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襟足

作者: CLIP

「ねえ、どうしてやめちゃうの?」

3ヶ月ぶりに海外出張から帰って来た彰に抱きしめられて

奈緒はそのままベッドへ行くものだと思っていた。

けれども彰は後ろから抱きしめていた腕をそっと下ろしてしまった。

「どうして…?」

奈緒はもう一度聞いた。

彰が、奈緒の髪に触れる…そしてそっと撫ぜる。

「伸びたな…もう肩に付きそうだ…」

彰と逢わなくなって、美容院にも行かなくなっていた。

それでもストレートの奈緒の髪は特別手入れをしなくても

ショートボブから、肩に付くくらいの長さまでキレイに伸びていた。

「美容院行って来ようと思ったんだけど…急だったから…」

言い訳をするように奈緒は言った。確かに今回の帰国は急だった。

そんな奈緒の後ろの髪を、うなじから手を入れてかきあげている彰…。

「奈緒…これから美容院に行こう」

思いついたように彰が言い出した。

「えっ?今から…?」

奈緒は驚くと共にがっかりした思いだった。せっかく久しぶりに逢ったのに…

それでも、彰は脱いだ上着をもう着始めて、そして奈緒にも支度を急かした。

どうやらこのまま抱いてくれる気配はなさそうだと思った奈緒は

仕方なく、支度をする為にメイクルームへ入って行った。


「さっき予約の電話を入れておいたし、もう話は付けておいたから…」

部屋を出て、車に乗るとすぐに彰が言った。

そう言われても奈緒は何の事だか判らなかった。

「久しぶりに逢ったんだ…もっとキレイになった奈緒を抱きたいよ」

ハンドルを持ったまま、少しだけ身体を寄せて耳元に囁く。

「だって…」

「いいから、君は何も言わなくてイイ、黙って俺に任せて…」

前を向いたまま彰にそう言われて奈緒は何も言えなくなってしまった。

やがて着いた先は、まるで隠れ家のような店だった。

地下に下りる階段の先にドアがありその中に入る。

「お待ちしていました」

薄暗いような店内の中で、ひとつだけある鏡と

その前の椅子にだけスポットライトのような光りが当たっている。

「頼むよ…」

彰がそう言うと『柏木』と紹介された男が頷いた。

「彰さんには、ロスにいた時にお世話になりましたから…」

そんな会話の中から、彰の何回かの海外生活の中で知り合った男だと奈緒にも判った。


「まずシャンプーから…」

ついたての奥にあるシャンプースペースでシャンプーを済ませると

その光りが当たっている椅子へと案内された。

奈緒が座ると同時にカットクロスが巻かれる。

髪に巻かれていたタオルが外されると、肩までの髪がパサッと下り

その髪を柏木がくしで丁寧に梳かしていく。

「キレイな髪ですね…本当にまっすぐで…」

全体を真っ直ぐに梳かし終ると柏木は動きを止めた。

「電話では、カットと言ってましたけど…?」

奈緒に、同時に彰にも聞くような素振りだった。

「あの…」

言い掛けた奈緒の言葉を、彰がいきなり遮って言った。

「彼女のキレイな襟足と、それから耳がすっかり見えるようにして欲しいんだ」

「えっ?」

奈緒は驚いて思わず降り返って後ろに立っていた彰の顔を見てしまった。

彰は少しだけ笑っているような、でもいつもの穏やかな顔をしている。

「と言う事は…?」

柏木が、もう少し詳しくスタイルを…と言うような顔を彰に向けた。

どうやら、決定権は彰の方にある、と最初から判っているようなそんな様子だった。

奈緒は顔が赤くなり心臓がドキドキと脈打つのがわかった。

「彼女のキレイな髪を生かしてボブベースで…」

彰のその言葉に柏木はすぐにわかりました、と言うように頷いた。

奈緒の耳からすっと後ろへラインを描く様に指を動かして

「この辺りまで切って、下はすっきりさせるって事ですね」

確認するように柏木が言うと、今度は彰が頷く番だった。

「ああ、そうしてくれ」

奈緒は呆然としていた…耳の上のラインで切る?下はすっきりって…?

