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(3)公爵令嬢の秘密


(陛下の様子にアグリッナ様への本気を感じたけれど……)


 今朝の王の表情を思い出しながら、ディーナは前を歩いているアグリッナの背中を見つめた。

 

 小柄な体の背は凛と伸ばされ、長い回廊をこれから庭で行われる園遊会へと歩いていく。


「ですから……、陛下のアグリッナ様へのお気持は真摯なものだと思うのですが……」


 ためらいながら背中に声をかける。けれど、アグリッナは振り向きもしない。


「そうですか。でも、計画を変更するつもりはありません。最初の予定通りに進めてください」


(にべもない)


 最初、王に媚薬をもったと話した時は、アグリッナもさすがに驚いて目を開いていたが、不首尾に終わったと聞いてからは全くいつもの通りだ。


 かいつまんで話した昨夜から今朝のことについても、足を止めようとさえしない。


 園遊会に向かう真っ直ぐに伸びたアグリッナの背中を見ながら、ディーナは後ろでさすがに首をかしげた。


(どうして、ここまでアグリッナ様は頑なに陛下との婚約を嫌がられるのかしら?)


 そりゃあ、幼い内に周りが強引に決めてしまった婚約なのかもしれない。だけど、あれだけ一途に思われていたら、その気がなくても嬉しくなりそうなものなのに。


(幼い頃の私のように)


 ふと、思い出した幼馴染の面影にディーナの視線が下を向いた時だった。


 前を歩いていたアグリッナが不意に足を止めたのは。


「アグリッナ様?」


 不思議に思って首をあげると、アグリッナは分かれた回廊の奥に立つ人影を見つめている。


「すぐに戻ります。ディーナはここで待っていてください」


「あ、はい――」


 返事をするやいなや、アグリッナが軽い夏物のドレスの裾を翻すと、回廊の奥に急ぐように歩いていく。


 そして、奥に立つ男の側へ行くと、華やかな笑みを浮かべた。


「久しぶりです。最近あまり出会えませんでしたが、元気でしたか?」


「アグリッナ様」


 まだ若い男の声が回廊の少し翳ったところから聞こえてくる。


「いつでもお側にいたいのに、お会いできる機会が少なくて申し訳ありません。最近、お辛いことを言われたりはされておりませんか?」


「貴方がそんな風に心配してくれていると思うだけで、私には心の支えになっております。私のことなど、誰もが外見のわりに生意気な小娘だと思っておりますのに――」


「そんな風に仰られないでください。俺は、アグリッナ様こそが王妃の器にふさわしい方だと思っております。だから、少しでも、アグリッナ様の支えになりたいのです」


(ふうん。アグリッナ様を王妃の器と見抜いているところは賞賛したいけれど……)


 誰かしらとディーナは目を半眼にして、回廊の奥の人影を見つめた。貴族のようだが、とても公爵令嬢のアグリッナの側にいるのにふさわしい身分とは思えない上着だ。


(貴族でも、かなり身分が低いみたいだけれど)


 けれど男が、アグリッナに一輪のピンク色の薔薇を手渡しているのを見て、更にディーナの瞳が開いた。


「これを。せめて、俺の代わりにアグリッナ様の側において、護衛の代わりをさせてやってください」


(なっ……!)


「ありがとう。いつも貴方には勇気づけられます」


 答えながら、白い手に薔薇を受け取ったアグリッナの頬は、ほんのりと花と同じ薄いピンクに染まっている。


(まさか! あれがアグリッナ様の好きな相手なの!?)


 どう見ても下位の貴族だ。貧乏子爵か男爵――いや、もっと下かもしれない。


 それだけに、ディーナは焦りを隠しもせずに、戻ってきたアグリッナに駆け寄った。


「アグリッナ様! あの、もしかして、アグリッナ様の好きな方って今の方なんですか」


 今の言葉だけで、勝気なアグリッナの頬が更に赤く染まっていく。


「え……ええ。よく、私を支えてくださるのです」


(だけど!)


「あの! 恐れながら、とても公爵令嬢のアグリッナ様に釣り合う身分の方には見えませんでしたが!? 」


(いくらなんでも、身分が違いすぎる! いや、そりゃあ陛下の肩をもつわけではないけれど……!)


 けれど、アグリッナはこくんと首を傾げると、ああと心配しているディーナの気持ちがやっとわかったという様子で、目を開いた。


「オリスデンには、登用制度があるのです。生まれ以上に実績を重んじる主義なので、どんなに低い身分の者でも、高位貴族と並ぶくらい出世することができるのです」


「だけど……!」


(悪いけれど、実力で高位貴族に肩を並べる程の能力を持っているのは、ごく一部の有能なものだ! 花を持って女に取り入ろうとしている奴が、人より有能だなんて決して思えない……!)


「彼は私のために、高い身分になって側で支えると約束してくれました。下位貴族から陛下に信頼されるまでになったイルディの例もありますし――。私は、彼の言葉を信じます」


「イルディ!?」


 びくっとして、思わず背中が跳ねてしまった。


(折角忘れていたのに!)


