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(1)公爵令嬢の退場


 だんと公爵令嬢の部屋で、ディーナは拳を机に叩きつけた。


(なんてこと――!)


 まさか、ルディオスがアグリッナ様に近づいているなんて考えさえしなかった。


(あいつにとって、女なんて所詮ただの踏み台に過ぎないのに……!)


 知らなかったとはいえ、まんまとアグリッナの心の片隅に入れてしまったばかりか、今度のことで確実に、ルディオスの好感度を高めてしまっただろう。


(どうして、私ったら花を渡している姿の時に気がつかなかったのかしら)


 婚約者のいる女に、花を贈って歓心を買おうとする男に碌な奴なんていない。それは、これまでの体験で嫌というほど知っていたのに――。


 更に、もう一度だんと大理石のテーブルに手を叩きつける。


 どこにも憤りのやり場がない。


 けれど、後ろで続き部屋の扉を開けたイルディの出てくる気配がすると、落ち込んでいるディーナの様子に、微かに息をこぼした。


「荒れていますねえ」


 かけられた声に、伏せていた顔を上げる。


「アグリッナ様は――?」


「今閉じこもっておられます。誰にも会いたくないと仰られて」


「そう――」


(当たり前よね)


 自分がオリスデンを滅ぼす魔女のように言われたのだ。誰にも会いたくなくて当然だろう。


(どうして、アグリッナ様がこんな思いをしなければいけないの!?)


 生まれも血筋も本人ではどうしようもないことだ。オリスデンでも有数の公爵家の令嬢に生まれたのと同様に、心を病んだ母親を持ったことだって、アグリッナ本人にはどうしようもないことだったろうに――。


 暗澹とした思いで顔を上げると、視線の先では、イルディが数人の侍女を呼んで、アグリッナの身の回りの物を大きな鞄に入れさせている。


「何をしているの?」


 日常的によく使う化粧品や櫛、お気に入りの服や香水を手早く詰めさせている姿に、ディーナは首を傾げた。けれど、素早く指示を出しながら、イルディは詰め終わったものから運びださせている。


「アグリッナ様を一時宮廷から退出させて、ロマノウンのラノス公爵邸に避難していただきます。陛下がアグリッナ様をお側に置きたがられるので、本来は、ご領地にお戻りの時以外は、陛下のストーカー行為防止のためにできるだけ宮廷でお過ごしいただくのですが」


「うん――その防止策はともかく、今はその方がいいと思うわ……」


(きっと、こんな不吉な予言に彩られた周りの目に囲まれて、聞きたくもない噂を聞かされ続けるのは、とてつもなく辛いだろう……)


 だからアグリッナに対する配慮として、イルディの判断は正しい。少しだけほっとした思いで、てきぱきとした指示を出しているイルディを見つめると、手伝おうとディーナも椅子から立ち上がった。


「ねえ。陛下とのご婚約はどうなるの?」


 鞄に詰めるアグリッナのお気に入りの髪飾りを、広げた敷き布の上で手元の小箱に入れながら、ディーナは目だけでイルディを見上げた。


(まさか、こんな占い一つで駄目になってしまうのかしら)


「今すぐは大丈夫です。陛下は、既にアグリッナ様との婚約式を神の御前ですまされております。神の許しがなくば、いくら貴族が騒ぎ立てたところで、簡単にどうこうはできないはずです」


「それならよかったわ。あんなに陛下がアグリッナ様を思われているのに、つまらない占いで駄目にならないで」


「そこは陛下は用意周到ですから。オリスデンの金の獅子を舐めてはいけません」


「うん? ちなみに陛下がアグリッナ様と婚約式を挙げたのはいつ?」


「プロポーズをして一週間後。貴族達の早すぎるという叫びを強行突破しての大式典でした」


「え――……」


 さすがに、この情報には一瞬絶句して、噴出すように笑いがこぼれてしまう。


「なによ、その陛下のストーカーっぷり!」


(本当にアグリッナ様が好きなのだ)


