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(4)攻撃の理由


(どうしよう)


 本心としては、先ず蹴りたい。だけど、大勢の人とアグリッナがいることで、怒鳴りつけてやることさえ出来ない。


 けれど、イルディは困惑しているディーナの様子に少し首を傾げると、アグリッナの方を見つめた。


「陛下がアグリッナ様をお呼びですが。何かありましたか?」


「いいえ。いつものことです」


 さらりと夏用のドレスの裾を動かす。


「私は陛下のお側へ行ってまいります。イルディ、ディーナは園遊会は初めてなので頼みます」


 視線を流しながらイルディに頼むと、もうアグリッナは遠くから近づいてくる王に向かって歩いていくが、ディーナにしたら絶叫したい気分だ。


(ちょっと、私の前によくもそんな白々しい顔で出てこれたわね!?)


 昨夜どういうつもりでしたのか、今すぐに襟元を掴んで問い詰めてやりたい。


 しかし、イルディをきっと見つめると、昨日この顔が自分のすぐ目の前にあったのだと気がついて、急に頬が熱くなってしまう。


(しまった! うがいを忘れたから!)


 いつも強引にされた後は消毒をしていたのに、今までうっかりし忘れていたせいで昨日の感触をはっきりと思い出してしまった。


(どうして、私いつもの倍ぐらいうがいをしておかなかったの!?)


うがいを今まで失念していたこと自体が、信じられない。


(男なんて、二度とこりごりなのに!)


 ましてや、自分を利用する男なんて! だから、心に湧き上がった勢いのまま、ディーナは口を開いた。


「あの! 昨夜のことなんだけど!」


「ああ――体の調子は、元に戻りましたか? 危険な副作用などはないはずですが」


 しかし、イルディは激高するディーナの前でいつもと同じ笑みを浮かべている。


「治ったわよ! お蔭様で! だけど、あれは一体――」


(どういうことよ!?)


 もし不埒な理由なら、今すぐに蹴り飛ばしてやる。そしてなんとしても破滅させてやると息巻いたのに、イルディは面白そうに笑んでいる。


「ああ、すみません。幼い弟妹が熱を出したときの癖が出ました。なかなか、薬を飲んでくれないのでつい」


「え……、妹や弟……」


 イルディの答えに、すとんとディーナの心から何かが落ちた。


(本当に?)


「はい。十二人もいると、小さい頃から面倒を見るのが必然的に私と姉になっていたので――。申し訳ありません。妙齢の女性に突然することではありませんでしたね」


(素直に謝られると……)


 これ以上怒ることもできなくなる。それに、どこか無言で、昨夜のことにこれ以上つっこむなと拒まれているような気がするのだ。


(変なの。何で私、こんなに気になるのかしら)


 ただ薬を飲ませてくれただけだとわかったのに――。それなのに、ひどく気分が重い。


「ところで、さっきまたアグリッナ様の顔色がおかしかったですが。何かありましたか?」


「え、ああ。リオス殿下が、アグリッナ様を今日こそ王家から追い出してやると息巻いていて……」


 ディーナの返事に、僅かにイルディの眉が寄った。


「今日ですか。ということは、この園遊会で何か仕掛けてこられるつもりなのかもしれませんね」


「ずっと気になっていたのだけど……。アグリッナ様に言われる魔女の娘って何のことなの? 魔女なんて、昔話の絵本の中だけの存在なのに――」


 けれど、尋ねるディーナに微かにイルディの眉が寄せられた。


「またリオス殿下がアグリッナ様に言ったのですか?」


 普段見せない瞳の強さに思わず頷いてしまう。すると、イルディは珍しく大きな溜息をついた。


「魔女――とは、亡くなられたアグリッナ様のお母上を貶める噂ですよ」


(アグリッナ様の)


「大変な美女だったと聞いたわ。だから故国で不幸な目に会われていたのを、アグリッナ様の父上の公爵が略奪されてきたと――」


「ええ。人前で話せるのはそこまでですね」


 イルディの言葉に、思わず眉を寄せてしまう。


「え?」


「本当は、実の夫の出世の為に、領主の愛人にされていたのですよ。だから、最初の夫を呪って呪って、最後には魔女のように髪を振り乱した姿で、気がふれて亡くなられました」


(自分の夫の手で)


 ほかの男にさしだれて、自分の人生を慰み者に使われた。


「それは……」


(一体、どれほどの絶望だったのだろう)


 愛していたはずの人に利用される。信じていた筈の人に裏切られるのがどれだけの苦痛で、絶望か――。過去に味わったことのある感情に、背筋が粟立ってしまう。


(でも)


 やっとディーナの中で、宮廷の人がアグリッナに向ける視線の意味がわかった。


(あれだけ王妃にふさわしい器で、年より幼く見えるとはいえ絶世の美貌をもつアグリッナ様を、みんなが認めない理由)


 皆がアグリッナを受け入れないのは、母の不幸な人生の末に訪れた精神の異常という悲劇のせいなのかもしれない。


「では……、リオス殿下がアグリッナ様を認めないのは、お母様の心の病気のせいなの……?」


「王家に気違いの血を持ち込む気かと否定的に捕らえられる方は多いですね。確かに遺伝的なものかどうかは確認しようがないですが……。アグリッナ様を歓迎しない方々にとって、魔女の娘というのはアグリッナ様を攻撃する格好の言葉なのです」


「そんな――お母様の病気はアグリッナ様ではどうしようもないことなのに……!」


(それなのに、王の婚約者というだけで、自分の生まれと自分自身が全否定される)


 はっと、ディーナの頭に一つの考えが弾けた。


(ひょっとして!)


 いや、きっと間違いないと思う。


(これがアグリッナ様が婚約を破棄したい理由!)


 だからあれほど愛される王さえも頑なに拒み続けた。自分自身が住んでいる世界から全否定されるから!


(だから、アグリッナ様はこの婚約を解消したいんだ!)


 気がついた事実に、ディーナは大きく青灰色の瞳を開いた。

 


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