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エピローグ(アース視点) (1)


 意思はない。感情はない。相手が何を求めているのかなんとなくわかったから、相手が望むままに演じてきた。

 あるときは無邪気な子供。あるときは一人では生きられないか弱い生き物。あるときは奴隷商人に捕らえられた憐れな少年。

 それが物心ついたときから一人だった俺の生き方だった。






 生まれてから今まで刻んだ時は12。演じてきた数は肩手どころか両手両足でも足りない。そんな中でも一番長く演じてきたのが奴隷商人に捕まりいいように利用される哀れな少年だった。

 彼らに捕まったのは、老夫婦の死んだ子供の代わりとして生きていたときのこと。暮らしていた町がちょうど奴隷商人の目当ての場所だったらしく俺は彼らに攫われた。やつらは俺の力に気づいたため売られずには済んだものの、4年間こき使われた。


 



 あのときなぜあの場から逃げようと思ったのかはわからない。


 演技は得意だ。ただ相手が求めるままに演じればいいだけだから。逆に俺は自分のことがよくわからなかった。俺は何が好き?何が嫌い?どんな性格?わからない。俺は演じる以外なにもない。


 だからほんとうにどうしてあのとき自分は奴隷商人のもとから逃げようと思ったのかわからなかった。奴隷商人という肩書こそあれ、衣食住に困るようなことはなかったし、生きることさえできれば他はどうでもいいという俺の生き方に反するものは何一つなかったのだから。


 自分の意思ではない、なにか運命のようなものがはたらいたとしか思えない。



 だけれども今は思う。理由などはどうでもいい。俺はあの時逃げるという選択をしてよかった、と。



 そうでなければリディアに、エルにクラウスに出会えていなかったから。

 



//////★



 奴隷商人の元から逃げた俺は一心不乱に走り続けていた。足を止めれば捕まる。そんな脅迫概念に追われるように逃げる。が、それにも限度があった。三日三晩飲まず食わずで走り続け、とうとう俺は力尽き、意識を手放した。


 疲れと空腹の中で目を覚ました時、俺は見知らぬ部屋にいた。

 御飯がおいてあったのでいただき(空腹には勝てなかった)、誰かが来るのを待つか、それともこのまま逃げるか考えていたときに彼女たちがもどってきたのだ。

 金髪の少女と黒髪の少年。黒髪の少年は俺を見ても特に顔色を変えず、一方で少女は顔いっぱいの笑みを浮かべていた。


 「目覚めたんだね!」


 最初のリディアの印象は近寄りがたいまぶしい太陽だった。







 奴隷商人に捕まり檻の中に入れられた現在。

 目覚めたリディアはエルに口を塞がれ暴れていた。


 「もごごごごーごごっ!」

 「あ?なに言ってんだよ」

 

 やっぱりだ。リディアがなにを考えているのか、なにを望んでいるのかわからない。今まで他人が望んでいることがわかった俺にとって、こんなこと生まれてはじめてだった。


 目覚めたときは意識が覚醒していないからわからないのだと思っていた。が、勘違いではなかった。現にエルの求めていることはわかる。


 彼のリディアを見る目には隠しきれない恋慕の情があった。

 普通であれば自分たちをこの状況に陥れた原因である俺に怒りをぶつけたり現状に不安を抱くところだが、それよりもなによりもリディアを愛でることに意識が向いている。


 彼の望みを叶えるのであれば俺はこのままなにもせず、2人を観察していたほうがよいのだろう。

 だがしかし俺の優先順位はリディアにある。倒れていた俺を救うと判断したのはおそらく彼女だ。命の恩人の望みを優先するは当然である。


 しかし彼女がなにを望んでいるのかわからない。なのでとりあえずこのような事態に陥ったときに大抵の人間が求める行動をとることにした。

 俺は彼女がエルから解放されたところで動いた。


 「すみません」

 「いや、私のほうこそごめんね。おでこ大丈夫?」


 謝罪をした俺に対しリディアが気遣いを見せる。リディアが目覚めたとき額がぶつかったことについて謝罪したと考えたらしい。……言葉が足りなかったようだ。

 

