傀儡術 その真価は
その後もいろいろと話し合い、鎧の値段も決められた。
魔道鎧に関しては魔石がなかったため、バレンから購入した後改めて値段を決めることになった。
バレンからことあるごとに魔石の出所を聞かれそうになったが、そろそろかわし続けるのも億劫になってきたので話題をかえることにする。
「そういえば最近召喚術の改良に成功したんですが見てもらえますか?
傀儡術というのですが」
そう言って練習用の人形を取り出す。
それを見て一番に反応したのはバレンだった。
「ほほう、その人形も魔道具のようですな。
しかしそれにしては『ルーン』が書かれていないようですが」
さすが魔石商だけあって違いにすぐ気付いたようだ。
「ええ、魔石は扱いやすくするための補助に入れてあるだけですから」
そう答えるとますます怪訝そうな顔をする。
「まあ百聞は一見に如かずと言いますから、まずは見てもらった方が早いでしょう」
そう言って人形にパスを通して立たせる。
それに対する反応は様々だった。
驚く者、理解不能というように眉をしかめる者。
そんな彼らの前で人形を歩かせたり宙返りさせたりしてみる。
集った者はその一つ一つの動作に信じられないものを見るような目を向けている。
跳び蹴りやサマーソルトなど知っている型をなぞらえるたびにため息が漏れ聞こえてくるようだ。
この世界にはゴーレムや生きた鎧が存在することからそれほど驚かれることはないと思っていたが、どうやら違うようだ。
その証拠に「ここまで滑らかな動きをするとは」とか「俊敏すぎる」というつぶやきが聞こえる。
一通りの型を終えてお辞儀をさせると、その場のすべての目がこちらを向いた。
一様に説明を求める目だ。
それに急かされるように説明を始める。
「まずみなさんゴーレムはご存知かと思います。
原理としてはそれが近いですね」
そう前置きして傀儡術の説明をしていく。
時折質問が来るがそれにも丁寧に答えていった。
参考にした死霊術で眉をしかめられたり球体関節のあまりの単純さに驚かれながらも、説明が終わるころには全員が納得したように頷いていた。
自分以外でもできるか試しに残りの人形も出してみたところ、全員が手に取って試し始める。
しかし魔力線が思うようにイメージできず苦戦しているようだ。
現代では電線や電波といった『離れたところからでも電気を送る技術』を見慣れていたために意識しやすかったが、こちらでは科学が未発達なためイメージがわかないらしい。
魔法とは『放出』するものであり、一度放ってしまえば二度とコントロールができないという固定観念が強すぎるせいだ。
そこで両手の人差し指をくっつけて交互に魔力を流し、それを少しづつ離しながら行うという方法をとってみた。
もちろん指が離れている時は指同士が糸でつながっているイメージを強く意識してもらいながらだ。
これにいち早く対応できたのはカドゥクとベルモだった。
両者とも普段から重い荷物を運ぶ関係上、身体強化を使うために魔力の扱いに慣れていたのが大きいだろう。
一度できてしまえばあとは簡単だった。
というわけで現在応接室の床では人形が5体、生まれたばかりの赤子よろしく手足をばたつかせている。
それを真剣に見つめる大人が5人、時折「もう少しだ」とか「惜しい」だとか声をもらしながら囲んでいた。
はたから見れば非常に危ない光景だ。
幸いにも応接室には俺たち6人しかいなかったのが救いだろう。
これがもし天下の往来なら通報されること必至である。
全員がパスの扱いをマスターしいざ実践、となったわけだが、やはり初めはうまくいかないようだ。
説明しようにもこちらの世界には操り人形がなかったためいまいち理解されなかった。
それでもどういうものかはある程度理解してもらえたらしく、赤子から生まれたての小鹿くらいには進化している。
まだ2足歩行は無理そうだがかなりの進歩だと思う。
見ていて「これ4足歩行の台車でもいけるんじゃね?」と思ったので折を見て作ってみることにした。
なかなかに熱中している5人であるが、そろそろ話が進まないので戻ってきてもらおう。
「どうです、面白いでしょう?
それは差し上げますので訓練用にどうぞ」
それに対しておもちゃを与えられた子供の用に返すバレン。
「ええ、これは売れますよ!
