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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
暗黒大陸編 国奪り魔導師
98/192

第六十三話 「女王と暴君」

 イズモから離反して十日経ち、俺は宣言通り軍を進めていた。

 俺自身が先頭に立ち、軍を誘導する。

 まあ、馬が使えないから何とも様にはならないんだが……。乗馬なんてトロア村にいたときに少ししかやったことないんだから。


「シグレット、お前はマルクだけを相手にすればいい。ロビントスは全体の指揮を頼む」

「お前はどうするんだ?」

「たぶん、シルヴィアが先陣切って突っ込んでくる。シルヴィアを生け捕りのち、軍を退く。シルヴィアの相手を、俺がする」

「……わかった」


 それに、シルヴィアは俺を狙ってくるだろうし。

 どうせイズモについて説教でもしてくるつもりなんだろうが、訊く気は一切ない。

 これが正しいとは思わないけど、やり始めたからにはやり遂げる。それだけだ。


 はてさて、俺の三日天下はどこまで続くことやら。さすがに言葉通り三日で終わるとは思えないが……長くて一週間かなぁ。

 別に天下をとったわけでもないんだけど。取る気もないし。


「……お、ようやく見えてきた」


 王城に向けて軍を進めていると、ようやく相手の軍が見えてきた。

 ざっと見、姫騎士団が中心だな。まあ、団長も副団長も抜けてないから、そのまま残っていて一番動かしやすいからだろうな。

 しかも、形状としては面白いことに扇状だ。


「バッカじゃねえの。考案者にその作戦が通じるかっての」


 俺の模倣の模倣、といったところか。

 相手に何も知られていない状態でなら、十分機能する戦術ではあるが、俺には魔眼がある。

 違いといえばイズモがいたところにシルヴィアがいることか。


「この戦術の突破口はあるのか?」

「さてね。まあでも、さっさと大将とりゃいいんじゃない?」


 完璧な対策法は知らないが、それでも大将のシルヴィアを取れば簡単に瓦解するだろうな。

 あとは、コトがやったような包囲後に伏兵を使うことくらいか。


「ま、とっととシルヴィアを取って終わらせるよ。シグレットも、マルクがもう駆けて来てるぜ」

「……面倒くさい」


 マルクも可哀そうになぁ……尊敬している相手にここまで邪険されて。

 相手の軍をもう一度見回すが、どうやら来ている古参の奴らはシルヴィアとマルクだけのようだ。

 イズモは、たぶんシルヴィアに止められてこなかったんだろうな。だけど、俺としてはイズモを引っ張りださなければいけない。

 アレイスターは……シルヴィアが捕まった際のことを考えて、かな? どちらにせよ、アレイスターを捕獲するつもりはない。俺の意図を気付いてくれる数少ない奴だろうし。


 シグレットが砂煙を巻き上げながら突っ込んでくるマルクの方へ向かっていく。

 その様子を苦笑しながら見送り、後方にいるロビントスに顔を向ける。

 ロビントスが頷きを返してくれ、俺は前に向き直る。軍の指揮はロビントスとエクアスに任せるとして。


 俺は、あの過保護者を縛り上げるとしよう。



☆☆☆



 軍の先頭に立つシルヴィアの前に立ち、不敵に笑ってやる。


「……」