 「あの…すみません。俺が謝罪したのはそのことではなくて。どれだけ謝罪しても許されることではないのですが、あなたたちは俺に巻き込まれて捕まってしまったんです」


 そうして土下座をして謝罪する。

 2人を巻き込んでしまったのは俺の責任だ。だれしも被害者は加害者に対して謝罪を求める。

 その後リディアが俺に事のいきさつを求めたため、彼女の望みをかなえるべく俺はいままでのことを話した。説明を聞く中で彼女の眉間にはしわがより、話を終えるころにはそれはかなり深く刻まれていた。


 リディアの考えていることはわからないままだが、この表情を見るに彼女は俺に怒りを覚えているのだろう。

 そんなことを思っていた俺の予想ははずれた。


 「いやいやあんたのせいじゃないでしょ。全部アースをこきつかって子供たちを捕まえていた奴隷商人が悪い。ね、エル?」

 

 理解できなかった。

 まさか自分のせいではないと言われるとは思わなかった。

 彼女は頭を下げ続ける俺の顔をむりやり上げた。目の前に広がるのは太陽のように明るい少女の笑顔。檻の中は寒く暗いのに、胸の奥がひだまりのようにぽかぽかと暖かくなった気がした。




 

 やはりリディアの考えていることがわからないまま彼女に助けを求められたのは、アルトとエルがリディアをはさんでにらみあっているときのことであった。

 

 「ちょっとアースどうにかして。助けて!」


 彼女は現在、冷気を発するアルトに抱きしめられ、それに対抗するようにエルがリディアに熱風を当てているという状況にあった。

 アルトもエルもリディアに独り占めしたいがために暴走しているのだがおそらくリディアはそのことに気づいていない。喧嘩くらいにしか思っていないだろう。


 こういうことはわかるのに、リディアの望みはわからないから困る。しかし彼女は俺に助けを求めた。ならばわからないなりに助けるしかない。


 「……わかりました。ここは間をとって俺だけがリディアに触れるのはどうでしょうか?そうすれば公平ですよね」


 12年間生きてきてこういった場面に出くわしたことは初めてなため対処の仕方に自信はないが、ようするに2人でリディアを取り合うからいけないのだ。第三者が現われればこの不毛な争いは終わる。

 そう考えたのだが、なぜかリディアの顔はひきつり、アルトとエルはお互いに向けていた冷気と熱気を俺に向けていた。


 「天然かお前ー!」

 「はい。殺す」

 「表出ろ」

 「?」


 どうやら俺は選択を間違えたようだ。

 

 「きょとんと首を傾げるじゃないから!逃げて、アース!」






 その後脱出の作戦会議が始まった。彼女の望みを叶えるべく、自分の知っている限りの情報を伝え、奴隷商人が自分に罰を与えているという考察を話したところでリディアは驚くことを言った。


 「フンッ。笑っちゃうわね。二度と逃げ出すも何もアースは私たちと一緒に脱走するんだから、もう二度と捕まったりはしないわ」

 「俺はもう二度と捕まらないのですが?」


 驚きのあまり問えば彼女はキョトンと首を傾げる。


 「当たり前でしょ?捕まるつもりで脱走するなら逃げる意味ないじゃない」

 「そうですね」


 確かにその通りだった。

 俺が心のどこかで勝手にここから逃げることはできないと思っていただけだった。なぜ逃げられないと思っていたのだろう。自問自答してその答えに気づく。ああ、そうだ。俺は逃げ切った後の自分の未来がなにも想像できなかったのだ。


 かなりの長い時間をここで過ごしてきた。自由になったら俺はどのように生きたらいいのだろう。捕まる以前のように相手の求めるがままに行動すれば生きていけるのだろうか。


 じわりと言い様のない暗い闇が胸の奥に広がった。

   