 だから、きっとアグリッナ様が母親のことで、これ以上辛い思いをしないように議論の全てを押し倒して、周りに彼女を正式な婚約者だと示したのだろう。


(こんなに愛してくださる陛下がいるのに……)


 女を道具にしか思わないあの男が二人の間に入って、全てを台無しにしようとしている。


 ルディオスに関わった二人のことを思うと、髪飾りを詰める手が、思わず重たくなった。


 思わす唇を噛んだディーナを見つめ、側にいたイルディがいつもより少しだけ優しい声で口を開く。


「ところでディーナ。何かあったのですか?」


「え?」


 どきっとして手が止まった。思わずイルディの黒い瞳を見上げる。


「先ほど、アグリッナ様の肩を抱いていた相手をすごい顔で睨みつけていましたから」


 一瞬全てを話そうかためらってしまう。けれど、口を開いて出た言葉は、少しだけ違った。


「――あいつは、オーリオで女を騙すと悪い噂が耐えない奴なのよ」


 これは本当だ。


 そう、あれからも風の噂でルディオスが女を利用しているという話は聞こえてきていた。


(幼かったとはいえ、そんな奴に騙されていたなんて……)


 自分で自分が情けなくなる。そして、自分を利用する気の相手を信じて、昔恋していたなんて、どうしても目の前の相手に告げることができなくて、思わず下へと視線を逸らしてしまった。 


「だから、きっと今度だって、アグリッナ様が王妃候補だから利用しようと考えているのに違いないわ」


 けれど、イルディはディーナの言葉に深く頷いている。


「なるほど。そんな男が纏わりついてるのなら、尚更一度王宮から避難していただいた方がいいですね」


「でも、陛下は……」


(あのご様子だと、アグリッナ様がお側から離れるのをお認めになるかどうか……)


「すぐに話します。さっきから十分おきに、顔を見せに来られていますから」


 告げられた言葉に思わずイルディの真面目な顔を見つめた。


「それは、ここから陛下の部屋まで戻って、またすぐに引き返してきていると言わないかしら?」


「いえ、大階段でうろつかれて戻ってきているだけと予想しています。だからそろそろ来られるでしょう」


 言うやいなや、部屋の扉をばたんと開ける大きな音がした。


「アグリッナ! やっぱり心配だ!」


「ほら」


(いや、ほらじゃないでしょう!?)


 どう考えても、王の方が青い顔で、何度往復したのかわからない汗を滲ませている。


 けれど、駆け込んだ王の姿の前に、イルディはすっと立ち上がった。


「陛下」


「なんだ、イルディ。なんで荷造りなんかしているんだ!?」


 けれど、イルディは困惑している王の姿に慌てずに、深く頭を下げている。


「陛下がアグリッナ様をお側におきたいのはよく存じております。ですが、アグリッナ様のためです。今回は退出をお認めください」


「退出!? 領地に戻るというのか!?」


 一瞬で、王の顔が更に青くなった。


 きっと遠い領地に帰れば、二度と王都に戻ってこないのではと心配しているのだろう。


 けれど、王の驚きにイルディは更に頭を下げている。


「いえ。ロマノウン内の公爵邸にです。騒ぎが収まるまで、アグリッナ様のお心を守るために、一時(いっとき)の退出をお認めください」


「公爵邸――」


 言われた退出先に、明らかに王の顔がほっと緩んだ。


 そして、一つ大きな溜息をつく。


「わかった――。仕方がない、今回は事情が事情だ。しばらく認めよう」


「ありがとうございます」


 けれど、まだ不安そうな王の姿を見ながら、ディーナは両手を組み合わせた。


(これからどうなるのだろう)


 陛下はこんなにもアグリッナ様が好きなのに、周りが許さない。


(どうすれば、アグリッナ様にも、陛下にも幸せになっていただけるのかしら)


 見えない未来を憂うように、ディーナはただじっと自分の両手を握り締め続けた。


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