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私の話:出会い②

「僕の名前はソエル。見ての通り天使です!」



 駅直結の地下街、そこにあるファストフード店のカウンター席に腰を下ろした私は、隣に座る猫背の男と目の前で名乗る天使を見て曖昧に笑った。



「その……ソエル君? 天使って言うのは」

「神様の願いを聞いて、人々を幸せにする存在です!」

「……」



 にこにこと胸を張るソエル君を、隣に座る彼がじっと見る。その目は酷く胡乱なものに見えた。



「ソエルお前……口調が」

「ささ、風真ふうまも彼女に自己紹介しましょうよ」

「……宇佐美うさみ風真ふうまだ」



 ソエル君に話を遮られた彼は、少し沈黙した後こちらに向き直ってそう名乗った。私も「観月つくしです。初めまして」と、軽く会釈をしてからソエル君を見上げる。聞きたいことは沢山あるのだ。



「えっと、ソエル君はどうしてここにいるの?」

「よくぞ聞いてくれました! 僕たち天使は普段神様にお仕えしているのですが、人間界に来たのには深い深い訳があるんです!」



 がやがやと騒がしい店内に響き渡るような声でそう言ったソエル君は、私の隣に飛んで来ると真剣な表情で「実はですね……」と昔話でもするかのように語り始めた。






 現在、日本では少子化が問題になっている。これから新しく生まれる命はどんどん減っていき、そしてやがて日本は滅びの時を迎える。

 ここまでは神様も想定していた。だがしかし、何らかの影響で本来の予定よりも滅びの時期が早まっていると計算された。未来が大きく変わってしまうのが困る神様は、それを防ぐために天使を使ってとある対策を提案したのだ。

 簡単に言えば、若者の恋愛促進を図るために天使がそのサポートを行う、ということだ。

 今回はとりあえず本始動の前にどの程度の効果が見込めるかという実験で、あまり恋愛に積極的ではない若者の中からランダムに選出してそれぞれに天使が一時的に担当に就くことになった。





「という訳で、僕が担当するのがこの風真なのです!」

「……うん」



 神様、ものすごいお節介なことしてないかと思った私は多分可笑しくない。ひらひらと宇佐美さんの元へと飛んで行ったソエル君を、彼は少し嫌そうに一瞥した。



「本当に、大きなお世話だ」

「でも困りますよね? 日本滅びちゃうんですよ?」

「でも、未来が変わったらいけないって言ってたけど、もしこれで本来結婚する人が変わっちゃったりしてもいいの?」

「そのくらい大丈夫です。神様はそんな個々人のことまで考えていられませんから。全体で帳尻が合っていればそれでいいんです」

「うーん……まあ、そうなのかな」



 まあ何十億人といるのに一人一人を気にしていられないというのは分かる。

 ……というよりも、なんだか普通に話に納得してしまったが私はこれでいいのだろうか。確かに目の前の男の子はどうみても天使そのものでしかないが。



「風真の所へやって来て一か月ほど経ちますけど、全然積極的になってくれないんです。さっきだって連絡先を聞くぐらいの甲斐性もないし」

「お前の言う通りに動くつもりはない」

「ふざけ……ごほん、しょうがない人ですねー風真は」



 今何か一瞬ドスの利いた声が聞こえた気がしたんだけど気のせいだろうか。



「しょうがなくない。期間は半年なんだろ、長いがあと五か月粘ればいいだけだ」

「……そんなこと言ってていいんですか?」

「どういうことだ」

「実はですね、期間を過ぎても恋人が出来なかった場合、次の手を打つように言われているんです」



 相変わらずにこにこと微笑んだままのソエル君は、何てことないようにその言葉の続きを口にした。



「“矢”を、執行されます」

「矢?」

「はい。目の前の人間に問答無用に恋愛感情を持つようになる、そんな矢で打ち抜かれることになりますね」

「な」



 がたり、と音を立てて宇佐美さんが立ち上がり「聞いていないぞそんなこと!」と叫んだ。

 直後、ぎょっとしたように周囲の視線が宇佐美さんに集まり、彼はそれに気付いて慌てて席に着いた。その表情は酷く苛ついているように見える。



「……そんな話、最初に言わなかっただろうが」

「そりゃあ言ってませんから」

「こいつ……!」

「まあまあ。……という訳なんです、つくしさん」

「え?」



 唐突にソエル君の顔がこちらに向き、話を振られる。



「確かに矢の執行は任務の一つですけど、あんまり人間の感情に強制的に干渉するのは神様も望んでいないんです。つくしさん、あなたが僕を見ることが出来るのもきっと運命です。だからどうか、風真に協力してくれませんか?」

「おいソエル!」

「協力?」

「いきなり好きになれ、とは言いません。女性と付き合うのに慣れさせるために、疑似的に恋人になってもらえませんか」

「……はい?」



 疑似的に、恋人?



