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(8)気づいた手の平


 牢の鉄格子を掴んだまま、ディーナは石の通路を曲がって消えて行くルディオスの背中を呆然と見つめた。


 昔と同じ、童話に出てくる王子様のように凛と伸ばした背中は、自分のせいで死ぬかもしれないディーナを一度も振り返ることなく、無情に石の通路を曲がっていく。


 石に反響する足音さえ聞こえなくなって、ディーナは握っていた鉄格子から手を離した。


 ずっと力を込めて握っていたせいで、手のひらが汗ばんでいる。強く握りすぎて、関節が痛いほどだ。


 それなのに、離した途端、心にぽっかりと穴が開いた。


 自然と視線が床に下がってしまう。


 何をどう考えたらいいのかもわからない。


「なるほど。あの男が黒幕ですか」


 それなのに、突然後ろから響いた冷静なイルディの声に、急いで振り返った。


「イルディ……」


 けれど、イルディは奥の壁に上半身をもたれさせたまま、まるで自室でくつろいでいるように足を床に投げ出して、ディーナを見つめている。


 その眼差しは、いつもと同じ冷静なものだ。


 だから、ディーナはどう答えたらいいのかわからなくて、ただ頷いた。


「ええ……」


「話を聞いていると、どうやらお知り合いのようですが。何か因縁のある方なのですか?」


「あいつは――」


 言い出しにくい。けれど、ここまで巻き込んでしまって、知らないではすまされないだろう。


 だから、ディーナはイルディの側に近づくと、石の床にぺたんと座り込んだ。


「以前言われていた、アグリッナ様に近づいているオーリオで悪い噂の絶えない男、ですよね? 女を騙すという――」


「そうよ」


 だから観念した。


「私も、昔騙されたの――――」


 ぎゅっとドレスを握り締めながら話す。


「まだ父が破産していなかった頃――、財産目当てに近づいているとも知らずに、彼の囁く求婚の言葉を真に受けていたわ」


(なんて、愚かな私)


 あんな女を同じ人間とも思わないような奴に言い寄られて、毎日胸をときめかせて、駆け寄っていた。ルディオスの顔を見るだけで嬉しくなるほど――。


 今頃、彼の本性に気がついたって遅いのに。


 それなのに、あの時、ルディオスの言葉を信じて、心から笑いかけていた自分の馬鹿さが悲しくて、悔しくてたまらない。


「ごめんなさい……。こんなことに、巻き込んで……」


(あいつにとって邪魔なのは、きっと昔のことを知って妨害してくる私だけだったのに……)


 この人まで巻き込んでしまった。俯いてぽろぽろと涙がこぼれていくディーナに、イルディが優しく手を差し伸ばす。


「何を言っているのです。オリスデンの問題に巻き込んだのはこちらですのに」


 そして、優しくディーナの黒髪を撫でてくれる。


「それに貴方を捨てるなんて、見る目がない」


 広い固い手のひらに、今まで我慢していた気持が止まらなくなる。まるで堰が切れたように、涙がぼろぼろとこぼれ落ちていく。


「私……、本当は、そんなに美人じゃないわ。ただあいつに笑われて――捨てられて、悔しくて――お化粧やそれらしく見える身のこなしを覚えて、必死に誤魔化しているだけなのよ……」


(そう、中身は子供の頃のあのままだ)


「本当は木登りだって大好きだし、少しも令嬢らしくなんかないわ。あばずれという言葉の方が、ずっとずっと似合う女なのよ……」


「私から見れば、貴方はいつでもドキドキするほど美しい女性ですよ。深窓の令嬢よりもずっと自由で、怒っても笑っても生き生きとしている。見ているだけで幸せになれるほど――。だから、貴方が男を虜にする女性といわれるのもすぐに納得しました」


 だから、最初は面接だけの筈が、すぐに貴方を選んでしまい申し訳ないと囁くイルディの声が、耳に優しい。


 泣いているディーナを労わるように話す間も、イルディの手の平は、更に優しくディーナの髪を撫でてくれる。


「これも――、妹さんに、よくしてあげることなの……?」


(期待してはいけない)


 彼と私はただの同僚。


 それなのに、泣き顔を覗き込んでくるイルディの瞳はひどく優しい。


「ええ――。そうですね。そうかも、しれません」


(なんでそこで微妙な言い方をするのよ!?)


 そんな言い方をされたら、私だけを慰めてくれるのかと誤解してしまう――。


(駄目なのに)


 それなのに、ずっと蓋をしてきた気持ちが、涙と共に心の奥からこぼれてくるのを感じる。


(どうしよう。私、この人が好きだ)


 いけないのに。


(私の仕事は王をおとして寵姫になること。そしてアグリッナ様を守る盾になること。だから、絶対にほかの人に恋しては、駄目なのに)


 けれど、今慰めてくれる手が優しくて、どうしても広い手の平を振り払うことができない。


 だから、座り込んだまま泣き続けるディーナを安心させるように、ゆっくりとイルディは普段見せない顔で微笑んだ。


「安心してください。私にこの牢を出る考えがあります」


「牢を出る――どうやって?」


 けれど、やっと顔を持ちあげた先で、イルディはじっと牢の格子の先を見つめている。そして薄く笑った。


「少々反則ですが、折角身内が教えてくれた方法があるんです。この際、実行してみましょう」



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