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(2)先ず第一手! 


 王と歩くディーナの姿に、並ぶ貴族達からたくさんの好奇の眼差しが送られてくる。


「誰だ、あの女」


「さあ、見たことがない美女だが――」


 こそこそとさっきまでとは違う眼差しで囁かれているのを感じる。


(かまわないわ。オーリオで、縁談を進められている男を誑かす悪女役を務めた時と、何も変わらないもの)


 むしろ、恋愛詐欺師にしてみれば賞賛の視線た。


 だから、ダンスの場に出ると、優雅に王の方に向き直って礼をした。俯いたり、肩をかがめたりなどしない。 


 背を伸ばし、僅かに肩を後ろにそらして摘んだ裾を広げる。少しの仕草の工夫だけで花のようと讃えられる姿が、どれだけ凛と大きく見えるのか十分に知っている。


 実際、絶妙なプロポーションと圧倒的な美貌で笑いかけたディーナの仕草に、周りが息を飲んだのがわかった。


 だから、覚悟を示したような振る舞いに、今まで困っていた王でさえもが、僅かに苦笑を浮かべると、ディーナの手を取って踊り出したではないか。


(大丈夫。よく知っている曲だわ)


 王にエスコートされるまま踊りだしていく。ディーナに聞こえてくるのは、オーリオで何度も外国の大使相手に踊った時に耳にした曲だ。よく馴染んだ音律とステップに華やかな微笑みがもれてくる。


 美しく舞うディーナの姿に、遠くからふんと舌打ちをするような音が聞こえてくる。


「さすが魔女の娘。リオス王子の話を聞いて、王にあてがう自分の身代わりを探し出してきたのか」


(魔女の娘!?)


 昨日も聞いた言葉だった。


(どういうこと!? 魔女なんて、もう御伽噺の中にしかいない筈なのに――)


 けれど、一瞬ディーナの視線が噂話に動いたことに気がついたのか。目の前にいる王が、ゆっくりと口を開く。


「ディーナという名前だったな。アグリッナとはどこで知り合ったのだ?」


 言われた言葉に視線を戻す。見れば、王は端整な顔の中で、少し困ったような表情を浮かべている。


(さて。なんて答えよう?)


 友人などと答えようものなら、少し出会いを訊かれればばれてしまうだろう。


 だから、にっこりと笑って答えた。


「お仕事を探しているときにですわ。令嬢の補佐のイルディ殿が、アグリッナ様の遠縁の私のことをお聞きになり、公爵令嬢にご紹介下ったのです」


「それは――」


 はっきりと王の表情が、苦笑に変わった。


「貴方にしたら、とんでもない話だっただろうな。アグリッナは元々少し突飛なところがあるが、昨日のことはさすがに私も驚いた――」


(私も驚きましたとも。王に出会った瞬間、扇子で平手打ちする胆力に)


 いや、だがここで、これは言わない方がいいだろう。


 だから、敢えて違う言葉を口に載せてみる。


「私も驚きましたわ。アグリッナ様は、お心のうちでは本当は、陛下を大切に思っておいでなのでしょうね」


「そうか?」


 思いもしなかったという表情だ。言われた王は、ひどく驚いた顔をしている。


「はい。アグリッナ様が陛下を大切に思われなければ、わざわざ私を対抗馬になんてご依頼されないはずです。王を彼女達には渡したくない、だけど王を辛い立場に置き続けるのも忍びないと、すごく悩んでお考えになった末だったのではないてしょうか」


(ついでに、気持を移してくれて婚約破棄ができれば万々歳という一石三鳥が本音というのは、きっと黙っておいたほうがいいわよね?)


 だけど、王はディーナの言葉に目を開いて、じっとこちらを見つめている。


(よし!)


 相手が望むことを言ってやるのは、人の心に入る第一歩だ。


「いや、だけど――アグリッナが、そんなに私のことで悩んでくれているのなら……。私には国法を変える力があるのだし。第一、王家には何度も特例で成人未満で結婚した例があるぐらいだ。アグリッナが悩むぐらいなら――」


「ですが、それをなされれば、きっとアグリッナ様が辛い思いをされるのでしょう? 昨日のリオス殿下とのやりとりを拝見しておりましても、陛下はそれを憂慮されているからこそ、アグリッナ様がご成人されて、誰にも後ろ指を指されない形にすることに拘っておられるのではありませんか?」


 ディーナの言葉に、今度こそはっきりと王の瞳がディーナを映した。


 そして、心底驚いたというように、まじまじと美しい顔を見つめている。


「驚いたな。出会って一日なのに、なんで貴方には私の思っていることがわかるのか――」


「わかりますとも。陛下は本当は、とてもお優しい方なのです。だから、アグリッナ様に辛い思いをさせてまで、御自分の無理を通そうとはされないのでしょう。血の分けた弟君の気持ちにも配慮されて、御自分の心を理解してもらいたいと願われるからこそ、一方的に退けられることもない――。それは、陛下が本当に心の優しいお方で、お二人の気持をよくおわかりだからこそではありませんか?」


(よし!)