「つまり、風真の彼女の練習台になってもらいたいんです」

「ソエル!」

「どうしたんですか? その方が風真の為になるでしょう?」



 声を押さえながらも怒る宇佐美さんを見て、ソエルはきょとんと首を傾げている。わざととぼけているのか、それとも天然なのか分からない。



「俺はともかく、他の人に迷惑を掛けるようなことを言うな!」

「えーでも、風真は女の子に慣れていないし、このままだと順調に恋人も出来ずに矢で打たれますよ。いいんですか?」

「……それは」

「ね? 好きでもない人間に夢中にさせられて、自分の人生が歪んでしまうの、嫌でしょう。ところでつくしさん、彼氏はいるんですか?」

「いないけど……」

「ならちょうどいいじゃないですか。ちょっとした人助けだと思ってひと肌脱いでくれませんか? ほら、この人ちょっと影薄いですけど、よく見たらそれなりにかっこいいですよ! よく見たら!」



 ずい、と詰め寄られて「お願いします!」と頭を下げられる。どうしたものか。彼氏はいないと言っても別に特別欲しかった訳ではないし、宇佐美さんがどういう人かも分からないのに頷くのはどうだろう。

 というか彼の方がむしろ不満なのでは、と私は目の前のソエル君を少しどかして彼の背後で困惑した表情を浮かべている宇佐美さんを見上げた。



「あの、あなたはどうしたいんですか?」

「え?」

「いやえ、じゃなくて。自分のことですよ」



 私の声に僅かに目を泳がせた彼は、少しだけ沈黙した後、苦々しい声で溜息を吐いた。



「……初対面、の人間にそんなこと強要できない」

「知り合いに頼んでみてはどうですか?」

「いえいえ、つくしさんは僕が見えるからともかく、他の人間にそんなこと言ったら普通に引かれますって! そもそもそんなこと頼める女友達がいたら天使に選ばれていませんよ」

「……それは、確かに」



 ソエル君が見えていても困惑しているというのに他の人が聞いたらもっと首を傾げるだろう。



「つくしさん、お願いします。僕は任務ということもありますけど、第一に風真に幸せになってほしいんです」

「ソエル君……」

「ソエル、いい加減に」

「ちょっと休みの日とかにデートして、徐々に女の子に慣れて行ってくれればいいんです。恋人とはこんな感じなんだと実感できるようになればいいのでどうか!」



 止めようとする宇佐美さんを振り切るようにしてソエル君が私の手を取って懇願した。先ほどまでちょっと一癖ある子なのかなと思っていたが、こんなに必死になって宇佐美さんの為に頼む姿を見ると、本気で彼のことを思っているように感じた。

 ましてや見た目も比喩ではなく天使そのもののソエル君だ。子供の一生懸命のお願いに首を振るのも躊躇われる。



「すまない、こいつの言うことは聞かなかったことに」

「あの、宇佐美さん。……私でよければ協力しましょうか?」

「な」



 宇佐美さんが絶句したが、私はそのまま続けた。



「いきなり本当に恋人になれとかだったら困りますけど、ちょっと一緒に出掛けるとかでよければ、構いませんよ」

「なん、で」

「いやだって、困ってるんでしょう? ソエル君じゃないですけど、これも何かの縁ですよ」



 簡単に言えば女友達になってアドバイスが欲しいということだろう。定期を拾ってくれたお礼ではないが、それくらいいいと思ったのだ。宇佐美さんは少なくとも、見るからに悪人という感じではなさそうだし。

 ……それと、天使であるソエル君をもっと観察したいという下心も正直な所あった。こんな不思議な存在、もう二度と会えないかもしれないから。



「……」

「勿論宇佐美さんが私では困るのであれば……」

「いや、そうじゃないが……本当にいいのか?」

「一応先に言っておきますが、そんな大したこと出来ませんよ?」



 私自身彼氏がいた時期もそんなに多くない。ただちょっと出かけて女に慣れさせる程度なら何とかなるだろう。……あ、最終的に女の子紹介すればいいのか?



「……観月さん」

「はい」



 さんざん悩んだ末に、ようやく重たい口は開かれた。



「迷惑を掛けるかと思う。だが出来れば、これから五か月、よろしくお願いしたい」

「えっと……はい」

「ありがとう。このお礼は必ず」



 大きく頭を下げてそう言った宇佐美さんが顔を上げる。今まで困惑しか浮かんでいなかった表情が緩み、気恥しそうにほんの僅か笑みを浮かべていた。



「……」



 話し合う私達の視界から外れた場所で天使が企むような笑みを浮かべていたが、他の人は勿論私も宇佐美さんもそれを見ることは叶わなかった。




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