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22.フラグ、絶対に立つなよ!


 澄み渡るような青い空。綿菓子のような白い雲。暖かい日差しを浴びながら伸びをして、夏から秋にかけて変化する外の香りを胸いっぱいに吸いこむ。


 「あ~。いい気持ち!」


 師匠に攫われて――いえいえ、魔法使い見習いになって早いことでもう3年。私は10歳になっていた。

 まあ10歳になったからといって生活が変わったり、魔法薬作りの腕が素晴らしく上達したりとかはないが、魔法使い見習いとして日々を穏やかに過ごしていた。


 もう一度空を見上げて胸いっぱいに外の空気を吸い込む。

 ここ最近は安定しない天気が続いていたために、いっそう気持ちがいい。


 「今日は絶対にいいことがあるな!」



 と、そんなふうに思っていたのは数分前のこと。




 「不老不死の薬の売買をしているマフィアをやっと見つけたわ!リディア、エル。ちょっと散歩がてらにこの組織をつぶしてきてちょうだい!」

 「はあ?」

 「…つきあってらんねー。リディア、修行つきあえ」

 「いいよー。最新作の笑い薬の威力を見せてやろうじゃないの!」

 「いやいやいや、待ちなさいバカども!」


 めんどくさ、と心の中で私とエルが同時に思ったのは言わずもがな。

 家に呼び戻された現在、私とエルは師匠に意味の分からない頼み事をされていた。


 天気が良いからっていいことが起こるとは限らない。夢も希望もない現実を知ってしまったよ。


 「そもそも不老不死の薬ってなに!?」

 「あー、そういえばあんたたちに言ってなかったわね」


 たいてい質問する役はアースなのだが今回は私が務める。アースだったらね、師匠の求める回答を察することができるからね、この役はアースなんだよ。

 だがしかし、ここ数週間アースは師匠に仕事を頼まれ家を留守にしているのだ。師匠はいったいなんの仕事を頼んだのやら。


 まあそれはともかくとして、師匠の話はこうだ。


 1年前、春の国で起こった疫病(アルトと遭遇して寿命の縮まった例の事件ですね)。

 この疫病に関してザハラさんが少し興味を持ったそうで、独自に調べていたのだそうだ。

 そうするとなんと病原体の中に魔力を検知した。で、さらに詳しく調べてみると疫病はとある魔法薬の副作用であることに気づいた。


 それが不老不死の薬。


 うまく作用すれば永遠の美と命を得られる伝説の薬(こんな薬が現実にあるとかさすが異世界)。

 だけれどもこの不老不死の薬の生成に成功する可能性は極めて低く、失敗すれば不老不死の薬に込められている魔力の流れが逆流し、使用者に未知の病気を発症させ最終的に殺す死の薬に変貌するのだとか。


 ザハラさんの見立てではこの薬の成功と失敗の法則性を見つけるために、実験として春の国の辺境の村々が犠牲にあったのではないかとのこと。


 そのことを知った師匠は激おこで(そりゃそうだ。私だって激おこだ)、ザハラさんにその薬を売買している組織から製作者まですべて探すように依頼していたらしい。

 そうして今、売買しているマフィアを見つけたという情報をザハラさんが持ってきたのだとか。


 「同じ魔法の薬師の一人として不老不死の薬をつくるだなんて倫理から外れた行動、ましてやその薬の副作用で死人を出してっ。これを見過ごすなんてことできないわ」

 「いや。だからっておれたちにそのマフィアをつぶせっていう発想はどうなんだよ。頭沸いてんのか?」

 

 はい、エルに同感です。ものすごく。

 青筋を立てるエルのとなりで私はうなずく。

 師匠はそんな私たちの反応が意外だったのかポカーンとしているが、いやいや、ポカーンじゃないから。


 私だって実験のせいで春の国の人たちが苦しめられたってのはすごくむかつくよ。でもさ売買しているマフィアを私とエルがつぶす必要はないでしょ。師匠がやればいいでしょ。むしろ攻撃魔法大得意の師匠がやるべきでしょ。


 いや本音を言えば、

 マフィアをつぶしに行く→加護の森から出て4王国のいずれかに行く→主要キャラクターに遭遇の可能性倍増。

 これが嫌だから行きたくないんだけどさ!


 すると師匠はにやにやと笑う。

 なんだよ、突然。さっきまでアホみたいにポカーンしてたくせに。私もエルも身構える。


 「あっらー。あたしってば、せ~っかく2人が魔法使い見習いとして日々の修行を頑張っているからご褒美をあげようかと思ったのに。いいのぉ?」


 ご、ご褒美だと!?

