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私の話:勘違い

 クリスマスも過ぎ、そして年が明けた。お正月になると、我が家はいつもよりも三人多くなる。



「つくし、久しぶりね」

「うん。お姉ちゃん明けましておめでとう」

「ねーね!」

「葵ちゃんも久しぶりだね」



 久しぶりに実家へ帰って来たお姉ちゃんとお義兄さん、そして姪で三歳になる葵ちゃん。三人が来るとうちは随分と賑やかになる。頭の上の方で二つ縛りをした葵ちゃんの頭を撫でると、嬉しそうに足に抱き着いて来た。この子は本当に人見知りというものを知らない。



「つくしちゃん、そう言えばお義母さんに聞いたぞ?」



 炬燵に入っているお姉ちゃんの隣に腰を下ろすと、机越しに目の前にいたお義兄さんが楽しげな顔をして話しかけて来る。



「聞いたって何を」

「彼氏が出来たって」

「え」

「そうそう、早く教えてくれればいいのに何で黙ってたのよ」



 何だその話、と思いかけてすぐに思い当たる。お母さんが言ってたというのなら少し前までしつこく聞かれていた宇佐美さんのことだろう。

 本当の彼氏だったらいいけど違うんだよなあ、と思いながら否定しようとすると、その前に「かれし?」とお姉ちゃんの膝の上に座った葵ちゃんがこてん、と首を傾げた。



「彼氏っていうのはね、らぶらぶな人のことよ」

「ちょっとお姉ちゃん!」

「わー! あおいしってる! あのね、おともだちのよっちゃんとゆうくんもらぶらぶなの!」



 幼稚園で既にそんなにませた子がいるのか、と思い掛けたけど、そう言えば私の頃もいた気がした。



「……あの、お母さんにも言ったけど彼氏じゃないから」

「えー、でもうちに連れて来たんでしょ?」

「あれは不可抗力というか……」



 本当に不可抗力以外の何物でもない。ソエル君の力に対抗する術はないのだから。

 しかしそうやって弁解するものの、あんまりお姉ちゃん達は信じていないようだった。



「不可抗力って……まさかあんた、一方的に付き纏われてる訳じゃないでしょうね?」

「え、そうなのか?」

「違う違う! 全然そんなことないから大丈夫だって!」

「ならいいけど、何かあったらちゃんと言うのよ」



 少し心配そうになったお姉ちゃん達に曖昧に笑って返す。何かあったら、という言葉でクリスマスの件が過ぎったが、心配させるので家族には何も言っていない。




「つくしさんは僕が守るので大丈夫ですよ」

「え?」



 葵ちゃんとは違う、しかし聞き慣れた幼い声。そんな声が聞こえたのはその時だった。



「そ……」



 反応してぱっと顔を上げると、そこにはいつの間にか現れた笑顔のソエル君がいた。静かに、と自分の口の前に人差し指を立てたソエル君は「明けましておめでとうございます」と言って私の隣に降りて来た。



「どうしてここに、って顔してますね。クリスマスから会っていなかったので少し様子を見に来ただけですよ」

「あー!」

「葵?」

「とりさんだ!」



 いきなり叫んだ葵ちゃんに何事だと皆して振り返る。すると葵ちゃんはびっと指を差して嬉しそうな顔でそう言ったのだ。……指の先を、しっかりとソエル君に向けて。



「鳥? 葵は何のことを言ってるんだ?」

「パパ、あのね、とりさんなの」

「うんうん、何言ってるか分かんないけど可愛いなー」



 にっこにこの葵ちゃんにお義兄さんの顔がでれっと崩れ始める。葵ちゃんは可愛いから仕方がない。……が、私はそれに癒されている場合ではなかった。

 まさか、葵ちゃんもソエル君が見えているのか。ソエル君がぱたぱたと羽を動かしてみると「きゃー」と嬉しそうに声を上げた。

 お姉ちゃんは不思議そうに膝の上の娘を眺めているが、「まあ楽しそうだからいいか」とそのまま蜜柑を剥き始める。



「あー……そうですよね、つくしさんが見えるんだったらその可能性はありましたよね」



 天使が見えるのって血筋なんだろうか。お姉ちゃんは見えないみたいだけど。ソエル君を窺うと、肩を竦めて「そういえばつくしさんには言ってませんでしたけど」と口を開いた。



