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(4)面会、公爵令嬢!


 五日後、ディーナを乗せた馬車はオリスデンの首都ロマノウンに着いていた。


 今までに見たどんな街よりも大きな都市だ。


 馬車の窓から初夏の風が流れる外を覗けば、白い石畳を敷かれた広い道がずっと続いているのが見える。馬車が並んで四頭は走れるだろう。


 馬車が行きかう広い通りの側には、柳の木が並び、銀色の葉裏を風に翻しながら緩やかに棚引いている。横を流れるラーレ川からの川風なのだろう。


 ロマノウンは、大陸を流れるラーレ川とユフテ川の合流地点で水運の要所ということもあり、通りだけではなく、川にもたくさんの船が夥しい荷物を載せて行きかっている。


「大きな都なのね」


 初めて見るオリスデンの活気に溢れる様子に驚きながら、ディーナは外を見つめた。


「ロマノウンはオリスデンの交通の要所であるのと同時に、軍事的な要所でもあります。それだけに、歴代の王が力を入れ整備してきました」


 実際そうなのだろう。この街自体が既に一つの大きな城なのだ。


 軍事的意味合いもある証拠のように、街の中心から奥に馬車が進むにつれ、巨大な宮殿が翼を広げるようにしてディーナの目の前に現われた。


「あれが――」


「オリスデン王宮です」


 抜けるように爽やかな南国の空の下に、白と薄い緑で作られた宮殿が荘厳なまでの威容でディーナを迎えている。


 壁は柔らかな若草色だが、窓と柱は全て白色で塗られ、どちらもの上部につけられた金の装飾が初夏の太陽の光に眩しく輝いている。


 宮殿の屋上には、あまたの白亜の像たちが並び、オリスデンの歴史と王を守るように下を通る者たちを見つめているではないか。


 多くの衛兵が行き交う広場で馬車を降り、目の前に広がる宮殿のあまりの威容にディーナは息を飲んだ。


(ここが、オリスデン)


 噂には聞いていたが、実際に目にした迫力は比較にならない。


 緊張で喉を下っていく唾の音さえ、ひどく乾いて聞こえる。


(しっかりしなさい! 覚悟を決めてきたのでしょう!)


「では、参りましょう。ご案内いたします」


 けれど、馬車から降りて、思わず足を止めてしまったディーナの緊張にも気づかないように、イルディは歩き出すと、衛兵が周りに並んでいる大玄関の薄緑の扉をくぐった。ゆっくりと開かれていく巨大な扉にも、金の蔦の飾りが華やかに象嵌されている。


 玄関からたくさんの人が行きかうホールへ進むと、正面にある大階段を上っていく。さすが名高い大国だ。たくさんの騎士や貴族と思われる人たちがディーナの側を歩いていくが、このオリスデンの文官の衣装を身につけたイルディの側にいることで、誰もディーナに違和感を覚えない。きっと毎日たくさん訪れる外国貴族の一人と思われているのだろう。


「どうぞ。公爵令嬢にご紹介いたします」


 二階まで上ると、イルディは階段から通路へと足の向きを変えた。そして、そのまま宮殿の奥へと進んでいく。


「突然で大丈夫?」


「戻ってきたら、すぐに試験に連れてくるようにと仰せつかっていますから」


「試験」


(当たり前よね)


 何しろ自分の婚約者に引き合わせる女だ。自分を熱愛している婚約者を奪っていく女となれば、たとえ公爵令嬢がどんなにこの婚約を破棄したいと考えていても、自分の名に傷をつけるような相手は選びたくないだろう。


 だから、ディーナは歩きながら小さく深呼吸をすると、きっと前を見据えた。


 そして、細やかな花と蔦の絵が描かれた通路を進んでいくイルディの背中を見つめる。やがてイルディは、奥の静まった一角で歩いていた足を止めた。


 ディーナが視線だけで見上げると、壁に描かれた精緻な花の模様は天井まで華やかに届いている。描かれた絵の上に、柱の角に施された金細工の弾いた光が踊り煌く様は、言葉にはできないほどの豪華さだ。その一角に現われた扉を、イルディは静かに叩いた。


「アグリッナ様。イルディです。ただいま戻りました」


 すると、ほんの一拍の間をおいて、声が返ってきた。


「お入りなさい」


 そして、すぐに中にいた年配の侍女によって扉が開けられる。


 ディーナが一歩入ると、きらめくシャンデリアが天井からいくつも吊るされた部屋の中には、真紅の絨毯が敷き詰められていた。周りに置かれた家具は、全て白を基調にして百合の花をあしらわれている。明らかに、今までに見たどの部屋とも階級の違う室内の中央に、その女性はいた。


 腰まで届く長い髪の色は優しい亜麻色。薔薇のように裾を広げた衣装の中から、こちらを見つめている青い瞳が宝石のように輝く姿には、足が沈む絨毯を歩いていたディーナも思わず息を飲んでしまう。


(まあ)


 何と愛らしい。


 思わず、目の前にいる少女のあまりの美貌に目を奪われた。


(すごいわ。なんてかわいいの! この子は間違いなく将来絶世の美人になるわ)


 ロリコンの慧眼恐るべし。まさか六歳の時点で、この子の将来を見破るとは。


(いや、ロリコンだから幼い内にほかの子との違いに気がついたのね。だとしたら、救いようのない真性だわ)


 思わず身も蓋もないことを考えながら、一目で依頼主とわかった公爵令嬢の美貌をじっと見つめてしまっていた。


「こちらが、ディーナ。貴方の依頼主になるラノス公爵令嬢アグリッナ様です」


 紹介しているイルディの手に気がついて、慌てているのを心の中に隠しながら、優雅に頭を下げる。


「初めまして。ディーナ・リドと申します」


(いけない。いけない)


 思わず目を奪われてしまっていた。上品にドレスの裾を摘み、内心の動揺など微塵も気づかれないように、たおやかに頭を下げる。


「ここに来たということは、イルディから聞いた話を受けてくれたのだと察します。遠路ご苦労でした」


「いえ――微力ですが、お力になれればと思います」


 しかし、向けられてくる言葉の圧力がすごい。令嬢の姿は美しいのに、目と言葉に宿る力が半端ではないのだ。


 でも――と、ディーナは額に流れる冷たい汗を感じながら、少し顔をあげた。


「なにか?」


「いえ……失礼ながら、ご令嬢は十六歳と伺っていたのですが」


(どう見ても、十三歳ぐらいなんですけど!)


 身を屈めながら見上げた身長は、百五十センチと少しぐらいだ。女性でも百七十近いのが普通のこの大陸では、令嬢の姿はひどく小柄で、どう考えても十四歳に見えるのが精一杯だ。


 ディーナの言葉にアグリッナは、今まで張り詰めていた顔を少し崩して、困ったように顔を俯かせた。


「これでも、去年からやっと背が伸び始めたのよ」


(ああ。つまり成長期が遅いタイプなのね)


 納得はしたが、別の現実にも気がついてしまう。


(やっぱり真性のロリコンなんじゃない! どうするのよ、これ!?)


 十六になっても変わらない溺愛と聞いていたから希望を持っていたのに、それを根本からへし折られた気分だ。


 けれど、涼しい顔をしながらも頭の中がパニックになっているディーナに、アグリッナはきっと鋭い美貌を向けた。


「それでは、お前に尋ねたいことがあります」


(来た! 試験!)


 ここを通らなければ、借金を返すことができない。


 ごくりとディーナは、こちらを凝視するアグリッナの幼いが威厳に満ちた視線を見つめた。



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