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異形人外恋愛系

異界魚人ポヌルッパ



 ここは、深いがどこか爽やかさと優しさの感じられる森の中。

 魚人のポヌルッパは疲労の蓄積された重い身体を引きずって、ようやく発見したロッジの扉を叩いた。


「たのもー!たのもー!」

「はいはー間に合ってます。」


 ノック音に反応して顔を出した熊獣人モッコさんはしかし、ポヌルッパの姿を視界に入れた瞬間、即座に戸を閉め鍵をかける。


「開けて閉めるまでの動作がスムーズすぎる!

 たのもーぅ!たのもーぅ!」


 再度、ポヌルッパが扉を叩くも、用心深くドアチェーンまでかけたモッコさんは無反応だ。

 それでも、しつこくしつこく腕を振り続ければ、いい加減イラついたモッコさんがロッジの中から怒鳴り声を上げた。


「ウチは押し売りと変態はお断りだよ!」

「違います!開けてくださーい!開けて!!」


 彼女のセリフ内容に些かのショックを受けたポヌルッパは、今度は両拳を使ってさらに強く扉を叩き始めた。

 だが、その必死さは逆にモッコさんの心を頑なにしてしまう。


「ええい、誰が開けるか!

 腰布一枚の全身ヌメった人間なんぞ充分変態範囲内だ!!」

「偏見だ!酷い!酷い差別を見た!

 これは由緒正しい民族衣装ですよぅ!」

「差別だとぉ?」


 モッコさんの情け容赦ない発言に対し、さしものポヌルッパも抗議の姿勢だ。

 その態度に少し言い過ぎたかと思いつつも素直に謝る気にもなれないモッコさんは、ひとまずどちらにも転がる布石として、ある問いを投げかけた。


「あくまで民族衣装と言い張るんだったら、まずアンタの人種を言ってみな!」

「魚人!」

「都市伝説なら間に合ってるよ!」

「間に合ってるの!?

 というか、何で魚人が都市伝説扱いなんですかぁーッ!!」


 モッコさんの生きる獣人世界において、魚人とはお伽噺の住人であり、ファンタジー創作物のキャラクターであり、また妖怪と呼ばれる存在であり、都市伝説であった。

 いくらそのものズバリな姿をしていたからといって、彼女がからかわれていると判断するのも無理はないのである。


「いいから話を聞いてくださーい!」

「いらん!帰れ!」

「嫌だー!帰りません!

 というか、帰りたくても帰れませんー!!」


 そう言って、ポヌルッパが半泣きの悲壮な声を上げれば、モッコさんは彼の事情をいくつか想像しつつも、やはり突き放す方向で考えをまとめる。


「ブラック企業の底辺だか虐待の被害者だか因果応報の迷子野郎だかは知らんが、アタシにゃ関係ないね!

 他を当たりな!」


 モッコさんの発言を得て、ポヌルッパは固く閉ざされたままの扉に憐れにすがり付いた。


「お慈悲をー!どうかお慈悲をー!

 自分、アレなんですよーぅ!

 異世界トリップしちゃったみたいなんですよーぅ!

 遭難寸前でようやく見つけた人間に見捨てられたら、もうどうしていいか分かりませんんん!!

 助けてー!助けてーぇ!」


 すでに見栄やプライドは彼の中から消失していた。


「異世界トリップーぅ?

 今度は童話かい!バカにして!」


 ポヌルッパの口から語られる度重なるキテレツ設定に、モッコさんは今にも堪忍袋の緒が切れそうだった。

 仮に手の届く位置に凶器でもあれば、彼女は家から飛び出して彼をミンチにしていたかもしれない。

 それを知らない幸せなポヌルッパは、またも扉を叩き始める。


「童話でトリップとか、どれだけ時代先取りしてるんですかー!

 ってか、馬鹿にしてませんったらー!

 自分自身だって、まだ半信半疑なんですよーぅ!

 魚人がこの世界で都市伝説の類だって言うなら、少しは本当の話をしてるんだって信じてくれても良いじゃないですかー!」


 一理ある、とモッコさんは思った。

 だが、同時に一理以上はないとも思った彼女は、ほんの少しだけ譲歩して仮に彼を魚人だと認めてみることにした。

 発言の全てを鵜呑みにすることは無いし、魚人だと認めたこともあくまで仮に、ではあるが。


「……チッ。ったく、ウルサイったらありゃしない。

 じゃあ、町までの道を教えるから、アンタそっち行きな!

 そんだけ珍しい見た目してりゃあ、アタシと違って丸まま信じてくれるお人好しもいるだろうよ!」

「え。」

「あん?」

「い、嫌ですー!助けてもらうなら貴女じゃないと嫌ですー!」

「はぁ?」


 いきなり訳のわからないワガママを言い出すポヌルッパ。

 不吉な予感に、モッコさんは鼻筋に皺を寄せ牙を剥き出しにした。

 かくして予感は的中し、彼女は直後、人生最大にして最高の不快感に襲われてしまう。


「実は川で鮭を丸かじりしていた貴女を見て一目惚れしたんですぅー!

