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俺の話:選択

「何か最近、やたら運がいいんだが」

「あ、実は私もそうなんです」



 学校帰り。観月さんと話をしている時に俺が思い出したようにそう言うと、何故か彼女も少し驚いたように同意する。

 ここ最近いいことが多い。年賀状のくじは当たるし、中々売っていなくて探していた本も見つかった。それに鞄の底から千円札が出てきたり、去年の末に出したレポートでいい評価がもらえたり、ノブナガがだんだん平気になってきたり。



「レポートとかはただ宇佐美さんが頑張っただけじゃ……」

「犬も慣れただけだろ」



 と二人に突っ込まれたが、まあとにかくいいことが多い。それに今日だって、水曜日でもないのに帰りに観月さんと鉢合わせた。反動が怖い。



「大方大天使様の仕業だろうな」

「どういうことだ?」

「せっかくお詫びっつったのにお前の欲が無さ過ぎるからおまけでもしてんだろ、多分」

「欲が無いって……ちゃんと希望は伝えただろ?」

「……宇佐美さんって、本当に」

「ああ、ホントにな」



 何故か観月さんとソエルがお互い理解し合ったように頷く。何なんだ一体。



「……それでソエル、メルはどうなったんだ?」

「追放は無し。その代わりにこの先百年監視付きのただ働きだ」

「「百年!?」」



 さらりと言われた言葉に思わず観月さんと一緒に大声を出してしまう。途端に周囲の視線を感じて慌てて口を閉ざす。

 それにしても、百年って……。



「……一生って言ってるようなもんじゃないか」

「あ? 言ってなかったか? 天使の寿命は長いぞ。俺もお前らよりずっと年上だ」

「見た目通りとは思っていなかったが……」

「でも百年もただ働きって、生活できるの?」

「天使は食事も必要ないしな。給料も趣味や娯楽に使わなければ基本的になくてもどうにかなる」

「それにしても百年は……」



 人間よりも長生きだとしてもちょっと長すぎないか。俺はもう何ともないし、もう少し減刑してもいいんじゃないだろうかと思う。



「風真」



 そんなことを考えていると眉を顰めたソエルがこちらを振り返った。



「お前の考えそうなことは分かるが、これ以上刑罰は変わんねえからな」

「けど、長すぎるだろ」

「本来は永久追放なんだから軽すぎるんだよ。じゃあ風真、お前はどういう罰なら相応しいと思うんだ」

「それは……」

「もう元気だから無罪放免とか言ったらぶっ飛ばすからな。お前はもっとつくしの気持ちも考えてやれ」

「観月さんの?」

「お前が死にそうになってこいつがどれだけ心配してたか。泣きながら俺に連絡して来たっつーのに」

「ソエル君! ちょっと」

「お前が自分のことを二の次にするのはいつものことだが……風真、自分の価値を見誤るなよ。お前の命は百年のただ働きよりずっと重いんだからな」

「……」



 いつもよりもずっと真剣な表情でそう言ったソエルに、俺は返す言葉を失った。観月さんを泣かせてしまったというのもそうだが、ソエルの言葉がぐさりと突き刺さったのだ。

 俺が自分を軽くみればそれだけ、俺を心配してくれた観月さんの気持ちを蔑ろにすることになる。そんなこと、今までちっとも思い至らなかったのだから。



「観月さん」

「……はい」



 ソエルから目を離して彼女に向き合う。



「心配かけて、ごめん」













「風真、同窓会って何だ?」

「昔の同級生が集まる会のことだ」

「ふーん、そういえばお前ら同じ学校だったって言ってたもんな」



 小さな声でソエルと話しながら、俺は訪れたことのないビルへと足を踏み入れた。

 今日は小学校の同窓会だ。生徒数も多いので立食形式の会場らしいが、こんなパーティに参加することなどないので勝手が分からない。



「へー、すごい人だな」



 受付を終えて会場に入るとその人の数にソエルが声を上げる。そしてきょろきょろと辺りを見回し、テーブルに準備された食べ物に目を留めた。



「ちょっとぐらい食べてもばれねえよな」

「この前食事は必要ないって言ってなかったか」

「必要はないが食べないとは言ってない」

「……見つかるなよ」



 一つ溜息を吐いてソエルを見送る。そういえば観月さんはもう来ているだろうか。来ていてもこの人数じゃちょっと分からない。



「おーい、六年三組だったやつ集まって来い!」



 飲み物を手に取った所でマイクを通してそんな声が聞こえて来た。六年三組は俺が在籍していたクラスだ。そちらに目を向けてみると懐かしい顔がいくつも見え、同じようにそちらへ向かうやつらも見覚えのある顔が並んでいた。



