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俺の話:見舞い

 風邪引いた。



「ごほっ」

「あー、頼むからそのまま死ぬのだけは止めろよ」

「誰が、死ぬか」



 ベッドに寝ていると、ソエルが勝手に俺の机に腰掛けてどうでも良さそうにそう言った。言葉を返すのも結構しんどい。頭がぐるぐるする。



「あんなに濡れて帰って来るのが悪いんだろ。もっとつくしと距離詰めればよかったのに」

「……なあ、ソエル。聞きたいことが、あるんだが」

「何だ?」

「この前の雨、あれって」



 本当はお前が降らせたんじゃないのか。しかしそう聞こうとした所でドアがノックされ邪魔される。


 元々天気もよく、雨が降る気配もなかったのに突然降り出した。しかも俺が家に帰るとそれはぴたりと止んだのだ。観月さんはソエルが天気を当てたと思っていたようだが、タイミングが良すぎる。この前のお化け屋敷はともかく、それくらいなら普通にやりそうだと思う。天使がそんなことまで出来るのかは知らないが。



「兄ちゃん大丈夫か?」

「わん!」



 部屋の中に入って来たのは当真……と、弟の後ろから弾丸のような勢いで大きな毛の塊が飛び込んで来る。



「ノブナガ! 入っちゃ駄目だって言っただろ!」



 当真が止める間もなく元気よくうちの犬が枕元にやって来て顔を舐め始めた。抵抗も出来ない。



「し、死ぬ」



 今死なないと言った傍から死ぬ。寝ている時に犬の顔がドアップで迫り来るのは怖すぎる。

 ちなみに犬の名前はノブナガ(当真命名)になった。弟曰く「でっかい犬になれよ!」とのこと。



「もー兄ちゃん風邪引いてるんだから今度にしろって!」



 今度も止めてくれ、と思っていると当真の声に反応したのかノブナガが下がる。一応躾はしているらしく、少しは弟の言うことも聞くようだ。まだまだ御しきれていない感じは強いが。

 当真がノブナガを部屋の外に出すとようやく人心地ついた。当真が来たからか、俺が余計なことを言わないようにソエルは静かに口を閉じて当真の様子を見ている。



「それで、どうした。移るからあんまり来るなと言っただろ……」

「兄ちゃん携帯貸して」

「携帯? げほっ、何をするつもりだ」

「つくし姉ちゃんに電話しようと思って」

「……は?」

「兄ちゃんと付き合ってるんだろ。だから来てくれたら少しは元気になると思って」

「おま、えっ、何を……っ!」



 当真の発言に動揺して大きく咳き込む。げほげほと席を繰り返していると労わるように背中をさすられたが、その顔はにやにやと緩んでいた。



「最近兄ちゃん様子可笑しいと思ったら、彼女が出来たからだったんだなー。部屋でも電話してたんだろ。分かってるって!」



 何も分かっていない。が、ソエルのことで怪しまれたのを都合よく解釈されたらしい。それはそれで助かるのだが、俺の都合でそれを認めれば観月さんが困るだろう。何せ彼女は、あくまで善意で俺に付き合ってくれているだけなのだから。



「あの、な、当真」

「あ」



 と、その時。机に置いていたはずの携帯が何故か床に転がり落ちた。カーペットを引いているので壊れはしないだろうが、当真は少し驚いたように携帯を見て、そしてそれを拾い上げた。



「お、ちょうどつくし姉ちゃんのアドレス出てるじゃん。ラッキー!」

「……はあ?」

「えーっと、電話するのはこうだったよな」



 たどたどしい手つきで勝手に携帯を操作し始めた当真を見て、すぐさま机の上にいる犯人を睨み付けた。しかし当の天使は「弟君にサービスしてやっただけだぜ?」と悪びれもせずに言うだけだ。勝手に操作しただけでなく、そもそもロックも解除しやがったなこいつ。



「もしもーし! あ、俺俺。うん、当真。……そうそう、それで兄ちゃんが風邪引いちゃってさ。姉ちゃん良かったらお見舞いに来てくれねえ? ……うん、そんな滅茶苦茶酷い訳じゃないけど。……あ、分かった。じゃあ兄ちゃんに伝えておくから。うん、ノブナガも待ってるからなー」