不安な気持ちが顔に出ていたのか、彰がそっと近寄って

そんな奈緒の耳元に顔を近づけると囁いた。

「キレイになった君の襟足にキスをしよう。

だから俺の言う通りに…されるままになるんだ、いいね…」

奈緒は身体の奥が熱くなるのを感じた…イヤ、と言おうと思っていた気持ちが萎えていく。

その様子を見て、彰が柏木に始めるように言った。


横の髪と、後ろの耳から上の髪が、キレイにブロッキングされた。

その下には肩までの髪が残っている。

「いきなりこれでやってイイですか?」

柏木が手に持っていたのはハサミではなくバリカンだった。

さっきまでぽぉっとなっていた奈緒もそれを見てさすがに驚いた。

(うそ…イヤって言わなくちゃ…でも…)

自分が言わなくても、もちろん彰が止めてくれるだろう、

そんな事を思っていた奈緒の目に写ったのは当然のように頷く彰の姿だった。

「いいよ、思いきりやってしまってくれ」

止めるどころか、更にそんな事まで言われ、奈緒は動揺した。

でも、何か言うヒマもなく柏木はコードをコンセントに差し込むと

バリカンのスイッチを入れてしまった。

「あ…」

小さな声を出してしまった奈緒にはまるで構うことなく

無言で柏木は奈緒の頭をそっと押さえると下を向かせた。

『ビィーーーン』

音を立てて動いているバリカンが奈緒の襟足に向かって近づき

髪の内側に入り込むように、そして生え際の少し下にぴたっと当たった。

ひやっと冷たい感覚と、思いのほか大きな衝撃に奈緒はビクンと震え、

反射的に頭を起こそうとした…が柏木の手がそれを押し戻し、

同時にバリカンが襟足の髪の下に潜り込んで来た。

『ジジジ…』

『バサッ、バサッ…』

髪が刈られる音と、刈られた髪が落ちていく音はほぼ同時だった。

カットクロスを滑って落ちていき、床にバサッと落ちた。

その瞬間にも、バリカンは上に向かって刈り続け、

とうとうブロッキングしてあるラインまで、その下の長い髪を刈ってしまった。

「いや…」

小さく呟くように言った奈緒のすぐ側に彰が立っている。

「キレイだよ…すごく…」

彰のこんなに目の前で、髪を短く刈られている…

そんな事を思った奈緒は、更に心臓が高鳴り身体が熱くなった…

「見ないで…」

そんな奈緒の言葉もバリカンの音にかき消されてしまった。

下まで戻されたバリカンが、また同じ動作を繰り返し、

やがて後ろの髪がすっかり刈り落とされてしまった。

奈緒は、もう動けない…じっとされるままになっている。

満足そうにバリカンを置いた柏木は、ブロッキングしていた髪を下ろす。

「これを下ろしたら、刈上げの部分も隠れますけど…」

そう言った柏木に、彰が首を振る…

「せっかくのキレイな襟足がそれでは見えない…」

柏木も、まるで彰がそう言う事を判っていたように頷いた。

それでは…と今度はハサミに持ち替えて髪を切り始めた。

(このままなら、今までと変わらないように見えるのに…)

そう思っていた奈緒の意志だけが置き去りにされたまま

横の髪が持ち上げられると、ハサミが入る。

『ジョキッ…』

切られた髪は下に落ちていき、短く残った髪がまたもとの位置に戻る…

でも、もう耳にかぶさる事はなく、耳の上で真っ直ぐに切られていた。

そのままラインを引くように、持ち上げてはどんどん髪が切り落とされていく。

耳の後ろまで切ると、後ろを回り反対側…

バランスを取るように同じように切ってしまうと、長く残されたのは後ろだけになった。

(ココを切ったら…)

そんな感傷もほんのわずかな時間だった

『ジョキッ…ジョキッ…』

髪を切る音、バサっと髪が落ちる音がしたと思うと

後ろが急にひんやりしたような感覚がする。

残されていた長い髪をすべて切り落としてしまった柏木は

もう一度揃えるように、仕上げのハサミを入れていき、

彰の指示通りに前髪を眉毛のラインで真っ直ぐに切り揃えた。

最後にもう一度もみあげにバリカンが入りそこも刈り落とされた。

そして「後ろ…もう少し短くしたいな」と言う彰の言葉に刃先を替えたバリカンが、

更に短く襟足の髪を刈っていった。

『ジジジ…ジジジ…』

まるで電気シェーバーが動くような音と感触を奈緒はもう嫌がる気持ちもなく、

ただひたすらされるままになっていた。


ブロウが終り、カットクロスが外された。

彰が手を差し出し、奈緒はその手につかまって立ち上がったが

それでも足元はなぜかフラフラするような気がした。

彰の手が奈緒の襟足の刈上げになった部分にそっと触れる…

「あっ…」

その初めての感触と、そして自分でも思いもしなかった感覚に

奈緒は思わず声を出してしまった。

彰がニヤリと笑う…

「続きは部屋に戻ってからだ…」

耳元に囁く声さえ、もう奈緒には夢の中のように聞こえていた。



END

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