 師匠の言葉に思わず目が輝くのは、ぐぅっ仕方がないじゃないか!


 「ご褒美ってお菓子くれるってこと?」


 なんだろう。最高級チョコレートをプレゼント、とか?でもそれだと今回の師匠の組織つぶせーって頼み事と関連性がないし…?

 と首を傾げていると、チクチク刺さるよ2つの視線。数秒後キレている自分を予知しました、ええ。


 視線の先を見てみれば、ほーら案の定。師匠もエルもドン引きした顔で私を見ていた。

 ちょっと。いや、かなりイラッとする。もう3年も一緒にいるんだ。2人の考えていることくらいわかりますぅ。てなわけで予知通りキレてやろうじゃないの!


 どうせ「10歳にもなるのにご褒美でお菓子を連想するとか、女として大丈夫なのか」「こんな脳内100%お菓子畑を娶ってくれる男なんているのか」とか思ってるんでしょ!


 「涙ぼくろとオカマ言葉を放つその口、ひきちぎってやるからな!」

 「い、いきなりなんだよ!」

 「私は豚じゃないんだからね!」

 「まだなにも言ってないだろ!?」


 まだなにも言ってないということは、すくなくとも言う予定ではあったのだ。うぅ、涙が出てきそう。アースがいれば今頃私をフォローしてくれるのにっ!


 怯えるエルを横目に私はキッと、守るように自分の口を抑えていた師匠を見る。

 なんだよ、その手は。私から口を守っているってことなのか!本当に口をひきちぎるわけないだろ!最強の魔法使いが小娘相手になにを怯えているんだ。


 「もー怒ってないから!で?結局ご褒美ってなんなの?」

 「ん、あぁ。えぇ。4国の戦争もここ数年は落ち着いているでしょ?だからマフィアを潰した後に観光をしても安全だと思うの」


 顔を引きつらせながら言う師匠。だけど言っている意味がさっぱりわかりません。


 「つまり?」

 「ちゃっちゃとマフィアを潰して、兄弟弟子で仲良くデートにでも行って来なさいよっていう師匠の粋な計らいがご褒美よ」


 師匠は「うふっ」とかわいこぶって笑うが、別にご褒美でもなんでもなかった。用事のついでに観光でもしていけば的なやつだった。

 喜んだりイライラしたりと忙しかった私の時間を返せ。


 ……まあたしかに観光はしたいよ。けど今日は天気が良いからどっちかと言えば日向ぼっこをしたいし、それ以前に不用意に4王国に行きたくないというか。


 「ていうか兄弟弟子でデートって言い方おかしいでしょ。普通、兄弟弟子でおでかけとかでしょ」


 師匠からの頼み事は拒否する流れに持っていくべく、「年寄りはすぐに若者をくっつけたがるから嫌だわー。ねえエル」と同意を求めるように彼を見れば、うん、なぜだ?エルの顔が赤かった。熱かな?


 「デ、デートっておまっ!」

 

 デートの言葉に反応したらしい。エルは語彙力低下状態でわなわなと震えている。

  師匠はもちろんそんなエルを見てにやにや笑ってます。師匠って性格悪いよね。

 仕方がない。ここは私がフォローしてやるしかない。

 

 「もー、師匠、純情なエルをからかわないで」

 「えー」


 師匠の鼻先にむかって指をさし怒り、


 「エル、マフィアのことは師匠がボタン一つで爆破だのなんだりしてぶっ潰すだろうから、さっさと今日の修行を終わらせて日向ぼっこしよ…」


 エルの肩に手を置いて労わるように声をかけ、


 「行く」


 エルが「このオカマはほっといて修行するぞ」と言ったところで私の成すべきことは終わり!

 さあ、薬草収集と見せかけての日向ぼっこに戻ろう。私は歩き出したところで、あれ?と思う。


 「え。今、エル行くって言った?」

 「ああ。行く」

 「は?」


 聞き間違えかな?目で問えば、顔面ゆでだこ状態のエルは聞き間違えじゃねーよと睨みつけてくるではありませんかー。あれれー?


 行く、だと?いつもめんどくさいだの、だるいだの、豚だの言って動こうとしないエルが、「行く」だと!?


 「ワンモアプリーズ」

 「おい!クラウス!おれとリディアでマフィアをぶっ潰してやる。その代わりご褒美忘れるなよ!」

 「はーい。よろしくねー。あんたたちはマフィアのアジトを潰してくれればいいから~」

 「いや師匠、はーいじゃないから!エル?私ワンモアプリーズって言ったの聞いてた!?」

 「リディア、今日1日おれに付き合え」

 「話がかみ合わない!?なんだこいつ!?」



 

 





 かくして、私は半ば無理やりマフィアのアジトをぶっ潰すことになったのであった。リディアちゃんかわいそうっ!美少女ヒロインがこんな対応をされていいのか!


