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(7)占い


 庭に並べられたテーブルの奥から現れた老婆に、ディーナの体が強張った。


 夏の日差しの中で、老婆の身に纏っているマントは不吉なほど黒々としている。


 木々を揺らしていくざわっとした風が、ディーナの髪を靡かせて、リオス王子の隣りに現れた老婆から目を離させなかった。


「リオス。占いとは?」


 王の金の髪もざわめく風に流れている。けれど太陽の光に眩しい輝きを放ちながら、黒い占い師を連れた弟をじっと見下ろした。


 兄である王の言葉に、リオス王子が気さくに微笑んでみせる。


「余興ですよ。ドレスレッド侯爵が探して来てくれました。ロマノウンで大変当たると、今評判なので、滅多に街に出れない兄上や貴族の方にも楽しんでもらおうと思って連れてきました」


「ほう――」


 面白そうに王の表情が変化した。


(さすが、兄弟! 王の好みはよくわかっているという顔ね!)


「楽しそうだな。私は、小さい頃から占いにはあまり近づけてもらえなくて、花占いしかしたことがなかったからな」


(ごめんなさい。どこからつっこんだらいいのかしら)


 きっと、占いを遠ざけられていたのは、未来の王が神秘主義に走らないようにするためだったのだろう。


(だけど、それで経験が花占いだけってどうなのよ!)


 むしろ、この王が花びらで恋占いをしていたという姿の方が、想像したくない。


(どうして、この王家は色々なことが極端なのかしら……)


 思わずディーナが頭を抱えてしまった隙に、ニフネリアが占い師の前に一歩進み出ていた。


「じゃあ、私の未来を占ってもらえません?」


(あ、こら!)


 まさか一瞬の隙に申し出てくるとは思わなかった。


 けれど、老婆は手に持っていた水晶を目の前にかざすと、じっと透明な玉の中を見つめている。


(神秘主義かなにか知らないけれど、そんなのインチキに決まっているじゃない!!)


 恋愛と占い。最もやりやすい二大詐欺だ。


 けれど、かざされた水晶玉の中では、白い靄が渦巻くと、ぐるぐると回り始めている。


「うむ。見える」


 水晶をかざしながら、老婆がいかめしく口を開いた。占い師の声に周りの貴族もごくりと注目している。


「お主の未来は、間もなく高貴な者と縁続きになると出ておる」


「本当に!?」


 きゃあっとニフネリアが頬を押さえた。占い師の言葉に周りがどよめく。


「とんだサクラだわ」


(自分達で寵姫候補に推しておきながら、そんな占いをするなんて!)


 ニフネリアを王の側に押し付けようとする魂胆が透けて見えている。


「確かに」


 けれど、苦虫を噛み潰したディーナに、イルディが後ろで頷くと一歩前に出た。


「では、私が化けの皮をはがしてみましょうか」


「イルディ!?」


 驚いて前に出た背中に声をかけるが、イルディは真っ直ぐに老婆に向かって歩いていく。


「面白い趣向です。では実験に、当たるかどうか私のことも占ってもらえますか?」


 イルディが話しかけた途端、また水晶玉の中で渦が巻き始めた。白い渦とイルディを見つめながら、老婆が皺だらけの顔で唸っている。


「姉弟が自分も含めて全部で十四人もおるようじゃのう」


「それはよく知られています」


 ふんと鼻で笑うように答える。


「全員恐ろしいぐらい顔がそっくりじゃ」


「ああ。そういえば、別名マトリョーシカ兄弟だったなあ」


 じっと水晶玉を見つめる老婆の言葉に、後ろで見ていた貴族の一人が指をぴょんと立てる。


 しかしイルディは、しれっとしている。


「兄弟なら似ているのは当たり前です」


「いやいや、そんなレベルじゃないだろう」


 すかさず観客からツッコミが入る。


 しかし、老婆は、また水晶玉を見つめた。


「上司で遊ぶのが得意じゃ」


 それなのに、なぜか今度は、イルディの顔はあさっての方向を向いた。


「根も葉もありませんね」


「嘘だ! 当たりまくりだ!」


「あいつ程陛下をおちょくる奴はいない!」


 ざわざわと周りが騒がしくなってきている。


「大変王を尊敬し、その偉業を広めている」


「まあ、それは当たっていますが」


「ストーカーとか?」


「俺は、陛下が変態って噂もあいつから聞いたぞ?」


「実はあいつが陛下の悪評の出所なんじゃないだろうな……」


 大きくなっていく周りの声に、ふっとイルディが笑った。


「私の誰よりも深い陛下への忠誠心を見抜くとは、なかなかです。でも、的中率十割かはわかりませんが」


「いや、全部当たっていたって!」


「あいつ、どうしても認めたくないだけだ!」


「イルディ――!」


 思わず頭を抱えて叫んでしまった。


(否定するはずの貴方が証明してどうするのよ!?)