 無言で剣を抜かれた。

 ……ま、まあいいだろう。正しい判断だろうし。


 だが、抜いた瞬間にいきなり斬りかかってくるとは思わなかった。

 シルヴィアの持つ剣閃が、俺の脳天を狙って真っ直ぐに振り下ろされてくる。

 その攻撃を、俺は半身になりながら紙一重で躱し、シルヴィアの額に裏拳を軽く入れる。


「……本気で戦う気はないのか?」

「ダメダメ。そういうのは、ちゃんと自分が本気を出してから言わなきゃ」


 まあ、テンプレではあるだろうけど。

 それに俺が本気でやってしまえば、シルヴィア一人では抑え切れるわけがない。

 魔導師の戦闘力は、一国に相当するのだから。


 シルヴィアは俺から数歩距離を取り、剣を構え直す。

 対し俺は、武器は魔導書一冊なので自然体に構える。


「わたしは本気だぞ?」

「嘘吐け。本気なら、話を聞かずに殺すだろ。俺は、女王様のマスターなんだから」


 奴隷女王なんて官能小説、あってもおかしくなさそうだな。

 俺はそんなことできないヘタレだがな! ……自慢することじゃないですね。でも事実です。


 俺の返答に、シルヴィアはギリッと歯を食いしばると、一直線に跳びかかってきた。

 振り下ろされた剣を、今度は手で鷲掴み、強制的に下段へと持っていく。

 剣を離さずにいると、シルヴィアは顔を近づけてきながら怒りの表情で睨みつけてきた。


「イズモ様は、貴様を信じていたのだぞ!?」

「だからなんだ? 信じていたから、それに応えてやる必要がどこにある?」

「貴様……!」


「信じて裏切られるのが普通だ。当たり前なんだよ。それに一々反応していちゃ、この先真っ当に生きていけるわけがねぇんだ。

 盲信するな、自分で考えろ、人に頼り切るな。

 なんで俺がこんなことしなきゃいけないのか、本当にわからないようなら、あいつに女王なんざ任せられるか。

 それなら、まだレイアの方がマシだ。よっぽどマシだ」


 シルヴィアの目を睨み返しながら、俺は準備していた言葉を述べた。


「わっかんないかな? 今のイズモが女王の座についたら、カラレア神国は簡単に終わる。

 それがどういう意味か、分かるだろ?」


「だが、イズモ様は国民のことを第一に――」


「考えているだけじゃ意味がねえって言ってんだろうがッ!!」


 近くにあったシルヴィアに頭突きをかまし、仰け反る彼女の首を捕らえる。

 そのまま押し倒し、掴んでいた剣を遠くに放ってバインドを掛ける。


「……国を維持するのに、きれいごとだけで成り立つわけがねえんだ」


 汚い駆け引きもあれば、大一番の賭けも必要になってくる。

 だけど、それを国民のためといって引き下がっていては外交なんてできないんだ。

 アレイスターもシルヴィアも、サポートはしっかりしてくれるだろう。だけど、それでも危険を冒す場合もある。


 イズモには行動力が足りない、思い切りが足りない、思慮が足りない、知識が足りない、覚悟が足りない、すべてが常人から劣っている。

 何より足りないのが、自己意識だ。

 自分が何であるか、何をしなければいけないのか、どういう者なのか、どういう立場なのか、まったく理解していない。


 魔人族の国を復興する、ね。実にすばらしい目標だ。

 けど、それは責任感から来るものであって、自分の本当にしたいことじゃない。