 そんな俺の異変に気付いたのか、リディアは俺に手を伸ばした。が、その手はアルトとエルにはばまれ結局俺には届かなかった。


 「犬猿の仲って感じなのに、利害が一致したらいいコンビニなるんですね」


 兄弟のようにピッタリな動きでしたよ、などと言えば殺されかねないため言葉を選んだ。今度は選択を間違えなかったらしく、2人は火花を散らすだけだった。

 だがしかし俺は失念していた。さわがしくなれば、見張りの人間が様子を見に来るということを。


 「おい、そこのガキども!さっきからうるさいぞ!」


 やってきた見張りの青年を見て俺は安堵する。見張りの彼はなぜ奴隷商人をしているのかというくらいお人よしで親切な男だったからだ。俺にもよくしてくれた。

 通常の見張りは子供たちが騒ぎ出すと見せしめとして子供を一人痛めつける。だが彼はそのようなことはしない。


 そんなことを考えていたから気づかなかったのだろう。

 見張りがリディアとエルに土下座をしていた。え。俺が考えている間にいったい何があった?


 話を聞いていればリディアとエルは疫病で苦しんでいた彼を救ったらしい。そうして今度は心優しい彼を奴隷商人と言う名の呪縛から解き放とうとしているのだ。

 

 やはりリディアの考えていることがわからない。彼が自身の命の恩人と言うのならともかく、恩人であるのはリディアの方、しかも彼の所属する奴隷商人たちに捕まった。だというのに救おうとする。意味が分からない。それなのにそんな彼女を見ていると心が温まるから不思議だ。

 なごやかな雰囲気。しかし事態は急変する。

 

 「……やっぱりダメです。で、できませんっ」

 「お兄さん!?」


 黒い蝶が飛んできて見張りの体の中に消えたと思った瞬間、彼の様子が一変したのだ。

 状況が全く分からないが彼は怯えていた。リディアとエルはそんな彼を見て青ざめる。

 結局見張りはリディアたちに背を向けてこの場から走り去ってしまった。




 「リディア。大丈夫ですか?」

 「アース…」


 落ち込む彼女が見るに堪えなくて、彼女が求めることがわからないというのについ声をかけてしまった。


 俺の言葉に反応し顔をあげた彼女は憔悴していた。彼女が悲しんでいるというのに俺は何をするべきかわからない。大丈夫かと問えばそれに反応したのはアルトで、その後結局リディアはいつもどおりに回復した。どうして回復したのかわからないが、彼女が元気になるとまた心がひだまりのようにあたたかくなった。

 

 「よーし!お兄さんを助けるのも含めて、ここから絶対に脱出するわよ!」

 

 リディアが叫んだときだ。


 「さっきからうるっせーんだよ!」

 

 後方から聞こえた声に振り返れば、同じ檻の中に捕まっている子供たちが不満そうにこちらを見ていた。彼らの考えていることは容易にわかる。不安な彼らが望むのは恐怖を怒りに変換しぶつける相手。悪役を探している。


 「ケンカはやめてぇえええ!」

 「ミ、ミーナ!?おい。泣くな!」

 

 泣いてしまった少女よりも自分が不安を押し付ける相手として適任であろうことはすぐに理解できた。

 だからいつものように俺は相手が望むように演じた。


 「…すみません。彼女を責めないでください。俺がすべての元凶です。俺がここから逃げたからあなた方は捕まりました。責めるなら俺を責めてください」

 

 これで怒りの矛先は俺に向いた。子供たちは各々の不安を俺にぶつけた。これで全員の望みが叶う。

 そんな俺は忘れていたのだ。全員の望みが叶う、その全員の中にリディアが含まれていないことを。


 「あんたたちいい加減にストップ!やめなさい!私たちが捕まったのはアースのせいじゃないから!」


 その声にハッとして前を向けば、子供たちの鋭い視線があったはずの目の前には小さな少女の背中があった。


 「お前何でこいつの肩を持つんだよ!」

 「被害者はアースも同じよ!アースに八つ当たりしないで!」


 理由はわからない。

 だけれども俺を庇うように立つ少女の背中を見ていたら、心の奥がじんわりと熱くなった。目の前の景色がじわりとにじむ。

 12年間生きてきたがこの身体症状は初めてのものだった。だけれども不思議と不安はないのだ。心を満たす熱を、揺らぐ視界を俺は心地よいと感じていた。リディアはやはりよくわからない。