 今日はアグリッナの側にいても一度も出会っていないから、内心ほっとしていたのに。突然名前を出されて動揺してしまう。


(もう! もし、出会ったら、あんなことの後でどんな顔をしたらいいのよ!?)


 できたら一生顔を合わせたくない。せめて、蹴り飛ばすか盛大な詐欺にかける選択肢の二者択一なら、よほど楽に違いないのに。


(まさか、昨日はありがとうとか言わないといけないわけ!?)


 乙女の唇に触れて鉄面皮を崩さなかった相手に!?


「だから、ディーナ。貴女の弟だって、優秀ならオリスデンで高位高官になることだってできるのですよ?」


「え!?」


 突然のアグリッナの言葉に、今まで一人で怒りの百面相をしていたディーナは驚いて顔をあげた。


 けれど、アグリッナは驚いているディーナの様子を面白そうにくすくすと笑いながら見つめている。


「あの……それは、一体?」


「言ったでしょう? オリスデンは常に実績主義です。血筋より挙げた功績が問われる国です。ですから、貴女が今仕送りをしている弟だって、登用試験に受かって有能ささえ示せれば、大貴族に並ぶ高官になることができるのですよ」


(キュードが高官に!?)


 思ってもみなかったことに、大きく目を見開いてしまう。


(オーリオでは、あくまで身分でしか人生が左右されないのに!)


 破産した商家の長男。学校を出ても、どこか裕福な商家で一つの事業を任されるまでになれれば良い方だと思っていた。


(だけどオリスデンなら、賢いあの子にももっと可能性が広がっている!)


「ああ、もちろん異国人なら、登用試験を受けるのに保証人が必要ですが。ディーナの身内の保証人なら、私か父がなれば十分でしょう」


「ありがとうございます! アグリッナ様!」


(やっと、あの子が借金から解き放たれる未来が見えた!)


 後は、オリスデンの登用試験に受かるように熱心に勉強させるだけだ。


(そのためには私が頑張らないと!)


 でも、頑張るって、あの陛下とアグリッナ様の婚約を壊すことなのよね――と、どう考えても、無理そうな今朝の王の様子に思わずため息がでてしまう。


 けれど、難題に悩んだ時、急に後ろから声が響いてきた。


「おや、これは。魔女の娘のくせに、日の当たる園遊会でも平気なのか?」


「リオス殿下!?」


 ぎょっとして、思わずディーナが叫ぶ。


「当たり前です。私は、別に虚弱体質でもお伽話の存在でもないのですから」


 しかし、目を眇めて見返すアグリッナの前で、リオス王子はくっくっと嘲るように笑っている。リオス王子の後ろには、先日王の部屋で出会ったドレスレッド侯爵がニフネリアとダーネを引き連れて、同じように嘲るように見つめているではないか。


「六歳で兄上を誑かして、虜にしたのが魔性以外の何者だというんだ? ああ、それともさすがに自分の体が貧相で、兄上を惑わすのに辛くなってきたから、身代わりを用意したのか?」


「なっ――――!」


 あまりの暴言にさすがにディーナの鼻が白んだ。


 けれど、アグリッナはぎゅっと手の中の扇子を握り締めている。


「なんのことか――。リオス殿下こそ、私のことがお嫌いなら、このディーナを陛下の側に挙げて、侍らせることをお勧めになられてはいかがですか?」


「穢れたお前の血が勧める相手など信頼できるか! 兄上にふさわしい娘は、こちらで用意している」


(なに、こいつ!)


 アグリッナ様を嫌っていることは知っていたが、あまりにもひどすぎる。


「殿下、いくらなんでも――」


 前のめりになって言葉を叫ぼうとしたときだった。ドレスレッド侯爵が後ろからリオス王子の肩に手をおくと、諌めるような笑顔を浮かべたのは。


「まあまあ、殿下。こんなところで叫ばなくても。今日は、陛下の目を覚まさせる余興をご用意したのですから」


「余興?」


 目を眇めるディーナの前で、ドレスレッド侯爵の言葉に、リオン王子はふんと腕を組んでいる。


「ああ、そうだったな。今日こそお前を兄上の側から追放して、二度とオリスデン王家に関われないようにしてやる」


 捨て台詞を吐くと、そのままくすくすと笑うニフネリアとダーネを連れて園遊会の行われている庭へと降りていく。


「なによ、あいつ!」


(一体、何を企んでいるの!?)


 けれど、振り返った先でアグリッナの指は色を失くすほど強く扇を握り締めている。握られた手が、小刻みに震え続けているのを見て、ディーナは小さく呟いた。


「アグリッナ様……」


 いつも美しいアグリッナの顔は、蝋のように色を失くしてしまっている。


「どうしました?」


 けれど、後ろから聞こえてきた別な声にディーナの背中が跳ねた。急いで振り返ると、いつもと同じ鉄面皮の姿が立っている。


「イルディ!」


(会いたくなかった!)


 しかし遂に出会ってしまった姿に、昨夜のことを思い出して焦りながら、ディーナは叫んだ。


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