もう一人の魔法使い(桂まゆさんへのクリスマスプレゼント)
鏡を眺めながらまゆはイライラしていた。またしても髪がくちゃくちゃになってしまったからだ。
「なんでこんな日にこんな仕事をしなきゃならないのよ!魔法使いとサンタクロースは違うんだから」
今日はクリスマスイヴ。これから大事な約束があるというのに、ボランティアで子供たちにクリスマスプレゼントを配る仕事をしてきたところだ。
冬の夜空を箒で飛ぶのは嫌いじゃない。澄み切った空気は星をきれいに輝かせてくれる。風は冷たいけれど、気分は最高。ただ一つ…。ただ一つだけ気に入らないことがある。それは…。
「シャワーを浴びよう。ゆっくり温まって、もう一度髪をセットしなきゃ」
そう!飛ぶ度に髪がくちゃくちゃになってしまうこと。
大きな浴槽に浮かんでいるのは気持ちがいい。箒で飛ぶのと同じくらい。だから、まゆは家のバスルームに大きな浴槽を据えている。
「なんだか眠くなっちゃった…」
働いた疲れのせいか、急にまぶたが重たくなってきた。そして、そのまま浴槽の中に体を沈めた。その時、アラーム音が鳴り響いた。
「うーん、もっと入っていたかったなあ」
まゆはバスルームを出た。パウダールームで再び鏡の前に立った。入念にスキンケアをして髪に軽くドライヤーを当てた。
「よし!」
約束の時間までにはまだ十分な余裕がある。まゆは紅茶を淹れてリビングのソファに腰を下ろした。紅茶を一口すすって何かを思い出したように口元をゆるめた。去年のクリスマスのことを思い出したのだ。去年は危うく行き違いになるところだった。今年はきちんと予定を確認し合った。日下部がまた京都まで来てくれることになっている。
「さて…」
残った紅茶を飲み干すと、まゆはクローゼットへ向かった。
「何を着て行こうかな…」
クローゼットの中を見渡すと一着の服が目にとまった。日下部が大好きなミニスカサンタの服。去年のクリスマスはこの服で飛んだ。
「まさか、今日はこれじゃあ行けないよね」
迷った挙句、まゆはワインレッドのイヴニングドレスを選んだ。そこで、再びアラーム音が鳴り響いた。何かに集中すると、つい時間が経つのを忘れてしまう。
「いけない!早くしたくしなくちゃ」
ドレスを着てコートを羽織る。そして、去年、日下部からもらった白い袋を肩に掛けた。時計を見ると約束の時間まで30分。
「間に合うかしら?」
今日、日下部と約束したのは京都駅近くの“リーガロイヤルホテル”のフレンチレストラン、“トップオブキョウト”。ギリギリ間に合う。念のため箒を小さくしてコートのポケットに入れて行く。
駅に着いた時には既にホームに電車が止まっていた。まゆは改札を走り抜けホームへ走った。いざ、電車に乗ろうとした時、アナウンスが流れた。
『上り電車、事故の影響で現在運転を見合わせております…』
「なんてこと!それじゃあ、間に合わないわ」
まゆは人気のないところに移動した。コートのポケットから箒を取り出すと元のサイズに戻してまたがった。
「結局、こうなるなあ」
箒で飛んだおかげで5分とかからずに京都駅上空までやって来た。
「さて、どこに降りようかしら…。そうだ!」
まゆは一旦、近くのビルの屋上に降りた。そして白い袋からマントを取り出した。マントを頭から被るとまゆの姿は見えなくなった。そう!去年、日下部がまゆにプレゼントしてくれたのはかの有名な透明マントだったのだ。
まゆはマントを被ったまま地上に降りると、箒を小さくしてコートのポケットに突っ込んだ。そのままホテルに入って行くと、化粧室の個室に直行した。マントを脱いで白い袋に仕舞うと、それを小さくしてバッグに放り込んだ。
「これで良しと」
