憑依先は落ちこぼれ1
どうやら長い眠りについてたようだ。
時間は12時30か、まだ寝られるな。
昼下がりの学校はなぜこんなにも眠いのか。
――ん? いやまて、
「なんで俺学校に? そんなもん、とうの昔に……」
卒業したはずなのに。
いやいや、これ誰の声?
「やあクラフト君! これから闘技場で決闘なんだ。一緒に来てくれないかな?」
「もちろんだよヨハン君。応援するよ」
誰だこの金髪イケメンは。
そして、なんで俺はこいつを〝ヨハン〟だって知ってるんだ?
訳も分からないままヨハンに連れられ闘技場へ。
すでに席を埋め尽くすほどの生徒が集まっており、決闘相手のオルテガ・マグナの闘志むき出しの目が相変わらず猛獣のようで――って、なにこれ。
「両者、決闘開始」
担任のコウ先生が気怠そうに手を上げ、二人の周囲に魔法紋が浮かび上がる。
「我、光を司りしナイラスの子……」
「我、火を司りしエルファの子……」
それぞれ白と赤の魔法紋の周囲に難解な文字が並び、2人の詠唱がほぼ同時に終わった。
「『ジャスティスレイ』」
「『ヴォルケーノ』!!」
光線が飛び、
大地が割れ、
炎が噴き出す。
湧き上がる観衆、
目がハートの取り巻き女達、
したり顔の取り巻き男達……
「あ、魔法だ」
男、有馬誠一郎20才。
テンプレ魔法世界にやってきました。
◇
教室に帰って状況を整理する。
俺の名前は有馬誠一郎であると同時に、北オーヘルハイブ魔法学校に通うクラフト・グリーンでもあるようだ。
クラフト・グリーン。
風属性を司る帝『風帝』の息子という才能に溢れた少年。
上に六人の兄姉がいる……らしい。
「なにがどうなってるんだ……?」
昨日は仕事から帰って風呂に入ってビールを飲んで寝たはずだが、同時に魔法試験の勉強をしてヨハン達と話してから自室で寝た記憶もある。
二つの記憶が混ざってるような、どちらも正しい記憶のような認識。
どうやら有馬誠一郎とクラフト・グリーンの記憶の両方があるっぽい。意識は俺のままではあるが。
「流石俺たちの〝英雄様〟だな。三年生にも無傷で勝利なんて、普通あり得ないぜ?」
「よしてよカイエン君、たまたま僕の魔法の方が早く着弾しただけだし」
「まーたアンタはそうやって謙遜する。そもそもあの決闘だって元々は私が原因で……」
ヨハンが取り巻きと一緒に教室へ戻ってくる。
ヨハン・サンダース。
有名な老魔女によって強大な力を持つ子の誕生が予言され、その時期に産まれた子の中で飛び抜けた才能を持っていたのがヨハンだった。
魔力才能に優れ、天性の武器の才能も持っており、巷では未来の〝英雄様〟だともてはやされている存在。
隣にいるのはカイエン・フェルグ、そしてナナハ・ロンデルカート。どちらも将来有望の魔法使い、そしてヨハンの取り巻き。
俺がなぜヨハンについてこんなに詳しいかというと、どうやらこのクラフト君もヨハンの取り巻きの一人らしいのである(自分の記憶参照)
しかも下っ端も下っ端、立ち位置的にはパシリに近いかもしれない。
風帝の息子なのにこのポジションなのには、クラフト君の性格に問題があるようだ。
「あ、クラフト君! 応援してくれてありがとう、なんとか勝てたよ!」
下っ端の俺にも笑顔を向けるヨハン。
クラフトの記憶を遡ってみるが、どうやらヨハンはいい奴らしい。誰にでも平等だ。
取り巻き達としてはそれが面白くない様子だが……
「うん、おめでとう!」
「ありがとう! なんかなし崩し的に北生統に入ることになっちゃった」