「つくしさんが天使を見ることが出来るのは、僕達天使との波長が合っているからです。で、これは結構血筋で遺伝することもあったりするんですけど……今のところ見えてるのはその子だけみたいですね」



 葵ちゃんはともかくお姉ちゃんに見えなくてよかった。説明のしようがない。



「あーでも、私もつくしの彼氏見たいなー。ねえ連れて来てよ」

「正月だし彼氏君も家族で過ごしてるんじゃないか? 無理に呼ぶのはよくないぞ」

「彼氏? おい、つくしどういうことだ」

「だから彼氏じゃないってば!」



 途端にソエル君の顔が大きく歪んだ。幼い子供の顔なのに随分怖い顔で、私は否定しながら咄嗟に葵ちゃんからソエル君を隠すように動いた。きっと見たら泣いてしまう。



「ねーお母さん、つくしの彼氏ってどんな人だった?」

「かなり背が高い子だったわよ。ちょっとしか見てないけど静かそうな感じ」

「……もしかして風真のことですか?」



 台所からリビングに戻って来たお母さんとお姉ちゃんが話しているのを聞いてソエル君がぽつりと呟く。



「違うけど合ってる」



 彼氏じゃないけど宇佐美さんだということは合っている。私が本当に小さな声でそう言うと、険しかったソエル君の顔がみるみるうちに元に戻って行った。



「なーんだ、慌てさせないで下さいよ。……あ、そうだ。いい事考えました」

「え」

「ちょっと待っててくださいね!」



 ソエル君ちょっと、何するつもりなの。

 いきなりその場から姿を消した天使に、私は少々不安になりながらも何も出来ない。ソエル君はちょっといたずらっ子というか、何をしでかすのか分からない所がある。



「とりさんいない……」

「葵、とりさんはいいから蜜柑食べなさい」



 ソエル君がいなくなってしゅんとした葵ちゃんの口元にお姉ちゃんが剥いた蜜柑を近づける。するとすぐに葵ちゃんはぱっと笑顔になって目の前の蜜柑を口に入れた。可愛い。



「葵ちゃん可愛いですよね」

「それは勿論。……将来葵も彼氏とか連れて来るのかなあ。俺許せる自信ないんだけど」

「何言ってんの気が早い」

「そんなこと無いって。つくしちゃんだってちょっと前まで中学生だったのにもう大学生だぞ? 葵もきっとすぐに大人になっちゃって『お父さん、この人と結婚したいんだけど』って男連れて来るんだ……」

「また始まったこの人は……」

「陽太君は相変わらずねえ」



 ぶつぶつと言いながら項垂れたお義兄さんをお母さんとお姉ちゃんが呆れた顔で見ている。お義兄さんは時々こうしていらぬ心配をして一人で落ち込んでいることがある。見慣れているのでもう皆放置してるけど。唯一お義兄さんを慰める係の葵ちゃんはというと蜜柑に夢中で聞いていない。



「ん?」



 私が蜜柑を手に取った所でインターホンの音がした。他に親戚が来る予定もないし一体誰だろうと思いながら、一番近かった私が立ち上がってカメラを覗き込んだ。



「はあ!?」

「つくし、どうしたの?」

「い、いや……」



 エントランスのカメラに映っていたのはひょろりと背の高い黒髪の男性……もとい、宇佐美さんだった。



「あれ、この子って」

「ちょっと行って来るから!」



 覗き込んで来たお母さんを遮って急いで外に出る。このまま家の扉の前まで来られたらお姉ちゃん達が騒ぐのは目に見えている。慌ててエレベーターに乗ろうとして……この前のことを思い出して階段を使った。

 急いで階段を降りながらどうして宇佐美さんがここに来たのかを考える。ソエル君はお姉ちゃん達の話を聞いていたのだから、きっとまた勝手に宇佐美さんをここへテレポートさせたのだろう。



「宇佐美さん! ……って」



 息を切らしてエントランスへ向かうと、そこにいたのは宇佐美さんと、そして何故かお姉ちゃんと葵ちゃんだった。葵ちゃんに至っては楽しそうに宇佐美さんの足にしがみついている。いつの間に、と思ったがエレベーターを使ったのだろう。