 そんな奴を、サポートし切るなんて無理な話だ。


 シルヴィアを拘束されたことで、指揮系統が失われた相手の軍は恐慌状態に陥っている。

 放っとけば、勝手に帰っていくだろう。なら、こちらも追いかける必要はないだろう。

 縛り上げたシルヴィアを引きずり、ロビントスたちのいる軍の場所まで戻る。


「甘やかしすぎた。それは謝ろう。だからこそ、強引でも軌道修正させてもらうさ」


 俺のいないところで悩め、考えろ、自分で答えを見つけ出せ。

 何をすれば俺が満足するか、俺が何をお前に求めているか。

 アレイスターにだって、シルヴィアにだって、わからない、俺だけがお前に望む答えを示して見ろ。


 お前は奴隷じゃないんだ、人間なんだから。



☆☆☆★★★



「そう、撤退をしたか……」


 王城にて、アレイスターが第一回の攻略作戦の結果報告を受けていた。

 報告は予想通りだが、何とも鮮やかだ。深追いはせず、大将のシルヴィアを討ち取ると同時に撤退をした。


 ……違うな、と、アレイスターは思い直す。

 今回の目的は、シルヴィアの捕縛だろう。イズモにいつもべったりのシルヴィアを引きはがすため、彼女さえ捕縛してしまえばあちらの作戦は成功といえるわけだ。

 あくまでも、イズモのためになるような結果を求めてきている。


「……ミュゼ、これからイズモ様の護衛は数を増やす」

「え? あ、はい。それはそのつもりです。……けど、いいんですか?」

「いいよ。シルヴィアほどイズモ様にべったり張り付く団員はいないだろうから。それに、きっとこれから一人になることが多いだろう。その対処のためだ」


 一人のところを、別の諸侯たちに狙われないとも限らない。

 制限するのは気が進まないが、仕方ないことだ。イズモが答えを見つけてくれさえすれば、この対立はすぐに終わるのだから。


「……でも、大丈夫ですかね? シルヴィア団長が捕まりましたし、こちらの騎士団は骨抜きですよ?」

「大丈夫ではないだろうね……。悔しいけど、両騎士団とも団長に対する圧倒的支持があったから」


 黒騎士団も姫騎士団も、団員の多くは団長、つまりシグレットとシルヴィアに憧れて入団したものだ。

 シグレットもシルヴィアも強い。暗黒大陸屈指の実力者だ。

 そのトップが、両方とも相手にとられてしまったこの状況は、とても危険だ。


 だが、それはネロもわかっているはず。

 彼は、最終的にイズモを勝たせるつもりのはずだ。

 彼頼みになってしまうが、それでも頼らざるを得ないような状況だ。

 こちらの兵力を、どう補填するつもりだ――?



★★★



 ネロの最初の侵攻から、1週間が経った。

 この間にも、日数からでは多すぎるような頻度で衝突は起こっていた。

 だが、それでも不可解なことが起きていた。


「アレイスターさん、また向こうについていた兵士の多くが流れてきましたけど……」


 ミュゼの報告を受け、眉をひそめるアレイスター。

 その報告は、二度目の衝突後から出てきたもので、数を追うごとに流れてくる兵士の数が増えているのだ。


 これは、一体どういうことなのか。


「それと……今回は、カランさんもこちら側に」

「カランが? ……なぜ?」

「それが、『彼は暴君になってしまった』の一点張りでして、詳しくは教えてくれません」


 暴君? 彼は一体、何をしたのだ?


