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私の話:別れ

「つくし、卒業式以来だよね。久しぶりー」



 私は今日、小学校の同窓会に訪れている。久しぶりに会う子達でいっぱいの会場にあちこちに視線を動かして忙しい。

 懐かしい友人達を見つけて思い出話に花を咲かせていると、不意に会場のどこからかマイクで「おーい、六年三組だったやつ集まって来い!」と大きな声が響き渡った。



「お、あいつ岡崎じゃない? ほら千佳の彼氏の」

「本当だ」

「そういえば私この前千佳に偶然会ってさ、結婚したって聞いたんだけど」

「ええ!? 結婚って」

「早すぎるよねー。今日も来てるんじゃないかな」



 三組の千佳は、クラスは離れていたが同じ部活だったのでよく知っている。だけどもう結婚って……と思っていると、再びマイクの音声が響き、今話していた通りの宣言が聞こえて来た。


 私も千佳にお祝いの言葉を掛けてこようと他の子に一言声を掛けてその場から離れる。人混みを縫って彼女の元へと向かうが、しかし辿り着いた頃には千佳は同じように駆けつけた子達に囲まれており、とても話せるような状態ではなかった。



「あ」



 もう少し後の方がよかったかと思い直して戻ろうとしたその時、周囲から一つ頭が飛びぬけている彼――勿論のこと宇佐美さんを見つけ、私は足を止めた。宇佐美さんって三組だったんだ。



「宇佐美さ――」

「こいつ昔好きなやつ居た癖にぜってえ言わなかったんだよ。だから皆で当てようとしてたんだけど最後まで隠しやがって」

「え、誰? うちのクラスだったの?」

「せっかくだし今告白すれば? ほらよくあるじゃん、同窓会で俺お前のこと昔好きだったんだーってやつ」



 聞こえて来た声に、話しかけようと出した声が一瞬で消えてしまった。

 宇佐美さんに昔好きな子が居た。……いやそれ自体は普通だと思うけど、今から告白しろと囃し立てる声に思考が止まりかけたのだ。



「で、誰だったんだ?」

「……言うと思うのか?」

「もう時効だろ? それとも未だに隠してるってことはお前、まだその子のこと好きだとか?」

「……」

「マジかよ」



 慌てて逃げようとする宇佐美さんを捕まえて問い詰める人達。そして困惑しながらも決して否定しなかった宇佐美さん。



「まだ、好き……」



 心臓が嫌な音を立てる。宇佐美さんには昔からずっと好きな人が居た……。

 それじゃあ、私は。



「じゃあヒント。今日その子って来てるか?」



 極めつけにその問いに宇佐美さんが頷いたのを見た瞬間、私は何も考えられなくなってすぐさまその場から立ち去った。







「宇佐美さん、好きな人が居たんだ……」



 それもずっと思い続けるくらいの人が。

 一度会場の外に出て休憩用の椅子に座り込む。頭が痛い。俯いて目を閉じると、嫌でも先ほどの光景が目に浮かんできた。

 宇佐美さんが好きな女の子は、今日来ているという。だとすればさっき言っていたように、本当に想いを告げてしまうかもしれないのだ。

 宇佐美さんは優しい、言うまでもないことだ。だからきっと相手の女の子だって――それこそ昔から彼を知っているのなら喜んで受け入れてしまうのではないか。



「勝ち目ないよ……」



 初めから彼女の練習台だと言われていたんだ。私はいずれ他の女の子を恋人にする為の、準備段階でしかなかった。あの時は深く考えずに頷いてしまったその言葉が今になって重くのしかかる。

 最初は宇佐美さんに誰か女の子を紹介するつもりだった。それなのにいつの間にかそんな考えはどこかに飛んで行って、ただ彼と一緒に過ごすのが楽しくて。他の女の子が、ソエル君が好きなメルちゃんですら宇佐美さんと一緒に居るのが嫌になってしまった。


 ソエル君だって私に協力してくれると言ってくれたが、宇佐美さんに他に好きな人がいるのなら別だろう。ソエル君はあくまで宇佐美さんのサポート担当なのだから。


 ……彼の好きな人に恋人でもいればいいのに、なんて酷いことを願ってしまう。




「あ、つくしやっと戻って来た」



 しばらくしてから友達の元へと戻ると、先ほどよりも人が増えていた。



「観月、久しぶり」

「久しぶり……」



 私が皆の元に辿り着くと、さっきは居なかった男の子が軽く片手を上げて笑った。それにこちらも笑って返したものの……見たことがある顔だとは思うが、どうにも名前が思い出せない。



