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(6)国王暗殺未遂


「陛下!?」


 目の前で、突然王が口から鮮血を溢れさせている。苦しそうに、椅子から床へうずくまるように崩れた王の姿に、ディーナは急いで駆け寄った。


「ぐっ……!」


 それなのに絨毯に片手をついた王の口からは、もう片手で口を抑えているのにも関わらず、次々とまっ赤な血が滴ってくる。


 こみあげてくる血に苦しそうな咳がまじり、またごぶっと血の塊が吐き出された。


「陛下!? しっかりしてください!」


 必死にディーナは側に座ると、苦しそうに咳をしている王の背中をさする。


(何が起こったの!?)


 さっきまでの王は元気こそなかったが、普通に座って話をしていたはずだ。それなのに突然口から血を流したかと思うと、今王の着ている豪華な上着は吐いた血に真っ赤に染めあげられて、鉄の匂いを周囲に撒き散らしている。


(どうして? 一体、何が!)


 急いで周りを見回すと、王の足元に転がった金の茶器が見えた。そのカップに入っていたはずの紅いお茶は、今は全てこぼれて、深紅の絨毯にどす黒い染みとなって吸い込まれている。


 けれど、それにはっとした。


(金!? 毒対策の銀じゃなくて!?)


 陛下は心を許した者がいる時には、陶器でお茶を楽しまれることもあったが、それ以外は基本毒に反応する銀食器だ。


 やられたと、咄嗟に頭に閃いた。


(まさかあのお茶に毒が入っていたなんて!)


 迂闊だった。陛下に近い者なら、王の部屋に侍女がほとんどいないことなど、よく知っているはずだったのに――。


 気づかずに、毒茶を陛下の部屋に運び、あまつさえお疲れだろうと差し出してしまった!


「陛下! しっかりしてください!」


(とにかく、少しでも毒を薄めないと!)


 慌てて部屋の中を見回すが、企まれたのが王の暗殺なら、壁際に置かれている水差しなども全て危険だと思わなければならない。


「陛下!? どうされたんですか!?」


 異様な状態に気がついて、隣りの部屋に行こうとしていた侍従が慌てて駆け寄ってきた。


「毒を飲まされたみたいなの! 急いでほかの部屋からお水を持ってきてちょうだい!」


「毒!?」


「この部屋にある水は危険だわ! それとすぐにお医者様を!」


「は、はい!」


 真っ青な顔をして、侍従が部屋を飛び出していく。あまりに急ぎすぎて、重厚な扉を大きく開いてしまったのは仕方がないだろう。


 けれど、それで扉の前に控えていた衛兵たちに、中で起こっていることを見られてしまった。


「陛下!?」


「一体何事が!?」


 扉の外から中を覗きこんだ叫びが聞こえる。


 それはそうだろう。今の王の姿は、上半身がまっ赤に染まり、まるで誰かに剣で刺されたかのようだ。絨毯にできた血だまりが、部屋の中に異様な臭気を漂わせている。


「すぐに御典医を呼んでくれ! 陛下が――食中毒だ」


 咄嗟に侍従が言葉を伏せたのを感じた。ここまで見られた以上無意味な気はするが、それでも一国の王が毒をもられたなど、軽々しく口にできることではない。


 ましてや――事態が深刻なほど。


 だからすぐに察した衛兵の一人が、顔つきを変えると、急いで階段へと走っていった。ひょっとしたら、それが王の周りに仕える者たちへの何かの隠語なのかもしれない。


 けれど、その間にもこぼれる血で、王の両腕はまっ赤に染まっている。


「陛下! しっかりなさってください!」


 こんな時、どうすればいいのかなんてわからない。


 ただ目の前で、咳き込んでひどく苦しそうな王の様子に、ディーナは侍従が差し出した近くの部屋から取ってきた水を受け取ると、急いで水差しのまま口に当てた。


「陛下! お水です、飲んでください!」


(少しでも、毒の効果を薄めないと!)


 毒の解毒方法なんて知らない。だが、少しでも薄めることが応急処置として有効だというのは聞いたことがある。


 だから、口を開けた王に向けて水差しの縁を傾けた。


 それなのに、ほとんど飲むことができない。


 開けた口から、流れるようにこぼれていってしまう。


「陛下!」


 血が混じって、薄いピンク色になった水に焦りながら、ディーナは更に水差しを傾け続けた。


 けれど、やっと王の口に水が一口だけ入った時、突然激しい足音がすると、一度閉められた扉が蹴破られたのだ。


「何の騒ぎだ、これは!」


 ほかの者にこれ以上伝わらないように、侍従が戻ってきた時厳重に閉められた扉を、大きく蹴破って入ってきたリオス王子の声に、ディーナは驚いて振り返った。


「殿下――」


「兄上――――」


 床に蹲って真紅に染まった兄の姿に、振り返って見たリオス王子の瞳が固まっている。


 けれど、次の瞬間走ってくると凄まじい勢いでディーナを突き飛ばした。そして、殴りかかるように服を掴まれて体を絨毯に放り出される。ディーナの細い体が、黒い髪を下敷きにしながら転がった。