「お前、岡崎だよな?」

「ああ。って……あ、もしかして宇佐美か?」



 マイクを手にしていた男の所まで行って話しかけると、少し驚いたような顔をされた。影が薄いなんて言われるので忘れられているかもしれないと思ったが杞憂だったようだ。



「え、お前宇佐美?」

「マジか、どんだけ背伸びたんだよ!」

「クラスでも一二を争う低さだった癖に俺より高くなってやがる……」



 周りにいた元クラスメイト達にもそう話しかけられて、そう言えば昔は全然背が伸びなかったなと思い出す。整列する時に腰に手を当てていた。



「皆久しぶりだな。ところで聞いてくれ、俺千佳とこの前結婚したんだぜ!」

「はあ!? 嘘だろ!?」

「ちょっと何でマイク使って言うのよ!」

「いいじゃん皆に言いたかったんだからさー」



 元学級委員の岡崎がマイク片手にそう宣言すると、一気に皆騒がしくなった。そういえばこの男、小学校の時から既に幼馴染と夫婦扱いをされていた。

 しかしそれにしても結婚とは早すぎる。まだ二十歳にもなっていないというのに。驚きと冷やかしと恨みの声が次々と飛び交い始める。



「ふざけんな岡崎てめえ!」

「幸せこっちに分けろよホントに……」

「千佳おめでとう! やっぱりあんた達結婚まで行くと思ってたんだよねー」

「というか他はどうなの? 彼氏彼女いるやつ手上げてー、ぶっ飛ばすから!」

「怖ええよお前!」



 当時から仲がいいクラスだとは思っていたがちっとも会話が途切れない。元々話す方ではないので聞き役に徹していると「うーさみ!」と楽しげな声が背中から掛かった。



「田中?」

「そうそう。俺はしっかり覚えてるぞ、お前が卒業するまで頑なに好きなやつのこと隠してたの」

「は」

「あ、そんなことあったな」

「結局正解誰だったんだよ」

「ねえねえ何の話―?」

「こいつ昔好きなやつ居た癖にぜってえ言わなかったんだよ。だから皆で当てようとしてたんだけど最後まで隠しやがって」

「え、誰? うちのクラスだったの?」



 言葉を挟む暇も与えずに畳みかけるように話しかけられる。何で皆そんなこと覚えてるんだよ、頼むから忘れろ。



「せっかくだし今告白すれば? ほらよくあるじゃん、同窓会で俺お前のこと昔好きだったんだーってやつ」

「そんで付き合い始めるやつね!」

「ドラマの見過ぎだろそれ。で、誰だったんだ?」

「……言うと思うのか?」

「もう時効だろ? それとも未だに隠してるってことはお前、まだその子のこと好きだとか?」

「……」

「マジかよ」



 回れ右で逃げようとするとすぐに目の前に別のクラスメイトに回り込まれた。



「インターハイ行ったバスケプレイヤーから逃げられると思うなよ?」

「あ、そうなのか。おめでとう」

「まあ一回戦で負けたけどな。って、その話はいいんだよ」



 昔からバスケ馬鹿だったクラスメイトに思わずそう声を掛けると「お前そのズレてるとこ変わってねえな」と呟かれた。



「で?」

「だから言わないって言ってるだろう」

「じゃあヒント。今日その子って来てるか?」

「……」



 これ以上問答を続けていても埒が明かない、というか段々疲れて来た。これ以上答える気はないからとだけ前置きをしてから俺はその問いを肯定したのだった。






 それからいくつもの予想を立てて来るやつらから逃げた俺は、他のクラスメイトと思い出話をしてから一旦その場から離れた。飲み物のお代わりを取りに行くついでにソエルのことを思い出したのだ。流石にばれるようなことはしてないだろうが、姿が見えないと何をしているか少し心配になる。……また人間の姿になって紛れ込んでないだろうかとか。



「……あ」



 と、ソエルを見つける前に先に観月さんを見つけた。恐らく俺と同じように以前のクラスメイト達と話しているようで楽しそうに笑っている。

 一瞬話しかけようかと思ったが思い留まった。俺なら普段から話しているし、久しぶりに会う友人との会話を邪魔するつもりはない。再びソエルを探そうと、俺は止めていた足を動かそうとした。



「俺、実は昔観月のこと好きだったんだよな」

「……え?」



 そんな声が聞こえた瞬間、俺の足はぴたりと動くのを止めてしまったが。



「ええ!? 宮本君それ本当?」

「ちょっと待ってよ、そういえばつくしも宮本君のこと好きだって言ってなかった?」

「あ、そういえば!」



 ……は?