「つくし、あんた階段で降りて来たの?」

「ちょっと……」

「観月さん、明けましておめでとう」

「……明けましておめでとうございます」



 息を整えながら宇佐美さんを見上げると、彼は小さく笑っていた。その表情に心臓が早くなるのを感じながら、にやにや笑っているお姉ちゃんに向き直る。



「お姉ちゃんは戻っててよ」

「いいじゃんいいじゃん、私のことは気にしなくていいから」

「おにーちゃ、あおいね、あおいっていうの!」

「葵のことも気にしなくていいから」



 足元で宇佐美さんに話しかけているのにどう気にするなと言うのか。



「……えっと、すみません。あの子が呼んだんですか?」

「ああ。それで折角だから初詣でも一緒にと思って」

「行きます!」

「何でお姉ちゃんが答えてるの!?」

「あおいもいくー!」



 この親子は……! 自由な二人に頭を抱えたくなっていると、宇佐美さんがしがみついていた葵ちゃんを足から引き剥がした。



「悪いな、観月さんと二人で行きたいんだ」

「宇佐美さん、ちょっと!」

「ふたりはらぶらぶなのねー!」



 引き剥がされたにも関わらず葵ちゃんはご機嫌でお姉ちゃんの傍へ戻っていく。何なんだもう一体、皆少しは私の話を聞いてほしい。



「……宇佐美、さん。あの」

「それで観月さん、どうする?」



 彼がそう尋ねたことでようやく私の発言権が得られた。……言いたいことは沢山ある。だけどそれを今ここで話すことは出来ない私は、小首を傾げた宇佐美さんと期待の籠った目で見る親子を前に「行きます」と頷くしかなかった。


 溜息を吐きながら一旦戻って出かける準備をすると、笑顔の四人とようやく起きて来て状況がまるで分かっていないお父さんに見送られながら再び宇佐美さんの元へと向かう。

 今度は二人でエントランスで向き合うと、私はどっと疲れて肩を落としながら彼に近寄った。



「じゃあ行こうか」

「うん……ソエル君」

「……どこで分かったんですか」



 私がそう呼ぶと、目の前の彼――宇佐美さんに化けたソエル君が怪訝そうな顔をした。白を切るつもりはないようだった。



「最初は分からなかったよ。また普通に宇佐美さんをテレポートさせたのかと思った」



 違和感を抱いたのは葵ちゃんへの態度だ。自己紹介をする葵ちゃんに言葉を返さなかったことと、そして足から引き剥がしてからの彼の発言。宇佐美さんにしては小さな子への対応が雑だと思ったのと、あんな言い方で葵ちゃんに断るのが意外だった。……というか断るかすら怪しいと思ったのだ。


 そもそもソエル君にいきなり連れて来られたにしては落ち着き過ぎている。完全な確信は持てなかったものの鎌をかけてみたが案の定だった。



「ちぇ、もう少し騙されてくれると思ったんですけどね」

「でも何でわざわざ宇佐美さんに化けたの?」

「風真は親戚の酔っぱらい達に絡まれていたので連れて来られませんでしたから」



 さらっと言うがそれこそ救出して上げた方がよかったのではないだろうか。



「……ねえソエル君、その姿変えて欲しいんだけど。すごい違和感ある」

「そうですか? 仕方がないですね」



 宇佐美さんの顔で宇佐美さんらしくないことを話されるとちぐはぐで変な気分だ。ソエル君は「ちょっと待っててください」というとマンションの影に隠れ、そして今度そこから出て来た時には別人に変貌していた。



「お待たせしました」

「ソエル君……なんだよね」

「ええ。僕が人間界で使う姿です。天使の姿は基本的に人に見せるのは禁じられていますから」



 現れたのは、息を呑むような美青年だった。輝かしい金髪をさらりと風に流し、かっこいいというよりは少し可愛い系の王子様みたいな人だ。よくよく見ればソエル君の面影もあり、大人になった姿をイメージしたような感じだった。



「じゃあ改めて行きましょうか、つくしさん」

「う、うん」



 思わず挙動不審になるくらいの美形だ。でも中身はあの可愛い天使なんだと言い聞かせて、私達は神社に向けて歩き出した。



「……そういえば、ソエル君は初詣とかしていいの? 他の神様に仕えてるんでしょ?」

「ああ、大丈夫ですよ。そもそも僕がお仕えしている神様はこの世にある宗教のものとは全く違う存在ですから」

「そうなの?」

「ええ。高次元そのものの意志というか、世界の管理者というか。とにかく説明しにくいんですけど別に初詣くらいでとやかく言いませんから」

「クリスマスに忙しいとか言ってたからてっきりキリスト教だと思ってた」

「クリスマスは世界中の多くの人が動きますから、その所為で起こり得る問題の対処と浮かれる人間に漬け込もうとする悪魔の排除が主です。僕もずばずば悪魔に矢を放ってきました」