接続部分の銀を除けば安価に製造できますし、銀も代用素材でいけます。
子供のおもちゃにできますし魔力操作の訓練にもピッタリです!!」
「それだけじゃねぇ、さっきの動きを見るに実戦でも使えるんだろ?」
そう聞いてきたのはカドゥク。
先ほどの型が実戦の動きを想定していたのを見抜いたようだ。
「ええ、実際ゴブリンと戦闘してみましたが十分に実用可能ですね。
さすがにフォレストウルフなんかの動きの速いのは無理でしたけど、知能が低い魔物相手なら十分な戦力になるでしょう」
「近接戦闘が苦手な魔法使いが身を守るのにもちょうどいいでしょうね」
腕を組んで顎に手を当てながら答えたのはマギル。
「戦士職でもこれを使えば最前線に立つ精神的負担を軽減できますよ。
それに今は訓練用の小型ですが大型のものを作ればそれだけ攻撃力も上がります。
消費魔力も初めの魔道神経形成以外は微々たるものですし」
それに対して5人は巨大な人形が敵を蹴散らすビジョンが浮かんだようだ。
ただ懸念もあったようだ。
「しかしそれだと悪人の手に渡った時悪用される恐れがあるだろう」
確かにそれはもっともだ。
なので制御補助用の魔石を魔道具にすることにした。
人形の魔石を外し、光魔法で『起動時』『認証』『個人登録証』『赤』『自爆』と焼きこむ。
こうすることで犯罪者は動かせなくなるはずだ。
これに対してバレンが目を見張った。
何か言いたげだが「何も聞くなオーラ」を出してやるとしぶしぶと引き下がったようだ。
「いくつか見たことのない『ルーン』が混ざっていますな」
書かれている文字は細かかったが【鑑定】によって文字自体は分かったようだ。
詳細を聞かれるのは面倒だったので「師匠の研究で偶然できた」ということにしてごまかすことにする。
「各街の門に設置されている魔道具を解析していた時に偶然見つけたルーンだそうですよ。
なんでも個人カードが赤の人物に対して反撃を加えるルーンだそうで」
それに対してしげしげと魔石を見ていたバレンが取り落しそうになる。
なにかやましいことでもあったのだろうか。
「しかしこの文字数だとゴブリンの魔石だと小さすぎて書き込めませんぞ」
確かにこの世界の魔道具の作り方は専用の工具で魔石を削って書き込むため、あまり多くのルーンが書き込めない。
なので専用の魔道具を作ることにした。
「それについては当てがあるのでしばらく待ってください」
そうして【傀儡術】と人形に関してはまた後日、4日後に行うことにしてお開きになった。
カドゥクとマギルは次はギルドマスターを連れてくるといって帰り、ベルモはここで聞いたことは口外しないと制約してくれた。
バレンも次回また来ると言い残して去っていく。
ただし全員人形を抱えて終始ご機嫌だったことをここに記しておこう。
「いやはや、あなたといると話のネタが尽きませんなぁ」
ホクホク顔でアルマスが言う。
「今回はたまたまですよ」
そう言ってアルマスのもとを辞する。
外に出ると太陽が傾きかけたところだった。
思ったより時間がたっていたようだ。
マギルによると倉庫の方は今日から使えるらしいのでさっそく見に行ってみることにした。
購入した倉庫は東大通りの街門寄りにあるようで、多少音がうるさくても問題なさそうだ。
ちなみに倉庫街より奥、南東と南西はスラム街になっていて普通の人間は滅多に近寄らない。
歩くこと数分で目的の建物は見えてきた。
同じ時期に作られたのか4棟とも外観がそっくりだ。
屋根以外が重厚な煉瓦造りで火を扱うこちらとしては火事の心配がなくてうれしい。
改造も土魔法でさくっと終わらせられそうだ。
中をのぞくとしばらく使われていなかったのか多少埃っぽいが、何も置かれていなかったので魔法で済ませる。
某サイクロン式掃除機よろしく風魔法で集めて外へポイだ。
同じように他3棟も掃除する。
4棟のうち1棟は以前に改造されたのか中二階があったため、そこはそのまま居住スペースにすることにした。
掃除が終わったので次は改造だ。
土魔法で隣り合っている壁をすべて撤去……といきたいが、強度的に心配だったので数か所ほど柱として残しておくことにした。