「お前か!?  お前が、兄上に何か害を!」


 けれどやっと止まって見上げた時、リオス王子の瞳は怒りを湛えてディーナを見つめていた。それに、床に黒髪を乱したまま必死に口を開く。


「いいえ、違います! これは陛下が飲まれたお茶に毒が入っていて――!」


「そのお茶を持って来たのは誰だ!?」


 ぎろっと見つめる瞳に思わず息を飲んだ。


 けれど、固まったディーナの様子に、リオス王子は後ろの侍従を素早く振り向くと、睨みつけている。


「言え! 誰が決まりを破って金食器で兄上にお茶を出した!?」


 侍従は一瞬迷っていたようだったが、凄まじいリオスの迫力に渋々口を開いた。


「――――ディーナです」


「やはり、お前が!」


「違います! これは、陛下のお部屋の前でメイドから渡されたもので!」


「下手な言い訳はいい! だいたい他国生まれの女を信用するということ自体が間違いだったんだ! 衛兵!」


 更に振り返ると、まだ開いたままだった扉の向こうに立つ衛兵達に向かって叫ぶ。


「この女をすぐに拘束しろ! 国王暗殺犯だ!」


 えっと、扉の向こうで衛兵達が皆驚いた顔をしている。


「違います! 私は決して陛下に毒をもったりなんかしていない――」


(でも! 確かに王の部屋に金の茶器を持って入ったのは私だわ! それに、陛下にお茶を差し出したのも!)


 それだけは、どんなに言い訳をしても誰もが見ている!


「何をしている!? さっさとこの女を捕らえろ! それとも、この女の入室を許可したお前達も兄上暗殺犯の仲間なのか!?」


 けれど、まだ迷っている様子の衛兵に、リオス王子が鋭い一喝を飛ばした。その言葉に、驚いた衛兵たちが急いで部屋の中になだれ込んでくる。


「待って! 本当に私は、陛下の暗殺なんて企てていない!」


「それは裁判でお前の背後関係を洗えばすぐにわかることだ! まったく、兄上が取りたててくれたのをいいことに恩を仇で返すような真似をするとは! それとも、兄上がお前を捨てて、ほかに寵姫を迎えそうになったことを逆恨みしたのか!?」


「違うったら!」


 だけど、言い訳をしようとする間にも、ディーナの腕は駆け寄ってきた衛兵達が取り出した縄によって、縛り上げられてしまう。衛兵達も、今怒っているリオスの剣幕に逆らう度胸はないのだろう。


 白い腕を、側に来た衛兵によって無理矢理前に回されると、そのままディーナは体ごと縄でぐるぐるに縛り上げられてしまった。


 そして、そのまま、引きずるように部屋から連れ出されていく。


「いや、やめて! 痛い!」


 強引に引き出されていく体に、縄が食い込んで痛い。


 衛兵は、ずっと挨拶を交わした仲だっただけに、引っ張るディーナにまだ半信半疑な表情だが、側にいるリオスに、躊躇いをみせるわけにもいかないのか。強引にでもディーナを歩かせようと引っ張っていく。


 無理矢理歩かされる中で、死刑の二文字がディーナの脳裏にまたたいた。


 国王反逆罪は死罪。どこの国でも決まっている容赦のない極刑だ。


 これから牢に押し込められ、そして藁の上に座らされて、いずれ斧で首を落とされる。


 薄暗い石の壁の中で、首を失って血だまりに転がる自分の姿を想像すると、歯の根も合わない。だから必死に歩かされるのを拒もうとした。


「こいつ……、おとなしくしろ……!」


 踵に力を入れて拒もうとするディーナに、今まで少しだけ悩んだ表情を浮かべていた衛兵も焦れて、ディーナの体に巻きついた縄を更に引っ張ろうとした時だった。


「何をしているのてす!?」


「イルディ!」


 借りていた馬車の返却を終えたイルディが、騒ぎに気づいて急いで大階段を駆けあがってきたのは。


 そして、見たディーナが引きずられていく光景に、急いで衛兵とディーナの間に割り込もうとする。


「やめなさい! 彼女は、陛下が気に入られている女性です! それをこんな風に縛り上げて体に傷をつけるなんて! 言語道断と思いませんか!?」


「ところが、その気に入られている女が兄上を毒殺しようとしたんだ。拘束するのは当たり前だろう!?」


「え!? どういうことです!?」


 けれど、邪魔しようとしたイルディに苛々としたのだろう。忌々しそうにリオスは舌打ちをすると、イルディを睨み上げた。


「お前もその女の仲間だったな。まさか今回のことも共謀してのことか!?」


「私は陛下を害したりしません! ディーナだってそうです!」


「うるさい! いつも兄上の悪評をばらまいているお前が言っても信憑性があるか!? かまわん! こいつも一緒に牢にぶち込め!」


「なっ!」


 抗議する暇さえない。


 そのままイルディの両腕も無理矢理左右から拘束されると、二人とも衛兵に囲まれるようにして、王宮の地下にある牢へと連れて行かれた。


 二人とも押し込むように放り出され、がしゃんと背後で閉る鉄の扉の音が、湿った空間の中でひどく生々しくディーナの耳に響いた。



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