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プロローグ(??視点)

はじめたぶん残酷な描写があるので苦手な方は気を付けてください。



 

 俺は昔から記憶力に優れていた。

 いや、優れているなんてものじゃない。生まれてから今まで自分が体験してきたこと、見たこと、思ったことすべての記憶を覚えていた。

 大切な思い出も、思い出したくもないことも忘れられない。ずっと覚えている。


 瞳を閉じればそれは悪夢となって俺に記憶を見せてくる。

 今日見た夢は一番見たくないものだった。







 4歳になったばかりのことだ。気にかかったのはほんとうに偶然だった。


 いつものように母におつかいをたのまれた日の帰り道。

 商店街でのなごやかな時を過ごす人々の中に、父さんと同じ水色の髪と琥珀色の瞳の老人が立っていたのだ。

 平民たちが暮らす街には不相応な高貴な服を着た老人の顔が、父と同じ色を持つのに真逆の顔をしていてひどくおびえた。

 それがすべての悪夢のはじまりだった。

 

 老人を見てから数日後のことだ。

 父と母にきょうだい3人でおつかいに行ってきてほしいと頼まれた日。


 家に帰るとむせかえるほどの鉄の臭い――血の臭いが鼻をついた。得も言われぬ恐怖に身体が浸食される。妹が俺にすがりつき、俺は兄にすがりつく。兄は顔をこわばらせながらも家の扉を開け、何かを見て震えた。


 嫌な予感がした。兄の見たものを見たくなかった。だけれども体は自然と動き、幼い俺はそれを瞳に写した。


 「あっ…あぁあああ…父さっ……母さっ」

 「いやぁああああ。お父さん、お母さん」


 そこにあったのは我が家の床に無造作に転がる水色の髪と紺色の髪の頭。

 まぎれもない。それは父と母のものだった。


 泣き叫びながら父と母のもとに駆け寄ろうとした俺と妹を兄が咄嗟に止めた。寸前、俺と妹の鼻先に鋭い剣が落ちる。


 「……っ!」


 兄が止めてくれなければ俺と妹は剣に貫かれ絶命していただろう。

 そうして突然目の前に迫った死の影に怯える俺達の前にやつは現れたのだ。


 「チッ。つまらん。弟と妹の方は母親に似てバカだが、兄は父に似て勘だけは鋭いようだな。ああ嫌だ。それにしても父と母の生首を前にしてこうも冷静でいられるとは、弟と妹は震えておるのに、いやはや恐ろしいガキだ。フハハハ」


 部屋の奥深くの闇から現れたのは水色の髭をなでつけるいつの日か見た老人だった。その老人を目にしたとたん兄の顔が険しくなった。


 「クソジジイ。やはりお前かっ!」


 兄を中心として風が巻き起こる。

 そんな兄を見て老人は肩を落とす。


 「はぁ。やはり兄もバカだったか。今ここでわしに刃向かっていいのか?王家の魔法ならともかく初歩の魔法しか使えぬお前ではわしには勝てない」

 「黙れ。どんなことをしてでもお前を殺す」


 老人は諭すように言葉を紡ぐ。しかし一見心配しているように見えるその顔は明らかに兄を嘲笑っていた。


 「冷静に考えろ。わしを守るものたちは何千何万といる。だがお前はどうだ?足手まといの弟と妹しかおらん。わしは守られ、お前は守るものがおる。さてどちらが生き残るか。……両親と同じ姿になった弟と妹の姿も見たいのか?」