個室を出ると、まゆは何事もなかったかのように化粧室を出ようとした。その時、鏡に映った自分の姿が目に入った。
「いやーっ!」
せっかくセットした髪がまたくちゃくちゃになっていた。こうなってしまったら簡単に直せるものではないことをまゆは十分に知っている。諦めるしかない。まゆはそのまま日下部が待つレストランへ向かった。
「お待たせしました」
既に席に着いていた日下部にまゆは頭を下げた。
「どうぞ」
日下部に促され、まゆも席に着いた。席に着いた後もくちゃくちゃになった髪が気になって、しきりに髪に手をあてる。
「今日も飛んで来たんですか?」
「ええ、電車が止まっていて…。って、日下部さん、どうしてそのことを?」
「去年のボクの誕生日にも飛んで来てくれたでしょう?」
「気が付いていたんですか?」
「ええ、何となくね。でも、確信したのはその後のクリスマスの時ですね」
「そうだったんですか…。そう言えば、あのマント!」
「ああ、あれね。あれはUSJのお土産だよ」
「えっ?だって本物ですよ」
「それはまゆさんが使うからですよ…。ちょっと出してもらってもいいですか?」
まゆはバッグから白い袋を取り出した。そして、マントを日下部に渡した。日下部はそれを頭から被って見せた。けれど、日下部の姿は消えなかった。
「どういうことですか?」
「まゆさんが可愛いから」
「ごまかさないでください!」
「うーん、あれは女性用なんだ。男性用はこれ」
そう言って日下部はポケットから布を取り出すと、自分の腕を覆って見せた。すると、日下部の腕が見えなくなった。日下部は微笑んでその布を素早くポケットに仕舞った。続けて胸のポケットに差してあったものを取り出して見せた。小さいけれど、それはまさしく箒だった。
「日下部さんも…」
まゆがそう言いそうになった時、日下部は右手の人差し指を口元に当てて「シーッ」と言った。
「メリークリスマス!」
日下部はそう言ってワインが注がれたグラスを掲げた。
「メ、メリークリスマス」
まゆはぎこちなく自分のグラスを併せた。
食事が終わると、まゆと日下部はホテルの屋上に出た。
「送りますよ」
そう言って日下部は自分の箒を元に戻した。
「どうぞ」
まゆが箒にまたがると、日下部もまゆの後ろにまたがった。
「二人乗りなんて大丈夫かしら?」
「はい、まゆさんなら軽いもんです」
日下部がそう言ってにっこり笑うと、箒がふわりと宙に浮かんだ。
「少し遠回りをしますよ」
まともに行けば5分もかからない。まゆがもっと日下部と一緒に居たいと思っているのを見透かされているようで少し恥ずかしかったけれど、嬉しかった。
「はい」
箒は二人を乗せて神戸方面へ。ハーバーランドの辺りからメレケンパークのライトアップがとてもきれい。それからしばらく海岸線を飛んで六甲山を超えた。再び京都に戻ってくると、将軍塚へ。展望台には何組ものカップルたちが見える。
「そろそろ体が冷えてきましたね」
日下部のその言葉は束の間にランデブーの終わりを告げている。
「私は大丈夫ですよ」
そう言って、まゆは日下部に体を寄せる。
「いえ、いけません。今日はこの辺にしておきましょう。会いたくなったら、またいつでも飛んで来ますから」
「はい、私も会いたくなったらすぐに飛んでいきます」
「そうですね…。ボクは好きですよ」
「えっ?」
「まゆさんのくちゃくちゃの髪」
「日下部さんのバカ!」
箒がまゆの家に降り立つと、日下部はまゆの頭をポンポンして見送った。
「おやすみ。今年も楽しい時間をありがとう」
「こちらこそありがとうございます。帰り、気を付けてくださいね」
「お気遣いどうも。でも、今夜はさっきのホテルに一泊して、明日、新幹線で帰ります」
そう言って日下部は箒にまたがり、星空に飛び立った。