「……兵に詳しく話を聞いてみよう」


 とりあえず、向こう側の状況を知らなければ始まりそうにない。



★★★☆☆☆



 ロビントスとレイアも抜けて、残ったのはとうとうシグレットとエクアスだけ。

 この五日間、俺は知り得る限りの、演じきれる限りの暴君を装ってきた。

 その結果が、兵の離反。


 まあ、シグレットやロビントスたちにはちゃんと理由は話しているし、時期をみて離れるようにも言っていた。

 だから何ともない。


 俺はトレッチの城の玉座に座りながら、残った二人を見る。


「エクアスはただの兵士だからいいとして……次はシグレットだな」


 こちらの離反は、残りシグレットで完了する。

 兵もあらかた離れて行ってしまっている。


「……本当にオレが離れて大丈夫なのか?」

「当たり前だ。魔導師舐めんなよ。お前ら兵士全部相手取って、殺していいなら勝つ自信しかない」


 殺していいなら、ね。

 本当に戦争になったら、殺すなんて無理だから、防戦一方で逃げるけどな。脱兎の如く、割と本気で。


「……だが」

「シグレット、命令だ。向こうへ行け」


 できるだけ真剣な声音でそう告げると、シグレットは膝をついた敬礼のポーズをした後、背を向けて部屋から出て行った。

 ようやくシグレットも出て行ってくれたので、大きくため息を吐いた。


「大変ならやめときゃいいのに」

「何度でも言うがな、俺はこの国の王になるつもりはない。俺に慕われちゃ困るんだよ」


 シグレットが出て行ったことで、兵の数はすべていなくなるだろう。

 俺の三日天下もここまでか。

 これまで何度かイズモが戦場に出てきたが、どうにもいまだに悩んでいるような状態だった。

 それじゃ、まだ俺も負けるわけにはいかないのだが……このままではそんな悠長なことを言っていられなくなる。


 俺は玉座から立ち上がると、ベランダの柵に腰掛けて王城の方へ肩越しに振り返る。

 さすがに、このまま何も成果が得られなかったら、悲しくなる。それに、


「イズモ、早く答えを出せ。じゃないと……後ろから刺されそうだ」


 暴君の最後なんて、そんなものだ。

 自嘲気味に、口端を吊り上げてつぶやいた。



☆☆☆★★★



 私にはマスターの考えがわからない。

 何を考えているのか、何を求めているのか、何をして欲しいのか。

 いつだって、誰もの前を進んで、私たちを置いてけぼりにする。


 でも、マスターはいつだって振り返って、置いて行かれた者に手を差し伸べる。

 ……その手を取って、マスターの歩みを止めるのが、嫌だ。それをわかってくれない。


 いっそ無視してくれれば。いっそ見捨ててくれれば。いっそ突き放してくれれば。どれだけ楽になるだろう。

 なのに、わかってくれない。


 ……わかってる。これは、私のためにしてくれているってことに。

 私のために、悪を演じてくれているにも、傷ついてくれていることにも、分かっているんだ。

 わかっているのに……私は、その期待に応えることができない。


 マスターは個人でも集団でも強い。

 魔導師だから当たり前だって言われるかもしれないけど、きっと魔導師じゃなくても、魔力操作が使えなくたってマスターは強い。

 戦争だって、策略がうまい。当たり前だ、想定外を想定してくるのだから。そんなもの、対処の仕様がない。


 マスターには勝てないのだ。

 ……誰も。



 部屋の扉が軽くノックされた。

 この叩き方は……アレイスターさんかな。


「……どうしました?」

「先ほど、離反した兵すべてと、シルヴィアとシグレットが戻ってきました」

「シルヴィアとシグレットさんが……? なんで、ですか?」

「……彼の命令とのことです」

「命令……」


 マスターは、あれだけのことをやっておきながら、やはりこの国の王になる気はないようだ。

 あくまで私に、女王をやらせるつもりなのだろう。

 私なんかよりも、マスターの方が適任だと、誰もが言うはずなのに。


「……まだ、彼が何を求めているのかわかりませんか?」

「……わかりません。私に、どうしろというのですか」


 一体、マスターは私に何を望んでいるのか?

 今の状況ならば、きっと戦争を仕掛けて勝てるだろう。だけど、それはきっと望んでいないことだろう。

 それに、そんなことマスターは余裕で、涼しい顔で対処してくる。

 想定外を想定されているのだ。マスターの想定外のさらに外なんて、思いつくはずもない。


「シルヴィアの葬儀が済み次第、こちらの最高戦力をもって攻め込みます」

「……え?」


 今、なんて……?


「以上です」


「ま、待って!」


 私は包まっていた布団を脱ぎ捨て、扉に駆け寄る。

 しかし、アレイスターさんの足音は既に遠のいており、待ってくれてはいない。

 急いで扉を開け、アレイスターさんが消えて行ったであろう方向に向けて走り出す。


 今の言葉、あれは本当のことだろうか?

 シルヴィアの葬儀? 本当に、そんなものが行われるのか?


 ――違う、そこじゃない。

 マスターは……本当に?


 ……シルヴィアを、殺した、の?



★★★☆☆☆



 さて、ようやく俺の教育も終わるな。

 別に感慨深くはないけど、これで責任を果たせたってところだろうか?


 前方から単騎で突っ込んでくるイズモを見て。


 ようやく、動いてくれた。

 こんなことしなければいけなくなるとは、本当に苦労させられる……。


 天気は最悪の土砂降りだ。雷も激しく鳴っているし、これは最終決戦的には最高のシチュエーションではないだろうか?

