23.迷子の迷子の兄弟子さん
「おい。リディア。いいかげん起きろ」
「うへ?」
身体が揺れているなぁと思い目を開ければ、最初に視界に入ったのはエルの黒銀色の頭。私はエルの背中の上にいたのだった。
「え。まさか私小さくなっちゃった!?かの有名な不思議の国のアリス的なスモール化!?」
「よし。元気そうだな降ろすぞ」
「わー!ルビがおかしい!?嘘です!通常サイズでエルにおんぶされて運ばれているだけでした!というかなんで私おんぶされてるの?」
「お前がいつまでたっても起きないからだろ!」
あらら。なんとエル君、空間移動してから私がまったく目覚めないから業を煮やして背負って移動していたのだとか。
「これはご迷惑をおかけしたね~」
「ほんとにな。降ろすぞ」
「はーい」
エルの背から降ろしてもらい辺りを見回せば、うん。毎度のごとく森の中。
ご存知の通り師匠は自分がマーキングをした場所に空間移動することができるのだが、いっつも移動先が森なのだ。
まあ人ごみたくさんのところに転送されても困るけど、森から村や街に向かうのは結構大変だからやめてほしい。
「そういえばあのオカマ、なんの情報もなしに転移しやがったな。結局マフィアはどこにあるんだよ」
私がうへーとしていると、隣でエルが思い出したようにぼやいていた。
ほんとだよ。師匠、秋の国の王都の近くにあるとしか言ってなかった。情報が少なすぎる。
余計にうへーってなったよもう。語彙力が低下してうへーしか言えない。すべて師匠のせいだ。
「じゃあマフィアの所在について情報収集から始めなくちゃいけないってことだよね。めんどくさ…ていうか、エル!あんた、さっきはよくも空間移動してくれたわね!?」
さっき移動先が秋の国だって知った私が空間移動を止めようと思ったとき、エルが離した手をドアノブごとひっつかんで空間移動したの覚えてるぞ!
詰め寄ればエルはあたふた。
「いや時間差すぎるだろ。怒るの今頃かよ!?」
「この野郎!」
「なっ。だって仕方がないだろ!お前と出掛けたくて…っいや違くて……」
エルは急に真っ赤になってしどろもどろし始めた。そこでハッと思い出す。
そうだ。エルはツン120%のせいで、おでかけしたいと師匠に言えなかったところを師匠が感づいて今回の計画が決行されたのであった。
それなのに私は自分のことばっかり。
「わかったよ、エル。こうなったらもう最後まで付き合ってあげる」
「……リディア。お前、なんか勘違いしてるだろその顔」
「うん。エルの気持ちはわかってるから。でもほんとに迅速にお願いね。騎士団の力借りないでマフィアをぶっ潰してね?信じてるからね!?」
「今日のお前はいったいなんなんだよ!?」
そんなこんなで歩いていれば、
「あっちから人の気配がする」
「あ?」
ヒロインチート(野生の勘ではないぞ)で、人の気配を察知。木々をかき分け歩き進めれば、人で賑わう商店街にたどり着いた。
お祭りでもあるのだろうか。今日は縁日ですか?ってくらい人がたくさんいる。いや、もしかして本当に縁日?出店らしきものがたくさん出展されてるよ。
「いつ君」の設定では、4王国が同盟を結び戦争が終わるのは6年後だ。だから私のイメージ的にはまだこんなふうにわいわいと平和に賑わってはいないと思っていたのだが、うん。
師匠の言った通りほんとうに戦争が落ち着いてきているらしい。
ふむふむ、ふむふむむ…
「ねぇエル君?」
「なんだよ」
「マフィアを探す聞き込みもかねて、先に観光しない?」
「お前!あんだけめんどくさいだの言ってたくせに!」
おっと。エルの頬つねり攻撃が発動しそうだ!
私はエルの手を躱し、駆け足で人ごみにまぎれる。
「なっ。逃げんじゃねぇリディアっ!」
「わーエル!見てよ。ここらへん時計がモチーフのオブジェが多いね~」
「おい!」
そうして人ごみを縫うように進みながら、一人で観光をスタートさせる。
だってこんなに穏やかで楽しそうな雰囲気なんだもの。ただマフィアの聞き込み調査をするなんてもったいない!一緒に観光をしちゃおうぜ!
そしてマフィアをぶっ潰し終えたらまた観光!うん、すばらしい!
リディアちゃんは出かける前はあーだこーだ言うけど、いざ出かけたら楽しむタイプなのだ。
「ちょ。バカ!一人で歩くな」
エルが私に向かって手を伸ばす。が、ここまで来たら逃げたいよね。するりと躱す。
「リディアーーー!この豚ぁあああ!」
躱す寸前エルの顔を見たら、彼めっちゃ顔に青筋立てていた。うん。これは絶対に捕まるわけにはいかないな。
「すごーい。ここの出店日本と同じだ。饅頭屋さんに、たこ焼き屋さん、焼きそば屋さん!林檎飴まで売ってる!」
「待て!このっ、豚!」
それにエル君、私のことまた豚って言いましたからね。なので本格的にエルのことを無視して観光に走ります。ええ、はい。怒ってませんよ。
「おい!リディ……人混みが…」
「今日って縁日なのかな。射的したーい」
「……リデ…」
「あ、でもダメだ。私射的下手だからエルが代わりにやって」
「……。」
「あれ?エル?」
そうしてエルの声が聞こえなくなったところで私は少し反省した。
大人げなかったかもしれない。豚と言われただけで逃げることに全力になってしまうなんて、私もまだまだだ。精神年齢的にはエルより何倍も年上だというのに。
そろそろ許してやるか。
「ねえ、エル。さっきはちょっとだけだけど、ごめ……へ?」
しかし振り返ったそこに、エルはいなかった。
あれ?
辺りを見まわしても見当たらない。というか人が多すぎて見つからない。
……。
「もぉ。エルってば迷子になったんだな。ほんとに兄弟子のくせに抜けてるんだから~」
リディアちゃんはやれやれと肩を下げました。
さーて、これからどうするっかなー。