「ほう、たいした的中率だ」


 けれど、隣りに立っていた王が、ずいっと面白そうに身を乗り出している。


(ちょっと陛下! 今のを認めちゃうんですか!?)


 それはイルディの普段の言動を、全て王が知った上で認めていることになるけれど……。


(いいのかしら)


 さすがに、別の意味で冷や汗が出てしまう。


「いえ、陛下の前に本当に当たるのか私のを――」


 急いで、前に出るが、老婆はまた水晶玉を翳した。


「うむ、本当はとても男性におくてな娘じゃのう。だが、弟のために、内心怖いと思いながら、男性の側にいる二面性のある心と出たが、どうじゃな?」


 ぐうの音もでなかった。


(そうよ! 男なんて大嫌いよ!)


 それが、二度とだまされたくないという自分の恐怖心から来ていることなど百も承知だ。


 指摘した老婆の言葉に、思わず俯いてドレスの膝を握り締めてしまう。


 けれど、下を向いたディーナの様子に、王にはどうやら当たっていたとわかったらしい。


「じゃあ、次は私だな」


 ずいっとディーナの横から前に出る。


(あ、しまった!)


 止めなければいけないのに、完全に失敗してしまった。


 それどころか、さっきのイルディの占いで、みんなは完全に占い師の言葉を信じてしまったようだ。


(ますます、悪い状況じゃない!)


 これでは、王とアグリッナの相性が最悪で、子供が生まれないとか王家にとって悲劇の予言をされても、否定のしようがない。


「では、何を占いましょう?」


 今度出てきた相手が王と占い師もわかっているのだろう。こほんと軽い咳払いをすると、僅かに居住まいを正した。


「私とアグリッナの未来を」


(ああ! なんて、予想を外さずに!)


 そうよね。王国のことなら、何でも自分でなんとかするタイプだし、正直一番うまくいっていない悩みが、最愛の婚約者との恋愛という現状から考えれば、ほかを頼む筈がない!


 思わず、そう心の中で悶えてしまったが、顔だけは取り繕い続けているディーナの前で、王は嬉々として占い師の水晶玉を見つめている。


 期待を隠さない瞳に押されるように、老婆は水晶玉を覗いた。


「う、うむ。では陛下とアグリッナ嬢の未来を占ってみましょう」


 言葉を発するのと同時に、水晶玉の中が濁っていく。白い靄がかかり、激しく渦を巻きだした。


「おお……っ?」


 一瞬、老婆の皺まみれの顔が、明らかに驚愕に見開かれた。周りの貴族達が、衣擦れさえあげずに見守る空間で、ごくりと唾を飲む音が大きく響いたような気がした。


「どうだ? 私と、アグリッナの未来は?」


「う、うむ……」


 しかし、老婆の顔は緊張に満ちている。一筋の汗が、マントの中の顔につうっと流れていく。


 けれど、なかなか口を開かない占い師の様子に焦れたらしい。リオス王子が、横にいる老婆をじろりと見下ろした。


「どうした? 早く、結果を言え」


 それにびくっと老婆の肩が跳ねた。


「陛下とアグリッナ嬢が結婚されれば、オリスデンの領土は更に広がる――」


「おおっ!」


 ディーナが見上げる先で、王の顔が喜びに輝く。遠くの後方では、アグリッナも両手を握り締めながら、じっとこちらを見つめている。


 たくさんの視線に見つめられながら、老婆は言葉を続けた。


「国は富み、民の生活は更に豊かになるだろう。四方の物資が国に入り、オリスデンはこれまでにない繁栄を迎える」


(え、良い予言だわ)


 ほっとした。てっきり、リオス王子が悪く言うように指示を出しているとばかり思っていたから、あからさまに息をついてしまう。


「だが――」


 急にディーナの見つめる前で、占い師の顔が険しくなる。


「それがオリスデン王国の最後を迎える! 陛下とアグリッナ嬢が結ばれれば、オリスデン王国は間違いなくこの地上から消滅する!」


「なんですって!?」


 あまりの言葉に、思わず叫んでしまった。


「なんだって!?」


「オリスデンが消滅!?」


「陛下とアグリッナ様が結ばれると――」


 今の予言に、貴族達の動揺が消えない。


「そんな馬鹿な――!」


 けれど、その瞬間はっとした。そして、急いで振り返る。


 後ろでは、蒼白に顔色を変えたアグリッナが立っている。


 そして、ディーナの振り返った視線と目が合った瞬間、衣を翻して走っていく。


「アグリッナ様!」


 走っていく姿に、必死にディーナは手を伸ばした。



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