 背後は崖で、その下は海だ。サスペンスドラマの終わり10分前みたいな場所。

 俺は遠隔透視魔法を使い、この一騎打ちを中継している。

 さすがに一人では使えないような距離を繋いでいるので、アレイスターに手伝ってもらってはいるが。

 誰が女王か、あいつらに理解させておかないといけないし。


 だから、手抜かりなく手を抜いて戦う。

 イズモは視野狭窄に陥っているだろうからわからないだろうし、そもそも冷静になれば何が本当かわかることだろうに。

 これが終わったら、アレイスターに謝らないとなぁ。嫌な役押し付けちゃったし。


「マスターあああああ!!」


 土砂降りの雷雨の中、イズモの叫びはよく響いていた。

 イズモは翼を使って加速を繰り返し、滑空するようにして前進してきている。

 その目は普段よりも数倍濃い赤に染まり、普段は隠している牙も鋭くとがっている。


 俺はイズモを迎え撃つために、気合を入れ直す。

 最悪な手しか、俺には思いつかない。

 ひどく怒られるだろうな。もしかすれば泣かれるかもしれない。


 だけど、それも仕方ないといって割り切ろう。

 きちんと育てられなかった俺の責任であり、ひどく甘やかしてしまったのだから。


 それじゃ、ダメだよな。

 こんな世界を生きていくのに、甘く育てちゃ生きていけるわけがない。

 しかもイズモは、難しい道である王になることを望んでいるのだ。

 甘いまま、生きていけるわけがない。


 やはり人を成長させるのは憎しみか。

 怒りは本能を成長させ、冷静は賢さを成長させ、信頼は周りを成長させ、楽しさは感情をプラスに成長させ、嘆きは感情をマイナスに成長させ、慈悲は心を成長させ。

 憎しみは人を成長させる。良くも悪くも、大幅に。



 俺のあげたナトラの剣を構え、イズモが袈裟懸けに斬りつけてくる。

 その攻撃を左手の甲で受け止め、弾き、容赦なく右手でイズモの顔面に拳を叩き込む。


「ぐぅ……!」


 イズモの体が軽く浮くが、翼で強引に態勢を取り直すと、弾かれた剣でもう一度横薙ぎに振るってきた。


「【ダークサンクチュアリ】」


「きゃっ!」


 聖域の発動とともに、剣を構えていたイズモは弾かれていく。

 悪意ある攻撃はすべて跳ね返す。その内部にいれば、外側へと押し出されるのだ。


「容赦しねぇぞ。【タワーリングインフェルノ】」


 黒い炎が迸る。

 雨でも消えない黒い炎は、ただイズモへと直進していく。


「【サンクチュアリ】……!」


 イズモが、魔法の聖域を発動する。

 だが、無駄だ。魔法で魔導を防ぐなんて、威力でも魔力量でも無理だ。

 黒い炎はそのまま聖域を燃やし尽くし、その内部へと入り込んでいく。


 そもそも、魔導師にファーストアタックで倒せなかったのが最悪だ。

 油断しているうちに倒さなければ、魔導師は後衛なんだから接近戦に持ち込んでくれるわけがない。

 俺が異端なだけであって、それが普通。魔導師に騎士並みの体力も筋力も、普通はありえない。


 とはいえ、そんなのはゲーム内の話だ。

 努力すれば、頑張っていれば魔導師でも両立はできた。俺のようにな。

 グレンだって、騎士のくせに魔導書に選定されたわけだし。


 イズモは黒い炎に捕まってしまう前に、翼を羽ばたいて上へと逃げ出した。

 それを見上げ、手を振りかざす。


「【ブラッディランス】」


 イズモの頭上に魔法陣が展開し、そこから赤黒い槍がいくつも出現する。

 それを見たイズモは、すぐさま翼を使って魔法陣から逃れ出る。


「防戦じゃ勝てねえぞ。【ヘルプリズン】」


 イズモの避けた先に、禍々しい檻が出現した。

 あまり使ったことのない魔導だ。捕らえるだけなら、命令式の複雑化をしたバインドで十分事足りていたからな。

 だが、イズモが相手ではそうはいかない。魔力操作を、俺ほどではないにしても修得してきているのだから。


 出現した時にはすでに対処したのでは逃げられない。翼で避けた慣性のままに檻へと吸い込まれるようにして入っていく。

 だが、イズモもそれをわかって、一か八かで檻の破壊を試みた。

 慣性に加え、さらに翼で加速しながら檻の中に突っ込んだのだ。そして剣で何度も斬りかかっているが、しかし壊れる気配は一切ない。

 魔導がそんなに簡単に壊れてたまるか。魔力ごっそり食って発動しているんだぞ。


 イズモを入れた檻が、滞空をやめて降ってきた。

 轟音とともに土砂を巻き上げ、だが中のイズモは入ったままだ。


 俺はその檻に近づいていきながら、中のイズモを見る。

 ……うーん、目に見えての不調はなさそうだ。まあ、怒り狂っているくらいかな。

