天使の話:続く観察記
人間の恋にも色々あります。すぐに上手く行く人達もいれば、両想いでもふとしたことですれ違ってしまう人達も。でもそれが人なのです。様々な感情や理性、柵を持つからこそ人間で、そんな人間を神は愛しています。
「――という訳で、いくら上手く行かなくて苛立ったからって『そのまま死ね』だとか『矢で脳天ぶち抜くぞ』なんて脅して良い訳がないですね?」
「……はい」
天界にて。任務を終えた俺は上司の大天使様に今回の報告を行っていたのだが……何故かいつの間にか正座させられて叱られていた。
「おまけに人の心を変える“矢”を撃つなんて嘘を吐きましたね? 人間の神に対する印象が悪くなったらどうするんですか」
どこまで監視してんだこの上司。俺が報告した以上のことを把握しているんならもう報告いらなくないか。
「あのーなんでそんなに詳しいんですか」
「あなたは荒っぽいので何かやらかさないか心配になって時々人間界の様子を見ていただけです」
「余計なお世話ですから。……それで、報告は以上です」
「はい。半年間ご苦労様でした」
にこりと微笑んだ大天使様を見ながら立ち上がり、頭の後ろで手を組んで伸びをする。上司の前ですることではないが敬語にしかり態度にしかり、あまりにも酷くなければ煩く言わないのがこの人の良い所だ。
予定通り半年以内に任務を達成した。が、勿論のこと追加ボーナスはおろか通常の任務報酬もゼロだ。そしてこの先何十年とそれは同じ。自分で決めたことなので当然だが文句を言うつもりはない。
大天使様は手にした報告書をぺらぺらと捲って目を落とす。
「今回の任務はソエルの報告が最後でしたね。最終的に今回のサポートで上手く行ったのは二割。例え任務が達成されていなくてもこれからの人生に少しは影響を及ぼすことでしょう」
二割も成功しているのなら上々といったところだろう。何せ突如現れた天使と名乗る不審なやつらと協力して恋人を獲得したのが二割もいるということなのだから。噂によると失敗した例の一つのサポート対象に惚れられてしまった天使もいたらしい。大変だな。
「はい、それでは次です」
「えー、ちょっとくらい休暇下さいよー」
「人間界で好き勝手してた癖に何言いますか。それに、まだ今回の任務が全て終了した訳じゃないですよ。」
「というと?」
「今回のサポート任務はあくまで少子化によって起こり得る滅びが早まらないようにする処置です。つまりただ恋人ができれば終わりとはいきません。これから長期的に人口が増えるか見て行って、効果が見込めればようやく本始動です」
「それって随分長いこと掛かるじゃないですか」
「ええ、任務を請け負った以上最後までやってもらいますからね。……という訳でソエル、今後定期的に人間界へ行って今回のサポート対象の人間の様子を見て報告してもらいます」
「またあの面倒くさいやつのところ行って来いって?」
「いいですね?」
「はあ……しょーがねーからやりますよ。あいつらかなりどうしようもないから他のやつの手に負えないでしょうしね」
さんざん背中蹴飛ばしてやってやっとくっついたからなあの二人。やっと肩の荷が下りたというのにまたあいつらに関わるとなると苦労するだろうが……任務なら仕方がない。
「これ以上話がないなら帰りますけど」
「はい、もういいですよ……ソエル」
そのまま大天使様に背を向けて部屋から出て行こうとすると、何故か一度呼び止められる。顔だけ振り返ると、そこにはくすくすと可笑しそうに笑みを浮かべた上司がいる。
「あの人間たちにまた会えるのが嬉しいですか?」
「はあ? 面倒なだけですよ」
「そんなに楽しそうな顔してよく言います」
「……」
「あなたも本当に、人間が大好きですね」
俺は返事もせずに今度こそ部屋を出た。……まったく、厄介な上司だ。
「あいつらは……っと、いるいる」
後日、俺は再び天界から人間界に降りて来た。勿論風真とつくしの様子を見る為だ。
