言う男の人なんてはじめて見た。
アリスの顔が引きつっている。そりゃ引きつるわな。
「ふ、ふざけないでください!父様に言ってお前の首を切ってもらうことも可能なのですよ。騎士と言う立場を返上しろという意味ではありません。お前の頭と首から下を切り離すという意味ですから」
「ああ!アリス様、あなたという人はどうしてこんなにも俺のことを理解しているのですか。俺、放置プレイも大好きなんです!では、また後程~」
「に・ど・と、目の前に現れるな!」
満足そうな顔で男性は去っていった。
こんなにもかみ合わない会話ははじめて見た。
アリスは全力疾走したかのごとく肩で息をしている。
「なんていうか。大変そうだね」
「まあね……じゃないわよ!」
急にどうした。アリスがものすごい勢いで私に近づき肩をつかんできた。やばい。イケメンに詰め寄られているみたいでちょっとドキドキしちゃう~。
「ふざけないで」
「すみません」
「で?「いつ君」ではあなた今、魔法使い見習いをしている頃でしょう?どうしてここにいるの?」
「まぁ話せばいろいろと長くなりまして~」
私は3年前に師匠にハンティングされたこと、修行の日々、1年前にアルトに出会ったことなど諸々をアリスに話した。
すべての話を聞き終えてしばらくアリスはうなずき、
「そうね。いろいろと言いたいけれど。あなた、アルト様が鈍感でよかったわね」
「え。私、結構というか3年間分話したんだけど、最初の感想がなんでアルトなの!?」
アリスはやれやれという風に首をふりため息をつく(だけど私には楽しそうなわくわく顔をしているように見えるんだよなぁ。気のせいかな?)。
「もしこれでアルト様があなたを本物だと気づいていたら…ええ。ヤンデレ監禁エンドを迎えていたでしょうね」
「待って。アルトがヤンデレ監禁する相手はソラでしょ?そしてなぜに、にこにこ笑いながらそれを言うの?」
「……私、あなたの鈍感なところ嫌いじゃないわよ。あとにこにこしてないから。気のせいよ」
「え。そうなの?あ、ありがと」
「まあそういうわけで今後は「いつ君」関係者に遭遇しないように気を付けること。見つかったらどうなるかわかりっこないから。じゃ、そういうことで」
アリスはそのまま帰ろうとするが、
「ちょちょちょー!アリス。この流れは私と一緒に迷子のエルを一緒に探すやつでしょ!なんで帰ろうとしてるのよ!」
「エル?ああ、リディアの兄弟子のことね。ていうか、彼が迷子なんじゃなくてリディアが迷子なんじゃ……」
「話をそらそうとしたってそうはいかないんだから!ねー、アリスぅ。あなただけが頼りなの。お願い。一緒にエルを探して~」
「上目づかいで見ても無駄。私には効かないから。悪いけど私も忙しいの。あなた一人でエル君を探してちょうだい」
アリスはクールにそう言い放つとその場を去ろうとする。
そんな彼女の手を掴んだのはもちろん私。さっきと形成逆転だ。
アリスは迷惑そうな顔で私を見るが、ふふふ。アリスが私の頼みを断れないとっておきが私にはあるのだから。
「ねぇアリス」
「嫌な予感しかしないわ」
「私ね、普段は森の中にいるけど別に流行に疎いわけじゃないんだよ」
「つまり?」
ごくりと生唾を飲み込むアリスに私はポシェットに入れていたとある物を取り出し、見せた。
それを見た瞬間、アリスの目がツーっと私からそらされる。
「これ、なんだかわかる?」
「……。」
「「ヒメと不思議な世界」の小説版だよ」
「……うふ?」
アリスは笑ってごまかすが、うふじゃないからーーー!かわいいけど!
怒っている私の雰囲気を察したのかアリスが焦りだす。
「ま、前に手紙で言ったじゃない。絵本だけじゃなくて、文章におこして物語として販売することも検討しているって」
「私は一度も認可した覚えはないけどね」
「うっ。でも私の作った絵本のおかげでギル様を救えたじゃない」
「それとこれとは別物じゃーーー!というか、この小説の話はなんなの!?」
「……。」
この小説版、絵本の内容とたいして変わらないのだが、絵本が幼児向けだったのに対し大人向けに加筆されたものなのだ。あ、大人向けって、R指定が入るわけじゃないよ。
内容としてはもちろんおもしろい。相変わらず「ヒメ」がバカをやらかして大怪我しまくっている描写が多くて不満だが、おもしろいよ!?
だがしかしこの小説、加筆されたことによってジャンルが少々変わったのだ。
絵本では純粋な冒険ファンタジーだが、この小説バージョン、冒険ファンタジーに加えて恋愛もジャンルに加わってしまった!
絵本では銀髪と金髪の王子と怪物を倒しました、おわり。のところが、怪物倒し終わったあとでヒメが銀髪王子に求婚されたり(なぜ!?)。
一緒に攫われてしまった桃色の髪の美少女が実は魔女に魔法をかけられた王子様で、魔法が解けてヒメに求婚したり(なぜだ!?)。
これは加筆された小説版オリジナルの内容なのだが、水色の髪の王子がなんやかんやでヒメに求婚したり(なんでだー!?)。ヒメが紺色の髪の王子(まさかこの人…まさかね)に求婚されたり、求婚されたり、求婚されたり。
「なんでヒメにモテ期が到来してるの!?」
「……真実、いえ、そのほうがおもしろいでしょ?」
「おもしろくないわー!いや、小説としてはおもしろいけどさ!?」
でもさ、なんで逆ハーレムっぽくなっているの!?「いつ君」が脳裏に浮かぶから嫌なんだけど!?本編が始まるんじゃないかって錯覚しそうになるから嫌なんですけど!?
「というかあなたよくこの小説買えたわね。けっこう人気で、重版も間に合ってない状況だって私は聞いたんだけど?」
「うちの流行大好き師匠をなめないでよ。師匠、流行先取りする勢いで流行もの買ってくるんだから」
半年前、「リディア~お土産にこれから流行りそうな本買ってきたわよ~」って言ってこの本持ってきたときの、私の飛び出した目ん玉をアリスに見せてあげたいくらいだ。
あ、ちなみに師匠は口調がオカマなだけで少女趣味はないようで。
試しに「ヒメと不思議な世界」を読ませたら、顔を引きつらせて理解に苦しむみたいな顔をしていました。感想も恋愛面には触れず「ヒメの冒険がわくわくしたわね」だったし。
「てなわけで、肖像権で訴えられたくなければ一緒にエルを探して!」
「……はぁー」
勝負は私の勝ちのようだ。
アリスは額に手を当てあきらめたようにため息をついているもの。
「わかったわ。あなたには負けた。いいわよ、一緒に探してあげる」
「やったー!」
正義は必ず勝つのだ!
脳内でエルが「正義関係ないだろ」とバカにした目で見てくるが無視します。
「ねえアリス。エルを探すついでにここらへんも観光もしたいんだけどぉ~」
キラキラ上目遣いの私を見てアリスが困ったように笑う。
「…別にいいけど。リディア、あなた兄弟子のこと心配しているようでしてないわね」
「エルならきっと大丈夫だよ。なんかあれば魔法を使ったりして私の居場所特定するだろうし」
「こんな子がヒロインだなんて、世も末ね。まあそのほうが面白いけど」
「……これ以上私をネタにしないでね」
「…観光の案内してあげるんだから許しなさい」
「それとこれとは話が別じゃない!?」




