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私の話:昼休み

「つくし、この前はごめん」

「そんな気にしなくていいって」



 大学での二限終わり、混み合う食堂で私は亜紀と待ち合わせをしてお昼ご飯を食べていた。取っている授業が違うこともしばしばあるので、こうして待ち合わせることもままあるのだ。

 サンドイッチに手を伸ばしながら、私は気になっていたことを亜紀に尋ねた。



「お母さん、大丈夫だったの?」

「ああうん。妹が割と大袈裟に言ったみたいでそんなに酷い訳じゃなかったから」



 先日亜紀が遊んでいる途中で急に帰ったのは、彼女の妹から母親が怪我をしたと連絡を受けたからだった。



「ちょっと自転車同士で衝突しちゃったらしくてさ、お互いそんなに大した怪我もなかったって。もういつも通り元気だし」

「それならよかったけど」

「そういえば私も勝手にあの人につくし押し付けちゃったけど大丈夫だった? もしかしてあんまり仲いい人じゃなかったりした?」

「ううん、大丈夫だよ。あの後も普通に話してたし」

「よかった」

「それにあの日は元々一度誘われたんだけど断ってたの。だからこう言ってはあれだけどタイミングはよかったというか」

「誘われてた? あれ、もしかして彼氏いらないとか言ってたけど候補は居たの?」

「え……ち、違うよ。宇佐美さんはそういう人じゃ……」



 慌てて否定しようとして言い澱んでしまったのは、一重に名ばかりとはいえ彼女になれと(ソエル君からだけど)言われたからだろう。それを承諾した以上、今の私は仮ではあるが一応宇佐美さんの彼女役という立ち位置なのだ。

 もごもごと言葉に詰まる私を、亜紀は少し楽しげに見ている。



「……ふうん。で、あの宇佐美さんって人、どういう人なの?」

「どういうって」



 正直、私だってそこまで彼のことを知っている訳ではない。会って話したのは二回だけで、教えてもらったのは彼がK大の一年生で私と同い年だということくらいだ。おまけに彼の傍にいるインパクト絶大な天使に気を取られていたということもある。

 私が宇佐美さんの人となりについて知っていることといえば……。



「多分……っていうか大分いい人だとは思う」

「例えば?」

「最初に会った時に私宇佐美さんに定期拾ってもらったし、この前だって子供にぶつかられて服にジュース掛けられても全然怒ってなかった。それどころか転んだ子供起こして怪我の心配してたし」

「へー」



 まったく悪びれもしなかった子供に私ですら少し怒りが沸いたというのに、当の本人は少し困った顔をしていたものの苛立っている様子もなかった。



「ぱっと見冷たそうな人かなって思ったけど、そういえば私の頼みも引き受けてくれたしね」

「うん。あ、そういえば宇佐美さんが何か亜紀を見たことがあるって言ってたんだけど知ってる?」

「私を?」



 きょとん、と目を瞬かせた亜紀はしばらく唸るように考えていたが、ややあって首を横に振った。



「いや全く覚えがない。正直あんまり印象に残る人じゃない感じだったし会ってても忘れてるだけかもしれないけど」

「そっかー」



 亜紀の言葉に私は反論もしないで頷いてしまった。確かにソエル君も言ってたけど、宇佐美さんって若干印象に残りづらいというか、あまり自己主張しない人なのだ。隣にいるソエル君が目立っているから余計にそう思ってしまう。

 それでもこの前会った時は髪型も服装も変えて普通にかっこいい人だったとは思った。見掛けは悪くないし優しい人なのだから、ソエル君の言う通り積極的になれば本物の彼女もすぐに出来るのではないだろうか。



「あ、哉太かなたからだ」



 そんなことを考えながら卵サンドを咀嚼していると、亜紀が携帯を取り出して画面を覗き込んだ。哉太というのは亜紀の彼氏の名前だ。



「え、ちょっ」

「どうしたの?」



 ところが亜紀は画面を見れば見るほどどんどん焦ったような表情を浮かべる。またこの前のように何かあったのだろうかと心配になって尋ねると、彼女は酷く困惑したようにこちらを見た。



「あいつ、今からここに来るって」

「そうなの?」

「あああ、どうしよう」



 一体何をそんなに困っているんだろう。こんなに焦ってる亜紀なんてなかなか見ない。



「あのさつくし、悪いんだけど私ちょっと――」

「亜紀―! 会いたかった!」



 椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった亜紀が、少し離れた場所から聞こえて来たその声にびくりと大きく体を揺らした。そして私がそちらを見ようと顔を上げた時には、一人の茶髪の男が人混みを器用に縫って亜紀の背中に飛びついている所だった。



「あ、あんた何でここが分かって」

「亜紀のことで分からないことがある訳ないだろー!」



 にこにこと心の底から嬉しそうな顔をした男は振り返った亜紀を見つめて一層その笑みを深くする。恐らく……いやどう見ても亜紀の彼氏なんだろうけど、初めて彼を見た私はぽかんと大口を開けてしばらく眺めてしまった。

