001
ゆらゆらと揺れ動くような意識の中でふと自分を呼ぶような感覚を受けてそちらへ意識を向ける。
白いような暗いような、あるいは右も左も、上下すら曖昧な場所でこちらを向いている人影が一つ。
ひどく無機質で、しかし神々しさのような得体の知れない気配を放つソレがゆっくりと近づいてくる。
「おはよう、気分はいかがかな?」
近くで聞こえているようそれでいて直接脳内に響くような声に若干驚きつつも返事をしようとして、声が出ないことに気づく。
自分を見降ろそうとしてもそこには何もなく、手足の感覚すらないことに戸惑う。
自分という認識はできるのにまるで第三者から意識だけ向けたようなひどくあいまいな感覚が落ち着かず、それが一層不安と不快感を掻き立てる。
「あぁ、驚いてるとこ悪いけど先に話を進めさせてもらうよ」
こちらの気持ちを知ってか知らずか、影は矢継ぎ早に続ける。
「上岸彼方くん、君は認識しているか分からないけどつい先ほど死にました」
混乱してると思って好き勝手言ってくれる。
まさか人を拉致った揚句こんなわけのわからないところで宗教勧誘か?
「まぁまぁ、とりあえず話は最後まで聞こうよ。まずここは狭間の世界というやつかな、いわゆる死んだ魂の一時とう留所みたいな感じ」
ふむ、つまり死後の世界「――とはまた違うんだけどね」
まるでこちらの思考を読んだかのようにかぶせてくる。
「まぁ細かい区分は置いておいてここが死者の集まる場所の一つと思ってもらえばいいよ。
とりあえず君が一度死んで、その魂がここに呼ばれたと認識してくれればそれでいい」
あぁ、つまり俺は死んでここに来たと。
で、死因は?
「事故だね。それはもう見事にぐっちゃぐちゃ、痛みを感じる暇もなかったんじゃないかな?」
そう言われてみればそんなこともあったような気がする。
おぼろげな記憶の隅から新しいものを引っ張り出す。
それは学校の帰り道のこと。
部活をするでもなく友達としゃべるわけでもなく、まるでテープのの繰り返しのように変わり映えのしない家路をたどる。
幸いにも自分の通う高校では部活に力を入れているわけでもなく、偏差値も並みであるためこれといった活動を強要されることもない。よく言えば平凡、悪く言えばちょっと秀でた者がいれば吹いて飛ばされるような人員を社会へ送り出すような所だ。
よしんばここでいい成績で卒業できたとしても一般街道まっしぐらだろう。
まぁそんなわけで今日も怠惰な日常をこなし、いつもの交差点へさしかかったころ。
ふと何かに引かれるように横断歩道を渡ろうとしている子供に目がとまる。
特に何かがおかしいわけではない。向かい側では主婦が買い物鞄を下げ隣りの歩道の信号待ちをしている。後ろからは同じく学校帰りだろう同級生たちとおもしき話し声がする。信号は青、なにもおかしいことはない。
そう、視界の端によぎるトラックさえなければ。
明らかにスピードの出しすぎ。
それも赤信号であるにもかかわらずブレーキを踏む気配さえない。
そう思った瞬間にはすでに体が動いていた。
肩にかけた鞄を放り出し、数歩ののちにトップスピードに。
もし今タイムを計ったのならば世界記録にも並ぶんじゃないだろうか。
そんな思考が一瞬脳裏をよぎるも、次の瞬間には子供を向かいの歩道に届けと体をいっぱいに伸ばし突き飛ばしていた。
体は空中にあり、どう考えても次の動作には間に合わない。
聞こえる甲高い音はブレーキ音かはたまた歩行者の叫びか。
ぶれる思考の中で見上げたそこには真っ赤な顔でこちらを睨む運転手の姿が。
どう見ても飲酒運転です。本当に、ありがとうございました。
(あぁ、これはアカンやつや……)
そう思った次の瞬間には視界が暗転。
そこからは何も覚えていない。
つまり俺は交通事故に巻き込まれて死んだわけだ。
自分から突っ込んでおいて巻き込まれたというのもどうかと思うが。
「まぁそんなわけでキミは死んだわけだ」