「すごいね、一年生で北生統に入るなんて流石ヨハン君だよ」
俺の意思に反して動く口、出る言葉。
ほぼ条件反射的に毎回クラフトはこんなセリフを吐いていたに違いない。彼を褒める事に徹底していたようだ。
まさに腰巾着的ポジションといえる。
「それじゃあ放課後ね」と、自分の席に向かうヨハン。睨んでくる取り巻き、怯えるこの体。
「なるほどなぁ……」
異世界転生は夢のような体験ばかりだと思っていたが、どうやらドロドロした人間関係というものは現実世界も魔法世界も変わらないようだ。
◇
現在新入生は全員、闘技場に集められている。闘技場とは昼間にヨハンが上級生をボコったあの場所だ。
観客席には上級生達が品定めするように俺たちを見下ろしている。
魔力検査。
これから始まるイベントの内容だ。
先生の横には不思議な形なプレートがあり、名前を呼ばれた生徒達は次々とプレートへ手を乗せていく。
クラフトの知識を借りると、生徒の現在魔力量や属性・潜在能力を測る大切な行事であると同時に、自分の立ち位置が浮き彫りになる瞬間――らしい。
身体測定・スポーツテストを大勢の前で晒されるようなもので、能力の差に応じて同級生・上級生の対応も変わる。
実力主義な世界だなぁ。
「火と風の二つ、魔力値2500、良い才能だ」
プレートの色は赤と緑のマーブル模様。
そして魔力の量は数字化され表示されている。
妙なところだけデジタルだな。
「次」
とうとう俺の番だ。
ふと観客席に目をやると、緑髪の集団が蔑みの視線を向けてきているのが分かる。
グリーン家の子供たち。
クラフトの兄姉である。
グリーン家は現在の〝風帝〟が一家の主で、代々風属性魔法のスペシャリストを輩出してきた由緒ある家だ。
兄弟全て優秀な魔法使いのようだが、クラフトはどうだろうか。
手をつくと、予想通りプレートの色が緑へと変わる。
「流石はグリーン家だな、魔力量も非常に多い」
表示された数字は『15000』
先生からの評価は高かった。
クラフトの才能は非凡のようだ。
流石は七大名家の息子だな……などと周りがざわつき始めるが、次の生徒の登場によって、俺の能力への賞賛が即座にかき消される。
プレートに手をかざす金髪の少年。
体を覆う魔力量・質、共に異次元。
水晶の色はもうわけがわからない色に混ざりまくっている。
表示された数字は『50000』
「これは……属性についてはこのプレートでは判断が難しいようだな、信じられん」
戸惑う先生の言葉に、ヨハンは「困ったな」と、頭をかいたのだった。
◇
放課後――帰路につくため、記憶を頼りに校外を歩く俺を数人の生徒が取り囲んだ。
カイエンにナナハをはじめとするヨハンの取り巻き達だ。数は全体の半分くらいだが、この面子こそがヨハンの取り巻きでも癌の部分である。
「決闘前にヨハンの手を煩わせるってさ、あんた何様なの?」
口汚い言葉を浴びせたのはナナハ・ロンデルカート。名家出身のお嬢様でヨハンに好意を寄せているが、性格は最悪。
「カイエン、いつものやってよ」
「これは喧嘩だからよ、抵抗してもいいんだぜ?」
ナナハがそう言うと、隣にいたカイエンが俺の顔の大きさほどある拳を握り、力一杯振り下ろした。
殴り倒された俺に複数の蹴りが入り――そこから先はよく覚えていない。
◇
改めて帰路に着いたはいいが、クラフトの実家はとんでもない豪邸だった。
この広大な敷地が全てグリーン家のものだとは……ヴィクトリアン・ハウスかな?
