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(13)作戦会議


 耳に近づけたディーナの唇が囁いた内容に、王の瞳が大きく開いた。


 信じられない――というように、恐ろしそうな顔でディーナを振り返っている。


「そんなこと……」


 できるはずがないと、唇が紡ごうとした。


 けれど、王が続ける言葉を予想して、もう一度口を開く前に、ディーナが王の腕を握った。


 逞しい腕だ。戦いで筋肉がついた腕を、細い指で握り締める。


「陛下。アグリッナ様の目を覚まさせるには、この方法しかございません」


(そうよ。ルディオスが言った通り、人は自分の見たい真実しか見ない)


 自分だって、幼い頃にルディオスを疑えと言われても、絶対に信じなかっただろう。


 そして、オリスデンに来るまでは、誠実な男性もいるという弟の言葉も決して信じなかった。


(しかも、アグリッナ様は婚約さえ破棄できれば、きっと今の辛い状態から抜け出せると信じている!)


 決して、それで人々のアグリッナを見る目が変わることはないのに!


「だから、どうか陛下! アグリッナ様にあの男の本性を見せつけるためです!」


「だけど、そんなことをして、アグリッナが喜んで本当にそのままになったらどうするんだ!? 貴女は知らないかもしれないが、アグリッナは一度思いこんだら、頑固なんだぞ!?」


「よく存じております! ええ、だからこそ、十年間陛下にどれだけ求愛されても靡かれなかった!」


「だから、なんですかさず傷口を広げてくるんだ……」


「それだけでなく、陛下にほかの女性と幸せになってほしいと願っておられるのも存じております。陛下の伴侶にならず婚約さえ破棄できれば、きっとご自分が貴族達から受け入れてもらえると考えておられることも!」


「だから容赦なく抉らないでくれ……」


 本気でダメージを受けたのか、陛下の顔は半分涙目だ。


 けれど、ここで引くわけにはいかない。だからディーナは拳を握り締めて、俯いている王に向かって力説した。


「しかも、それを陛下が快楽に感じられて、完全な悪循環にお二人が陥っていることも! だから、陛下には申し訳ないのですが、今こそこの悪循環を断ち切らなければなりません!」


「だから、それこそが思い込みと言うんだ! 今、確信した! 貴女は絶対にアグリッナと同じ人種だな!? 思い込んだら、譲らない――」


(アグリッナ様と同じ……)


 王から出た言葉に、思わず顔がにやけてしまう。


「ありがとうございます。陛下にそう認めていただるなんて、光栄です」


(だって陛下はアグリッナ様大好き信者の第一人者だし)


 それなのに、にへらと笑ったら、王の顔が強張った。


「頼むから、そこでその反応はしないでくれ。私が間違って貴女をライバル認定したくなるじゃないか?」


「そのお疑いは杞憂です。私は、アグリッナ様の美しさを湛え、その誇り高さと凛とした心意気を誰よりも崇拝しているだけなのですから」


「ああ――……、ラノス公爵邸の侍女たちが言っていることの仲間入りだな……。どうして、アグリッナには女性の信奉者が多いんだ……」


「あら? そうなのですか?」


「ああ。傷ついた女性には、すぐに手を伸ばすからな……。実は、宮廷の若い女性達にはそんなに評判は悪くない。ただ、私の婚約者ということで親たちが口さがなく言うものだから、遠巻きに崇拝の眼差しを向けられているだけのようだが」


(だったら、やっぱりアグリッナ様が幸せになる障害は、あの魔女の娘という噂だけなのだ……)


「なんとか、アグリッナ様の生まれを踏まえた上で、周りに受け入れてもらう方法があればいいのですが――」


(そうすれば、きっと陛下との未来は幸せに満ちたものになるだろう)


 あの男をアグリッナ様の心から追い出し、アグリッナ様の生まれがあっても、なお、貴族達に肯定的に受け入れてもらう方法――。


 けれど、その時ノックの音がすると、扉が内側から侍従によって開けられた。


「なにか気になる話題をお話のようですね」


「イルディ!」


 入ってきた姿に、驚いて振り向いてしまう。


 見れば、イルディはさっきまで纏っていた藁屑があちこちについたものから、清潔な衣服に着替えている。いつもと同じ長衣を着て、背筋を伸ばして立っている姿は、とても二時間前まで牢にいたのと同じ人物とは思えない。


「弟さんには会えたの?」


「はい、とてもぶっきらぼうに笑っていました」


 イルディの言葉に、牢の鉄格子越しに見た表情の動かない子供が、微笑んでいる光景を頭で想像して、思わずディーナも笑ってしまう。


「ところで、何か気になる話題を話しておられたようですね」


「イルディ」


 だから、ディーナはさっき王に話した内容を、イルディに向かって説明した。


 ディーナが紡ぐ言葉に、イルディはいつもと同じ冷静な面で、深く頷いている。


「なるほど。アグリッナ様の目を覚ます良い方法だと思います」


 そして、王の方を向き直った。


「ご無事でなによりでした」


 軽く目を細める微笑は、心からのものだ。


 だから、王もソファにもたれまま目をぱちばちとさせた。


 そして、破顔する。


「うむ。心配かけた。お前も牢に入れられて大変だったろう」


「なに、囚人を痛めつける方法の良い参考になりました。後日改善点を纏めます」


(なんで、自分で体験しておいて、更に過酷に変更したがるのよ!?)


 けれど、ディーナへ振り向いたイルディの瞳に驚いて、思わず言葉を飲みこんでしまう。


「さっきのディーナの話ですが、私も賛成です」


「イルディ!?」


 驚いた王が、思わず背もたれから上半身を起こした。けれど、イルディはディーナを見つめたまま僅かに微笑むと、すぐに王を振り返る。


「今のままではアグリッナ様と陛下の仲は、どこまでいっても平行線です。荒療治になりますが、ここは一つ劇薬が必要かと思います」


「だからって……!」


 信じられないというように、王が目を剥いている。


「ご安心ください。アグリッナ様をみんなに受け入れてもらえる方法はございます。だから、今は先ず、あの男をアグリッナ様のお心から追い出すこと。併せてドレスレッド侯爵の尻尾を捕まえることです。それには、ディーナの策を用いるのが、最も有効かと思います」


「しかし……!」


「ご安心ください。たとえ、この策を使っても、アグリッナ様と陛下の仲が壊れることはございません。一かばちか、私とディーナを信じて賭けてみてはいただけないでしょうか」


 イルディの言葉に、ディーナの見つめている先で、王の手のひらが強く握りこまれた。


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