 まあこんなふうにぼやいてはいるが別に無理やり行かされるわけではないぞ。

 実はねひっそりと師匠が耳打ちしてくれたのだ。

 師匠が言うに、エルは観光というものをしてみたかったそうなのだ。


 だけれどもあんなツンデレのツン120%みたいな性格の人間が素直におねだりなんかできるはずもなく、師匠が気を利かせて今回のご褒美を計画したらしい。

 それならば私がめんどくさいとぼやくわけにはいかないではないか。なにかと兄弟子には助けられているからね。エルの願いを叶えるために協力いたしますとも。


 そんなわけで私とエルはマフィアを潰しに行く準備をしていた。

 たぶんそう簡単に主要キャラたちには遭遇しないだろうし、うん大丈夫。行ってオッケーだ。逆に遭遇したら困るよ、ほんとガチで。これがフラグだったとかいうオチもやめてね。ほんとに。


 「そういえばマフィア潰せばっかり言われてたけど、そのマフィアってどこの国にあるの?」


 荷物を準備し終えた私はいつもの空間移動の手順でドアノブに触れながら師匠に聞いた。あとはエルの準備を待つだけ。準備が終わればエルが私の手を握り、私はドアノブ回しいつものごとく空間移動開始である。


 すると師匠はむふと笑う。

 

 「どこの国だと思う?」

 「もったいぶるな」


 イラッとしましたね、はい。


 「うっ。リディアが冷たいわね。じゃあいいわ。逆にどの国に行きたい?」


 どこの国に行きたい?師匠に問われたが、別にどこの国に行ったとしてもリスクは同じだから行きたいもなにもない。

 ああでも、行きたくない国ならあるよ。




 それはずばり秋の国。



 

 夏の国は大丈夫だ。万が一、ジークと遭遇したとしても彼はアホだからなんとかごまかせる。…エミリアに会ったらやばいけど。


 同様に冬の国も大丈夫だ。ギルもミルクも純粋ピュアピュアの天使だから、遭遇してもなんとかごまかせる。なんてったってギルは私のことを絵本の「ヒメ」って信じるくらいに純粋だからね。


 春の国は1年前に言ったから論外ってことにさせていただきまして。


 だけど秋の国は危険だ。

 アリスはいいよ。同じ転生者だし、事情知ってるし、私の仲間だし、会いたいなーとすら思っている。


 だけどリカはだめ!

 だって万が一遭遇したとしてもどう誤魔化したらいいのか見当もつかないのだ!

 寡黙ミステリアスの思考を読むとか無理。偶然出会ったとき、向こうがどんなアクションを起こしてくるか想像つかないし。どう対処したらいいのかわからないでしょ。


 「だからできれば秋の国には行き……」

 「あらん!秋の国に行きたかったのね!よかったぁ。そのマフィアがあるの秋の国なのよ」


 瞬間、ピシリと私の体にひびが入った。


 「しかもそのマフィアがある場所って王都から結構近くって~」


 ピキッパキッ

 困りました。ひびは全体に広がっていきます。


 「あ、もし危険な目にあいそうになったら王国の騎士団に助けてもらいなさい。彼らもマフィアを捕まえるために密かに動いているってザハラが言っていたわ」


 ガラガッシャーン

 はい。私の体は木っ端みじんに崩壊いたしました。

 準備を終えたエルが「騎士団の力なんて借りるまでもない。おれ一人で大丈夫だ」とか言ってるけど、ほんとに一人でぶっ潰してね!?


 騎士団が密かに動いているってことは、リカも騎士さんたちにくっついて動いている可能性もあり得るってことだからね!?私、会いたくないんだからね!?


 「じゃなくて!もう行かなければいいのよ!ハイリスクすぎるわぁ!」

 「はあ?お前なに言ってんだよ。行くぞ?」

 「ぎゃーーーー!」


 私はドアノブから手を離すが、私の手が完全に離れる前にエルが私の手ごとドアノブを握り、あろうことか回しやがった!つまり、視界がゆがむ!空間移動だっ!



 「ちょ、待っ。師匠ストーーーーーップ!」

 「はい。いってらっしゃーい」


 師匠に助けを求めるが彼はにこやかに私とエルに向かって手を振って「ばいばい」のポーズ。ぬぅおおおお!


 「師匠のバカはげろーーーーー!」

 「毛根から消滅しろ」

 「あんたたち帰ったらおぼえてなさーーい!」


 私の懇願は悲しいことに受理されず、秋の国へ転移してしまったのであった。



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