 中のイズモは俺を睨み付けてきながら、破壊を諦めて鉄格子を握る。


「なんで……なんで殺したんですかッ!?」

「うん? お前を引っ張り出すため」

「たったそれだけのことで、マスターは人を……!」

「いやぁ、一人だったせいで震えた震えた。もう俺を震源に地震が起きちゃうくらいにね」

「ふざけないでください!」


 俺はイズモと目を合わせるために屈みこみ、俺もまた鉄格子を握りながら睨み返す。


「ふざけてなんかいない。お前がこうなるのも、全部俺が甘やかした責任だ」

「だったら、そう言ってくれれば……!」

「言ったところでどうにかなるものじゃない。だからアレイスターだって止めはしなかった。誰も止めはしなかった」


「……私は、マスターを信じていたのに!」

「信じていたから? 裏切られないと思った? 甘い甘い」

「マスターは裏切りが嫌いだって言ってたじゃないですか! なのに、自分からするんですか!?」

「されるのは嫌だけど、自分がするのはいい、っていう自己中な解釈だけど?」

「マスター……!」


 ……ダメだな、こりゃ。何にも見えていない。

 俺のせいではあるけど、人ってここまで見えなくなることもあるんだな。


 俺は立ち上がり、イズモに背を向けて歩き出す。雨でへばりついてくる髪の毛をかき上げる。

 これで檻から出られないようなら、もう無理だろう。

 その程度。弱い弱い、国民を背負えるような器じゃない。


 背を向けて数歩歩いて。

 聞こえてきたのは、


「ううぅ……!」


 そんな、唸り声。


 次に聞こえたのは、ひび割れの音。


 俺は体ごと振り返り、その音源を見る。


 イズモが、力づくで檻の破壊にかかっていた。

 ……あいつにそんな腕力があっただろうか? 確かに、成長前の時には異常な力を持っていたと思うが。

 だが、それでも檻を破壊するほどの力だったか?


「アンリミテッド状態、てか……?」


 思わず、引きつった笑みが浮かぶ。

 イズモの姿が、一変しているのだ。

 黒い長髪は逆立ち、目には濃い赤を爛々と輝かせ、凶悪な牙をのぞかせ、翼も限界まで大きく広がっている。

 まさに悪魔。本能的な恐怖を掻き立てられる。


「あああぁぁぁああああああッ!!」


 さらに力を込めたイズモの手により、ひび割れた檻は簡単に砕けた。

 そしてナトラの剣を拾って無造作に振るうだけで、檻の格子をすべて吹っ飛ばし、とうとう檻の外へと出てきた。


 今のあいつに、魔導が効くのだろうか?

 ためしに、タワーリングインフェルノを放つ。


 かざした手から黒い炎が射出されるが、その炎すべてがイズモの半径3メートルあたりで跡形もなく砕け散る。

 そして、砕け散った残滓は余すことなくイズモに吸収されていく。


 ……吸血族の、最終形態だっけ。

 王城で読み漁った文献から、吸血族の内容を思い出す。

 確か、魔人族の根本に存在する感情である憎しみが極大まで膨れ上がった時、その感情を吐き出すために身体能力に影響を及ぼす。

 そして、自分に降りかかる魔術を吸収してしまう。それは闇魔法であれば、吸収率は100%になる。


 魔力は感情でブーストを掛けられる。

 ゆえに魔導書のすべてを使いこなすには、感情が溢れだす必要がある。


 それの応用だ。

 吸血族は愛される者の血と魔力で成長する。

 その愛された者に向けて憎しみが芽生え、溢れだしたとき。

 王族である吸血族は魔力総量が多いため、魔力自体が暴走する可能性を考慮し、感情のブーストを体外へと吐き出すのだ。

 それが身体に影響を及ぼす。


 ……ただ、そんなことはほとんどありえない。

 もともと基本不死の吸血族はそこまで繁殖をしないし、純粋な個体も少ない。そのため、最終形態の吸血族はほとんど確認されていない。


 俺へと一歩踏み出したイズモの胸あたりで何かが弾けた。

 よく見れば、それは契約紋だ。


「都合がいいな」


 イズモは、契約紋を壊していなかった。だから、今の今まで俺へ攻撃が当たったところで殺傷はできない。

 俺の血を飲んで成長したイズモは、魔力契約から血統契約に変わってしまっているのだ。

 それが、今砕けた。

 これで俺に攻撃を加えることができるだろう。


 それでいい。

 ようやく、望んだ形で終われそうだ。


「マスターあああああッ!!」


 ナトラの剣を構え、一直線に突っ込んでくる。

 俺はその攻撃を、――どうしようもできない。


 ただ受けることしか、その剣に貫かれることしか、できない。


 だってそうだろう?