体についた埃は風で綺麗に払ったが、打撲の治療はできていない。水か光属性魔法の中に、その類があるらしい。
「クラフト坊っちゃま、おかえりなさいませ」
執事とメイドがお辞儀と共に出迎えてくれる。
「お、おう」
たじろぎつつも、澄まし顔で扉をくぐる。もちろん内部も豪邸のソレだったが、予想通りだったので無表情を貫く。
「おいクラフト。魔力検査見ていたぞ」
「……ナイルお兄様」
玄関を通ってすぐにあるのが玄関ホールだが、そこに備えつけられた椅子に足を組みながら座る青年――ナイル・グリーン。グリーン家の三男で、俺より一つ年上だ。
「資質は流石お父様の血だな……しかし肝心なところがソレじゃあなぁ。宝の持ち腐れとはこのことだよなぁ?」
声高らかに笑うナイル。
なるほどな、家庭内でのクラフトの立ち位置も分かってきた。
「……」
「なんだ?」
「なんでもありません」
ナイルはつまらなそうに舌打ちをした後、食堂の方へと消えていった。
俺もナイルの後に続き、食堂へと足を進めた。
◇
用意されたご馳走の前に、家族が集う。任務で居ない父と兄達を除く五人が、この食卓を囲んでいる。食器とフォークの擦れる音がしばらく続く。
「奴は間違いなく本物だった。ニーナも奴と同じクラスになっていればな」
「もちろんヨハン様とは同じ空間で勉学に勤しみたいです。そこにクラフトがいないことが前提ですが」
「ヨハン君は顔もハンサムだったわねえ、私も狙ってみようかしら」
食事が始まって約15分、早くもヨハンが会話の話題にあがっている。
ちなみに発言順で、一つ上の兄ナイル、双子の姉ニーナ、そして二つ上の姉のドロシー。この三人が俺と同じ魔法学校の生徒である。
その他に、今はギルドで活躍する二人の兄を加えたこの五人がクラフトの兄と姉になる。
「ニーナは一流の魔法使いとしての才能をお父様からしっかりと受け継いでいるのですから、殿方にうつつを抜かさず、学年一位を目指しなさい」
この女性は俺の母。
元々は、強力な風属性魔法使いの父親が選んだ、優秀な風属性魔法使いだったらしく、父親の目論見通り優秀な子供が次々に生まれている。
年はもう40近いはずだが、なかなかの美貌を保っている。
「はあい、お母様」
「ヨハンとの繋がりはクラフトに任せましょう。この子にはそれしか期待していませんから」
食卓が笑い声に包まれる。
向けられる視線には悪意だけが込められていた。
クラフトは学校だけでなく、この家でも浮いていた。それには彼の性格が関係しているのだが。
家でなじられ、ヨハンの腰巾着でいることを強要され毎日を過ごしてきたのだろう。学校では他の取り巻きに煙たがられながらも、彼は家族からの期待に応えようと耐えてきたのだ。
もういいよ、クラフト。
もういいか、クラフト。
◇
クラフトの自室は本と書物が溢れていた。
どうやら読み書きが好きな勉強家だったらしく、彼の知識はちゃんと俺の中にも残っている。
部屋が狭いのはそういう事だろう。黙認しているという事は父親もそっち側だろうなぁ。
本を読んでいる時だけは、誰にも馬鹿にされず自分の世界で生きられるから、彼は本が好きだったようだ。
才能こそあれど〝攻撃が全くできない〟欠陥魔法使い――それが周囲からの彼の評価。
記憶にあるだけでも、母親含め兄弟達の当たりは非常に強い。
「現実世界に帰る方法とか、もうどうでもいいか」
ベッドに横たわり天井を見る。
生きる事に絶望していたクラフトの感情が流れてくる。何度も変わりたいともがき、挫折を繰り返した過去の姿。
挙げ句の果てには身体まで奪われ――何気に俺が彼の人生を一番壊した張本人のような気もするが、返し方なんて分からないからなぁ。
「ゆっくり休んどけクラフト。今日から俺が、お前の人生を変えていくから」
それから俺は幾つかの誓いを立て、明日から実行していく算段をつけたのだった。
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