「元気なさそうだけどどうしたんだ?」

「……ちょっと、人混みで疲れただけだよ」



 本当に思い出せない。元々物覚えがいい方ではないけど、会話が続くのが気まずくなってくる。助けを求めるように友人に視線を送るが、彼女は何故かにやにやと笑うばかりで全く私の心境に気付いていないようだった。



「……なあ観月?」

「何?」

「実は、さ」



 内心焦っていると、彼は更に会話を続けるように話しかけて来る。

 しかし次の言葉を聞いた瞬間、私は一瞬その焦りすら完全に忘れ去った。



「俺、実は昔観月のこと好きだったんだよな」

「……え?」

「ええ!? 宮本君それ本当?」



 あ、そうだ宮本君だ! ……って納得している場合ではなかった。

 目の前で照れたような顔でそう言った彼をぽかんと見上げながら言われた言葉を頭の中で反芻する。

 宮本君が、私を好きだった? そういえば宮本君って言ったら――。



「ちょっと待ってよ、そういえばつくしも宮本君のこと好きだって言ってなかった?」

「あ、確かに!」

「ちょ、」



 何勝手に言ってるの!?

 そうだ、確かに宮本君は私の初恋の人で……だけど何で本人の前でそれを言ってしまうんだ……。

 というか初恋の人を今の今まで思い出せなかった自分もどうかと思う。……正直他の子とかっこいいよね、と騒いで半ばアイドルのような認識の恋もどきだったので仕方がないと言い訳したい。



「そ、そんなこともあったっけ……」

「もうつくし、何照れてんのよ! 小学生のうちに告白しておけば上手く行ってたっていうのに!」

「っていうか今からでも遅くないんじゃない?」

「宮本君相変わらずかっこいいもんね!」



 当人達よりもずっと盛り上がる友人がそう騒ぎ立てると、何故かその流れでアドレスを交換することになってしまった。

 「なんか悪い」と苦笑する宮本君に同じような表情で返す。きっと彼もちょっと昔話をするつもりだっただけなのだろう。



「……なあ、観月って今彼氏とかいるのか?」



 どうせすぐに他の話題に移るだろうと思っていた。だというのに宮本君が更にそう尋ねたことでより一層周囲が色めき立ってしまう。



「それは……」



 答えるのは簡単だ、答えは一つしかない。だというのに先ほどの宇佐美さんが頭を過ぎって苦い気持ちになった。私は偽物だ。彼氏だと勘違いする家族にだってちゃんと否定出来た。

 私は、彼にとって何の存在でもないのだ。



「いない、よ」

「お、よかったな宮本!」

「じゃああとは二人で仲良くね!」

「あ、ちょっと皆!」



 纏まってよかったなー、と言いながら勝手に納得して離れていく彼らを止めようとしたが、訳知り顔で頷くだけでその足が止まることはなかった。こんなに人に溢れた会場なのに二人だけぽつんと残された私は、困った挙句宮本君を窺うように顔を見上げる。



「観月、ごめん」

「ごめんって」

「あいつらのことだから多分こうなるんじゃないかと思って、あえて言ったんだ」

「……どういうこと」



 言葉の真意が掴めずに首を傾げると、「はっきり言うとな」と改まった様子で宮本君がこちらに向き直った。



「俺、今でも観月のこと、好きだと思う」

「え」

「急にこんなこと言われて困るだろうけど、さっき話す前に観月のこと見つけててさ、そしたら昔の気持ちが一気に蘇ったような気がして。ああ好きだなって思ったんだ。だからあんな風に周囲に言いふらして外堀を埋めようとしちまって」

「で、でも私、同じクラスだったけど殆ど喋ったことなんてなかったよね……?」

「ああ。だけど俺、こんなこと言うと気持ち悪いかもしれないけど、ずっと観月のこと見てたんだ。……なあ、さっきあいつらが昔俺のこと好きだったって言ってたけど、それってホントか?」