とはいえついこの前ようやくサポート任務が終了したばかりなので定期報告には早すぎる時期だ。だけどどうしても今日という日に見に行かなければならない。
何せ今日の日付は、二月十四日なのだから。
バレンタインである今日、風真とつくしは二人、風真の自室にいるようだった。本来は天使が見えない風真はともかく、つくしには普通に俺の姿が見えてしまう。だから彼女の背後の天井付近――箪笥の上に座って様子を窺っていると、不意につくしが鞄を開けてそこからラッピングされた箱を取り出した。
「宇佐美さ……じゃなかった、風真君。これバレンタインの」
「ああ、ありがとう」
俺が居ない間に呼び方を変えたらしいつくしがその箱を差し出すと、風真は嬉しそうにそれを大切そうに受け取った。
丁寧に包装紙を取ると、出て来たのはチョコレートケーキだ。
「初めて作ったからちょっと自信ないんだけど……」
「すごく綺麗に出来てると思うが……それに、観月さんが作ってくれたってだけで俺は嬉しいから」
「……」
そのやり取りに思わず渋い顔で顎に手を着いてしまった。そんな俺を置き去りにするような色んな意味で甘ったるい空気の中、風真がケーキを口に入れて「美味しい」とつくしに微笑んだ。
そこでちょっと、流石に、我慢できなくなった。
「っだあああ、ほんっとに進歩しねえなこいつはっ!」
「え?」
「しかも無駄に隠すのが上手くなってるだけ余計質が悪い!」
思わず隠すことなく声を張り上げると、つくしがびっくりしながら振り返って目を見開いた。
「ソエル君!?」
「は? ソエル、いるのか? どこに?」
「ここだ馬鹿風真!」
怒鳴りながら風真にも見えるように姿を現すと、風真はぽかんと一瞬口を開けて硬直した後、何とも嬉しそうな顔をしやがった。
「久しぶり、でもないか。急に居なくなってて、もう会えないと思ってた」
「呑気に笑うな。っていうか本当にお前は相変わらずだな……」
何でこいつはあれだけ罵倒したり冷たくした俺に会って嬉しそうなんだよ。
「それでソエル君、また会いに来てくれたの?」
「任務だからな。今回サポートした効果がどう結果に表れて来るか、その調査で定期的にお前らの様子を報告することになった」
「結果?」
「忘れたのか、滅びの進行が早まった原因は少子化だぞ少子化。つまりお前らの子ど」
「分かった! 分かったからそれ以上言うな!」
顔を赤くして俺の口を塞ごうと伸ばされた風真の手をぴしゃりと叩き落す。
「……つーわけでお前ら、くだらない理由ですれ違って別れたら今度こそ承知しねえ。我慢も必要だが、お前らは言いたいことはっきり言わねえ方が問題だからな」
「うん、それはもうよくよく分かったよ……」
「未だに分かってねえのがいるから困るんだよ。風真、てめえのことだぞ分かってんのか」
「俺? 一体何の」
「お前はいつまで甘い物嫌いなの隠してんだって言ってんだよ」
どうせ風真のことだ、バレンタインにつくしからチョコをもらっても嫌いなのを隠して食べるんだろう。……と、予想して今日来た訳だがあまりにも大当たりで頭が痛くなる。
いつまでも我慢してないでさっさと本当のことを告げるべきだ。そうでなければこいつは一生堪えて隠し続けるだろうし。
「ば、ソエルっ!」
「甘い物嫌いって……本当なんですか!?」
「え、いやそれは」
「じゃあこのチョコレートケーキも……というか私前にもアイス食べさせましたよね!? 何で嫌いならそう言ってくれなかったんですか!」
「嫌い、じゃない……ただちょっと、結構……苦手なだけだ」
「それ同じですから! なんで宇佐美さんはいつもそうなんですか! もっと私とか周りよりも自分に優しくなってください!」
「……悪い」
「あ、いえ……私も気付けなくてごめんなさい」
風真が謝るとつくしも怒る勢いを無くしてお互い頭を下げる。
……こいつら本当に変わらないな。何も言わない風真も、そんな風真に甘くて結局許してしまうつくしも。
だから放っておけないんだと、呆れるように笑ってしまう。
「ったく、いつまでも手が掛かるやつらだ」
これだから、人間は――愛おしい。