 第一段階は成功だ。


(私は違う、あなたの心が私にはわかると示してやるのは、相手を引っ掛ける第一歩)


 詐欺の常套手段だが、ここは堅実に積み重ねた方がいいだろう。相手が恋愛の百戦錬磨ならこうたやすくはいかないが、十年も一途に片想いをしている男になら有効だ。


 事実、王がディーナにむかって浮かべる笑顔は、さっきまでよりもずっとくだけたものになっている。


「そうだな。どっちも私にとっては大切な者たちなんだ。できることなら仲良くやってほしいんだが――――」


「私もご協力いたしますわ。私、陛下のお人柄を知って、少しでもお力添えいたしたくなりました。どうか、いつでもご相談相手にしてくださいませ」


「考えておこう――」


 けれど王が金色の豪奢な髪を揺らしながら微かに頷いたとき、音楽が終わった。


 舞っていた腕が止まるのと同時に、王がディーナから瞳を動かす。


「ああ――曲が終わったな。相手を務めてくれて礼を言う」


「いえ――」


(まあ、初手としてはこんなところでしょう)


 もっとおぼこい相手なら、ここで次の約束まで取り付けて、献上品のリクエストまでするところだが、恋愛以外の駆け引きではおそらく相手も百戦錬磨だ。


(踏み込みすぎるのは、警戒されるわ)


「お相手くださりありがとうございます。ディーナの一生の誉れにございます」


 すっと優雅に身を屈めた。


 挨拶を終えた瞬間、息を飲んで二人を見つめていた観客達の中から、転がり出るようにリオス王子に押し出されて、さっきの二人の姫君が出てきた。


 転びそうで乱れたドレスに慌てながら、王に向った姿は、まっ赤に高潮しているではないか。


「あ。あの。陛下! 次は私と――」


「いえ。あの、どうか私と踊ってくださいませ……!」


(言えと言われたのね)


 赤くなりながら恥ずかしそうに王の前に出てきた二人の姫の後ろでは、リオスが忌々しそうにディーナを睨みつけている。腕組みをしながら目を吊り上げているリオスの姿に、ディーナはわざと鮮やかに笑った。


 ディーナの仕草に、リオス王子と隣りにいるドレスレッド侯爵の眼差しがはっきりと釣りあがっていく。


 けれど、王は、自分の前で茹でたように赤くなっている二人の姫と、少し離れたところで立っているアグリッナの固い表情とを見比べるように、視線を移している。


「私は、こんな場で女性に恥をかかせるのは好まぬ」


 小さな溜息をつかれながら言われた言葉に、俯いていた二人の姫の顔が希望がさしたように明るくなった。


 発された言葉に、アグリッナの視線が素早く王の真意を窺っている。


 しかし、王は困ったように腰に片手をつくと、「だが」と口を開いた。


「さすがに希望者全員と踊ることはできん。そんなことをすれば、この大広間にいる女性全てに申し込まれて、いくら私でもステップのしすぎで目が回るからな」


 だからと、王は笑いながら、二人の姫と会場中にいる全員の顔を見回した。


「一つ謎を出そう。私は彼女を抱き締められない。彼女も私を抱いてくれないのに、温もりを肌にくれる。私を破滅させかねないのに、時として全身を私に委ね、共に望むところへ行ってくれる。この彼女を私のところへ今宵連れてまいれ」


 王の言葉に、ざわりと取り巻いていた貴族の波が揺れた。


 王の前にいた二人の姫も、困ったように顔を見合わせている。


「私の寵姫候補ならば、王が望む相手のことも知らないようでは話にならぬ。もし、この相手を今夜私の部屋に連れてくることができたなら、何でも一つ望みをきいてやる」


 なんでも一つという王の言葉に、豪奢な大広間全体が大きく揺れるような声がした。


 そして、歩いていく王の背中を見送りながら、ディーナは今の言葉を思い返す。


(ふうん。謎かけ)


 面白いわねと、にっと腕を組んだ。



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