後は開いた隙間を埋めて仕上げに色をそろえればあっという間に完成。
おかしなところがないか外をぐるりと回りつつ、等間隔でウィザードエントを召喚して配置していく。
とりあえず外観は問題なかったので次に内装に取り掛かることにする。
4棟つながった内部は中心まで光がとどかないほど薄暗い。
採光用の小窓が数か所あるだけなので、明かりの魔道具の配置が必要だ。
あいにく天井まで届くはしごがないのでウィザードエントに上って作業する。
若干高さが足りなかったので魔力を多めに渡して成長してもらうとちょうどいい具合の高さになったので、光の魔道具を作っては天井にくっつけていく。
魔道具はすべて銀の線でつながれ、その線は一本になって入り口付近に作った台座に接続してある。
台座に魔石を乗せると魔力が供給され、明かりの魔道具が点灯する仕組みだ。
次に倉庫の4隅と中央に穴を掘り、【付与魔術】で『隠蔽』の結界を付与した4級の人口魔石で作った『要石』を埋めていく。
『要石』とは文字通り術式の要となる術式の施された魔石のことだ。
発動すると要石を中心に術式が発動される。
通常の結界は術者が魔力を供給し続ける必要があるが、要石を使うことでその手間が省ける、いわば魔力タンクのような役割をする。
通常の4級魔石なら魔力供給なしで10数年はもつため、魔力の多くこもっている人口魔石ならむこう30年くらいは結界が維持できるだろう。
ちなみにホーンラビットやゴブリンの1級魔石が魔力を貯め込めるのはわずか数時間であるが、『魔物回避』のルーンが施されたものは子供や旅人の『お守り』として人気だ。
発動の意思を込めて魔力を流すと、自分を中心に100mほどの範囲の魔物の気配が分かるようになるという効果がある。
魔石は魔力を使い果たすと砂のように崩れてしまうため、定期的に魔力を供給するか買い替える必要がある。
また魔道具も長く使うとルーンの負荷に魔石が耐え切れずに砕けてしまう。
そのため常に魔石の需要がなくなることはない。
鍛冶設備を作る段階になってそういえば煙突を作るのを忘れていたことを思い出す。
これがないと倉庫の中が蒸し風呂になってしまう。
なので土魔法で入り口から一番奥にある柱に沿うように煙突を立てた。
それを中心に炉を製作する。
今回のは森で作ったような小型のものではなく、どっしりとした大型の物、それを4セット作った。
それと大型の溶鉱炉を一つ、こちらは鉄鉱石から鉄を精錬するためのものだ。
今のところ鉄しか扱う予定がないため一つで十分だろう。
それと忘れていけないのが排気浄化用の設備だ。
こちらでは環境汚染とか気にされずにばんばん燃やされているが、現代人としてはやっぱり環境には気を使いたい。
というわけで作ってみました空気清浄器(異世界版)。
火の魔石に『冷却』、風の魔石に『分離』『酸素』、土の魔石に『結合』『炭素』と書き込んだものを魔力供給用の魔石と一緒に銀でつくった箱に取り付ける。
それを煙突の中ほどに設置すれば完成だ。
これによって二酸化炭素は酸素に分解され、炭素はダイヤモンドとして排出されるようになる。
出来上がったダイヤモンドは売るもよし、装飾として武具につけるもよしだ。
その後も細かい調整や工具の配置をしていると、あたりはすっかり暗くなっていた。
周りは倉庫街なので明かりがついているのはうちの倉庫だけだ。
もしくはすでに改造を施したため工房というべきだろうか、闇の中にひっそりとたたずむ様はどこか終末的な郷愁をそそられる。
工房と言えば名前を付けるべきだろうか。
他の店に倣うなら「カナタ工房」?
ちょっと語呂が悪いな。
「カミギシ工房」だと誰の店か伝わりにくいだろうし。
いっそゴブリンが働くから「ゴブリン工房」はどうだろう。
語呂も悪くない。
そういうわけで工房名はゴブリン工房で決定だ。
さっそくマイナーエントの板材を出して看板を作ることにしよう。
ゴブリンアーティストを召喚して看板作りを頼む。
自分で作ることはしない。
なぜか?