 「…っ!」


 その言葉にハッとしたように兄は俺と妹を見た。目の前の老人に対して復讐に燃える紺色の瞳の中に、震える俺たちが映る。


 「兄さ…っ」

 「お兄ちゃんっ」

 「……っくそ!」


 兄は堪えるように唇を噛み締めると、次の瞬間には老人に対しひざをついていた。そしてそのまま地に頭をこすりつける。


 「……お願い…します。俺はどうなってもいい。弟と妹だけは見逃してください」


 いつも静かで感情を顔に出さない兄の激情を押し殺した顔を見たのはこれが最初で最後だろう。

 屈辱を堪え、親を殺した男に頭を下げ、俺と妹の命を見逃してほしいと懇願する兄の姿に満足したのか老人は頷いた。


 「一応お前たちもわしの血を引くもの。見逃すことなどたやすい。弟と妹だけではなく、お前も見逃してやる。きょうだい3人仲良く醜くあがき生きればいい」


 見逃す。その言葉に俺と妹は安堵するが兄は違った。


 「おい、なにを企んでいる。俺はどうなってもいい!こいつらは見逃してくれ!」


 老人がすんなりと見逃すことに不信感を抱いたのだ。

 老人は悲しそうに肩をさげる。


 「失礼なガキだ。なーにも企んでないというのに。ただ、忘れるな。お前は言った。見逃してくれと。だからわしは見逃す。それを忘れるな。お前が言ったのだ。すべてお前の浅はかな行動が招いたことだ」

 「待て!」

 「そうだ。夜道には気を付けれよ。フハハ」

 

 そうして老人は家から出ていった。

 その夜のことだ。俺たちはなにものかに捕らえられた。





 もともと老人は俺たちを生かすつもりだったのだ。見逃されたと喜んだところで、地獄に落とすために。


 当時、俺たちの故郷である冬の国では奴隷の売買が盛んにおこなわれていた。もちろん公ではない。だが公と言ってもよかったもしれない。だって裏の世界では国王の命令として奴隷の売買が行われていたのだから。


 主な輸入国は精霊の国。精霊は自らが魔法を使うには不利な体質をしている。そのため魔法の使える人間が彼らの生活の向上のためにたくさん輸出されていった。

 魔法が使えた俺たちは当然のことながら奴隷として精霊の国に売られた。




 そこは地獄だった。

 俺達が買い取られたのは精霊の国の電気の売買を営んでいる工場。俺達と同じ魔法を扱える奴隷がそこには何千人いた。


 そこでの生活は朝の3時から始まる。起床したあとは魔力が尽きるまで電気を生み出す魔法を使わされ、休むことすら許されない。食事とも呼べないような少量の食べ物を1日に2回配給され、業務が終わるのは深夜0時。そこから気絶するように眠り、しかしすぐにたたき起こされ働かされる。


 そんな生活の中で元々魔力量が多い訳ではなかった俺は高熱を出し倒れてしまった。そんな俺を兄と妹は必死に庇い看病してくれた。が、現実は非情であった。


 「使えない人間はいらない」


 寒いのに暑い。音が聞こえるのにどこかぼやけている。頭が釘を打たれるように痛い。意識が遠のく。

 そんな薄れゆく意識の中で冷たい声と兄と妹の懇願する声が聞こえた。


 定まらない思考の中で明確に感じたのは恐怖。

 兄と妹の必死な声に比べて、精霊の声は冷ややかであった。今、目を閉じてしまえば、もう一生兄と妹に会えない気がした。だから頑張った。けれど瞼は重くなっていき……




 そうして気が付いたときには俺は船の中にいた。




 最初は意味が解らなかった。

 だが、揺れる船内とこの場にいる自分以外の人間の容姿を見て俺は確信する。


 俺は捨てられたのだ、と。


 この場にいる人間は老人、もしくは大怪我を負った者、今にも死にそうな大病を患っているであろう者たちだった。厄介者をすべてまとめて詰め込んだ、それがこの船だったのだ。

 狭い船の中に詰め込まれて自分はいったいどうなるのか。考えずにはいられなかった。


 涙がこぼれた。


 恐怖ではない。不安からではない。

 ただ悲しかったのだ。


 ある日突然父と母を奪われ、悲しむ間もなく奴隷の身へ落とされ、それでも必死に生きていたら兄と妹と引き離された。いったい自分がなにをしたのだろう。

 ただ1日をみんなと同じように生きてきただけなのに。

 

 