 そして私に見られているのに気付いた亜紀は顔を覆う。



「知られたくなかった……!」

「亜紀、どうしたんだ? 俺が来て感動してる?」

「んな訳ないでしょうが!」



 顔を真っ赤にして怒る亜紀を見ても「照れなくていいんだぞ」と逆に上機嫌になっている。……亜紀が焦った理由が何となく分かって苦笑いを浮かべてしまった。



「おい三波みなみ、置いていくなよ」

「ああ悪い悪い。可愛い可愛い彼女のこと見つけたらお前のこと忘れてた」

「あのなあ……」

「え?」



 聞いたことがある声に視線を動かす。するとその声の主とちょうど目が合い、私と同じように「あ」と小さく声を上げた。



「つくしさん!」

「観月さん」

「宇佐美さん、それに……どうしてここに?」



 困ったように人混みに押されてふらつきながらこちらへやって来たのは宇佐美さんとソエル君だった。何だかよく会うなと思いながら彼らを見上げていると、ようやく亜紀から離れた――正確に言うと振り払われた彼が宇佐美さんを見て「知ってるやつか?」と首を傾げた。



「ああ」

「あれ、この前のつくしの知り合いですよね?」

「何だ宇佐美、お前俺の彼女と知り合いだったのか!? まさか一緒に来たのは亜紀を口説く為に」

「お前その誇大妄想いい加減にしろ」



 疲れたように溜息を吐いた宇佐美さんの隣からソエル君が私の元へと来る。私は亜紀達に気付かれないように小声で彼に話しかけた。



「ソエル君、どうしてここに?」

「あの人風真の友人なんですけど、ちょうどつくしさんの大学に行くって言うので一緒に来てみたんです。もしかしたら会えるかもって」



 亜紀のことを見たことがあったのも、以前写真を見せてもらったことがあったからだと言う。とはいえあの調子なので名前も言わずに見たのも一度だけだったらしいが。



「亜紀の友達? なんだよな。俺は三波哉太。見ての通り亜紀の彼氏だ」

「ど、どうも。観月つくしです」

「んで宇佐美は俺の知らないうちにどこで亜紀と知り合ったんだよ」

「つくしと遊んでる時に会っただけだから。……宇佐美さんこいつこんなんでホントにすみません」

「……ああ、大丈夫だ。慣れてるから」



 亜紀が宇佐美さんに申し訳なさそうに頭を下げ、宇佐美さんも苦笑しながら返す。なんかソエル君といい三波さんといい、宇佐美さん振り回されてるなあ。



「それで、なんであんた急に来たのよ」

「亜紀に会いたかったから……っていうのもあるけど、今度ここの大学祭来るって言っただろ? 時間あったし下見でもと思って」

「宇佐美さんまで連れて?」

「それはこいつが自分で来たいって言ったんだよ。俺はあんまり亜紀のこと見せたくなかったけど」

「私もあんたのことつくしに見せたくなかったわよ」

「お、妬いてる?」

「意味が違う!」


「なんかあの二人だけ別世界って感じですね……」

「ああ……」

「風真もあれくらいの勢いがあれば」

「いやソエル君、あれは行き過ぎだと思うよ」



 あんなノリの宇佐美さんは……ちょっと見たくないかもしれない。



「今更だが観月さん、急に来て悪かった」

「何で謝るんですか? 別に悪いことなんてないじゃないですか。……亜紀の彼氏には、ちょっと驚きましたけど」

「俺も、さんざん惚気られたけど直接見たのは初めてだから少し驚いた」

「ほら風真も、ここに可愛い彼女がいますよ。抱き着かなくていいんですか?」

「ソエル、お前、ちょっと黙れ」



 悪気があるのかただの無邪気なのか、にこにことそう言ったソエル君に宇佐美さんが疲れたような、僅かに怒ったような声を出して頭を鷲掴みした。



「ああもう亜紀、機嫌直せって。俺が亜紀の友達とはいえ他の女の子としゃべったのに嫉妬したんだろ? 悪かったって」

「別れたい……切実に別れたい」

「え、何マジで怒ってる? 亜紀ごめんって! お詫びに何でも奢ってやるから」

「……アイス」

「お任せあれ!」



 亜紀も亜紀で結構現金だ。


 せっかくだからつくしの分も、と亜紀が言い何故か私まで三波さんに奢ってもらうことになってしまった。そのまま四人(プラス天使が一人)で少し空いた売店へと向かうと、他行の男二人は少し物珍しそうに店の中を見回した。



「へえ、うちの大学よりよっぽど綺麗だし品数もあるな」

「うちの大学、ぼろいしな」

「ほらつくし、何でも好きなの選んでいいよ」

「いいのかなあ……私別に関係ないけど」

「いいのいいの、あいつ調子に乗せるととんでもないことになるから」

「風真、僕はこれがいいです!」



 チョコアイスを指さすソエル君に「なんで俺が……」と小さく呟きながら財布を取り出す宇佐美さんは本当にいい人だと思う。



「哉太、私これね」

「それ一番高いやつ……いや、喜んで!」

「つくしは?」

「えっと……」



 私の目の前にあるのは苺とクリームチーズのアイスとクッキーバニラのアイスだ。どうしよう、どっちも大好物だ。こんな昼終わりの時間に残っているのも珍しいので余計に悩んでしまう。一つは自分で買おうかとも思ったが、流石に次の授業までにアイス二つは一度に食べきれる気がしない。お腹壊しそうだ。

