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(8)媚薬作戦決行!


 次の日の夜。王の部屋の前に続く大階段を上りながら、ディーナは、はあと溜息をついていた。


(そりゃあ、いつかはこうなる任務だと承知していたけれど……)


 正直、まさかこんな急に訪れるとは思っていなかった。


(あのまま暮らしていても、どうせ娼館に売るしかなくなる身だったし……)


 体を売って暮らすなら、王の愛人の方が何倍もましだと思ったのも事実だ。


 だから、今までのターゲットと同じように全力で口説いてきたし、任務を達成しようと頑張ってきた。


 だけど、今の心境を言葉にするなら一言だ。


(どうしよう。逃げたい)


 まさか、こんなに早く閨に自分から誘えと命令されるとは思わなかった。


(そりゃあ、わかっていたわよ。いつかはしなければならないことは)


 でも、できるだけ今の任務の先にあることは忘れていたかったのだ。


(だって、私男なんて大嫌いなんですもの)


 これまで引っ掛けてきた男達にだって、髪や頬になら触れるのを許したけれど、唇にはほんの数回歯を食いしばって受け止めただけだ。


(それだって、後で何回もうがいをしたわよ!)


 もう男に弄ばれるのはたくさん。遊ばれて裏切られるぐらいなら、男全体を弄んで利用してやると思っていたけれど、まさか遂に自分の体を触らせるはめになるとは思わなかった。


(そりゃあ、アグリッナ様には内緒よね。いくらなんでも、こんな方法で、御自分の婚約者を誑せなんて言えるわけがない)


 はあああと、また大きなため息が出てしまった。


 逃げたい。そう思うのに、足は階段をのぼりきって、もうその先には王の部屋が見えている。


 だから、一度足を止めて、大きく息を吸った。そして、きっと前を見つめる。


「お疲れ様です」


 笑顔を無理に作ると、側にいる護衛達に、いつも通りほがらかに挨拶をした。


「陛下、ディーナです。お仕事のお手伝いにまいりました」


「入れ」


 簡潔な返答で、侍従が扉を開けてくれると、ディーナはいつもと変わらない笑顔で、愛想よく会釈をして中へ入った。


(さて。どうしよう)


 イルディは、食べたらすぐに効く即効性だから、難しく考える必要はないと言っていたけれど。


(考えないわけがないでしょう!? 女心をわかっているの、あの男!)


 だいたいよくこんな手を考えてくれた! これがアグリッナ様のためと自分の任務とわかっていなかったら、絶対に今すぐ殴りにいきたいぐらいの気分だ。


「今日は、どうした。遅かったな?」


 けれど、王はいつもと同じように重厚な机の前に座ると、扉のところからなかなか歩いてこないディーナを、不思議そうに見つめている。


「ああ、はい――。申し訳ありません。ちょっと公爵令嬢の部屋に寄っておりました」


「アグリッナの?」


(いえ、イルディのところです。あいつ、絶対にいつか殴ってやるから!)


 いつも通りの顔で、「頑張ってきてください」と健闘を祈って見送った姿を思い返して、ディーナは苦虫を噛み潰したような顔になった。


 渡された菓子には、たっぷりと媚薬が含ませられている。菓子はいくつかあるが、どれも一口齧っただけで、効果を発揮できるようにしてあると言っていたが。


(やっぱり、なんとかこの状況から逃げられないかしら)


 だから、王の机の横まで進むと、努めて朗らかに顔を持ち上げた。


「あの、昨夜のお食事会はいかがでした?」


「うん。そうだな、いつも通りユウノールとリオスが騒がしかったな。あの二人は、顔を合わせると、すぐに昔に戻って心配性を競うから、喧嘩しているのか仲がよいのかわからん」


 そう答える王の顔は、微かに苦笑を浮かべている。


「お二人とも陛下が大切なのですよ。私も陛下の癒しになりたいのに、お力になれなくてとても寂しゅうございました」


「ディーナ」


「いつもお側で見ていて、とても大変そうですもの。公爵令嬢の代わりに、少しなりとお側でお力になりとうございますのに――。私では、なれないのが残念です」


「ディーナ……」


(さあ。どう出る?)