 あんな桃肉野郎より、ぜひ自分を食べて下さぁーい!!」

「粘着変態ストーカー退散!粘着変態ストーカー退散!」


 モッコさんは咄嗟に台所の調味壺の一つをひっ掴んで、彼に侵入されないだろう高さの、しかし投擲の勢いの死なない中二階の窓から顔を出し、壺に詰まっていた粒塩を弾丸さながらの力強さで狂ったように投げつけた。


「あたた!痛たたた!あたーッ!

 らめぇーッ!塩投げないでぇー!塩投げないでぇー!」

「さっさとどっか行かないと、もっと投げるよ!」

「嫌だー!好きですー!好きなんですー!

 ツガイになりましょー!卵産んでくださーい!!」

「生物学的に不可能なことを言うんじゃない!!」

「じゃあ、やっぱり自分を食べてくださーい!

 ペポポン族にとって、意中のメスに食べられることは最高の幸せなんですぅー!!」

「アンタの世界の変態な習慣に付き合わせようとするなーッ!」


 クレイジーだ、とモッコさんは恐怖した。

 彼の主張が真実にしろ妄想にしろ、サイケデリック染みていることに変わりはない。

 一方、告白をキメたポヌルッパは破れかぶれだか死なばもろともだかの勢いで、本性も露にモッコさんに迫り出す。


「食べてくれないと、件の川に住み着いて、そこの鮭みんな自分が食べつくしますよ!」

「ぎえー!共食い!サイテー!」

「魚人が魚を食べたところで共食いになんかなりませんよーぅ!

 そもそも、普通の魚だって自分より小さい魚とか食べてるじゃないですかぁ!」

「うるさーい!アンタみたいな外来種の泥臭いブラックバスなんぞ食えたもんじゃないよ!」

「そんなぁ、調理法次第でイケますってぇー!」


 何とか幻滅もしくは諦めさせようと彼女なりに暴言を吐いてみるが、ポヌルッパに堪えた様子はない。

 そんな中で、モッコさんは更に彼を嫌悪せざるを得ない事実に思い至ってしまう。


「って、あぁ!?

 川暮らしが出来るんなら、やっぱりウチに助けを求めに来る必要なんか無いんじゃないさ!」

「ハッ!バレた!」

「こんの、クソうそつき野郎めッ!地獄に落ちろ!

 せいっ!せいっ!せいっ!」

「ッアー!塩は嫌ぁああ!

 水分トんじゃうーーッ!干からびちゃうぅーッ!」

「そのままクタバレぇぇえええええ!!!」


 が、しかし数十時間にも及ぶ攻防の末、勝利を制したのはクソ変態ウソつき異界ブラックバス魚人ポヌルッパだった。

 浅からぬ事情により一人森に暮らしていた熊獣人のモッコさんには、もはやストーカーを止める術はなく、彼女は否応なしに彼との生活を余儀なくされる。



 その後、モッコさんに万が一の奇跡で愛が芽生え夫婦となったのか、それともやはりロッジに赤い花が散る結末となってしまったのか、全ては獣人世界バウブの神ズーゥウのみが知っている……。




おまけ~ある日の夕食風景~


「今日のワニ腹肉のカラアゲ。

 結構上手く揚げられたと思うんですけど、どうですか?」

「あぁ、カラアゲは美味しいんじゃないかい?

 カ・ラ・ア・ゲ・は。」

「そうですか、良かったぁ……って、あれっ。

 モッコさん、トントウ豆のスープ好きでしたよね?

 た、食べないんですかぁ?」

「あぁ、ちょっと今日は食べられそうにないねぇ。

 ……………………臭くて。」

「ギクゥ!」

「……ポヌルッパぁ。

 アンタぁ、また自分の身体でスープのダシを取ったねぇ?」

「ひっ!やっ、やだなぁ、そんなことするわけ……。」

「しらばっくれんじゃないよ、クソ魚人ッ!

 アンタの身体に染みついた泥臭さ、このアタシの鼻に隠しきれると思うな!」

「あわわ!あわわわわ!!」

「貴重な食材無駄にしてくれて、こんの罰当たりがぁーーーーッ!!」

「ぅあっつぁああああーーーッ!!

 ッヒィー!スープがっ!スープがエラの中にぃぃぃ!」

「フンッ!自業自得さ、ド変態ストーカー野郎!

 床にこぼれたスープは一滴残らずアンタが啜って処分するんだね!」

「ヒィィ、ヒィィ、よ、喜んでー、モッコ様ぁあぁぁはぁはぁ。」


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― 新着の感想 ―
[一言] おおう、書き忘れちゃった! さや様、我が儘にお付き合いくださって有難うございました。 ポヌルッパのキモさにはモッコさん同様の心持ちですが、さや様の短編が読めて嬉しかったです。
[良い点] ギャグ漫画日和的な感じで脳内再生しました。 ポヌルッパ、君はキモすぎる!! ブラックバス魚人とか、むっちゃ繁殖しそうで怖いんですが。 なんか熊獣人のモッコさん、何気に住み込みされてるっぽい…
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