 別に真面目に悩むことでもないのだが、何となく決めかねていると宇佐美さんが後ろから不思議そうに話しかけて来た。



「観月さん?」

「ああいえ、ちょっとどっちにしようかと思って」

「……選べないのか」

「この味残ってるのも珍しいしなんかいざ選ぼうとするとちょっと迷っちゃって。全部食べるのは無理だし」

「……」



 最後に食べたのはどっちだったかと考えていると、おもむろに宇佐美さんが私の悩んでいた二つのアイスを両方手に取った。



「え、宇佐美さん?」

「半分でいいなら、俺が食べるが」

「え、いいんですか」

「観月さんがいいなら」



 正直アイスだけでこんなに悩むなと言われるかもしれないが、宇佐美さんの提案は私にとって非常にありがたいものだった。



「あ、ちょっと私が払いますって!」

「いい。どうせこいつのついでだ」



 そう言ってソエル君のアイスを含む三つの会計を済ませた宇佐美さんは、亜紀と三波さんに気付かれないようにソエル君にアイスを渡した。



「見つからない所で食べろよ」

「風真、ありがとうございます!」



 ソエル君は嬉しそうに羽をばたつかせてアイスとプラスチックのスプーンを手にすると、そのまま突然姿を消した。どこかへ行ったのか、それとも私達にも姿が見えないようにしているのか。とにかく急に見えなくなった天使に私と宇佐美さんは揃って顔を見合わせた。



「分かってたけど、やっぱり不思議ですね」

「天使って何なんだろうな……」

「あれ、つくし自分で買ったの?」



 しみじみと話していると他の商品を見ていた亜紀達が戻って来た所だった。



「ううん、これは宇佐美さんが」

「へえ、宇佐美やるじゃん」

「やるじゃんじゃないでしょうが、元々あんたが迷惑かけたから奢らせようとしたのに」



 まったく、と息を吐いた亜紀を嬉しそうに見た三波さん。多分亜紀に何を言われても嬉しいんだろうな。

 再度四人で席に戻って買ったばかりのアイスを取り出す。三波さんはアイスではなく菓子パンを買ったらしく、早速デニッシュ生地のパンにかじりついていた。



「つくしは苺とクリームチーズ? そういえば好きだって言ってたよね」

「それもだけど、宇佐美さんが半分にしてくれるって言うからこっちも」



 宇佐美さんの前にあるもう一つのアイスを示すと、亜紀は少し目を瞠って宇佐美さんを見た。



「ホント、つくしの言う通りいい人なんだね。……どっかの馬鹿に見習ってほしいわ」

「亜紀に褒められるとか宇佐美お前ふざけんな」

「どっかの馬鹿は大人しくパン食べてろ」



 軽口を叩きながら、軽快に会話は進む。主に内容は三波さんによる亜紀の惚気とそれに対する彼女の強烈なつっこみだったが、夫婦漫才を見ているのは面白くて気が付けばアイスは最初に区切っておいた半分になっていた。



「宇佐美さん」

「……あ、ああ。もう食べたのか」



 そう言う宇佐美さんが持つアイスはあまり減っていなかったが、彼はそのままアイスのカップをこちらに差し出して来た。



「そのまま後食べてもいいが」

「そんな、奢ってもらったのにそこまで出来ませんよ。ちゃんと半分で止めますから」

「……そうか」



 四分の一ほどしか減っていなかったクッキーバニラを受け取る。手が付けられていない方の半分にスプーンを入れて口に運ぶと、先ほどとは違うクッキー独特の食感が広がった。やっぱりこれ好きだ。



「あれ、そういえば」



 亜紀に頭を叩かれたばかりの三波さんが、ふと宇佐美さんをきょとんとした顔で見る。



「なんだ」

「何か引っ掛かるなと思ってたけど、宇佐美ってあま」

「黙れ」

「は?」

「何も言うな」



 言葉を遮られた三波さんが首を傾げる。しばらく不思議そうにアイスを食べる宇佐美さんを見ていた彼は、しかし不意に「ああ、そういうこと」と納得したように呟いて、何故か今度は私の方を見た。



「分かった分かった。宇佐美君はホントにいい人だなあ?」

「気持ち悪い」

「それは俺が?」

「……他に何がある」



 にやにやと笑う三波さんと宇佐美さんの会話に、私と亜紀は意味が分からずに顔を見合わせた。



「あんた達何の話してんの?」

「ま、男同士の話ってことで」



 亜紀から尋ねられたというのに、三波さんはそう言って肩を竦めただけだった。



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