 相手に罪悪感をもたせる訴えかけは、恋愛の詐欺における常套手段だ。


 ここで王が少しでも怯んでくれれば、次の大きな要求がしやすくなるから、最悪今からの媚薬作戦を回避する言い訳にできるかもしれないけれど――。


「身代わりだなどと。貴方はとても美しい」


(おっ。いけるか?)


 ここで、申し訳ない、そんなつもりはなかったと続けば成功だ。


「それより、アグリッナも、少しは私をそう思ってくれているのだろうか」


(だから、なんですぐにそうなるのよー!!)


 本当にこちらの思い通りに動いてくれないターゲットだ。


 はあ、と小さなため息がもれた。


「もちろんでございます。その証拠に」


(仕方がない。心を決めよう)


「陛下のお疲れを癒すようにと、届いたお菓子の中から、陛下のお好みに合いそうなものをお預かりしてきました」


「アグリッナから!?」


 ディーナが手に持っていた盆から、かぶせていた布を取った瞬間、王ががたんと立ち上がった。


「珍しい柘榴(ざくろ)のお菓子だそうです。昨日届きましたので、陛下にとお預かりしてきました。今召し上がられますか?」


「ああ! もちろん、食べる!」


 嬉しそうに答えると、ディーナが差し出した柘榴の菓子をうきうきと皿の上から取り上げている。王の様子を見て、側に控えていた侍従がお茶の支度をしようと、隣りの部屋へと下がっていく。


 部屋に誰もいなくなるのをディーナは、ちらりと目の端で確認した。


(今がチャンスだけど……)


 やっぱり、今からでもなんとか中止したい。


 けれど、横を見ていたディーナの前に、不意に一つの菓子が差し出された。


 黄色く焼かれた小麦生地の上に、赤い宝石のような柘榴の実が美しく飾りつけられ、スライスした桃の実と一緒にかけられた蜜に輝いている。香ばしそうな様子は、見ているだけでもすごくおいしそうだ。


 けれど、それを差し出している手の意図に、きょとんとディーナの青灰色の瞳が開いた。


「ディーナも食べるといい。これは私が小さい頃から好きな菓子だ。昨日リオスも用意してくれたが、アグリッナも覚えていてくれたんだな」


 にこにことディーナに差し出している王の瞳はすごく嬉しそうだ。きっといつもつれないアグリッナが、自分を労わって好物を用意してくれたことが嬉しかったのだろう。


 けれど、笑顔で差し出された菓子にディーナの顔が完全に強張った。


(ここで受け取らないと怪しまれる!)


 しかし、だ。食べるということは、即ち自分にも薬をもるということだ。


(食べたくない!)


 だけと、食べないと怪しまれる。最悪、ここで国王への毒殺を疑われかねない。


「あり、がとう、ございます」


 だから、ディーナは震える指で、王が差し出している菓子を受け取った。


(ええい! ままよ!)


 別に死ぬ薬なわけではない。ただ、ちょっと気分が高揚するだけの催淫剤だ。


 だから、王が食べるのに合わせて、上品な仕草で菓子を割ると、一口齧った。


 それなのに、菓子が喉を通り過ぎて、胃に届くのと同時に、ひどく喉の奥が熱くなってくる。


(うわっ! なに、これ!?)


 即効性とは言っていたが、あまりにも強烈過ぎる。飲み込んですぐなのに、もうはや目の前がくらくらとしてくるではないか。


 頬は上気して苦しいぐらい熱くなってくるし、全身の肌がまるで激しい運動をしたかのようにピンク色に染まっていく。


「ちょっ……!」


 息が苦しい。


 心臓が激しく脈打って、呼吸さえも荒くなってくる。ちゃんと意識を保てているのかさえ、自信がなくなりそうだ。


 それでも、必死に顔をあげた。


「陛下……?」


 けれど、その瞬間、強い腕に手首を掴まれたのを感じた。


「えっ!?」


 見慣れた金色の髪が、目の前に波のように迫ってきているのに、ディーナは息を飲んだ。



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