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(10)思わぬ副作用


(どうしよう)


 後ろで激しい音で閉められた扉に、放り出されたディーナは呆然と振り返った。


(怒らせてしまった……)


 のとは、違う気がする。王の言葉ははっきりとディーナのことを気遣っていた。


(あんなに媚薬で顔がまっ赤になって、苦しそうだったのに……)


 それなのに、部屋から追い出して、決して一時の慰みの代わりにしないように気遣ってくれた。


(私を思いやってのことには違いないと思うんだけど)


 けれど、こちらの方の状況も深刻だ。


「おい。顔がまっ赤だが、大丈夫か?」


 飛び出してきたディーナに、周りの衛兵たちが心配そうに声をかけてくれるが、笑うふりさえ本当は辛い。


「ええ――御心配なく」


 なんとかいつもと同じつもりで答えているが、本当は媚薬で足はがくがくだ。


 足どころか、実を言えば全身がざわざわと粟立って、立っているのさえ辛い状況だ。


「でも、熱があるような顔をしているぞ」


「いえ。ご心配なく――」


(なんとか、ここから離れないと)


 それなのに、体は、肌に服がすれる感覚にさえ敏感になっていて、くすぐったいのか気持悪いのかさえわからない。そのままうずくまりたい体を必死に叱咤して、心配する衛兵達の前から這うように歩こうとした。それなのに、息がうまくできない。


「お、おい。本当に大丈夫か」


「え、ええ」


 けれど、俯いてしまった時、前から聞き慣れた声がした。


「やっぱり不首尾ですか」


(この声!)


 はっと前を見上げる。すると、イルディがいつかと同じように、階段の側で、部屋から出てくる自分を見つめているではないか。


「ああ、ご心配なく。彼女は、今朝から少し風邪気味だったんです。私が部屋に連れ帰りますから――」


 周りの衛兵に会釈をすると、全身が震えてうまく歩けないディーナの肩を素早く掴み、横から支えながら歩き出す。


 自分の腕を肩にかけるイルディのすました顔を、思い切り睨みあげた。


「ちょっと! やっぱり不首尾ってどういうことよ!?」


(私が失敗すると予想していたわけ?)


 けれど、イルディは微笑んでディーナを見下ろした。


「とりあえず今は歩いて。ディーナ、貴方今どんな顔をしているか自覚していますか? 一人なら、この場で誰かに押し倒されてもおかしくないほど扇情的な姿ですよ?」


「なっ――!」


 イルディの言葉に、元から薄く染まっていた肌が、かっと怒りで赤くなった。


 けれど、見上げて怒鳴ろうとした瞬間足がもつれたのも気にせずに、イルディは強引にディーナを支えて階段を下りていく。抱えられながら下から見上げると、イルディの何でもないような様子そのものに腹が立ってくる。


「待ちなさいよ。さっきの質問に答えていないわ。この任務に私が失敗すると思っていてやらせたの?」


「正直に言えば、成功率は三十パーセントもあればいい方だろうと思っていました」


「なっ――!」


「陛下が貴女を信頼して、毒見なしで菓子を食べる確率が十パーセント、貴女が国王陛下に薬物をもるという挙動不審で気づかれない確率が十パーセント。その上で、陛下のアグリッナ様への強固な貞操観念を打ち破れる確率が十パーセントです。ですが、貴女の今の様子なら、それらの低い可能性を組み合わせて、最後で敗退したようなので、実に健闘したといえるでしょう」


「悪かったわね、どうせ予想通り最後は無理だったわよ!」


(なに、この男!)


 人が散々初めてで悩んだのに、最初から失敗すると踏んでいたなんて頭にくる。


 出来るなら、怒鳴りつけて蹴りつけてやりたい。


 それなのに、いけしゃあしゃあとした顔で、ディーナの肩を抱えると、そのままディーナの部屋の扉を開けた。


「大丈夫ですか? だけど、王に信頼される為に、貴女も菓子を食べたんでしょう?」


「勧められたらほかに方法がないでしょう!? 陛下に薬物を盛ったなんて、先に気づかれたら手打ちにされてもおかしくないし――」


「実に賢明な判断です。食べた後なら、陛下は入っていたのが媚薬とすぐに気づかれたでしょうからね。アグリッナ様が持って来られたことになっている以上、決して口外はなされません」


 そのままディーナの体は、緑の壁に彩られた部屋の中央にあるテーブルの前の椅子に座らせられた。そして、ゆっくりと背もたれに体を預けさせられる。


 けれど、体はまだびくびくと揺れて、寒気が背中を這い上がってくるようで気持ちが悪い。


「耐性がないから辛そうですね。一応解毒剤も用意してありますが、飲みますか?」


「あるなら、ちょうだい」


 正直に言えば、まだ目の前がふらふらとする。


 そうでなければ、間違いなくこんな任務を失敗すると思いながら命じたイルディの足ぐらいは蹴り倒していただろう。


 その行動が淑女らしくないと言われてもかまわない。


(それなのに、何とかしてよ! この体!)


 服が肌にこすれるだけで、声があがりそうだ。頬は熱を持ちすぎて火を灯されたようだし、全身がぞくぞくとして気持ちが悪い。


「大丈夫、飲めばすぐにおさまりますよ」


 手に取り出した小さな瓶を持つと、狭い筒からイルディは手のひらに二粒の白い錠剤を出した。そしてグラスに水を注ぐ。


 だけど、解毒剤を手にとり飲もうとしても、手が震えてうまくいかない。


 ぶるぶると震える指が、薬をうまく掴めないのだ。


 けれど、なんとか口に薬を入れて、水を飲もうとした。


「あっ――!」


 それなのに、定まらない視界の中で、伸ばした指がうまくグラスを掴めない。震える指で水の入ったグラスを倒してしまいそうになって、思わず叫んだ。


「仕方ありませんねえ」


 小さなため息が聞こえた。


(えっ……?)


 次の瞬間、唇に触れてきたものに、ディーナの動きが止まった。


 おぼろに霞んで、はっきりとしない視界の中、知らない感触が唇を割ると、冷たい液体が口の中へと流れ込んでくる。


 ごくりと喉がなった。


 突然のことに呆然としてしまう。


 信じられないように見上げている前で、イルディは何でもないようにディーナの口から唇を離すと、グラスをテーブルの上にことんと置いた。


「大丈夫。すぐに解毒できますから」


 だけど、今何をされたのか、やっとわかったディーナにしたら、イルディのいつも通りの涼しい顔が信じられない。


「なっ……なっ……!」


「ああ、本当はもっと早く効果的に鎮める方法があるんですけどね。そちらは、いつか玉体が触れられる体なので、申し訳ありませんが」


 すまして笑っている。


(ちょっと待ってよ!? 今何をしたの!?)


「では、おやすみなさい。沈静作用もあるから、すぐに眠れますよ」


 いつもと同じ顔で出て行こうとする相手に、手を伸ばすが言葉として出てこない。


(ちょっと待ってー!) 


 一体今のは、なんなの!? 閉められた扉に、必死にディーナは言葉にならない叫びを上げながら、手を伸ばした。



いつもお読みくださりありがとうございます。


諸事情により、次の更新まで一週間ほどお休みします。申し訳ありません。

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