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異形頭の魔女と盲目の少年 #魔女集会で会いましょう 掌編

◯登場人物

アスト(4歳→14歳・男)盲目。黒髪。成長すると高身長の美少年に。

ユラ(300歳・女)魔女。少年に義眼を与える。人間慣れしてない。

 オリビエ山には顔のない魔女が住むという。

 顔のない魔女は出会った旅人から顔を奪うらしいのだ。

 だから、オリビエ山に近づく時は必ず仮面で顔を隠さなくちゃいけない……。





 雷鳴が轟く。激しい雨が降る中、鬱蒼とした森の川は荒れ狂っていた。

 濁流を巨木が下ってくる。


 川の侵食で出来た断崖絶壁にその巨木はぶつかって、凄まじい音を立てながら真っ二つに折れると、片方は流され、もう片方は陸に打ち上げられた。


 打ち上げられた方から何かが転げ落ちる。



「うっ……」



 人だ! しかも、4歳ほどの男の子で、白いシャツとズボンは泥だらけでところどころ破けている。

 黒髪の下から赤い血が顎まで垂れた。


 少年は頭を押さえて痛そうに顔を歪めながら、動物のように四つん這いになり、手をあちこちに向かわせている。その仕草は何かを探しているようだ。



 泥の地面を踏む足音が少年にゆっくり近づく。


 二足歩行だ。獣の類ではなさそうだが、それは黒いフード付きのローブを頭からすっぽり被って、その相貌も分からなければ、性別すら分からない。


 人を喰う怪物か? いや、それはローブのすそがぬかるみで汚れるのも構わずに、地面に落ちている泥まみれの仮面を拾い上げた。



「探しているのはこのマスク?」



 清水みたいに清涼感のある声。真っ黒なローブから白くて美しい手が垣間見える。白魚のような指には見たこともない言語が刻まれた指輪が嵌められていた。


 男の子は声のした方へ顔を向ける。長い黒髪ではっきりと顔は見えない。


「はい。それは僕が落とした仮面です。大切な人にもらった……うっ……」


 うめいた後、頭に手をやる。ぽたりと赤い血がしたたった。

 ローブの人は仮面を少年の手に掴ませる。


「なら、大事になさい」


 男の子は仮面を胸に抱え込み、面を上げる。


「お姉さん……。誰か分からないけど、ありがとう……」


 笑っていた。その表情は、感謝と安堵が入り交じった優しげなほほえみだ。

 お姉さんと呼ばれたローブの人は、びくりと肩を震わせて後ずさる。その勢いでフードがはらりと脱げた。



「……私を見て笑った人間を初めて見た」



 降り続く雨が止み、差し込んだ光が立ち尽くす彼女を照らし出す。陽の光は彼女の女らしいシルエットを明らかにしていた。



「私は異形の頭を持っているのに」



 なんと、本来なら顔があるべき場所に顔はなく、代わりに急須があった。

 ……いや、急須が顔の代わりになるのか? いや、ならない。

 牡丹の浮き彫りにほんのりと水色を帯びた素地があるだけだ。


 異形頭。それが『異なる形の頭』と言うのならば、そうなのだろう。


 カチャリ。急須の蓋が音を立てた。もう一度、――仮に急須頭の正面が注ぎ口だとすれば――男の子の方を向く。


「おい人間。私を見なさい」


 男の子は途端に怯えたように身をすくませて、急須頭の彼女から顔を背けた。

 当然の反応だ。


「お前はまだ、私の頭を見て笑えるか?」


 急須頭が言い寄る。


「お、お姉さん、でも……」


「いいから。その目を開いて、しっかりと私の頭を見るの」


 美しい手が少年の肩を強く掴んだ。

 肌に食い込むほどの強い力で掴まれたからだろうか、少年は観念したように顔を女性の方へ向け、ゆっくりとその双眸を開いていく。


「……ふっ」


 その目を見た彼女は何かに合点がいったように嘆息し、ぷるぷると肩を震わして、仕舞いには大笑いを始めた。カチカチと蓋が鳴るくらい大きな笑いだ。



「ははははっ! 人間! 実におもしろい目をしているねぇ!」



 少年の目は、何の光も映さない濁った黒い塊だったのだ。





 それから10年後。


 穏やかな朝日が差し込むログハウスのサンルームにて。ロッキングチェアに腰掛けたまま、すやすやと寝息を立てているのは急須頭の女性だ。読書中だったらしい。シャツタイプの寝間着はゆったりめで、胸をはだけている。