黙秘させてもらう。
とりあえず美術の成績は良くなかったとだけ言っておこう。
看板の製作をゴブリンたちに任せている間こっちはルーン書き込み用魔道具の製作と、ついでに新作の人形を作ろうと思う。
魔道具の方のベースは銀で、モチーフは上皿天秤にしよう。
オークの魔石に『右』『読込』『左』『複写』と書き込んで天秤の中央に設置すれば完成。
右の皿に魔道具を置き、左の皿に魔石を置いて魔力を流すと魔道具に書かれたルーンを複製するという効果がある。
これならば光魔法で書き込んだ極小のルーンも複製できるだろう。
とりあえず5個作って扱いは商業ギルドに委ねることにする。
看板の方はまだできていないようなので人形作りに取り掛かることにする。
今回作るのは大型の戦闘用人形だ。
手足はマイナーエントの丸太をそのまま使い、胴体はウォーキングナッツの丸太を使うことにする。
接続には銀の代わりに『魔鉄』を使うことにした。
魔鉄は魔力を含んだ鉄で、銀ほどではないが魔力を通しやすい性質がある。
魔力が淀むほど深い鉱山などで産出され、比較的流通しやすい金属だ。
ただし鉄と違って特殊な方法でしか精錬できず、失敗すると魔力が抜けてただのクズ鉄になってしまうという性質もあるため、一部では揶揄を込めて「劣化ミスリル」と呼ばれていたりもする。
そんな魔鉄ではあるが、魔力を通すと強度が格段に上がるため、上級の冒険者の武具として好まれている。
そして魔鉄にも人工魔石と同様に人工的に生成する方法がある。
それが魔力の淀んだ場所に鉄を放置して魔力にさらすやり方だ。
通常この方法は10年近くかかるが、結界術で魔力の濃度を限界まで上げることで数日にまで短縮できる。
ただしこの方法で気をつけねばならないことは魔物の発生である。
ゴーレムの例があるように、無機物とて例外なく魔物化の対象なのだ。
過去には魔鉄鉱山で魔物が大量発生したなどという事例が事欠かない。
そして何より厄介なのが、大抵の魔物が金属や岩で構成されているため、非常に防御力が高いことである。
同時に無機物故に疲労や痛みで動きが鈍ることもなく、魔核を破壊しない限り再生し続けるという特性を持っている。
だが悪いことばかりではない。
本体の大部分を構成しているのが魔力を過分に含んだ鉱石であるため、アイアン系であれば精錬の必要がないほど高純度の魔鉄が、ロック系ならば魔導触媒となる魔力石(魔石とは別物だが似た性質を持つ)や、余剰魔力が結晶化した魔晶石(魔石の上位互換)を採取できる。
そのため、上級の冒険者たちが一攫千金を求めて討伐に赴くことも少なくはない。
しかし、彼らが倒すことが可能なのはBランクまでの魔物のため、Aランクであるアイアンゴーレムなどは放置されることが多々ある。
そのため未だに占拠された魔鉄鉱山は数多く、攻略されることのない迷宮と化している。
そんなわけでリスクを伴う魔鉄生成であるが、今回はあえて魔物化させようと思う。
そもそもアイアンゴーレムがランクA指定されているのは大量に持ち込まれた鉄を取り込んだことによる巨体とタフネスさが原因であるため、小さければそれほどの脅威とは言い難い。
今回魔鉄化させるのは必要最小限、一抱え程度の鉄なため、魔物化してもせいぜい体長は膝丈程度でしかない。
その程度であれば結界で閉じ込めてさっくりと討伐できる。
戦力の増強は機会があればできるだけしておいた方がいいのだ。
一抱えもある鉄塊を結界で包んで魔力を込める。
ついでなので外で土や石も持ってきて別口で魔力を注いでおく。
この程度の量なら明日の昼までには魔化が完了しているだろう。
本日の作業はすべて終了したのでそろそろ寝ることにしようと思ったが、居住スペースはまだ何も家具をそろえていないのでベッドすら存在しない。
仕方がないのでパラライズスパイダーを召喚して糸を張らせた。
今日のところはこれをハンモック代わりにして寝ようと思う。