 そのときだった。




 「うわぁっ!」


 船内が大きく揺れた。揺れはだんだんとひどくなり、縦にも横にも振られ、船内にいる人たちにもみくちゃにされる。

 航海中に嵐にあったのだ。

 

 こうなっては自分の未来などたやすく想像できた。

 俺は死ぬのだ。嵐によって船は転覆し、そうして死ぬ。


 死ぬのは怖かった。

 だけどこれでようやくこの地獄が終わるのかと思うと、この悲しみから逃れられるのかと思うと、父と母に会えると思うと、不思議と穏やかな気持ちになれた。

 

 バタンッ


 嵐の影響で扉が開いた。

 揺れと風と雨と人と、もみくちゃにされながら俺は船外へと連れ出される。そうして荒波の中にこの身は投げ込まれた。

 


 






 しかし俺は死ななかった。




 「……っ。ここは…?」


 目が覚めると俺は浜辺にいた。そこは秋の国だった。

 波に流されここまできたのだ。


 その後俺は偶然、秋の国のマフィアに拾われ、奴隷であったときよりかは少しマシな地獄の生活をし、17になった今もマフィアとして生きている。



 最後のほうはおぼろげだが幼少期のころは鮮明な、そんな走馬灯のような夢が今日の夢だった。

 

 「兄さんとルリは今どこにいるのだろう」


 秋の国のマフィアとして生きながら兄と妹のことをずっと探していた。最初に探したのは精霊の国のあの忌まわしい工場だった。しかしそこに兄と妹はいなかった。


 幼少期の記憶のせいで恐怖に体が動かなかず、俺は人を雇い精霊の国を調べてもらった。そのときは他人に任せたからいい報告が得られなかったと思った。が、違った。


 俺達が働かされていた工場は、俺が兄と妹と引き離されてから約2年後に事件が起こっていた。


 俺達を買い取った者や工場で俺達の業務を見張っていた者を含めたすべての精霊が突如、互いを殺し合い始めたのだ。当然工場は崩壊。その争いの隙に奴隷として働かされていた人たちは逃げたらしい。


 兄と妹はいなくて当然だった。

 だってもう精霊の国にあの忌まわしい場所はなくなっていたのだから。


 逃げた人間の中に兄と妹はいるのではないかと、調査をした人間は言っていた。

 

 それから俺はずっと2人を探している。

 だけれども見つからない。


 いやもういっそ会えなくたっていい。ただ生きていてくれたらそれだけでいい。せめて安否を知りたい。それだけなのに、2人の情報は隠蔽でもされているかのように見つけられないのだ。




 

 ふいにテーブルの上に置いていた本の存在を思い出す。

 その本は『ヒメ』という少女が主人公のファンタジー小説であった。原作は子供向けの絵本であり、それを加筆修正したものがこの本『ヒメと不思議な世界』である。


 この本に俺はすぐに魅入られ今や愛読書となった。


 ヒメはお馬鹿で鈍感がたまに傷、しかしその短所を上回るほどにいやこの短所を踏まえて、太陽のような存在として人々の心を救い事件を解決していくのだ。

 彼女がいれば人々はみんな笑顔になる。心に光の花が咲く。



 

 「……ヒメが現実に現れて、俺を救ってくれたらいいのに」


 あり得ない願望が口からこぼれ、俺は苦笑する。

 絶対にあり得ない。わかってる。だけれども願ってしまうのだ。


 この地獄から俺を救い出してください。

 マフィアたちから解放してください。

 兄と妹に会わせてください。


 脳裏に浮かぶのは『ヒメと不思議な世界』に出てくる一節。絵本には登場しない、文庫本の加筆によって登場した騎士が忠誠を誓うときの台詞。


 『この身体。この心。この命。すべてあなたに捧げます。生も死もあなたと共に。だからどうか俺を一緒に連れていってください』


 ヒメに救われ、ヒメに忠誠を誓い、共に旅をすることを許された、そんな騎士がうらやましい。

 

 



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