 慌てて振り返ると、そこに居たのは先ほどと変わらない同級生達。ただその中の一人の男は少し照れたような表情を浮かべていて、そして彼の近くにいる女子は楽しげに歓声を上げている。

 そして肝心の観月さんは、少し困ったような恥ずかしがっているような何とも言えない表情をしていた。



「そ、そんなこともあったっけ……」

「もうつくし、何照れてんのよ! 小学生のうちに告白しておけば上手く行ってたっていうのに!」

「っていうか今からでも遅くないんじゃない?」

「宮本君相変わらずかっこいいもんね!」



 騒がしいはずの喧噪が一切耳に入って来ない。ただ観月さん達の周囲の声だけを意識して切り取ったようで、それらの音だけが頭の中でぐるぐると回り続けている。

 昔、好きだった? 俺が観月さんを見ていた頃から、彼女は他の人を見ていた……。

 クラスメイトに促されるようにアドレスを交換する観月さんを見て、自然と強い力で両手を握りしめていた。



「……なあ、観月って今彼氏とかいるのか?」

「それは……」

「……っ」



 躊躇いがちに尋ねた宮本という男に彼女が返事をする前に、俺は逃げるようにその場から立ち去った。これ以上、聞くに堪えなかった。




「……観月さん」



 壁際まで来て息を吐く。苦しい。苦しくて堪らない。この前さんざん死ぬような苦しみを味わったはずなのに、今はそれすら生ぬるいと思えてしまうほどに。

 宮本、その名前は有名だったから何となく覚えていた。うちの学年で一番モテていただとか、頭がよかったとか、噂で何度か耳にしたことがある。

 そしてそれは現在も、だ。少なくとも外見は、俺とは比べ物にならないくらい整っている涼しげな表情が似合う男だった。そんなやつに好きだったなんて急に言われたら普通の女なら嬉しいものじゃないか。ましてや昔好きだったというのなら尚更。


 昔想いを寄せていて、再会してまた好きになる。少なくとも俺はまるっきりその通りだったのだ。観月さんが同じ状況に陥る可能性だって勿論考えられてしまう。

 同窓会で好きだったと言って、付き合い始める。……なんて、先ほどクラスメイトが茶化しながら言っていた言葉が過ぎって余計に胸が重たくなるのを感じた。このままで関係を終わらせないとばかりにアドレスを交換しそして彼氏の有無を尋ねるなんて、まるでまだあの男は観月さんに気があると言っているようなものだ。いや、実際にそうなのだろう。あの場から逃げ出す前に見たやつの目を見れば嫌でもそれが分かった。何せ、俺と同じなのだから。


 ――嫌だ。観月さんを誰にも渡したくない。



「おーい、風真。大変だぞ」

「……ソエル」



 どんどん思考が暗くなっていくところで、ふよふよと人々の頭上を飛んでこちらにやって来たのは勿論ソエルだった。



「さっきつくしが何か言い寄られてるみたいだったけど」

「……知ってる」

「ああ? だったらさっさと行けよ。俺の女に手出すなーって」

「俺のじゃない」

「でも彼女だろ? 仮だけど」



 何気ないソエルの言葉に息が詰まった。そうなのだ、確かに観月さんは俺の仮の恋人になることを以前了承してくれていた。……そんな大事なこと、すっかり頭から抜け落ちていた。



「風真?」



 ソエルの声にも答える余裕なんてない。

 じゃあ、観月さんはあの男の質問にあの後なんて言ったのだろうか。仮だから別に彼氏なんていないと言ったのか……それとも、律儀にソエルとの約束を守るように居ると言ったのか。

 前者ならまだいい、俺も忘れていたくらいだったから。だけどもし、後者だったら。ソエルの頼みを聞いた所為で彼女にとって望まない返答をしていたら。


 観月さんと知り合ってから今まで、色んなことを話したし何度も出掛けた。そんな関係になれたことが嬉しかったし、もっと一緒に居たいと思うようになった。

 だけど、観月さんから見てどうだったのだろう。仮の彼女という名目で俺と出かけて、ましてその結果怖い目に合わせたり閉じ込められたりして、観月さんはどう思っただろうか。もしもただの義務感で付き合ってくれていただけだとしたら。そしてそんな状況で彼女が他の男を好きになったとしたら。



「ソエル……俺、観月さんのことが好きだ」

「は? んなこと知ってるに決まってるだろうが」

「ああ」



 好きなんだ、他の誰よりもずっと。ソエルのずるい提案に乗って、仮でもいいから恋人になってほしいと頼み込んでしまうくらい。


 ……だけど、もしそれが今後彼女の気持ちの邪魔になってしまうとしたら、俺は。



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