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ゾンビと猫と人間と  作者: 落花生
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檻のなか

「この音は、何だ……」

 シリルは、耳をたてていた。ジュニアも部屋からいなくなったが、部屋の外からおかしな音が聞こえてくるのだ。

 何かがおかしい、とシリアは感じている。それは、勘のようなものだった。シリルは舌打ちをしながら、首輪に触れる。

 忌々しい。

 コレが無ければ、外に様子を伺いにいけるというのに。

「たっ、助けて……」

 人間の雌が、部屋に入り込んでくる。彼女は息を切らしていて、外で何かがあったのは明白であった。

「何があったんだ」

「ぞ……ゾンビが、センターに入り込んだのよ。この部屋は他の部屋より、丈夫だから少しは持つはず……」

「そんなに入り込んだのか?」

 シリルは、セナを奪還するときにセンターにゾンビを招きいれた。だが、それまでセンターはゾンビの侵入を許さなかった要塞である。このセンターにも同じ能力があるはずだ。

「誰かが、ゾンビをセンターに入れたのか」

「知らない!ここには、いままでゾンビはこなかったのよ!!」

 人間の雌は、半狂乱であった。

 シリルは、再び舌打ちする。センターという安全な鳥かごのなかで、死の恐怖を忘れていたらしい女性に苛立ちを覚えたのである。

「おい、これを外せるか?」

 シリルは、女性職員に首輪を見せ付ける。

 この頑丈な首輪は、シリル一人ではちょっと外せそうにない。

「あんたは、武器を持ってないよな。俺なら、素手であいつらを殺せる」

 女性職員は、迷っているようだった。

 今シリルを自由にすれば、自分が殺されるかもしれないからだ。

 だが、部屋のドアがどんどんと力任せに叩かれると「ひっ」と女性職員は悲鳴を上げた。

「お願い、殺さないで……あ、あなたには酷いことをしたと思ってるの。だから、殺さないで――……」

 どん、とことさら大きなドアを叩く音。

 女性職員が、さらに大きな悲鳴を上げる。

「早くしろ!」

 シリルは、叫んだ。

 その声に怯えて、女性職員はシリルの首輪を外した。シリルは、すぐさま女性職員の胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。

「セナとイーサンはどこだ!」

 シリルのぞっとするような視線に、女性職員は息を呑んだ。

 凶暴な視線に、ゾンビのようなうつろさは無い。実直なまでの殺意をこめて、女を睨んでいる。嘘をついたら引き裂く、真実を言っても殺す。シリルの目は、そう語っていた。殺されるより引き裂かれたほうがマシだと決意し、女性職員は嘘をつく。

「しっ、しらない!」

「ああ、そうか」

 シリルは、目を細めた。

 女性には、それしか分からなかった。

 次の瞬間には、彼女の指は床に落ちていた。一拍おいて、やってくる激痛。「おっと」と呟きながら、シリルは自分の腕を彼女に噛ませる。悲鳴をもれるのを防ぐためであった。いくら頑丈といわれていても、女の悲鳴でゾンビをひきつけるのは嫌だったらしい。

「もう一度聞くぞ。俺の子供達はどこだ」

 指はまだ九本もある、とシリルはささやいた。

 九本と言う数字に、女性職員の頭は真っ白になる。指一本を切り落とされただけなのに、耐え切れない激痛だった。それが、あと、九回分。

 シリルは、血にまみれた自分の爪を女性に見せ付ける。

 尖った爪は、シリルが猫の獣人の特徴である。犬の獣人と違って、収納できる鋭い爪は凶悪な武器となる。その武器が、自分に対して振るわれている。その事実が、女性職員を震え上がらせた。