 そうしているうちにリディアは子供たちの心も俺と同じように溶かしていた。


 「私が絶対にあんたたちをここから出してあげる!だから私を信じなさい!」


 エルが魔法使いであることは知っていたがリディアも魔法使いだったらしい。暗く不安に揺れていた子供たちの瞳にはリディアと同じ太陽の光がやどっていた。






 作戦会議をしているときから気になっていた。

 ようやくリディアが一人になったために声をかける。


 「リディア。擦り傷ができています」

 「え。ほんと?」


 やはり気づいていなかったらしい。彼女は自身の腕の傷を見て目を丸くしていた。そんな彼女の傷に気がついたのはもちろん他にも2人いて…


 「待ちなさいぃ!このバカども!」


 報復に行こうとするアルトとエルの2人を止めるリディアを見て彼女の望みがやっとわかった。


 彼女は2人を止めたがっている。2人が暴走する原因はリディアの傷だ。つまりリディアの傷がなくなればいいのだ。

 リディアの望みが実現可能な自分の得意分野で助かった。これで恩返しができる。


 俺はリディアの擦り傷の上に自分の手をのせた。彼女が何やら言っているが聞こえないふりをする。脳内で彼女の傷のある皮膚と自分の傷のない皮膚を交換するイメージで手のひらから体内を巡る熱を放つ。

 いつものように手から薄黄色の光が放たれた。そしてリディアの皮膚に傷がなくなったのを見て成功を確信する。

 


 感謝の言葉を望んでいたわけではない。だけれども彼女から放たれたのは怒りに満ちた言葉で俺は驚いた。


 「バカ!私の傷を治したらあんたが代わりに痛い思いをするじゃない!」

 「でもそしたらリディアは痛いままですよ?」

 「別に痛いままでもいいわよ」


 全く持って理解できなかった。

 攫われて以来、俺はずっと奴隷商人たちの傷を治してきた。傷を治しても感謝の言葉はないが、怒る人間は一人もいなかった。しかも怒っているというのにひどく辛そうな顔をして声を荒げる人なんてはじめてだった。


 「アース。自分が痛い思いをするのに、相手のケガを治さなくてもいいんだよ」


 彼女は俺の手をやさしく握る。彼女の瞳に映る自分はとても困った顔をしていた。当たり前だ。どうしたらいいのか見当もつかないのだから。だけれどもそんな不安すらもなぜかリディアを前にするとあたたかいひだまりに変わる。

 結局俺は彼女に判断をゆだねることにした。


 「リディアは…俺に痛い思いをしてほしくないのですか?」

 「うん。やだ」


 彼女がそう望むなら俺はもうしない。だってリディアの悲しむ顔は見たくないから。



 「てなわけで、アース。擦り傷を私に戻して」

 「ダメです。もどせません」

 「どうして?」


 どうして?どうしてなのだろうか。彼女の望みだというのに、俺は反射的に首を横に振っていた。

 リディアは驚いた顔をするが、それは俺も同じであった。自分の発言に驚いていた。


 理由は意外にもすぐにわかった。単純なことだ。リディアに傷を戻すのは嫌だと思ったのだ。

 たとえそれがリディアの望みであっても彼女が痛みに苦しむ顔は見たくなかった。だってリディアが悲しめば俺の心の奥のひだまりが消えて、雨が降ってしまうから。


 だけどうまく説明ができなくて、結局俺は視界に入った2人を理由にした。


 「怪我を戻せば、2人が人殺しになりますよ」

 「わかった。アース、ここから脱出したらおいしいものおごるから、私に擦り傷返さないで」

 「はい」


 俺の心はまたひだまりのようにあたたかくなっていた。



後半に続きます。

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