ステーキ1ポンドの涙
かなり昔の週末のことを書く。
高校の同級生のたっくんとばったり街で会った。学生時代、おれはいまと変わらず屑だったけど、たっくんはいわゆるいいやつ、クラスのムードメーカーで、ほら、おれみたいなやつのことも覚えてくれている。立ち話が盛り上がって、コーヒーでも飲みに行こうか、といっていたら、なぜかステーキを奢ってくれることになった。
私はこれでも県内有数の進学校出身である。しかし勉強してたのは中学までで、高校に入ると登校して寝て、家に帰って寝て、の日々を繰り返していた。そんな私とは違い、たっくんは優秀な男だった。部活は陸上部、目立った成績はあげなかったが、学校では一番足が速かった。勉強もできた。東大ではないが、東京の難関大学に行ったと私は記憶している。進学も就職もせずそのままフリーターになった私とは偉い違いだ。
たっくんは今は銀行員さんであるらしい。その日は嫁さんが高校か中学かそれとも小学校だったか忘れたが、地元で同窓会があり、久しぶりに一人で外食と洒落込もうと考えていたらしい。
そんなところに屑な私が同行するのはどうかと思ったのだが、たっくんは昔と変わらぬ爽やかな強引さで私を拉致した。私とて、腹が空いていた。パチンコで負け、家に帰り、おかさんの飯でも泣きながら食そうか、しかし我が家の夕食まではまだ時間がある、と街を徘徊していたところであった。まあ、その辺はどうでもよい。ともかく私は、こういった偶然から、たっくんに1ポンドステーキをおごってもらうことになった。
すまんなぁ、たっくん、嫁さんもおって、大変やろに、と私は1ポンドステーキを食せる嬉しさからでる笑顔をこらえながら、申し訳なさそうに言った。たっくんは、いいよ、こういう偶然は大切にしたい、と社会で揉まれた人間だけができるスマイルをして言った。それからたわいもない会話が続き、1ポンドステーキが来て、私たちはそれを食し始めた。
「おい、これはすげえ塊肉だな、たっくんよ。肉塊?塊肉?ともかくすげえな」
「ああ、すごいな。おれ、ビール飲んでいいか」
「それは好きにしてや」
「お前も飲まない?酒、飲まないんだっけ?」
「飲む飲む。むっちゃ飲むでー」
「そしたら生二つたのもか」
「頼もう頼もう」
「うまー。肉にビール、最高や!しかし、たっくん偉いなあ。ええ仕事ついて、嫁さんももろて、家も建てたんやっけ?ほんでこんなうまいもん食べれて、おれなんかに食べさせることできて、あげくの果てにビールまで飲ませてくれて、ほんま偉いわー」
「なんも偉くないよ」
「なんで。おれなんてこの年で結婚してないし、実家で未だに親の脛かじってんで。屑よ。それに比べたらたっくんほんますごいわ」
「……そうかな」
「どないしたん、たっくん。急にえらい暗いな。やっぱ仕事大変なんか?大変に決まっとるわなー。銀行員さんやもんな。おれみたいなあほにはわからんけど、難しい仕事やろうな」
「仕事やない」
「ほな、なんや?なんか悩みがあるんか」
「子どもや」
「子ども、できたんか?めでたいやん」
「できんのや」
「子どもがか?」
「そうや」
「なんでや?」
「わからん」
沈黙。
沈黙。
ただ沈黙。
あのなあ、たっくん。1ポンドステーキ食してるときに、そんな重い話、されてもよ。こっちはただでさえ、毎日嫌なことしかなくて、行きたくもないパチンコに行ってその上負けて、尻の毛までいかれて。私みたいな屑にそんな悩み、打ち明けてええのか、何の解決にもならんぞ。ほんまにええんか。たっくん、困るよお。困るなあ。そうか、子どもが。へえー、ほーなん。しかしながら私みたいな屑にだからこそ言えたのだろうな。そう考えると、少し誇らしく、ふはははは。いや、いろんな人に話してるのかもしれんがよ。まあ、しかしたっくんよ。子どもが欲しい。それはわかる。おれは別にほしないけど、他人が子ども欲しなる気持ちはわかる。1ポンドステーキ食いたくなるそれとは全然異なるだろう。しかしながら、まあ、ここはなんとか明るく、とりあえず1ポンドステーキくおや。ビール飲もや。話はそれからや。
しかしたっくん元気が出ず、一方私は1ポンドステーキが冷め始めているのが恐ろしく、食べたい。食したい。おいしいうちに召し上がりたい。私はたっくんの目を見て、たっくん、たっくんならできる!できるぞ、きっと。と言った。それから1ポンドステーキを一口食し、食しながら、できるぞーーー、たっくんなら。たっくんならーーー。1ポンドステーキをまた食し、再び、たっくんなら!たっくんなら!と繰り返した。涙が出てきた、なぜ、たっくんが!しかしたっくんなら!たっくんならーーー!泣きながら、1ポンドステーキ食しながら、ビール飲みながら、たっくんなら、たっくんなら、と!するとたっくんも!おれなら!おれなら!と!泣きながら!1ポンドステーキ食しながら!ビール飲みながら!たっくんなら!おれなら!1ポンドステーキ!ビール!たっくん!おれなら!たっくんなら!1ポンドステーキならーーー!
そして、私たちは完食した。
完食したが、興奮が冷め、冷静になると、いったい何をしていたのか、妙な空気になった。どちらが言うでもなく、自然と席を立ち、店を出た。それからお互い感謝を述べ、そそくさと別れた。
今日、たっくんから連絡あった。どうやっておれの連絡先を、あんとき番号交換したっけ。まあそんなことどうでもよく、たっくん、子どもができたんやと。
ほんま、よかった。
また1ポンドステーキ、食いたいなあ。