「お前たちが、獣人を殺すのに躊躇しないように――俺も人間を殺すことに躊躇しない」

 シリルは、そっと女性の腹部に触れる。

 ここには、シリルと同じ子宮がある。シリルの子宮は、未成熟だ。妊娠はできても、出産までは耐え切れない。なのに、三匹の獣を生み出した。

「全く知らない相手の子供を産む気分を想像したことがあるか?」

 シリルは、女性に語りかける。

「眠りから覚めたら、いつの間にか腹らが膨らんでいた経験は?」

 シリルは、思い出す。

 センターに捕らえられて、眠らされ、気がついたら、孕んでいた記憶を。誰の種かも分からない子供が、体内にいる不安を。

「不安だった……怖かった。兄に、会いたかった」

 シリルは、目を伏せる。

 自分の腹に、他人の命が宿ったとき――シリルは恐れた。そして、その不安を拭い去るために兄であるラシルを欲した。他の誰でもなかった。

 兄に、腹を撫でて欲しかった。

 無残に膨らんだ腹を撫でて欲しかった。

 初めての妊娠のときに知ったのだ。いや、自覚したのだ。

 愛したのは、兄だった。

 望みを叶えたいと願った相手も、最初は兄だけだった。兄のために理想の弟になりたかった。

 だが、孕んでしまった。

 これでは、弟とはいえない。

 だから、せめて兄が望むような理想の母になりたいと思った。実子をあきらめるような母親ではなく、何をしても実子を手元に残しておくような母親に。

 シリルは、産んだ子供のために母親になったのではない。

 兄のために、母になったのだ。

「本当は……」

 兄の母になりたかったのだ。

 あの人を産み落とした、唯一になりたかったのだ。

「あなたの力が必要だったのよ。あなたしか、いなかったの!あなたしか……ハイブリットを生み出せなかった。ハイブリットのなかで、ちゃんと育ったのはあなたの子供だけだったの!!」

 あなたの子宮は奇跡よ、と女性職員は涙ながらに言った。

「あなたの子宮は未成熟だけど、強い子供を産み落とせる。そして、流さない。まるで執念みたいに、生み出す」

 執念、といわれてシリルははっとする。

 兄を生み出したいと願ったのは、たしかに執念かもしれない。シリルは兄を殺したくなかった。だから、流したくもなかった。

「あなたは、素晴らしかったわ」

 女性は涙した。

 自分が助かるために、涙した。

「……あなたの子も素晴らしいわ」

 シリルは、涙する女性の頬をなめた。

 ざらりとした舌の感触に、女性は震えた。

「おまえも孕ませようか?」

 シリルは、そう言った。

 拘束した女性に太腿に、自分の太腿を押し付ける。シリルは両性だ。未成熟ではあるが、男性性器もある。その性器がわずかに硬くなっている。シリルの興奮は、これ以上にはならない。未成熟が故の限界である。

 シリルが雄として、自然に雌を孕ませることはできない。

 人間がシリルの精子を雌の腹に届けてくれるのなら話は別だが、子宮として優秀なシリルにそんなチャンスはないだろう。だが、女性職員は震える。恐らくは、シリルの両性体としての特性を忘れているのだろう。

 シリルの外見は、男性的だ。

 意図して、そうしている。

 屋外ではそちらのほうが危険が少ないし、自分はラシルの弟だから。

「止めて!あなたの子供のセナは、一番奥の檻に入れてるわ。イーサンは……わからない。あの子は自由に動けるから」

 女性職員の答えに、シリルは笑う。

 滑稽だった。

 シリルには、女を孕ませる能力はない。なのに自分を恐れるなんて、とシリルは笑ったのだ。

「そうか。なら、お前は用なしだ」

 シリルは、女性職員の腹を鋭い爪を使って突き刺す。

 暖かかった。

 生き物の体温だった。その体温を感じながら、シリルは目を細める。手だけであろうが、雌の体内に入ったのは初めてのことだった。

「――気持ちいい」

 シリルは、うっとりと呟く。

 生まれては初めて、雌の自分を突き刺した。きっと雄として仕事は、これで最後だ。シリルは、倒れた女性の体を乗り越える。女性は、最後の力を振り絞ってシリルの足を掴む。

「なんで、こんな酷いことを……」

 シリルは、女性職員の手を振りほどいた。

「人間が獣人を殺して、獣人が人間を殺す。普通だろ」

 シリルは、部屋のドアを開ける。

 ドアの外には、枯れたゾンビの群れがいた。狭い廊下を真っ直ぐに突き進んでいる。だが、シリルのほうは見向きもしない。静かにしてはいるが、こんなにも至近距離で気づかれないのははじめてのことだった。

 何かがいつもと違うのだ、とシリルは考える。

 それと同時に、セナは無事かと思う。

 ゾンビたちは、セナがいると知らされた場所に向っているように思われた。

「だからといって、このゾンビの群れのなかを進むのは無理があるな……」

 シリルは、上を見る。

 そこには、当たり前のことだが天上があった。



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