「……うん」

「そっか」



 すげー嬉しい、と表情を緩ませた宮本君に、私は気まずくなって目を泳がせてしまう。いくら私でも、これから言われることは何となく理解出来たのだから。



「もしよかったら、俺と付き合ってくれないか。再会していきなりこんなこと言うなんて軽いと思われるかもしれないけど、本気なんだ。今すぐに付き合わなくても、これからの俺との関係、前向きに考えてくれないか」

「……」



 酷く真剣な表情で、そこに揶揄うような態度も一切ない。



「宮本君、ごめんなさい」



 だからこそ私も、はっきりとそう口にした。



「……理由を聞いてもいいか?」

「私、今好きな人がいるの」



 今頃宇佐美さんも、同じようにこの会場で誰かに想いを伝えているかもしれない。だけどそれでも、私が彼を好きなことに変わりはないのだ。

 たとえ上手く行かなくても、それで宮本君に乗り変えることなど出来ないだろう。少なくとも今は絶対に無理だと言えるし、何よりそんなの真剣な彼に失礼過ぎる。



「だから、宮本君の気持ちには答えられないよ」



 そう言って大きく頭を下げる。宮本君は何も言わない。どんな顔をしているのか見るのが怖いと思った。



「……それって、どんなやつ?」



 騒がしい会場の中で際立つ静寂を破ったのは、そんな小さな呟きだった。



「優し過ぎる人、だよ」



 宇佐美さんを表現するのに最適な言葉はそれだ。



「心配になるくらい誰にでも優しくて、自分のことは後回しにして、だから放っておけない人」

「……本当に、そいつのこと好きなんだな」

「え?」

「そんな顔しながら言われたら、引き下がるしかなくなるだろ」



 滅茶苦茶妬けると堪えるように小さく息を吐いた宮本君は、それでも私に笑ってみせた。



「悔しいけど、俺じゃあ駄目なんだな」

「……ごめん」

「謝るなって、小学校の時に勇気が出せなかった俺が悪いんだ。だから観月は……俺の分まで頑張れよ」



 ぽん、と私の肩に軽く手を置いた宮本君はそのまま私に背を向けて歩き出した。それ以上何かを言う言葉も持たなかった私はその背中を見つめ、小さく溜息を吐く。



「あ、つくしさん。見つけましたよー」



 そう言ってソエル君がやって来るまで、私は一人壁際で上の空だった。

 俺の分までなんて、きっと無理だよ……。













「ソエル、ちょっと席を外してくれないか」



 ソエル君に引っ張られるように宇佐美さんと合流した。そして解散までの間一緒に過ごした私達がそのまま帰ろうとしたところで、不意に宇佐美さんがそんなことを口にした。



「ん、了解了解」



 何故か楽しげにそう返事をしたソエル君はぱっと姿を消し、そして私と宇佐美さんは二人になった。

 先ほど合流してからの宇佐美さんはいつもと様子が違った。どこか重たい雰囲気で口数もずっと少なく、正直会話を楽しめる余裕などなかった。



「……観月さん、少しいいか」



 暫し彼の様子を窺うようにして歩いていると、宇佐美さんはそう言って立ち止まった。暗い表情は変わらない。少なくとも楽しい話題だとは到底思えなかった。



「今まで巻き込んで済まなかった」

「宇佐美さん……?」

「何かの縁、なんて言って巻き込んで付き合わせて、時間を拘束して、観月さんは優しいから何も言わないのをいいことに沢山迷惑も掛けた」

「何を、言ってるんですか」

「もういいんだ。これ以上迷惑は掛けない。……ごめん。今まで、ありがとう」



 どういうこと、なんて聞けなかった。ただ頭を下げる宇佐美さんを見て、私は考えたくない結論に至ってしまったのだから。

 宇佐美さんは、好きだった子と上手く行ったんじゃないかと。だから私の存在が必要なくなったんだと。

 だとしたら、私は何も言い返すことなど出来ない。そうじゃなくたって、元々彼が望まなければ私達は、元同級生というお互い知らなかった接点を除けば、ただ同じ電車で乗り合わせた人間だっただけだったのだ。



「宇佐美さん、私は――」



 またただの他人に戻る。そんなの嫌だ。彼が他の女の子と付き合うなんて絶対に嫌だ。


 そう思うのに、私の口はそれ以上動かなかった。




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