 通話を切った当真は「後で来るってさ」と相変わらずにやにやと笑いながらそう言った。ソエルにもだが、もう怒る気力もない。


 それからすぐに当真が母さんに連れ戻されると、風邪とは別の疲労感が体にのしかかって来る。ソエルの言葉も聞いている暇もなく、いつの間にか瞼は落ちてしまっていた。













「……ま、風真! 起きて下さい!」



 それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。俺からしたら殆ど一瞬で眠りから浮上する。



「ソエル君、駄目だよ。風邪なんだから無理に起こしちゃ」

「でもせっかくつくしさんが来てくれたんですから」



 観月さん? ……そうか、いつの間にか来ていたのか。

 体を起こそうとすると、「そのままでいいですから!」とすぐさま元通りにさせられてしまう。



「その、具合はどうですか?」

「ああ。寝てたら少しましなった気がする。それと悪い、当真が電話して」

「そ、そんなことないですよ! 風邪なんて聞いたら心配になりますから!」



 ぶんぶんと大きく首を振られる。何だか、いつもよりもリアクションが大きいのは気のせいだろうか。



「あの! それより……」

「?」

「宇佐美さんが風邪引いたのって、もしかして雨で」

「いや、最近急に冷え込んだからな。それにノブナガまで来て精神的にちょっと大変だった。それだけだ」

「……」



 雨で、という言葉が出て思わず喉の痛みなど気にせずに早口でそう言ってしまった。

 あの時ソエルの策略とはいえ傘は一本しかなく、二人とも雨に濡れないで帰るのは普通に考えて無理だった。だからこそ観月さんが濡れないように注意を払っていたのだが……それで結局自分が風邪を引いたなんて知られるのは、事実とはいえ正直情けなくて堪らない。

 俺にだってプライドはあるのだ。ソエルが何か言いたげに見ているが黙殺する。



「ああ。言い忘れたが、ノブナガっていうのはこの前の犬の名前で……」

「ああはい、さっき当真君に教えてもらいました。触らせてもらって、可愛かったです」



 話を逸らすと、観月さんはそれ以上追及して来ることなく乗ってくれた。ノブナガのことを思い出しているのか、にこにこと零れる笑みに俺も釣られて笑ってしまう。

 ……その直後、突如彼女の笑みが崩れ去った。



「観月さん?」

「うあ、はいっ!」



 ぽかんと口を開けたかと思ったら急に勢いよく顔を逸らされた。ソエルも不思議そうに観月さんの顔を覗き込もうと顔を背けた先へ回り込む。



「つくしさ」

「み、見ないで!」



 ところがソエルが顔を覗き込もうとした瞬間、なんと観月さんの手が思い切りソエルの顔を両手で覆いつくしたのだ。結構な勢いのついたそれにソエルは「ぐっ」と呻き声を上げてばたばたと抵抗するように羽と手足を動かす。



「あ……」



 我に返ったように観月さんの手が緩む。その隙に脱出したソエルは、大きく息を吸い込む呼吸を整えると「何すんだつくし!」と低い声を上げ……そして彼女同様に我に返った。



「……び、びっくりしたじゃないですかー。つくしさん酷いです」



 完全に素がばれていると分かっていてもそのキャラを貫き通そうとするのはある意味すごい。



「ごめん、ソエル君」

「いいですけど、何があったんですか?」

「なんでもないよ……なんでも」



 思い切り目を逸らしたままそんなことを言われてもまるで説得力がない。



「それじゃあ! あんまりお邪魔するのも悪いので私はそろそろ」

「え? さっき来たばかりじゃないですか」

「宇佐美さんが風邪で辛いのに休めないと困るし……」



 だから帰るね、と早口で言った観月さんが立ち上がる。一刻も早く帰りたいといった様子に、熱の上がっていた頭がさーっと冷えていくのを感じた。俺、何かしたのか。



「宇佐美さん、お大事に。ゆっくり休んで下さいね」

「あ、ああ。ありがとう」



 それでも最後の言葉はこちらを案じるもので、そのアンバランスな態度に困惑しながらも彼女の背中を見送った。

 ぱたん、と扉が閉められた瞬間、ソエルと俺は思わず顔を見合せることになった。



「つくしのやつ、何だったんだ?」

「さあ……?」




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