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森の中の館・1

「随分と霧が深くなってきたわね……」


 どちらへ進めば良いか全く分からなかったリリアは、とにかく血生臭い場所から離れたい一心で足を進めていた。

 せめて、夜空を見渡せる場所であったなら、星の位置で方角くらいは把握できるのだろうが、木々の間から霞んだ空が見え隠れするだけの森の中では星座を確認することもできず。そしていよいよ霧は眼の前の視界さえ遮っていく。


 リリアが足を止めて辺りを見渡す間にもどんどん濃度を増していき、あっという間に何も見えなくなっていった。

 辺りは不自然なほど静かで、音さえも、この白い闇に閉ざされてしまったようだ。


 ともすれば、左右ばかりか上下さえ見失ってしまうのではないかと思えるほどの無の世界。

 けれど不思議と怖くはなかった。

 森の中でずっと感じていた、足下から這い上がってくるような恐怖をここでは感じない。

 今のリリアにはそれだけがせめてもの救いだった。


「けれど、困ったわね……。あら? あれは何かしら?」


 方向感覚が麻痺してしまい、立ち止まったまま目印になるものはないかと辺りを注意深く窺っていたリリアは、やがてその視界が一部分だけ他とは異なることに気が付いた。


 乳白色の霧がそこだけほんの少し淡い気がするのだ。


 注視しなければ分からないくらいだし、もしかしたら気のせいかもしれない。

けれど、どちらに進めば良いか分からない今は、とにかくどちらかに進まなければならない。だとしたら気になる方向へ向うしかないと、リリアのシンプルな思考回路が告げる。


 前方を手探りで確認しながらゆっくりと進んでいると、やがてうっすらと光が見えてきた。


「やっぱり。何かあ……あら? なくなっちゃったわ」


 うっすらと見えた気がした光は、たちまち濃霧にかき消され、その姿を眩ました。


「おかしいわね……確かに見えた気がしたのだけど……」


 もしかしてこれも妖属の仕業なのかしら? などと考えながら辺りに視線を走らせる。


 すると、またしても霧が薄くなっている箇所が目に入った。


「あら。今度は向こうだわ」


 樹木に遮られては迂回しながら、何とか見失わずに間近まで来るが、うっすらと光が見えてきた辺りで、またしても視界は濃霧に閉ざされてしまう。


本当に妖属の仕業なのだとしたら……


「もしかして、あたしで遊んでるの?」


 エミィに借りた物語で、いたずら好きな妖精と追いかけっこをした少女の話があったのを思い出す。


 少女はその後、妖獣の巣窟に迷い込んでしまい――


――


――


「さて。どうしたものかしら」


 リリアは自らの思考を無理やり現実へ引き戻した。


 これが妖属の仕組んだ罠だとしたら、これ以上は取りあわないのが賢明だろう。

だからと言って、次に取るべき行動がリリアには判断できない。


 せめて夜が明けるまで身体を休める場所を見つけたいが、一寸先も目視出来ない今の状況で、深い森の中を彷徨するなど、それこそ自殺行為だ。

もちろん、この場にじっと留まっていれば、夜明けを見る前に身体は凍りついてしまうだろう。


 細い身体に腕を絡めて冷え切った肩を摩りながら、リリアは途方に暮れた。

疲れ切った身体を多少なりとも休めようと、傍らの大樹に背中を預ける。

 ゆっくりと瞳を閉じると、樹齢数百年ともいえるだろう大樹の生命の力を感じた。


 森と共に育ち、森を見守り、そして森の一部である大樹は、まるでその脈動でもってリリアに何事か語りかけているようだ。


 リリアは身体の向きを変えて大樹に腕を回した。


「立派な木――」


 樹齢数百年ともいえる木はリリアの両腕ではその径の半分にも満たない。



 リリアが育った村の樹木とは違う匂いがした。

 そんなことで故郷を遠く離れたのだと実感させられて、閉じた瞼にぎゅっと力が入った。


 脳裏に浮かぶのは家族や親友の姿。

 貧しくも幸せだったソフィエルでの日常。


「帰りたい――」


 もちろん、無事にこの森を出られたとして、自分に再び故郷で暮らすという選択肢は残されてはいない。


 分かっている。


 分かっていてもなお、そう願わずにはいられないほど、今のリリアは弱り切っているのだ。



「あなたのパワーを少しだけ分けてちょうだい?」


 苔の生えた樹皮に額をつけて大樹に語りかける。

そうしていればほんの少しでも心細さが薄れる気がした。


 涙ながらに見送ってくれた家族の為にも、自分はこんな所で挫けてはいられない。

 何としてもキルビカへ行って働かなければ、故郷の家族を路頭に迷わせることになってしまうのだ。


「朝まで身体を休める所を探しているのだけど……霧が濃すぎて何にも見えないのよ」


 樹木に抱きついて独り言を呟くリリアは、傍目には頭のおかしな少女と映るだろう。

 けれど、誰に見られる訳でもない。

 むしろ、そんな自分を笑う【誰か】がいてくれることこそが、リリアの一番の望みなのかもしれなかった。


「せめてもう少しだけでも霧が晴れてくれたらいいのだけれど……」


 瞳を閉じて大樹に話しかけていたリリアは、閉じた瞼の向こう側が不意に明るくなったように思えた。


(あら? どういうことかしら?)


 すぐにでも目を開けて確認したい。

けれど、たとえ霧が晴れたとして、深い森の中で光が射すなどあり得ない話ではないか。

 となれば、今、目の前でいったい何がおこっているというのだろうか。



 直ぐにでも確認したい好奇心と、その後に襲い来るかもしれない凶事への警戒心とで、リリアはしばらく身動きする事が出来なかった。


 しばらくの間、目を閉じて息を潜めていても、事態が変化することはなく、相変わらず水底のような静けさが続くばかりだ。


 好転も暗転もしない現状に痺れを切らして、リリアはようやく瞼を開ける決心がついた。


 額は大樹に預けたまま、まずは足元を確認すると、相変わらず濃い霧が立ち込めてはいるが、明らかに先ほど前とは明るさが違っていた。


 前方方向から光がさしている。


(まだ夜が明けるには早いと思うのだけど……)


 不思議に思いながら樹木の向こう側へと視線を移したリリアは、次の瞬間はっと息をのんだ。


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