 魔術は吸収され、武器は一切持ち合わせていない。

 手袋で防御しようにも、あれだけ身体強化されては破かれてしまいそうだ。


 それに。

 俺は、これを望んだのだから。


 民衆も、これを望むのだ。


 暴君は死すべき、ってさ。



☆☆☆★★★



 嵐の中、二つの人影が、崖の上にあった。

 一つは少年のシルエットを映しだし、もう一つは悪魔のシルエットを映し出す。

 少年は、若き暴君だ。

 暴君は無手で、悪魔は剣を持っている。

 悪魔のシルエットが、たった一歩で10メートル以上の間合いを詰め、暴君のシルエットを貫いた。


 暴君の口端から血が垂れる。だが、それでもなお吊り上げた笑みを浮かべていた。

 悪魔の頭を、慈しむ様な優しさで撫で。

 雨と涙で濡れる悪魔の頬を拭い。


 驚いて顔をあげた悪魔に対し、一瞬だけ表情を消し、次の瞬間には優しく微笑んで。


 右手で、悪魔の背後を指差した。

 悪魔はその指に従うように後ろを振り向き、さらに驚愕で目を見開く。

 そこには、銀の女騎士がいたからだ。


 悪魔が顔を戻すころには、暴君は。

 悪魔を向こう側へと突き飛ばし、自分自ら、崖から後ろ向きに跳んだ。


「あ……ああ、あああぁぁぁあああああああああ――!!」


 悪魔の叫びが、木霊する。



★★★



 ネロとイズモの戦いを終始、遠隔透視魔法で見ていた王城の内部は、歓声であふれていた。

 歓声のもとは、有力諸侯や兵士たちだ。


 有力諸侯たちは見ていた。

 彼が無礼で傍若無人であることを。


 離反した兵士たちは知っている。

 彼が暴君であったことを。


 それを演技だと見抜いた者は、彼らの中にはいない。



 歓声を上げる兵士に対し、歯を食いしばるようにして戦いを見ていたものがいる。

 黒騎士団の団長や副団長、彼とともに歩んできた者たちだ。

 この戦いを止められなかったことを、悔しく思いながら。


 まさに迫真の演技だった。

 イズモに負け、崖から姿を消すところに至るまで。

 誰もが、本気で戦っていると勘違いしている。

 彼らもまた、戦いが終わって我に返ってようやく、決まったレールをちゃんと走っていたことに気付いたのだから。


 ネロの目的は達成した。

 奴隷のイズモに、マスターである自分を攻撃させる。


 だけど、と。疑問を抱かずにはいられない。

 もっと他の手はなかったのか、と。どうして崖から飛び降りることまで必要なのだ、と。死んでしまうぞ、と。

 訊かれた彼は、こう答える。

 俺にはこれしか思いつかない、と。暴君が生きていてはいけないのだ、と。元から俺は死にたがりだったからな、と。


 最後の最後まで彼に頼り切りだった彼らは、自分自身を責めたてる。



★★★



「マスターが、マスターが!」

「イズモ様、ダメです! あの海に飛び込んでは、イズモ様まで!」

「でも……ッ! 私は……謝らなきゃ……!」


 崖の上で。

 ネロが飛び込んだ海へ、イズモまた飛び込もうとするのを、シルヴィアが必死に止めている。

 だが、崖から飛び降りるだけでも危険なのに、この嵐の中で海に飛び込むなど考えられない。


 憎しみの消えたイズモは、すでに通常状態に戻ってしまっている。

 今の状態では、シルヴィアは振り解けない。

 それをわかってなお、何とかして拘束を振りほどこうとする。


「謝らなきゃ、いけないんです……! 裏切り者だって……殺したって……決めつけて!」

「今は、今日は無理です!」

「剣で貫かれているんですよ! それに、この高さから海にも落ちて! 今じゃなきゃ手遅れに……!」


 イズモの意ももっともだ。

 だが、それでも今の荒れた海では捜索もままならない。


 やがて、疲れが出てきたのか、イズモの体がぐったりとしてくる。

 最終形態の副作用か、意識も朦朧としてきた。

 今の状態では、不死のイズモでさえ危険だ。


「彼が死ぬと思っているんですか? 彼は、どこまでも用意周到です。これを見越していたのなら、何か手を打っているはずですよ」

「でも……でもっ」

「……申し訳ありません、イズモ様」


 シルヴィアはそうつぶやくと、イズモの首に手刀を入れて気絶させる。

 気絶したイズモを抱え上げ、シルヴィアは一度だけ崖を振り返る。


「……死んでは、いないはずだろう? ……ネロ」

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