「なんか、すごいね」



 随分壮大な話になって来た。ソエル君に道案内をしながら歩いていると、小学校の前を通った所で突然不機嫌な顔になった。



「どうしたの?」

「小学校が一緒だったって風真から聞いたんですけど」

「うん、そうだけど」

「……」



 え、なんでそんなに機嫌悪いの。言ってなかったことを仲間外れにされたとか思ったのだろうか。



「一緒だったって言っても、知り合いだった訳じゃないし」

「本当ですか? これっぽっちも覚えていません?」

「だと思うけど……」



 そう念押しされると不安になるが、覚えてはいない。



「宇佐美さんが何か言ってたの?」

「風真は……」

「あー!」



 ソエル君がどこか言い澱むように口を閉じたその時、どこからか大声で叫ぶ声が聞こえて来た。ソエル君から視線を外して振り返ると、そこにはノブナガの散歩中らしい当真君の姿があった。どうやら叫んだのは当真君のようだ。



「当真君?」

「つくし姉ちゃんが浮気してる!」

「はい!?」



 当真君の爆弾発言に思考が止まった。浮気って何!? ノブナガも何故だか非難するようにわんわんと吠えて来る。



「当真君、浮気ってどういうこと……?」

「どうもこうも、兄ちゃんというものがありながら!」

「わん!」

「あのね、いろいろ誤解してるんだけど」

「大体お前誰だよ! つくし姉ちゃんを誑かしやがって!」



 何で今日はこう話を聞いてもらえないんだろう。

 ソエル君助けて、と思わず彼の方を振り向くと、何とも頼もしい顔で頷いてくれた。

 頷いて、不意に私の肩に手を回す。



「え」

「お前の兄貴には悪いが、つくしは今日俺とデートなんだ。だから口説こうが俺の自由ってこと」

「「はあ!?」」

「風真に伝えておけ、もたもたしてると俺が奪ってやるってな」



 何言ってんのこの子!?

 当真君以上のとんでもない発言をしたソエル君に言葉を失う。当真君も同じようにわなわなと口を震わせた後、きっと目を吊り上げてソエル君を強く睨み付けた。



「覚えてろよ! 今に兄ちゃんが巻き返してやるからな!」



 ノブナガ行くぞ! と私が止めるよりも早く走り去ってしまった当真君の背中に届く訳もないが手を伸ばす。うわああ! 誤解されたまま別れてしまった!



「ソエル君何であんな出鱈目言ったの!」

「その方が面白いから」

「ちっとも面白くないってば!」



 当真君のことだから絶対に宇佐美さんに伝えるだろう。今度会った時にどうやって誤解を解けば……いやそれよりも先に携帯で――



「へえ、つくしさんは風真に誤解されるのが嫌なんですか? それってどうして?」

「それは……」

「もしかして風真のこと、好きなんじゃないですかー?」



 美形の顔に似つかわしくないにやにやとした笑顔でそう言ったソエル君に、私は今度こそ完全に固まった。



「へー、ふーん」

「あ、え」

「成程な。つくし、せっかくだから俺が協力してやるよ」

「……協力?」

「ああ。俺の使命は分かってるだろ? だからお前らがちゃんと付き合えるように手を貸してやるって言ってんだよ。恋愛への積極性を向上させるための任務だからそのまま俺が伝えることは出来ねえけど」



 ソエル君の使命、それは宇佐美さんに恋人を作ることだ。手を貸してくれるとは言うが、宇佐美さんの気持ちが伴わなければソエル君の言う“矢”で撃たれるのと何も変わらない。

 不安になってソエル君を見上げると、彼は先ほど同様にとても頼もしい顔で「任せろ」と頷いた。



「……とりあえず、宇佐美さんの所へ帰ったら今日のことはちゃんとソエル君だったって言ってよ?」

「さて、覚えていたらな」



 いつの間にか本性そのままの口調になっていたソエル君は、そう言ってあくどい表情を浮かべた。……一瞬本当に天使なのかと疑った。




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