「ユラ。外にお客さんが来てるよ!」


 美少年がサンルームに駆け込む。


 彼女をユラと呼んだ少年は人形のように容姿端麗だ。いや、彼を人形のようだと喩えたのは比喩だけではなく、彼の目が金色の燐光を放つ美しいものに変わっていたからだ。


 その他に変わったのはスラリとした高い身長だ。顔を隠すほどの長い前髪がなくなったのもそう。ただ、今でも首の後ろには子ども用の小さな仮面が提げられていた。


 ユラの着崩れた姿を見つけると、少年は自分の顔に手を押し当てる。


「ったく」


 年相応な悪態を付くと、少し生意気な感じで笑みを浮かべた。


「ユラ。おはようったら」


 彼女の頭のそばで不機嫌そうにささやく。


「んっ……。アスト?」


 目覚めたユラはゆっくりと上体を起こすと、ロッキングチェアが前方に傾いた。


 少年はアストと呼ばれて、


「うん。お客さん、来てるよ?」


 とニコニコしながら答えた。


 ユラは少し面倒くさそうに「はーっ」と言いながら、揺れ動く椅子からすっくと立ち上がる。

 隣に並んだアストと比べると、背丈は高くない。アストの胸元ほどに頭がくる。


「アスト。私のことはご主人様と呼びなさ……いっ!?」


 ユラが頓狂な声を上げた。

 それもそのはず、背の高いアストはユラを後ろから優しく両手で抱きしめている。



「なななな何をするのよっ!」



 ユラは身じろぎしてアストを拒んだ。力の差があるのか、ユラは逃げられない。

 湯気。頭は蓋がカチカチと音を立てていた。どうやら彼女の急須頭はお湯を沸かしてしまったようだ。


「何って……、これ着ておいた方がいいよ?」


 アストはきょとんとした顔で言った。あっけなくユラを解放する。

 解放されたユラの肩には、彼女の急須の染模様と同じ浅葱色のカーディガンが掛けられていた。


「べっ別にいいわよ! 服なんて。私いま寒くないし」


 季節は春だ。朝方はちょっと冷え込むけれど、サンルームの中は取り込んだ日差しの熱気や観葉植物の出す湿気のおかげで過ごしやすい環境になっている。


「そーじゃなくて。その格好じゃ外に出られないでしょ」


 アストは目を逸しながら、ユラの胸に指をさす。


 急須頭の注ぎ口を下に向け、自分の格好を確かめた彼女は、胸元がはだけてあられもない姿になっていることに気づいたようで、今まで以上に頭を沸騰させた。





 ボタンを締め終わったユラは食い下がる。


「私だって、そーじゃなくて、なんだけど……」


 金色の作り物みたいな目がユラを見た。


「アスト。貴方は人間で、私は異形頭の魔女なのよ。分かってるの?」


 問いかけられた少年はにこやかな笑みを浮かべて首を傾げる。


「ユラにもらったこの義眼で、初めて貴女を見た時、そりゃびっくりしたけど……」


 金色瞳の義眼は人間の技術では作れないようなアーティファクトだ。

 急須頭は首を横に振る。



「私たちがこんな風に居ていいわけがないって言ってるの!」



 突然の大声に、アストはまぶたをパチクリとさせる。金色の燐光が舞った。

 すぅ、と息を吸って、



「……違いますよ、ご主人様」



 落ち着き払った声と態度でユラに接した。


「きゅ、急に『ご主人様』なんて何よ……?」


 声が震えて明らかに動揺していたが、腕を組んでうろたえていることを隠しているらしい。


「ユラは急須の頭、僕は人間の頭。僕たちは異なる形の頭をしてるだけです。ご主人様、頭の違いがなんですって?」


「う……」


 ユラは言葉に詰まり、うつむく。……が、それでも食い下がって、頭を上げた。注ぎ口の先にアストの冗談みたいに整った顔が、にこやかな表情から真剣な面持ちに変わる。


「それにね、ご主人様。僕の目を見て笑ってくれたのは貴女だけなんだ」


 10年前。幼いアストが川に流され、ユラに助けられた時のこと。



「そんな人と僕は一緒に居たい。ダメですか?」



 アストはその場にひざをつき、片手を差し出す。ちょうどユラが手を前に出すだけで、その手を握れるような高さであり、騎士が忠誠を誓う時のような高さでもあった。


 ユラの頭から湯気が立つ。

 ユラは組んだ腕を解き、おずおずと言った感じでその手を握った。





 玄関先でクシャミの音がする。

「い、いつまで待てばユラさん来るのかなぁ……」

 Twitterで話題の #魔女集会で会いましょう ネタで書きました。まあ、異形頭ヒロインを書きたかったのが9割くらいなんですが、異形頭の女の子ってどうですか? かわいくないですか? かわいいですよね異論はあると思いますけど私はこれが好きです。異形頭ちゃんの頭で沸いたジャスミンティーを飲みたいだけの人生でした。


 今回、書き慣れてない三人称を書いてみました。どうですかね? もし感想を書いていただけるのでしたら、その辺を見てもらえると嬉しいです。

 それでは、感想欄で会いましょう。


etc.

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